6月、雨の日のニューフェイス
「柚ー、これから元中の桐校通ってる友達と遊ぶけど、一緒にくる?」
月曜日の放課後。少しずつじめっとした暑さが気になり出した今日は、朝から雨が降っていた。
帰り支度をしながら憂鬱な気分で窓の外を見ていたわたしは、クラスの友達の明るい声に振り向いた。
「今日? 今日か~」
今日は月曜日だ。いつも通り、予備校に行く予定だった。でも別に必ず月曜日に行かなければいけない、というわけでもない。
渋るわたしを見て、声をかけてくれたクラスメイトの恵那が首をかしげた。
恵那は華女生のなかでは珍しく、髪色をいつも明るくしていて、ピアスの穴も開いている。メイクもバッチリだ。言葉を選ばずに言えば、いわゆる派手な子。
わたしみたいな生物学的かろうじて女子とはまるきりタイプが違うけど、なにかと波長が合うせいか一年のときから一番仲が良い。それぞれ違うコミュニティも持っているけれど、なんだかんだよく話すし遊ぶ、そんな友達だ。
二年生にあがってから今までの薄い興味が嘘のように出会いを求めるようになったわたしを面白がって、恵那はさすがの人脈で様々な出会いの場をセッティングしては、わたしに声をかけてくれる。
「なんか予定あった?」
「うーんと、予備校が……」
モゴモゴと理由を話すわたしに、恵那は納得したように苦笑した。
「あー、英語だっけ。柚こないだ赤点取ったって涙目だったもんね」
「うん……」
「でも映像授業のとこでしょ? 明日行けばいいんじゃない」
あっさりしている彼女にしては、今日はやけに食い下がる。
「……なんか、珍しいね。人数足りないの?」
探りを入れるような真似は得意じゃないから、直球で聞いてみた。
恵那は目線を斜め上にやって、とぼけた顔をする。ちょっと気まずいことがあるときの顔だ。
「そうじゃないんだけど、今日遊ぶ人に、ボウリングガチ勢がいて。こないだの柚の武勇伝話したら勝負したがってるんだって」
こないだの。つまりわたしが出会いそっちのけでボウリングにガチはしゃぎしてストライクを連発し、自己最高スコアを叩き出したときのことだろう。
思いだすだに恥ずかしいけれど、恵那はあの場にいた誰よりも興奮していた。男子にドン引きされたのは彼女がわたしにキャーキャー言って抱きついていたせいもあると思う。
「それでね? 最近の柚、出会い厨じゃん?」
「言い方ひど!」
友情、崩れ去りかけ。恵那は辛辣だ。
「だから来るだろうなと思って連れてく連れてくーって言ってあるんだよね、既に」
「それ先に言ってよ! 今までの会話、無駄!!」
思わず声を高くしたわたしに、恵那は顔の前で手を合わせて顔だけ申し訳なさそうにしてみせた。
そういうことなら仕方ないし、正直なところ勝負を受けて立ちたくなっているのもあって、わたしは恵那についていくことに決めた。
決めたのだけど。
ちょっと憂鬱だった予備校通いも、懐かしい友達の存在に勇気づけられていた。
(でも別に、約束してるわけじゃないし……)
今日は行かない、とわざわざ連絡するほどのことだろうか。
メッセージアプリの画面を開いては閉じ、開いては閉じ。
やなぎんのアイコンであるどこかの街の風景に指で触れては戻り、触れては戻り。
ところでこれ、どこなんだろう。
「柚、そろそろ行こー? 向こうも授業終わって出るとこだって」
「んー……あれ、他の子は?」
悩みつつも恵那の呼び掛けに返事をして、はたと気づく。わたしたちと、あと誰が一緒に行くんだろう。
恵那はにまっと笑った。
「今日は私らだけ! 向こうも二人」
「へ? え! うそ、それ大丈夫? その集まりほんとに私で大丈夫?」
「驚きすぎじゃない? 柚は大人数だと空回るか大人しくなっちゃうし、好きな人が欲しいんでしょ? 遊ぶ相手が欲しいわけじゃないなら、気が合いそうな男子と会えたほうがいいかなって」
友情、美しきかな。
恵那がそこまで考えてくれていたなんて……!
