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倒した敵は俺の力になる 〜魔物だらけのダンジョンを攻略しながら、ドロップ品を配信で売って一気に億万長者へ〜  作者: 上部乱
巽の塔ー風水渙

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第26話 アンドリアス・サピエンス


変態の過程は、想像を絶するほどにおぞましいものだった。


ピクシーを喰らったあのモンスターは、

生物のことわりさえも歪める「燃料」を得たかのようだった。


それは、徹底的な肉体の再構成。


元々その身を覆っていた厚い鱗甲が、内側から劇的に膨れ上がる筋肉によって硬い音を立てて弾け飛ぶ。


泥の中に散らばった破片は、乾いた木がへし折れるような音を響かせた。


噴き出した体液は空気に触れた瞬間に凝結し、吐き気を催すような生臭い異臭を放つ。


モンスターは緩慢な動作で直立した。

骨が爆ぜる音をさせながら、

その身躯しんくはどこまでも長く、

高く伸びていく。


最終的に、

その影は三メートル半近い高さで止まった。


口の形は劇的に変貌していた。

細長かった管狀のふんは裂け、

人の頭を丸ごと飲み込めるほどの巨大な裂け口へと変わる。


四肢にはまだ水かきが残っている。

だが前肢は人間の手のような器用さを持ち、後肢は強烈な跳躍力を秘めた細長い形へと進化していた。


長く伸びた尾は地面を這い、

身体を支える第三の足でありながら、

同時に獲物を打ち据える第三の手としても機能する。


それは蛙と山椒魚、

そして人間の特徴が混ざり合った、

歪なキメラ生物だった。


不吉な気配は、

まるで津波のように戦場を飲み込んでいく。


配信画面の向こうには、

各地の研究機関に所属する専門家や学者たちもかなりの数紛れ込んでいるらしい。


『サラマンダーはアンドリアス……

 知恵の人間はサピエンス……』

『この新種は、暫定的にアンドリアス・サピエンス(Andrias sapiens)と名付けよう!』

『おい、まだ議論の余地があるだろう!』

『第一発見者は新田真澄だ。彼にこそ命名権があるはずではないか?』


まさか、この期に及んでモンスターの名前ごときで言い争いが始まるとは。

思わぬ場外乱闘だ。


俺は、山椒魚から変態を遂げたその「人」を――アンドリアス・サピエンスを凝視した。


手のひらにじっとりと冷や汗が滲む。

間違いなく、このダンジョンに来てから遭遇した中で最も厄介な変数だ。


一刻も早く、

あいつを仕留めなければならない。


若菜の配信画面:

配信画面は濃霧の影響で視界が悪い。

だが、あの大柄な影が立ち上がった瞬間、

チャット欄の流速は一秒ほど静止し、

直後に爆発的なパニックが巻き起こった。


「皆さん……見えましたか?」

若菜の声は激しく震え、

奥歯がガチガチと鳴る音まで聞こえてくる。


「さっきの……ピクシーが吸い込まれた後、

あのモンスターが急に……」


チャット欄のログが猛烈な勢いで流れ去る。

『グロすぎだろこれ!

