第20話「五大厄災-記憶の断章-」
厄災が滅び、城は祝福ムードに包まれていたーー
ラッパの音が響き、歓喜に沸き立つ大衆を前に
女王が勇者に花束を贈呈していた
女王
「…ありがとう、勇者
よく頑張った」
女王は俯く勇者に喉を詰まらせながらも
優しく声をかける
女王
「辛い思いをさせたな…」
勇者
「い、いや…」
勇者はその言葉を即座に否定する
女王
「あとは我々に任せてほしい
町の者には上手く伝えておく
お前はゆっくり休め」
勇者はそっと花束を受け取ると
階段を降り、人々に見送られながら
城を後にしたーーー
ーーー
森の中に一人、佇む勇者
勇者
「……」
朝の匂いにやわらかい風が吹く
静かな森林、川が流れる音や
鳥の囀る音が響く
目を閉じてひたすらに何かに集中する勇者
その背後上空でなにやらウネウネと動く空間
『勇者…』
勇者
「…!!」
その声を聞いた勇者は咄嗟に閉じていた目を開き、素早く振り向き剣を抜く
勇者
「ーーやはり生きていた…!!」
そう叫ぶ勇者の目線の先には、かつて倒したはずの記憶の厄災、【ムース】がいた
《ーームースを倒したようだが、その太刀筋……
奴の気まぐれも呆れたものだな》
《一つ忠告しておこう、
俺はムースほど甘くはないぞ》
《神を除けば向かう所敵なしの俺ら五代厄災の名が泣くぜ…》
勇者
「"俺たち厄災は神を除けば敵なし"
あの時奴は確かにそう言った!!
あいつの言うことが正しければ
奴(厄災)らとお前は少なくとも同格のはず…
お前があの時の僕にやられるはずがない…!!」
ムース
『ほう…』
勇者
「教えろ、なぜだ?負けたふりをして…
なぜそうまでして僕を付け狙う…!?」
ムースは勇者の問いには応える素振りを見せず
両手を前へ広げ、突如異空間を展開したーーー
ーーー
勇者
「……!?」
飛ばされた先は石のタイルが敷かれたどこか和風な場所、勇者のいる中央周りには桜の木が生い茂り、中央奥には鳥居が立っている
身構える勇者の前方では光で覆われたムースが浮かんでいて、攻撃の気配を感じ取った勇者は
現状把握を後回しにして先制に打って出る
勇者
「はぁ…ッッ!!」
勇者はムースに飛びかかり、その頭上に剣を振り下ろすーーー
しかし、その攻撃はムースの張った結界によって簡単に防がれてしまい、勇者は後方へ弾かれる
勇者
「くっ……!!」
着地した勇者の眼前では
ムースが光の玉を放出しているところだったーーー
勇者
「っ……!!」
勇者は猛スピードで飛んできた光の玉を
横宙返りで回避し、同時に体を捻らせて
剣先から斬撃をムース目掛けて飛ばしたーーー
ムース
『ーーーッッ』
ムースはすぐさま結界を張ろうとするが
斬撃は結界の隙間を通り抜けムース本体に当たり
その衝撃でムースは後方へ回転しながら弾かれ飛んだーー
ムースは二回〜三回転したのち、ピタッと体勢を止め
手のひらを数秒勇者へ向けたあと
天に掲げ再び光の玉を作り出す
勇者
「ーーー!?」
しかし、今度は様子が違い
ムースの出した玉から無数の光が飛び出し
雨のように各方面に散布したーーー
勇者
「おわっ……くっ……!!」
大量に降ってくる光の雨に勇者は翻弄され
ムースは更に攻撃を激しくさせる
勇者
「くそっ……!!」
勇者は速の石の力を駆使して
高速で移動し、光の雨を巧みにかわしながら
ムースへと接近、そのまま飛び上がりその頭上に再び剣を振り下ろす
ムース
『ッッーー』
今度はちゃんと当たり、ムースは光の玉ごと
縦に真っ二つになったーーー
ムース
『……』
勇者
「チッ……!!」
