想定外
セレーナはブドゥルの実がいたく気に入ったようで、結局二房も買ってしまった。
確かに美味しいとは思ったが、一房で十分で、ましてや二房も買うほどではないと思う。
それに意外と高い。
始めは俺もそんなに買うつもりはなかった。
財布の中身が心もとなかったからだ。
だが、妹の残念そうな顔を見てしまい、つい買ってしまった。
自分は妹に甘いのかもしれない。
セレーナは甘い物好きだから、妹に甘い俺の事も好きに違いないな!
俺はそんなことを考えながら店をあとにした。
店のおばちゃんは商品が売れてホクホク顔で、俺達を見送っていた。
そして、現在。
俺は道の脇で妹にブドゥルの実を剥いて食べさせてあげながら、とある問題について考えていた。
というのも、あれから町を見て回って分かったことがある。
食べ物などが売られている店を見て気がついたことなのだが、なんと前の町にいたときによく食べていたとある野菜を見つけたのだ。
俺はなんとなく、そのぼこぼこした石に似ている野菜の値段を見て仰天した。
なんでこんな高いんだよ!?
なんと値段が前の町のときのおよそ二倍近くあるのだ。
他の野菜も見てみたが、やはり同じくらいの値段だった。
どうやらこの町は物価が前の町より高いらしい。
俺は嫌な予感がし、急いで宿を取ろうとした。
だがしかし、やはりというか宿の料金もかなり高かった。
一日泊まっただけで手持ちの全財産のほとんどが無くなってしまうほどに。
やはりブドゥルを二房も買ってしまったのはのはまずかったかもしれない。
ブドゥルを買った分の金を合わせれば、それなりに安い宿を取ることができただろう。
自分の力で身体の疲れは取れても精神の疲れは取れない。
やはり、ゆっくり眠ることのできる場所が必要なのだ。
とにかく、ここにいても何も始まらない。
何か行動を起こさなくては。
「んっ」
ブドゥルを一房食べ終わっても、なぜか名残惜しそうに自分の指をしゃぶり続けている妹の口から指を抜き取ると、自分達が泊まれるくらい安い宿がないか探し始めた。
しばらく探したが、そんな宿はいまだに見つかっていなかった。
どこもかしこも馬鹿みたいに高く、聞き込みで安いと評判のボロい宿にも行ってみたが、それでもカイロスにとっては高過ぎる。
冒険者が多いから宿の数が足りず、値段が上がってしまったのだろうか。
「……はぁ……どうするか」
別に寝なくても精神的に辛いだけで、死ぬわけじゃない。
だが、さすがに夜中に町をうろうろしていたら怪しまれるだろう。
これ以上探しても宿が見つからなかったら、人目のつかない場所で夜を明かそうかと考えた。
町の中といっても夜は危険なのは変わりないので、ずっと起きている必要はあるが。
だが、後ろからついてきている妹のことを思う。
……せめてセレーナだけは寝かせてあげないとな。
俺はセレーナの方を見た。
「……」
セレーナはおそらく精神的に疲れて眠いのだろう。
目を充血させ、どことなくぼーっとした表情をしている。
気のせいか顔も赤く見えた。
無理もない、あれだけの長い道のりを自分の考えた旅の方法のせいで、ずっと気を抜かない状態でいたのだ。
精神の疲れが今頃出てきたのだろう。
妹に無理をさせ、休ませる宿も取れない。
俺はなんて頼りない兄なんだろうか。
もし宿が見つからず、外で夜を明かすことになったら。
妹が寝ているときはずっと自分が守ってやれば良い。
そう考え、宿と人目のつかない場所を探し始めた。
周りが薄暗くなってきた頃、俺達は少なくなったとはいえ、いまだ人通りの多い通りを歩いていた。
建物にはちらほらと明かりがつき始めている。
光の感じからして火ではなく、おそらく魔術の明かりだろう。
魔道具が出回っているのだろうか。
あれからいくつかの人目のつかない場所は見つけたが、やはり宿の方はさっぱりだった。
もう日が落ち始めている。
これ以上は探しても見つからないだろう。
セレーナには悪いが、もう諦めるしかない。
「……駄目だな。……さっきの場所に戻るか」
俺はセレーナに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
一緒に宿探しをさせた挙げ句、結局泊まれる宿を見つけることができなかったなんて。
自分でもまさかこんなことになるとは思っていなかった。
とりあえず明日から仕事探しをしなくては。
店を開く前に、まずは宿を取れるだけの金がなくては話にならない。
そんなことを考えながら、さっき見つけた裏通りに行こうとした、その時。