 本当に全年齢対象の配信かよ!』

『何だあの化け物? 見た感じ3.5メートルはあるぞ。勝てるわけないだろ!』

『配信者逃げろ! あれはマジでヤバすぎる!』

『OMG! Look at its eyes! It's looking at the camera!』

『アンドリアス・サピエンス……進化の終着点みたいな名前だな』

『何で棒立ちなんだよ! 怖くて動けないのか?』

『さっきのピクシー、あんな風に食べられちゃうなんて……残酷すぎる……』


通信機越しに聞こえる若菜の声は鼻聲になっていた。

彼女も今の光景に相当なショックを受けているのだろう。


「真澄くん……状況は最悪です。

あの生物、オーラが完全に別物になっています。

一度撤退して態勢を立て直しませんか?」


「間に合わなかった、若菜」

俺は前方から目を逸らさずに低く答えた。


「今は実戦を通して情報を集めるしかない」

「真澄くん……」

サチが冷たくなった指先で俺の服の裾を強く握りしめた。

その声は今にも泣き出しそうだ。


「あのピクシーさんは……もう、

 帰ってこれないの?」

俺は答えることができなかった。


残酷な事実を正直に告げることなど、

到底できない。


喰われたということは、そういうことだ。


「注意しろ、サチ。あれには近づきすぎるな」

俺は彼女の手を軽く叩き、

努めて冷静な口調で言った。


ユウキが一歩前に出、

俺たちの盾となるように立ち塞がった。


その手に握られた深紅の長剣は、

脅威を察知したかのように、

刀身の微かな光を激しく明滅させている。


「真澄、あれは危険だわ。

 霧が重くなっている気がする。

 すぐに始末しないと」


俺はユウキの言葉に無言で頷いた。


現在、俺は雷霊鳥の加護を受けている。

体内には、この沼地を焼き尽くすほどの電流が渦巻いている。


その気になれば、全出力の雷撃であのモンスターを炭化させる試みも可能だ。


だが、即座に放つわけにはいかない。

雷霊鳥の攻撃は、

敵味方の区別がつかないのだ。


これほど湿度の高い環境では、

空気中の電気抵抗は極めて低い。


放たれた雷光は湿った空気と地表の水を伝い、一瞬で拡散する。


俺なら強大なエネルギーを放出できる。

だが、同時に確信している。

敵を焼き殺す前に、

俺の周囲にいる仲間たちが全滅することを。


どう計算しても、この帳尻は合わない。

だが構わない。

他にもやり方はある。


俺は「承風鈴」を取り出し、

風霊鳥の高く澄んだ歌声に合わせて、

静かにそれを振り始めた。


――リーン


清脆な鈴の音が濃霧の中に広がる。


それはバフを三倍に膨らませ、さらに空気中で反射と重複を繰り返させる特殊な共鳴。


【群落の詠唱:風の加護 Lv3】

【群落の詠唱:風の加護 Lv47】

【群落の詠唱:風の加護 Lv179】

【群落の詠唱:風の加護 Lv402】

【群落の詠唱:風の加護 Lv566】


知恵の書のステータス欄に目をやる。

表示された数字は激しく流動しているが、

概ね一万七千という数値を維持している。


新田真澄 Level 10

HP 550 / 550 MP 200 / 200

筋力:17005

反應:17003

靈感:17007

運:22


万を超えるステータス。

この数値の加護があれば、

そこらに落ちている木の葉を振るうだけで鋼鉄を断ち切れるはずだ。


一撃で終わらせる。


「風術師隊、法術爆撃! 最大出力!」

数百の風術師たちが一斉に杖を掲げた。

凝縮され、

ほぼ透明になった深緑の風刃が生まれる。


それは空気ののこぎりと化し、

凄まじい風切り音を立てて殺到した。


――ギギギギギッ!


風刃が雨あられとアンドリアス・サピエンスの胸に叩き込まれる。

だが、視界に浮かんだダメージ表記に、

俺は言葉を失った。


【HP -1】

【HP -3】

【HP -4】

【HP -1】……


どういうことだ。

あのモンスターの防御力は、

ここまで数値が乖離しているようには見えない。


こちらの霊感は万を超えている。

それなのに、なぜ皮膚を削ることすらできない?


モンスターは低く鳴いた。

その声には、

嘲笑の色さえ混じっているように聞こえた。


奴は唐突に膝を折り、屈んだ。

発達した後肢の筋肉が、

強力なバネのように限界まで圧縮される。


「散れ!」俺は叫んだ。


――パァンッ!


泥が四方に弾け飛ぶ。


アンドリアス・サピエンスは黒い閃電と化し、一気に二十メートル以上も跳躍した。


とんぼを狙う蛙のように正確に、

空中で口を開き、舌を突き出す。


粘液を纏った暗紅色の長舌が、

信じられない速度で射出された。


それは、高空で待機していた一体の風術師を瞬時に絡め取る。


「キャアッ!」


ピクシーは必死に抗うが、強靭な舌に締め上げられ、すぐに動きを止めた。


「ユウキ!」

「わかってる!」


ユウキの姿が残像となり、

弾かれたように飛び出した。

深紅の剣が舌に向かって一閃する。


だが、刃が当たった瞬間、

響いたのは「分厚い皮革を斬った」ような、濁って鈍い音だった。

斬撃は完全に吸収され、受け流されている。


「この手応え……斬った感覚はあるのに、

 全く手応えが良くないわ」

ユウキは遺憾そうに手中の剣を睨んだ。


アンドリアス・サピエンスは遠くの盛り土の上に軽々と着地した。


黄色い横長の瞳が俺を射抜く。

それは明白な誇示だった。


奴は、

捕らえた風術師を自分では喰わなかった。


俺が見ている前で、奴は昏睡したピクシーを足元に群がる同族へと無造作に放り投げた。


まだ変態前の幼体であるサラマンダーが大きく口を開け、それを飲み込む。


その瞬間、全身の産毛が逆立った。


ピクシーを喰らったあのサラマンダーの殻に、亀裂が走り始めた。骨が砕ける、あの忌まわしい音が再び響き渡る。


「こいつ……」

俺は承風鈴を握りしめた。

指の関節が白くなるほど強く。


奴は仲間を増やし始めた。

俺の部隊を生産パーツとして扱い、

鈍重な爬虫類どもを、自分と同じ成熟した個体へと作り変えている。


奴は今、同類を量産している。

俺の兵を養分にして、高機動・高防御・高知性の戦闘兵種を即座に揃えようとしているのだ。


ここで止めなければ、

数分後、俺はこの戦場で「アンドリアス・サピエンスの軍勢」を相手にすることになる。


チャット欄の熱狂は頂点に達していたが、

武器の売買を論じるコメントが、

今はひどく空虚で目障りに感じた。


『マジで終わった……

 無限に増えるのかよあいつら!』

『配信者、さっきまで金のこと考えてたけど、今は命の心配だな』

『ピクシーたちが可哀想すぎる……』


「フェアリー、全員を下がらせろ!」

フェアリーの顔色が極めて深刻なものに変わる。


「御意、主人!」

彼女は即座に同胞たちへと指示を飛ばした。


「全員、距離を取って!

 相手の気勢に呑まれてはなりません!」


彼女が俺を振り返る。

その瞳には、隠しきれない不安が宿っていた。


かつてない程の大問題だ。

本能が警鐘を鳴らし続けている。

このまま手をこまねいていれば、

ここはすぐにアンドリアス・サピエンスの軍団の領地と化すだろう。


「フェアリー、全ピクシーを帰還させろ」

一体たりとも、敵の進化の原料として残すわけにはいかない。


俺は深く息を吐き、

知恵の書へと手を置いた。

脳内では、あらゆる可能性の計算が、狂ったように回り続けていた。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


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