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10月、延長戦の文化祭



 なんとか視聴覚室から逃げ出して、恵那と合流して早々に桐高から帰ったあの日から、二週間後。

 わが華女の文化祭当日は、気持ちのいい秋晴れに恵まれ、和やかにスタートした。


 午前中はクラスの出し物に参加して、午後は調理部へ。

 

 毎年純喫茶をやるのが恒例化していて、メニューもかなり本格的にこだわっている。調理部としての腕の見せ所だ。


 なかなか開かない紅茶缶と格闘していたら、ホールの方から萌香ちゃんが顔を出した。


「ゆーずーりーん! お客さん!」


 ちょっとにやついたその表情に、そのお客さんが誰なのか悟る。

 緊張で鼓動が早くなってきて、震える手で缶を置いた。

 

「柚ファイト!」

「当たって砕けろですよ、柚先輩!」


 拳を突き出すのんちゃんたちに頷きを返して、客席の方へ向かう。


 華女の文化祭はチケット制だから、基本的に在校生の家族や友人しか来られない。その中で、男子高校生はそう多くない。

 桐高の学ランの二人組は、少しだけ浮いていた。

 ……二人組?


「ありがとう、来てくれて!」


 ひとまず、困り顔のやなぎんにお礼を言う。彼はわずかに目を細めた。


「こちらこそ、チケットありがとう」


 そう言った声も優しくて、ほっと安堵する。

 なんとなく、わたしたちの間にあった壁みたいなものを、越えてきてくれたような感覚だった。


 そして、視界の端でひらひらと手を振っている人物を無視するわけにもいかないので、仕方なく聞く。ちょっと今はわたしの人生の一大事だから、距離感を掴みかねている友人への適切な対応を頑張る余裕はないのだけど。


「で、なんで東くんもいるの?」

「俺も別口からチケットもらえたから」

「そういうことじゃなくて」


 困っているのが顔に出てしまったのか、東くんはからかうのをやめてくれたらしい。少し笑みを引っ込めて、首を傾げる。

 

「だって柳が土壇場で怖気づいて逃げ出したら困るだろ?」

「……必要ないって、断ったんだけど」


 やなぎんの苦りきった表情というのも、なかなかレアだ。

 けれど東くんの主張が聞き捨てならなくて、むっと腰に手をあてる。

 

「やなぎんはそんなことしません」

「お」


 やなぎんが少し驚いたようにわたしを見る。

 東くんも眉を上げ、さっきまでのにやっとした笑みを再び浮かべた。


「心配いらなかったか。じゃあゆずりん、このパウンドケーキセットください」

「……はい」


 反応に困って、ちょっと返事が遅れた。

 やなぎんが心底不思議そうに東くんを見る。

 

「……なんで東がそう呼ぶの」

「ごめんちょっと出来心で……」

「食べたら帰ってね」

「柳たまに冷たいよな……今のは俺が悪かったけどさ」


 苦笑する東くんと、肩をすくめるやなぎん。

 わたしはちょっとそわそわして、今の会話をもっと掘り下げたい欲にかられた。だけどそれを我慢して、たずねる。

 

「やなぎんは何にする?」

「僕も東と同じセットで」

「かしこまりました、パウンドケーキセットおふたつですね」


 わたしたちのやりとりをにこにこ見ていた東くんが、ふと視線を廊下の方へと向けた。途端に表情を変えて、がたりと音をたてて椅子から立ち上がる。


「東、どうしたの?」


 不思議そうなやなぎんに何かを言いかけた東くんは、焦ったようにもう一度教室の出口の方を見て、微かに首を横に振ると。


「……ごめん沢渡チャン、セットひとつで。俺ちょっと行くとこできた」

「え、あ、はい」


 やなぎんにも片手でごめん、とジェスチャーをして、慌ただしく走っていってしまった。


「誰か知り合いでもいたのかな」


 そう呟いたやなぎんがやけに手持ち無沙汰に見えて、わたしは我に返った。


「じゃあ、ちょっと待っててね」


 注文を伝えに、調理スペースまで戻る。

 

 給仕係とポジションを交代して、いざ運ぼうと差し出されたトレイの上には、セットがふたつ。


「のんちゃん、セットひとつだよ?」


 伝達ミスがあったのかと思って確認したけれど、のんちゃんは満面の笑みだ。

 

「何言ってんですか、柚先輩の分ですよ!」

「……ひぇ」

「ごゆっくり~! 盗み聞きなんて野暮なことはしませんから安心してください!」


 なんだかものすごくお膳立てしてもらってしまい、緊張がぶり返してくる。


 あの日は勢いのまま、絶対来てねなんて言ってしまったけど、やなぎんがわたしのことをどう思っているのか知るのはやっぱり怖い。

 トレイを持つ手が震えそうになって、深呼吸してそれを抑える。


「お、お邪魔します」

 