でも、ということは待って、やばくない?
「うわうわ、もはやお見合い……」
「お見合いとか、ウケる」
「わ、わたし今日髪ハネてない?」
「わりといつもだよ」
そんな風に男子に会うとわかっていたら、さすがのわたしももう少しちゃんと髪を丁寧に梳かしてきたのに。
……やなぎんには、やんちゃだった小学生時代を知られているので、今更取り繕っても遅い。気にしないことに決めている。そもそも、やなぎんはそこまでわたしに興味ないだろう。
「それに、向こうは柚がその気でくるとか知らないし、とりあえず今日はボウリングしに行けばいいんだって」
恵那はとぼとぼ歩きだしたわたしを励ますように、肩をバシンとはたいてきた。地味に力が強い。
そんなこんなで、駅前のとあるビルの前。カラオケやらボウリングやらゲームセンターやら、色々なアミューズメントがいっしょくたになった施設は、高校生御用達の遊び場である。
「西上ー」
胸のワンポイントに桐校のエンブレムがあしらわれたポロシャツを着た二人組の男子のうち、前髪をセンター分けにしたおしゃれな子が恵那に向けて緩く手を振っている。西上は恵那の名字だ。
「久しぶり、東、また振られちゃったの?」
恵那が開口一番失礼なことを言う。なるほど、彼はアズマくんというらしい。恵那の友達は間違いなく彼のことだろう。と、いうことは。
「お前、しょっぱなそれかよ」
「あんたが私に声かけてくるときは大体そうでしょ」
「西上だってまた髪色変わってんじゃん、今フリーだろ」
「は? 私が男取っ替え引っ替えしてるみたいな言い方やめてよね、あんたと一緒にしないで」
「俺だってお前が言うほど遊んでねーわ」
「来るもの拒まず去るもの追わずは遊んでるって言うの」
二人がチャラい高校生のお手本のような罵り合いをしている様にも全く動じず、腕を組んで仁王立ちし、スポーツ用メガネ越しにこちらにガンをつけてきている男子が、わたしのお見合い相手(仮)だろう。
……どうしよう、キャラ、濃。
なんで一言も話さないのかな? 人見知りとか? 絶対違うと思うけど。
「あの、はじめまして、沢渡です」
とりあえず、第一印象が肝心だ。挨拶大事!
目の前の彼はピクリと眉をあげ、真面目な顔で口を開いた。
「やはり、君が例の沢渡さん! 合コンにも関わらずボウリングに本気で挑み、ストライクを5連続で出したという、例の!」
待って、話盛られてるんだけど。
確かにトータルで5回ストライクを出したけど、連続じゃない!!