「おい見ろっ!! 探索組が戻って来たぞ!!」
どこか遠くの方から男の声が聞こえてきた。
「なんだ?」
何事かと声のした方を見ると、なにやら人が集まってきている。
確か向こうの方は、いくつかある町の出入り口の中でも一番大きい出入り口の近くだったはずだ。
それに探索組というのはなんだろうか。
「……なぁセレーナ。ちょっと見に行ってみないか?」
俺はさっきの声の場所で何かあったのか気になった。
ただ、セレーナは精神的に疲れている様子だ。
自分の好奇心のために妹に無理をさせるつもりは無い。
とにかく妹の体調が最優先だ。
まず確認をして、これ以上は無理だと言うならさっきの裏通りに戻って休ませるつもりだった。
「……え?……あっ……う、うん」
セレーナは、ずっとぼーっとしていたようで、話しかけられて初めて気がついたようだった。
……やはりそうか。
「……大丈夫か? ……やっぱり疲れてるんだよな。……ごめんな? さっきの場所に戻って休もうか」
「……っ!? あっ、違うの……私は大丈夫だから気にしないで」
「……だけど、」
「それよりもカイロス。……何か見に行くんじゃなかったの?」
心配する俺の言葉を遮り、セレーナは話題を変える。
「えっ? あ、あぁ。」
兄を心配させたくないのだろう。
なんて兄想いの良い妹なのだろうか。
感動しながら話を続ける。
「声が聞こえてな。あっちの方で何かあったらしいんだ」
「……そう。分かった」
セレーナはそう返事を返すと、俺の指差した方に向かって歩きだす。
俺はいきなり歩きだした妹の背を追いかけた。
しばらく歩くと、俺達がやって来た門とは別の、頑丈そうな門が見えた。
門は開いており、その周りに人が集まっている。
俺達が近づいてみると、門の外から荷台を引いた巨体な魔物が町の中に入ってくるところだった。
魔物の大きさは高さ2メートル位だろうか。
見た目は足の長いトカゲのようで、全身が硬そうな鱗で覆われている。
足は長いといっても細いわけではなく、むしろ太く力強そうだった。
その魔物は一頭で三台の荷台を引いており、後ろから来たもう一頭の魔物も同じように荷台を引いていた。
荷台は人が数人入れるような大きさだ。
木製だが、所々に金属の板らしき物が付けられ、頑丈そうな造りになっている。
その荷台から一人の男が転げ落ちるように降りてきた。
男は金属の鎧を装備している。
おそらく冒険者なのだろう。
だが、着ている鎧は傷だらけだ。
いや、傷というよりもむしろ溶けていると言った方が正しいだろうか。
鎧には、まるで水の飛沫を浴びたような点々とした跡が付いており、なぜかその部分だけが溶けたようになっていた。
男は焦った様子で叫んだ。
「頼むっ! あの治癒魔術が使える娘を呼んできてくれ!! 仲間がまずい状態なんだっ!!」
荷台には他にも人が乗っているらしい。
男の様子からして、仲間だという者達はかなり危険な状態なのだろう。
おそらく魔物にでも襲われたか。
今まで気づかなかったが、よく見ると魔物や荷台にも同じような跡があり、魔物の攻撃を受けながら逃げてきたことが分かる。
だが、鎧を溶かす魔物など聞いたことがない。
この地域にはそのようなことができる魔物がいるのか。
いや、それよりも気になったことはそこではない。
「……」
この町に治癒魔術を使えるやつがいるのか?
俺は今までに治癒魔術師には一度だけしか会ったことがない。
同じ町に二人もいるなんてことはまずあり得ないだろう。
それほどまでに数が少ないのだ。
おそらくこの町にも一人しかおらず、今すぐにここに来ることはできないだろう。
偶然通りかかるなんてことがあれば別だが、それはさすがにあり得ない。
そしてこの男は今、その治癒魔術師を必要としている。
……治癒魔術師を探しているんだったら、俺の出番なんじゃないか?
ここでこの冒険者達の怪我を治せば見返りに金が手に入るかもしれない。
そうなればすぐに店を開くことができるだろう。
それにこれだけの人が集まっているのだ。
自分が治癒魔術を使うところを見せれば、カイロスという治癒魔術師が居たという噂は一気に知れ渡るに違いない。
そうなれば治癒魔術師の店を開いたときに客が大量に入ることになる。
客が入れば金も入る。
それも大量に。
も、もしかしてこれはチャンスなんじゃないか!?
俺はそう考えると、荷台の中の怪我人を担架を使い降ろしている男達のもとに向かおうとした。
「ちょ、ちょっとどいてくれ!! 俺は治癒魔」
「どいてください!!」