しかしムースの体は無数の小さな光の玉となって分解され、
勇者の背後へ回ったあと再び元の姿を形成させる
勇者は着地したあと、振り向きムースへ剣を構えたーー
ムース
『ーー見事だ、勇者』
ムースはそう言うとゆっくりと地上に降り
勇者の元へ一歩、一歩と歩き出す
ムース
『強くなったな勇者よ、神の力をその身に宿したか……、ならば私もその戦果に応え、全力を出そう』
ムースの顔にピシッと亀裂が入り、目の部分がパリッと剥がれ落ちて中からもう一つの鋭い眼が勇者の方をギロリと睨んだ
ーーー勇者はそれを見て戦慄する
ムースのひび割れた体の部位はボロボロと剥がれ落ち
やがて脱皮の如く中から青い人型で透明なもう一つの九尾狐のような姿をあらわにする
ムース
『お前の力を……隠された記憶を、我が前にいま解き放てーーー』
ムースは右手をワキワキとさせながら
横へ向けて空間を歪ませ、
もう一つの次元を展開させたーーー
ーーー
ーーー飛ばされた先は、白い空間に
浮遊する幾つもの映像ーー
ムース
『ここは記憶の中枢、お前たちの思い出、私の見ている景色だ』
そこにはムースが今まで奪ってきた記憶の断片が
四角い枠で囲われ、映像モニターのようになって
あちらこちらに浮遊していた
勇者
「これは……」
勇者がふと目をやるとそこには見覚えのある姿が
ムース
『どうだ?自分を眺める感覚はーー』
勇者の目線の先には
緑の服を着た白髪の少年が映った断片
それは間違いなく自分自身の姿だった
勇者
「これが……僕か?記憶を失う前の……」
勇者は確かにそれが自分だと確信してはいたが
その記憶がすっかりと消え失せているため
どこか、第三者を見てるような不可思議な感覚に囚われていた
ムース
『私は記憶の厄災、頭の中に幾つもの記憶が流れ込んでくるーー
私はそれらを介して数多の世界を見てきた』
ムース
『お前が他の厄災どもと戦い
強くなっていく姿も』
ムースの体が浮き上がり、天へと登っていく
ムース
『勇者、お前の中に隠されたもう一つの記憶ーー
私でも奪えなかったもの、そこにお前の全てが眠っている』
勇者
「僕の全て……ッッ!?」
ムース
『お前も見せてくれーー、隠された記憶を
お前の真実をーー』
ムースは手のひらを向け
光弾を放つーーー
ーーー
勇者は咄嗟に回避してムースに問いかける
勇者
「お前の目的は何だ?!
なぜこんなものを僕に」
ムース
『シークレットメモリー』
その返答に勇者は困惑した表情を見せる
ムース
『お前の頭の奥底に眠る、隠された記憶
私が唯一奪えなかったものだ』
ーームースが攻撃を仕掛ける
ムース
『何十もの鎖で縛られたそれは
お前がこの地に生まれる遥か彼方から存在したもの』
『それを吸い取ればお前を真の意味で無力化することができ、我々(厄災)の目的は達成される』
ムースの拳が勇者を捉える
ムース
『記憶は行動の源であり、何かを成し遂げる要だ。私はそれを奪うことでお前の無力化を図った』
《ムースも…何のためにお前の記憶を消したんだろうなぁ?俺らの邪魔ができないよう少しでも
力を弱らせようというのが奴の目論見だったはずだ、だがそいつも無駄骨だったらしい》
ムース
『お前はここにくるまでに不思議な出来事が何度かあったはずだ、神から借りた力がなぜ自力で出せる?なぜお前がそれを使える?その力は本当に特別なものか?元から使えたんじゃないのか?』
ムース
『それだけじゃない、記憶を失えばお前は使命など不要になる、本来はあの時点で……』
拳と剣の鍔迫り合い
ムースの瞳が赤く光る
『なぜ再び我々の前に立つ、お前を導いたのは何だ?
