0190.オール・フォー・ワン
視点:俯瞰
『グオォォォォォォッ!!』
闘技場を揺るがす咆哮。
だがそれは、対峙していた
黄金の幼竜のものではない。
大地が悲鳴を上げ、
石畳が枯れ果てていく。
その中心で、人の形を捨て、
土塊とマナの暴竜と化した男。
カルドだ。
暴れまわるその姿は、
もはや試合の範疇を超えている。
「カルドッ!!」
ヴェルは叫び、カルドを止めようと、
ベンチから飛び出そうとした。
だが、その肩を
ガシッと強い力でシンに掴まれる。
「放せシン! あいつ、意識がねぇぞ!
このままじゃ……!」
「わかってる!
だが、お前が行ってどうする!」
シンがヴェルを強く引き留める。
その目は、真剣そのものだった。
「カルドさんはな……。
お前のために無理したんだぜ」
「俺のため……?」
「あぁ。あいつは言ってたぜ。
『ヴェルとまよねこの最高の戦いを、
絶対に実現させてやる』ってな」
シンは暴れまわるカルドを見つめる。
その巨躯は審判の制止すら聞かず、
結界を内側から叩き割らんとする
勢いだった。
「……だから、お前は待ってろ。
最後の大一番のために」
「だけど、あんな状態のあいつを
誰が止めるんだよ!」
「俺たちがやる」
シンが、槍を構えて前へ出た。
そして、ベンチに座っていた
フィアの方を振り返る。
「出番だぜ、王子様。
国中の注目が集まる大舞台だ。
暴走した怪物を止めて、
民を守る英雄になるチャンスだろ?」
フィアが顔を上げる。
その瞳に、迷いはなかった。
「……ふん。
あのような不細工な怪物を
相手にするのは骨が折れそうだ」
フィアは剣を抜き、
炎を纏わせながら立ち上がる。
「だが……友が苦しんでいるのを、
見過ごすわけにはいかんからな。
僕も出る!」
「私達も行きます!」
セリアが、杖を握りしめて駆け寄る。
その横でアノンも不敵な笑みで並んでいた。
「まったく、世話の焼ける
凡人じゃのう!
妾が直々に鎮めてやるわ!」
そして、反対側のベンチからも。
「やれやれ、舞台が壊れては
元も子もないからね」
リラが苦笑しながら歩み出る。
ミキもごぼうを担いで続く。
「まよねこは待ってるヨ。
お前の相手はヴェルヨ。
だから、あのゴリラは
ミキたちが止めるヨ」
敵も味方も関係ない。
みんなが、カルドのために。
規格外の暴走を止めるため、
即席のレイドパーティが結成された。
突発クエスト
『暴竜カルドラゴンを鎮圧せよ』
ターゲット:カルド|(暴走状態)
条件:カルドの蘇生|(撃破)
──戦闘開始。
「まずは動きを止めるぞ!」
シンが叫ぶ。
それに呼応したのはリラだ。
「心得た!
セリア君、ボクを運んでくれ!
接近して直接流し込む!」
「はいっ!」
セリアが『愛裸武勇』を発動。
水着姿になり、身体能力を強化。
リラを小脇に抱えると、
弾丸のような速度でカルドへ肉薄する。
『グガァァァァァッ!!』
カルドが腕を振り回す。
その一撃は風圧だけで
人を吹き飛ばす威力だ。
「させませんっ!!」
セリアは紙一重でそれを躱し、
カルドの懐へと潜り込む。
そして、リラを放り投げた。
「失礼するよ、カルド君!」
リラの手が、
岩のようなカルドの胸に触れる。
「『抑制』と『滞留』……!
荒ぶるマナよ、鎮まれッ!」
火と風の負術。
筋肉の動きを鈍らせ、
体内マナの流れを停滞させる。
カルドの動きが、
ガクンと一瞬だけ止まった。
「今じゃ! シン!」
「おうよ!」
アノンとシンが同時に動く。
アノンは空中に火炎弾を展開。
だが、放つのは炎ではない。
圧縮された空気の弾丸だ。
「そこじゃあッ!」
ドォォォン!!
衝撃波がカルドの体勢を崩す。
そこへ、シンが雷槍を突き入れた。
「セット完了だ!」
槍の穂先がカルドの肩を捉え、
紫電のマーキングを刻み込む。
「『粉砕する犀』ッ!!」
至近距離からの雷撃。
雷の獣がカルドの身体を駆け巡り、
内部からショックを与える。
『ガ……ァ……ッ!!』
カルドが苦悶の声を漏らす。
だが、倒れない。
大地から吸い上げたマナが、
強制的に彼を動かし続けている。
「しぶといヨ!