しかも合コンにも関わらずとか言われてる。誰、その空気読めない子。わたしか。
「今日は君との勝負を楽しみにしていた! お互い、全力で戦おう!!」
「へぇ」
両肩に手を置かれ、熱く語られる。勢いに押され、わたしは時代劇に出てくる三下のような返事をしてしまった。
「ちょちょ、トノ、いきなりだと沢渡チャンがビックリするだろ」
東くんがトノ? さんの腕をつかみ、わたしの肩から離す。いつの間にか恵那とのケンカは終わったらしい。そして、こちらに向けてにこっと人懐っこく笑った。わあ。
「沢渡、柚チャンだよね? 西上から聞いてるよ。俺、東夏海! 夏の海って書いて、ナツミね」
「沢渡柚です、よろしく」
なんだか、彼の可愛い笑顔によく似合うお名前だ。ものすごくイケメンという感じではないけど、とっつきやすくおしゃれで清潔感のある雰囲気……などと、なぜか上から目線で評価するわたし。何様のつもりか。
うん、現実逃避だね。思ってたよりもガチなボウリングガチ勢がいらしてるから。
「申し遅れました! 殿岡勝、勝つ一文字でまさるです!」
元気な自己紹介とともに、求められる握手。
「はい、よろしくお願いします……」
恐る恐る差し出した手は、がしっと握られブンブン上下に振られた。
***
燃え尽きた。
今までの人生で、一番集中したボウリングだった。
疲れ切ったわたしとは対照的に、他のお三方は元気いっぱいだ。
「ふぃー、いい汗かいたな~」
中でも東くんはご機嫌。額の汗をタオルハンカチで拭っている。袖でちゃちゃっと拭うとかじゃないあたり、どっかの横暴な兄とは大違いである。
殿岡さんはまっすぐわたしを見て、こう言った。
「沢渡さん、君、プロを目指す気はない?」
目がマジだ。
「ないです……」
「そうか、非常に残念だ」
「へい」
申し訳ないけれど、あくまで遊びとして楽しんでいる程度の人間に、それは少し荷が重い。
わたしの様子を見かねてか、恵那が会話に入ってきた。
「ガチ勢にしてもガチすぎでしょ、全国大会出てるだなんて」
「まだまだ大したことないよ。特にこういうところは、ボールも量産型だからいつもとは勝手が違うし」
「いやいや、すごいよ、殿岡さん……ほぼ全部ストライクだった。あんなスコア見たことない」
「いやあ、それほどでも」
こうして照れているところは、少し親しみが持てる。
「そう言えば沢渡チャン、好きな人が欲しいんだって?」
「なに、ストライクが欲しい?」
「ごめんトノ、ちょっと黙ってて」
せっかく恵那が紹介してくれたけれど、殿岡さんのことはボウリング師匠として崇めることはできても、お友達になれるかも怪しい。彼はボウリングに一途すぎる。
……でも、ちょっと待って。なんで東くんがその話を知ってるんだ。
じと、と恵那を見ると、彼女は眉を下げてへらっと笑った。
続けて東くんを見る。彼は邪気のない笑顔でこちらを見返してきた。
「楽しそうだから手伝うよ」
協力的すぎて、逆に怖い。
「例えば、好きなタイプとかないの?」
「好きなタイプ……うーん……やさし」
「優しい人以外で」
食い気味に遮られた。優しくない。
「えっ……うーん……」
「はい、5、4、3」
「待って待って、えっと、楽しく会話できる人!」
焦って答える。はっきりと考えたことがなかったと気づいて、別の焦りも生まれる。
「なるほど、他は?」
「他? ……素直な人?」
「ふーん、で?」
「まだ言わなきゃなの? えっと……なんか、こう、なんて言うのかな、自分を持ってる人」
「はいはい、お疲れさん、とりあえず今日のところはそんなもんでいいや」
急に雑だ。
東くんはスマホの画面をすいすいと動かしながら、わたしに言った。
「今聞いたのの他に浮かんだら教えて? 俺の周りでそれっぽいやつ探すわ」
「……ありがたいけど、どうしてそこまでしてくれるの?」
東くんはスマホの画面から目を離し、にやっと笑う。
「面白そうだから。沢渡チャン、ウケるし」
「それ褒めてないよね」
「仮に俺が褒めたつもりだったとしても、受け取る側がそう思わないのであればそれは褒めてないのと一緒だよね」
テキトーそうな感じなのに、意外と理屈っぽい。
恵那といい、恋愛強者な方々からすると、好きな人が欲しいという発想は面白いらしい。
……別に悪意は感じないから、いいんだけど。
