第31話 断肢再生
予想通り、アンドリアス・ボールの中心から這い出てきたのは、皆が待ち構えていたメスのフォッグシェル・サラマンダーだった。
これまで見てきたフォッグシェル・サラマンダーより一回り大きく、アンドリアス・サピエンスよりも大型だった。
おおよそ体長五メートルといったところだ。
しかし外見はオスとまったく違った。
オスの鰓は鮫のように側面の裂け目状だったが、こいつの鰓は珊瑚の枝のように外側へ広がっていた。
ピンク色の分枝が空気の中で微かに揺れ、不思議な儚さと美しさを帯びていた。
全身が滑らかで、皮膚はほぼ透明、皮下の血の色が透けて淡いピンク色をしていた。
巨大な胴体に比べると、四肢は異様に短く、か弱く見えた。
アンドリアス・ボールの残骸から這い出たメスが最初にやったことは、必死に水辺に向かって動くことだった。
俺たちを攻撃しない。
ただひたすら、水に戻ることだけを考えている。
「鰓がある?」
サチが眉をひそめた。
「幼体じゃないの?なんで卵を産めるの?」
チャット欄の視聴者たちが一斉に教えてくれた。
『幼態成熟だよ!』
『一部の両生類や昆虫にはこの現象があって、幼体のまま繁殖できる』
『メキシコ山椒魚がそうで、一生幼体のまま』
『つまりこいつは成長しない、これが成体ってこと』
「水に入れるな」俺は言った。
一度水に戻られたら、また最初からやり直しになる。さっきの戦いをもう一度やれと言われたら、それだけは勘弁してほしい。
サチが最初に飛び出して、警棒を高く振り上げ、這っているメスの背中に力いっぱい叩きつけた。
棒が触れた瞬間、
皮膚が素早く分厚い透明な粘液を分泌した。
衝撃が綺麗に吸収され、ほとんど何も伝わらなかった。
「うわ、気持ち悪い感触」
サチが手を振った。
「打撃はまったく効かない」
「じゃあ斬ってみる」ユウキが追いかけた。
メスは思ったより速く、岸辺まであっという間に到達した。
水の中へ滑り込もうとした最後の瞬間、ユウキが一刀でその右後足を斬り落とした。
ピンク色の足が泥の上に落ちた。
メスは痛みで岸辺に倒れ、シュシュと息を漏らした。
大量出血の覚悟をしていた。
しかしそういう場面は来なかった。
傷口がすぐに塞がり、切断面から肉芽が外へと伸び始めた。
「再生してる」ユウキが静かに剣を押さえた。
三十秒も経たないうちに、新しい足が生えてきた。元のものより柔らかく、色がより濃いピンクだったが、もう動いていた。
メスが勢いよく身をひっくり返し、
また水辺へ向かった。
『再生速度が速すぎる!』
『斬っても生える、斬っても生える、どうやって倒すの!?』
『こいつの本体は何、死なないの?』
『ねえ、さっきの断足がそこに落ちてるけど、マスミが拾って確認したら?』
雷霊鳥の化身を解除した。
電撃のクールタイムは長いし、無差別範囲攻撃で今は使えない。
今必要なのは、万が一こいつが水に逃げ込んだ時に追撃できる手段だ。
知恵の書を開いて化身メニューを確認した。
そしてアンドリアス・サピエンスの化身を選んだ。
体が急速に伸び、四肢に力が漲り、そして——皮膚で呼吸していた。
この感覚は説明が難しい。
肺でする集中的な換気ではなく、体の表面全体がゆっくりとガス交換をしている。
全身を涼しい水に浸けているようで、皮膚の一寸一寸が軽く、絶えず呼吸していた。
「マスミがアンドリアス・サピエンスになった!」サチが叫んだ。
「一時的なものだ」
俺は岸辺の泥を踏みしめ、水に滑り込もうとしているメスへ向かって走った。
「逃がすな」
メスの頭頂に拳を打ち込んだ。
粘液が一部の力を吸収したが、
今の俺の筋力は幼体のレベルではない。
残った衝撃で十分こいつを岸へ叩き戻せた。
メスが泥の上を滑って、水辺から二メートルのところで止まった。
すぐに手を振って、水辺への経路を遮断するよう部下に指示した。
ピクシーたちが一列に降り立ち、メスと河岸の間に密集した槍の壁を形成した。
フォッグシェル・サラマンダーの従者たちも重たい体を引きずって動く障壁になった。
メスが目を動かして周囲を確認し、右へ抜け道を探した。ない。
左へ。ない。
静かになった。呼吸のための鰓枝が、海百合が波に揺れるように軽く震えた。