なら、これでどうヨ!」
上空から、ミキの声。
見上げれば、
空を覆いつくすほどの黄色い影。
「『ワールドイズパイン』……特大盛りヨ!!」
ズゴゴゴゴゴ……!
巨大なパイナップルが、
隕石のごとく落下してくる。
ドカァァァァァァン!!!
会場が揺れる。
直撃を受けたカルドが、
地面にめり込んだ。
土煙が舞い上がり、
しばらく視界が奪われる。
……だが。
煙の中から、
ゆらりと影が立ち上がった。
『ウゥ……オォォォォ……』
まだ、立つか。
その姿は、まさに不撓不屈の権化。
理性を失ってもなお、
倒れることを拒絶する意志の塊。
その姿を見て、
フィアが剣を握りしめた。
(……カルド)
フィアの脳裏に、
記憶がフラッシュバックする。
無理やり食わされた
砂漠ウツボの味。
『食わず嫌いは損をするぞ』と、
不器用に笑った顔。
ヴェルに裸を見られた後。
カルドも気づいていたはずなのに。
何も言わず、何も聞かない優しさ。
そして、いつだって。
一番前で、誰よりも傷つきながら、
決して膝を屈しなかった背中。
山のような、大きく、頼もしい背中。
(……僕は、知っている。
お前がどれだけ強く、優しい男かを)
フィアは剣を天に掲げる。
四属性のマナが、
螺旋を描いて集束していく。
「山は、切れない」
フィアの瞳に涙が滲む。
だが、その手は震えない。
「だが……! その身を蝕む、
苦しみのドラゴンを……ッ!
僕が、断ち切ってみせる!!」
剣が、七色の光を帯びる。
王家に伝わる、勇者の技。
全てを一つに束ねる、調和と破壊の光。
「受け取れ、カルドォッ!!
『全魔合一』ッ!!!」
フィアが振り下ろした。
七色の閃光が、一直線にカルドへと奔る。
カルドは避けなかった。
仲間の想いを感じ取ったのか。
暴竜の瞳が一瞬だけ、
穏やかな色を取り戻したように見えた。
──カッッッ!!!!
光が、全てを飲み込んだ。
暴れ狂うマナも、全てを浄化するように。
そして。
光が収まった時。
シュゥゥゥ……。
場外の蘇生魔法陣が輝く。
光の中から、
元の姿に戻ったカルドが現れた。
鎧はボロボロだが、
その顔色は良い。
憑き物が落ちたような、
さっぱりとした表情で。
「……すまん。
迷惑を、かけた……ようだな」
カルドが頭を下げた。
その姿に会場中が静まり返る。
フィアが剣を収めて歩み寄り、
そして、カルドの手を取った。
「謝るな。礼もいらん。……仲間だろう?」
フィアがニカッと笑う。
その笑顔は、王族の仮面ではない。
一人の仲間としての等身大の笑顔だった。
ワァァァァァァァッ!!!
歓声が爆発する。
それは勝者への称賛ではない。
仲間を救った英雄への、
惜しみない拍手だった。
「フィアンマ! フィアンマ!」
「王子! 王子!」
会場中が、フィアの名を呼ぶ。
フィアは照れくさそうに、
しかし誇らしげに手を振った。
その喧騒の中。
ヴェルは、カルドの元へ歩み寄った。
「……カルド」
「ヴェル」
「ありがとな。お前のおかげだ。
最高の舞台が整ったぜ」
俺はカルドと拳を合わせる。
硬く、熱い拳。
「行ってくる。……見てろよ。
最高の戦いを、見せてやるからな」
俺は背を向け、
フィールドの中央へと歩き出す。
向こうからも、一人の男がやって来た。
小太りで、眼鏡で、
AK-47を構えた俺のライバル。
「待たせたな、まよねこ」
「ヴェル殿……」
まよねこが、震えながら。
でも、力強い眼で銃を構える。
邪魔者はいない。
ギミックもない。
あるのは、俺とこいつだけ。
準決勝 第一試合。
大将戦。
風雲児 ヴェル
vs
迷い猫 まよねこ
最後の戦いが、今、始まる。