 さっきまで東くんがいた席に腰かける。

 わたしをまっすぐに見て、彼はわずかに微笑んだ。

 

「もしかして、休憩もらってくれたの」

「そんな感じです」


 ああもう、なんで敬語。

 妙に距離を取ってしまったみたいになって、ぎこちない空気になってしまう。


 それをどう思ったのかはわからない。

 彼は少し黙った後、目の前に置かれた紅茶とパウンドケーキに目線を落として、静かに両手を合わせた。


「……いただきます」

 

 わたしも食べようとフォークを手に取るも、彼が一口目を食べる様子を待ってしまう。

 少しだけ目を細めてパウンドケーキを食べて、わたしの視線に気づいて目を泳がせた。


「み、見てたの?」

「ごめん、味、どうかなと思って……」

「美味しい」

「よかった! やなぎん、結構甘い物好きだよね」


 わたしの言葉に、やなぎんは少しだけ口角をあげて頷く。

 何気ないそんな表情や仕草のひとつひとつが嬉しかった。


 しばらくは、あの日話せなかった桐高の文化祭のこととか、最近読んだ本のこととか、まるで夏休み前みたいに他愛もない会話をした。

 

 やがてケーキを食べ終わってフォークを置く。


「……沢渡さん、」

「あの、わたし――」


 お互いどこか緊張した面持ちで、話し出したタイミングが被る。

 何往復かお先にどうぞとし合った結果、怖気づいたわたしが先を譲る形になって。


 やなぎんは硬い表情で口を開いた。

 

「水族館、行った日。いろいろひどいこと言ってごめん」


 唐突にも思える謝罪。いきなり核心をつく話題に、どうしても身構える。お互い、その話をするために会っているのは疑いようもないことなのに。

 彼の顔を見ていられなくて、つい視線を落としてしまう。白い皿の上のケーキのかけらを意味もなく見つめて、でもやっぱり続きを待つ。

 

「この前も、せっかく文化祭来てくれたのに態度悪くてごめん」

「ううん、わたしも、言い逃げしたから」


 咄嗟にそう返すも、やなぎんは首を横に振った。


「卑怯だった自覚があるから、まずは謝りたくて。ちゃんと、直接」


 さっきまではふわふわ浮かんでいた心が、すっかり沈んだ。

 わたしは、謝ってほしかったわけじゃない。

 彼が謝るようなことなんてない、それだけでも伝えたくて、首を横に振る。


(じゃあ、何が欲しかったんだろう)


 わからないまま、まとまらないまま話し出す。


「わたしは、ただ……あの日、やなぎんが言ってたことが、よくわからなくて」


 言葉にすると、腑に落ちる。

 言われたことの意味を考えても、どうしてもわからなかった。

 わたしの「好き」が、恋愛的な意味かそうでないかなんて、それを決めるのはやなぎんじゃなくてわたしだ。


 だけど、それを受け取る側の気持ちを考えることができていなかったという話なのだとしたら、わかる。

 

「わたしの方こそ、ごめんね。ひとりで先走って、付き合わせて……」

「それは違う」


 静かで、だけど断固とした否定だった。

 驚いたわたしの顔が、彼の目に映っている。

 

「一時の気の迷いでも錯覚でもいいと思って受け入れたくせに、勝手に堪えられなくなったのを沢渡さんのせいみたいに言った。……最低だった」

「そんなこと……」

「待って、ごめん。明確に言えてないことがあるんだけど……日を改めてもいいかな。ここじゃ、ちょっと」


 言われて、急に周りの音がざわざわと戻ってくる。視界も開けて、そうすると、周りがちらちらとわたしたちを気にしているのに気づいてしまった。


 明らかに場違いな話をしていたことにも気づいて、一気に恥ずかしくなってくる。


 彼もそれに気づいたのだろう。少し焦ったように次の約束をして、カップに少しだけ残っていた紅茶を飲み干して。ちょっとだけ苦い顔をしたのをすぐに引っ込めて、慌ただしく席を立った。


 出口まで見送るわたしを振り返って、彼は眉を下げて早口に言う。


「せっかくの文化祭なのに、ごめん」

「やなぎん、謝ってばっかりだね」

「……そうだね」


 淡々と肯定したあと、彼はわずかに言いよどんで、そして意を決したようにわたしを見た。

 

「いろいろと、はじめから……やりなおすチャンスをもらえたら嬉しい」


 一瞬、理解が追いつかない。

 緊張と不安に揺れる彼の目を見つめ返して、わたしは気づいた。


 わたしの恋は、まだ終わってない。

 その嬉しさが言葉になって飛び出した。


「こちらこそ、お願いします!」

 


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