「もう逃げられない」
ユウキが前に出た。
剣から冷気が漂っていた。
「ダメージを与えられるか試してみる」
動きは速かった。右前足を一刀、左前足を一刀、続けて尾と両後足。
三十秒後、ユウキが斬ったところが全部元通りになっていた。
『マジで!尾まで再生した!』
『再生速度が山椒魚の百倍速いんじゃないか』
『四肢も尾も斬っても生きてる、こいつどうやって倒すの?』
その時、しばらく見かけていなかった名前がチャット欄に現れた。
淳一:『ユウキ警官、鰓を刺してみては?』
ユウキがその珊瑚状の鰓枝を一瞥して頷き、一刀入れた。
ピンクの分枝が何本か落ちた。
三十秒。
また生えた。
淳一:『眼球は?』
ユウキは迷わず、剣先をひっかけた。
眼球が抉り出された。
メスが苦しそうに身をよじり、そして——
眼球が新しく生えてきた。
きらきらと、まるで新品のようだった。
『え!眼球まで再生できるの!』
『こいつ不死なの?』
『淳一、何がしたいの!』
淳一:『鰓枝の先端はどうでしょう、細かい部位は再生速度が違うかも』
淳一:『あと下顎骨も試してみてください』
淳一:『神経系のダメージまで再生できるなら、理論上……』
この連発を見て、俺は少し諭すような口調で言った。
「淳一、自分の猟奇趣味を満たしてるだけだろ」
チャット欄が一秒止まった。
それから:
『あははははは!』
『言った!』
『淳一がばれた!』
『淳一何か言って!』
淳一:『……ちっ、楽しい時間は短すぎる』
「それのどこが楽しい時間なんだ」
俺は四肢が全部生え戻り、もう逃げようともしていないメスを見下ろした。
「まあ……」
前に進んで、地面に落ちていた断肢を一つずつ拾い上げた。
知恵の書が隣に飄い寄ってきて、ページを捲り始めた。
戦利品ドロップの表示が出た。
N メスサラマンダーの後足
R メスサラマンダーの前足
S メスサラマンダーの断尾
U メスサラマンダーの鰓枝
E メスサラマンダーの眼球
『え?まだ倒してないよね?』
『戦利品ドロップした!!』
『Uランクの鰓枝!それ何!?』
『Eランクの眼球!Eランクだよ!!』
『マスミ、早くそのEランクが何か確認して!』
あの滑らかなEランクの眼球を見つめた。
今はこれらの用途が分からないが、Eランクの道具が普通のはずがない。
メスサラマンダーの眼球……
メスサラマンダーの鰓枝……
泥の上に横たわるメスを見た。
鰓がゆっくりと起伏し、眼球が動いて俺を見たが、逃げようともせず、攻撃しようともしない。
ただ静かに横たわっている。
「ユウキ」俺は聞いた。
「数えた?何回斬った?」
「十五回以上は」
ユウキは言った。
「四肢、尾、鰓枝、眼球、全部元通りになった」
「もう逃げようとしてない」
サチが補足しながら、しゃがんでメスと目を合わせた。
「こっちを見てるけど、目が……虚ろ?」
その時、知恵の書が自動的に開いた。
見下ろすと、ページに文章が現れた。
【メスフォッグシェル・サラマンダーは学習性無力状態を呈しています】
【そのまま従者として収容しますか?】
少し固まった。
「倒さなくても従者にできるのか?」
『え!従者にするの!?』
『これって馴育じゃないの!』
『再生できる両生類を飼うつもり!?』
『Eランクアイテムをドロップする生物だぞ、従者にしたら絶対使える!』
ワカナが皮肉っぽい口調で言った。
「淳一、見えてる?あなたがこの子に与えた心理的ダメージのおかげでマスミくんがペットを手に入れようとしてるよ」
淳一:『……どういたしまして』
目の前のこのピンク色の、泥の上に横たわって静かに運命を待っているメスを見た。
鰓枝はすでに全部生え戻り、珊瑚状の分枝が空気の中で軽く揺れ、全身の粘液が薄暗い迷宮の中で皮膚を微かに輝かせていた。
体長五メートル、全器官を再生でき、産卵可能、Eランクアイテム持ち。
従者にする価値は十分ある。
それに収めなければ、いつまで斬り続ければ死ぬのかも分からない。
これ以上苦しめないためにも、俺は従者として収容することを選んだ。
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