ーーーその答えがその記憶にはあるのだ』
その時勇者の脳裏に声が聞こえてくる
〈何者だ貴様、、〉
《ーームース、記憶を操る巫女》
〈記憶だと、、?!〉
勇者
「ーー?ーー?」
ムースが勇者から離れる
ムース
『まだコントロールは難しいかーー』
戸惑う勇者にムースがまたも語り始める
ムース
『厄災共は賭けだった
彼らがお前を消せばそれでもよかった
戦いを通して、記憶の一部分でも
引き出せれば私はそれを密かに奪うつもりだった』
ムース
『ましてや神の力……それはもはや賭けだ
解放すれば相打ちは覚悟せねばならない
しかし、記憶を先に奪い、お前を無力化すれば
我々の勝利は見えたも同然である』
ーーー
『数百年前、我々(五大厄災)は生まれた』
『破壊の厄災バルテアが神に封じられる頃だ
我々は数百年、時を待った
神が人間の愚かさに気づき始めた頃
我々は再び動き出したーー』
『お前がちょうど生まれた頃だ、どこからともなくお前は光のように現れたーー
人間が魔王と呼んだバルテアの復活、、
お前はそれを打ち倒す勇者として我々の前に姿を見せた』
『私は記憶を操る巫女、人々の記憶が自然と流れてくるーーお前は神の子だとその時知った』
ーーー
ムース
『人間はお前を神の子と呼んだ
魔王を倒し世界を救う勇者だと……』
勇者
「……」
ムース
『解せぬーー人間を愚かだとする神が
なぜお前を産んだ?我々を欺くためか?
いや、奴らは確かに人間を消したいと願っている
我々の目的に精力的だ』
《人間は愚かだーー
石は砕けたのではない
拒絶したのだ
愚かな人間たちをこれ以上
その地にのさばらせないために》
ムース
『お前はどこから産まれた?』
勇者
「ーーッッ」
ーーー
『私はお前のことを他の厄災に伝えたあと
森へと向かった』
『私はお前の記憶を奪い、無力化させることを提案した
記憶を失った勇者など、目的のないただの子だ
世界を滅亡させた後ゆっくりと始末する手筈だった』
〈貴様らの思い通りにはさせん!!〉
勇者
「これはーー」
ムース
『多少なり違和感は感じたが
確かに成功したとその時は確信していた
いや……その時点で気づいておけばよかったのだ』
〈ク、、無念だ、、だがしかしーー
この記憶失くしても、"世界を救う"
この意思ある限り私は何度でもお前達の前に現れ、この剣を振るうだろう、、!!〉
勇者
「ーー!?」
ムース
『お前はその言葉通り、我々の前に姿を見せた
厄災は全て滅んだ……』
『お前が魔王を倒した時、思ったのだ
あの違和感の正体、あれがお前を突き動かしている』
『お前を遺跡へ導き、お前に厄災のことを伝え戦いを挑んだ、私は確かめたかったのだ
その違和感の正体、お前の行動の源を』
《記憶を…操る…?》
《我々はこの大地に災いを振り撒くために生まれた》
《ーーやれるものならやってみろ!!》
『その戦いの中で私はついに掴んだ
お前の記憶の奥底には
私でも奪えない隠された記憶がある』
『見えない鎖で縛られた
金色に輝くそれはまさしく
隠された記憶"シークレットメモリー"』
《ーーお前の負けだ!》
《見事なり…勇者…》
『一度はお前を生かし、私は死を選んだ
動向を確かめたかった、目覚めの時を待ったのだ』
『厄災と戦うお前を密かに観察し、
幾つかその兆候を捉えることはできた
完全ではないが、お前が神の力を出す時
そしてやりとりこそ知れぬものの、あの意識の者と話を交わした時ーーー』
『お前の中に眠るそれは確かに大きく反応した』
《勇者よ、集中するのです》
ーーー
ムース
『奪えない記憶、その答えがそこ(隠された記憶)にはあるのだ」
ムースが構える
ムース
『教えてくれ、お前の全てを
真実を、私に見せてくれ』
勇者
「ッッ」
ムース
『お前を今殺すことは容易だ
だが、因果はわからない
その記憶ある限り、お前は何度でも生まれ
我々の前に姿を見せるだろう』
『滅ぼさなければならない
お前の因子諸共、因果を断ち切らねばならない
神の子をこの世から消し去る
そのためにはその記憶が必要だ』
『我々(厄災)の目的(世界滅亡)のためにも』
勇者
「(ここまで聞いてきて、正直何を言ってるかわからないが……)」
勇者
「お前の好きにさせてたまるか!!」
勇者は剣を強く握りしめ、再びムースへ向けたーーー
五大厄災-記憶の断章-(完)




