0111.理論、技術、感覚。
視点:ヴェル
結局、その日。
俺は“成果らしい成果”を得られなかった。
師匠は途中から飽きてきたのか、
木人形と木人形を戦わせて遊んでいる。
カラコロ、カラコロ。
木が木を叩き、木が木を投げ、木が木を踏む。
音だけ聞くと、
雑な木工の作業現場みたいなのに、
動きは普通に殺意がある。
(……これ、ヒントか?)
そう思って見ていたら、師匠が淡々と言った。
「なんでみてるの?
もうこたえわかったの?」
「えっ、いや……」
「これ、ただのひまつぶしだよ」
以上。なんてこったい。
納屋に帰った後も、ずっと考えていた。
考えても考えても答えは見つからない。
……そして、最初に帰ってきたのは、
ボロボロのカルドだった。
鎧の隙間から見える肌が赤い。
肩が重そうに落ちていて、
足取りがいつもより一段遅い。
「カルド!? お前大丈夫か!?
セリア呼んでくる!!」
俺が走り出そうとした瞬間、
腕をガシッと掴まれた。
「大丈夫だ」
カルドは短く言って、俺を止める。
……大丈夫じゃない顔してるのに。
「それよりも……ヴェル」
目が、少しだけ鋭くなった。
「俺は、まだ強くなれる。期待してろ」
それだけ言って、フラフラと寝床に向かい、
そのまま倒れ込むように横になった。
最後の力を振り絞ったような動きだった。
(どう見ても大丈夫じゃない)
でも、カルドは頑固だ。
呼ばれたら嫌がるだろう。
……もしかしたらセリアに、
心配をかけたくないのかもしれない。
その直後だ。
納屋の入口がバタバタ鳴った。
次に帰ってきたのは――まよねこ。
……を、両手で頭の上に持ち上げ、
ニコニコで帰ってきたキロロ。
「ふ、ふひぃ……
ゼノン殿……容赦ないでござるよ……」
まよねこの声は弱々しい。顔も真っ青。
服は土まみれで、髪はボサボサ。
魂も、多分半分抜けている。
一方。
「ヴェルおにいちゃん!
あのね! ゼノンせんせいのしゅぎょうがね!
とってもたのしいんだよ!!」
温度差がすごい。
地獄を“楽しい”と言えるのは才能だと思う。
キロロはまよねこを寝床に運んだ後、
ニコニコしながら俺のところへ戻ってきた。
「あのね、キロロね!
すとれいきゃっつにはいるんだって!
あした、ゼノンせんせいとギルドいってくる!」
「マジで!? 冒険者になるの?」
「うん! おにいちゃんのパーティじゃないけど、
いつかファミリアつくるだろうから
そのときまでにつよくなれって!!」
ファミリア。
あの“五万ポイント”のやつだろ?
あの人、本当に簡単に言うよな……。
「で、今日はどんな修行だったんだ?」
「ゼノンせんせいとずっとたたかった!
キロロのこうげきいっかいもあたらなかった!
ゼノンせんせいすごくつよい!!」
あぁ、地獄コースね。
まよねこがボロボロになるのもわかる。
あれに巻き込まれたら魂が擦り切れる。
「ミキとリラは?」
「ぼろぼろ!!
リラおねえちゃんは、ちょっとないてた!
はいるパーティまちがえたって。
ミキは『あぱぱぱ』しか
しゃべらなくなっちゃった!」
南無南無。
気持ちはわかる。特にリラ。
来たばかりで地獄を見たんだ。
わかるぞその気持ち。
「……で、キロロは何で無傷で元気なんだ?」
「アノンがおしえてくれたほうじゅつ!」
そう言ってキロロは両手を広げ、
ぽわっと薄い膜のようなバリアを張る。
空気が少しだけ歪む。ほんのり光る。
「えっ? はぁっ?
アノンあいつバリア使えたの??」
「わかんない!
でも、ほじとじゅんかんでできたよ?」
保持と循環。
……解釈、ってやつか?
キロロの言い方、
妙に“コツ”を掴んでる感じがする。
「ヴェルおにいちゃん、できないの?」
真っ直ぐな瞳。
これで「できない」と言うと、俺が負ける。
が、出来ないものは出来ない。
「お、おう……。良かったら教えてくれる?」
「うん! おにいちゃんのやくにたちたい!!」
……何て素直で可愛い子なんだ。
天使だ。のじゃロリも見習え。
「えっとね、あのね。
まず、ほじでまもれー!っておもうの!
それだけだと、ほじがおそらにいかないから
だから、じゅんかんで、おそらにいって!