やっぱり、お子様なのかなあ。
解散の運びになった。殿岡さんは駅前からバス、恵那と東くんは電車が逆方向で、手を振り合って別れる。
家の最寄り駅に着いたのは、いつも予備校から帰るよりは少し早い時間だった。だんだんと日が伸びて、あたりはまだ明るい。
予備校の前を通るんだけど、なんだか後ろめたくて心なしか早足になった、そのときだった。
「……沢渡さん?」
小さな呟き声。足を止めてしまう。
「……やなぎん」
わたしを見つけて、少し驚いているみたいだった。
彼は今まさにつけようとしていたイヤホンをケースにしまって、こちらに歩いてくる。
ああ、わたし。どうして今日、予備校に行かなかったんだろう。
どうして、帰りの時間が合っちゃったんだろう。
立ち止まったその場所はちょうど水たまりの端っこで、靴にどんどん冷たい水が染みてくる。
「今日、ちょっと友達と遊んでて、予備校行かなかった」
「? うん」
なんか、なんていうか……宿題をやらなかった言い訳をしてるときみたいな気分だ。
やなぎんはべつに、なんとも思わないはずなのに。
やなぎんももう帰るところみたいなので、なんとなくいつものように並んで歩き出す。
わたし一人が勝手に気まずいだけで、彼はいつもと全然変わらない。当たり前だ。
そのとき、わたしのスマホがずかちゃかと大きな音を立てた。電話の着信音。マナーモードにし忘れていた。
「恵那だ」
思わず声に出してしまう。彼女から電話とは珍しい。いつもはメッセージなのに。
「ごめん、ちょっと出るね」
「どうぞ」
何の用だろう、と不思議に思いながら、電話に出た。
「あ、柚? 今大丈夫?」
「うん、ちょっとなら」
ちら、とやなぎんの方を気にしつつ、少し小声で応えたいところだけど、外だからそうもいかなくて、ちょっと声を張る。
電話口で、恵那は珍しく言いよどんだ。
「今日は急にごめんね」
「えっどうしたの、改まって」
彼女らしからぬ声音に、驚く。
「や、無理くり連れてっちゃったっていうか、ああ言えば断りにくいだろうなってわかってたから……どうしても謝っときたくて」
「恵那ぁ~」
「なに、気持ち悪い」
「ひど……」
相変わらず、恵那はわたしの感動をぶった切るのが得意だ。
「そうそう、東の人脈使えるだけ使ってやればいいと思うけどさ、あんたも少し友達当たってみたら? 柚のこと知ってる子の方が合う人紹介してくれるかも」
やっぱり、恵那の最近の楽しみは、わたしの恋愛事情に首を突っ込むことらしい。つかめ初恋! とか言ってくるだけあって、提案が具体的だ。
わたしの友達で、男子と一緒に遊ぶ場を作れそうな子というと、華女の友達よりは中学時代の友達だろう。まず浮かぶのはりさっちと未央だけど。
「うーん……わたしの友達、合コンとかあんまり……」
「まあそうだろうけど……」
「そもそもここまで上手くいかないと、もう何回やってもだめな気がしてくるよ」
「たかが数回でしょ、まだわかんないよ。……あ、そろそろ家着くから切るね」
「あ、うん、じゃあね」
通話が切れた画面を数秒見つめる。
うーん、ほんとにこんなんで、好きな人、できるんだろうか。
「……ゴウコン?」
やなぎんが、初めて聞いた外国語かのように、その単語を発した。
ぐりん、と音が鳴ってもおかしくないような勢いで、彼の方を向く。
その勢いに驚いたように、やなぎんの肩が跳ねた。
急に、否定したくてたまらない気持ちになった。
「違うの! いや違わないけど、違うの!」
支離滅裂なことを言うわたしに気圧されたようだったやなぎんは、ゆっくり口を開いた。
「ゴウコンって、高校生でもできるんだ……」
「やなぎんもそんな冗談言うんだね」
今そんなこと、どうでもいいのに。わたしの頭の中は、なぜだかわからない焦りでまともに口を動かしてくれない。
やなぎんは戸惑ったように目を伏せた。
「あの、なんていうか……沢渡さんと、全然結びつかなくて」
やなぎんの中のわたしのイメージが気になる。大方、岩に登ってけらけらしていた頃のままのような気がするけど。
でも本当に、それを気にしている場合じゃない。この会話の流れは、わたしにとって、あまりよくない感じがする。
「……合コンとか、行くんだね」
その彼の言い方と、声のトーンと、いつも以上に合わない目線とで。
距離をとられたと、分かってしまった。