っておねがいするの!」
「なるほど?」
試しにやってみる。
保持で膜を作るイメージ。
循環でそれを外側へ巡らせるイメージ。
……が、できてる気がしない。
空気は歪まない。膜もない。
俺の心だけが空回りする。
「おにいちゃん、マナつかいすぎかも?
キロロのつくったやつくらいだと
ゼノンせんせいのからだくらいのマナだよ!」
マナの大きさ。
量の感覚。
キロロは“それ”を肌で掴んでいる。
その後も一時間ほど試したが、上手くできない。
キロロはとっくに眠ってしまった。
聞こうにも聞けない。
……なら、聞ける人に聞くしかない。
俺は少しでもヒントをもらうため、
母屋に行ってゼノンさんに聞こう!
◇
母屋ではゼノンさん、ディアさん、
師匠、そしてじいさんがいた。
もしかして大事な話かな?と思ったが、
――奇妙な冒険譚を話してた。
今は『あぁんまぁりだぁぁ』のところらしい。
詳しく聞くのはやめよう。時間が惜しい。
「で、どうしたんだい? ヴェル君」
「答えは教えなくてもいいので、
法術に関する基礎を教えて欲しいです」
ゼノンさんが目を細めた。
「なるほど。答えじゃなくていい、か。
それはどうして?」
「今やりたいことの答えを聞いたら、
多分、今の問題は解決する。
でも、次の問題はまた悩むことになる。
解き方を自分で考えて辿り着けば、
次の問題も自分で考えられるから……かな」
数学みたいなものだ。
答えを聞けば、その問題だけは解ける。
でも、次の問題は解けない。
知るべきは“解き方”だ。
そして“解き方を作る方法”だ。
「いいだろう。その通りだからね」
ゼノンさんがディアさん達に目配せして微笑む。
師匠もうんうんと頷き、
木人形は小躍りを始めた。ご機嫌だ。
「例えば、君の世界には
分身の術ってものがあるんだろう?」
いきなり忍者?と思った瞬間。
ゼノンさんが――分身した。
いや、正確には“分身のように見えた”。
目の前にゼノンさんが二人いる。
「ふふっ。これはね、
保持で見た目を空間に固定して、
私は移動時、調和で周りの景色と同化し、
移動を見せなかった。それが原理だ」
そう言ってゼノンさんが、
分身の方に手を伸ばすと、すり抜けた。
「言った通り、見た目だけだ。実像はない。
じゃあ、原理がわかったならやってくれ。
……って言っても出来ないよね?」
「はい。ちょっと……はい」
出来るわけがない。
理屈を聞いただけで出来るなら、
ここに来てないもんな。
「いいかい? 法術を使う時は三つのものがいる」
ゼノンさんは指を三本立てた。
「理論、技術、そして感覚だ」
そして丁寧に言葉を重ねる。
「理論はさっき説明した通り。
その上で保持を定着する技術がいる。
ただの保持じゃない。見た目だけを保持だ。
同じく、調和で同化させるのも見た目だけだ。
見た目を触るやり方を知らねばならない」
「なる……ほど? じゃあ感覚ってのは?」
「どれほどのマナを捻出するかという勘かな」
キロロが言ってた“マナの使いすぎ”のことだ。
「多ければ綻びが生まれ、保持は崩れる。
足りなければ定着せず、保持は崩れる。
その感覚を身につけなきゃならない」
「うぅ、難しいですね……」
「確かに難しい」
ゼノンさんは笑って、でも声は真面目だった。
「だが、これを極めれば、
やりたい事を理論立て
適切にマナを取り、
きちんと操る。
その三つだけでどの法術も使えるんだ」
アノンが昔言っていた言葉が頭に浮かぶ。
大気からマナを媒介に蓄積する。
体内に蓄えるため変換する。
体内のマナを魔法に変換する。
大気のマナを直接使う。
基本にして全て。
理を修め、極めれば――
初見の魔法すら見ただけで再現できる。
あの話が、今ここに繋がった。
出来るようになったわけじゃない。
むしろ、何が出来てないのかが“見えた”。
ゼノンさんの目が、
それを確認したように柔らかくなる。
師匠も木人形も満足そうだ。
そして四人は、
また奇妙な冒険譚の続きへ戻っていった。
もう話は終えたってことなんだろう。
「ありがとうございましたっ!!」
俺は礼を言って、納屋に戻らず、
そのまま草原へ向かった。
理論を立てて、技術を身につけ、感覚を磨く。
法術は“解釈”の術。
なら、解釈できる自分になるしかない。
少しずつだ。
少しずつでも、やってやる!!
こうして、俺の考える修行は、
やっとスタートラインに立った。




