シーン27 落命
シーン27 落命
各員、各所がギリギリと軋むような夜が開けた。
富士子は再度の採血をオルガに申し出たが、オルガは頑なに首を縦に振らず、もちろんビスケットも許さず、そうこうしている内に要の発熱は40°を超え、それまでうめき声一つ上げなかった要は「い・・けな・・い。ダメ・・だ・・まだ」悪夢を思わせる支離滅裂の言葉を途切れ途切れに吐くようになり、富士子は目の淵を赤くして要にとりすがり「要さん!!私はここにいます!!」と声を枯らして呼びかけ、要の命をこの世に引き止めていた最中、本陣建物屋上に設置されているヘリポートに、特戦群ヘリで緊急輸送されたred eyesの特効薬が届いた。
屋上で待ち受けていたトーキーは乗務員から迅速に受け取り、エレベーター前で入口を開けて待っていたファイターと共に地下3階駐車場まで運び、要の隔離室前で待っていたビスケットに手渡す。
保冷バックを開けたビスケットは縦6列、横5列のバイアル30本の中から1本を取り出し、注射器に移すと末梢ルートを確保し、すでにスタンバイしてあった生理食塩水の点滴に注入する。
祈る思いで滴下速度を調整したビスケットの内耳モニターに、[送る。コロンブスからビスケット、間に合いそうか⁈]とコロンブスから入り、[今、投与を始めたところです。15分ください]と応えたビスケットに、コロンブスは[わかった。チャンスの容体はどうだ⁈]と聞く。
[先ほどお伝えした通り、快方に向かっています。赤い涙も流さなくなりつつあります。お任せ下さい]とビスケットから聞いたコロンブスは、深い息を吐き[そうか、良かった。イエーガーを頼んだぞ。絶対に死なせるな]と言明するような口ぶりで言い、[お約束しかねます]と心中を明かしたビスケットを、隔離室外で仁王立ちのファイターが尖る目で睨みつけ、[イエーガーは生還する。必ずだ。ビスケット、15分後に報告を頼む]冷静沈着を絵に描いたような声で言ったコロンブスは通信を遮断した。
トゥーランドット“ 誰も寝てはならぬ“ が聴こえてくるような夜だった。
その夜要とチャンスは回復に向かい、スパルタンの妻だった敏子は落命した。日本初のred eyesの犠牲者であった。その遺体は一夜明けた今、本陣医療施設の冷凍庫で厳重管理されている。
思えば、敏子の人生はなんだったのだろう。スパルタンのような男と出会い、身勝手に生きる男の妻となって耐えきれず、他に安らぎを求めた女は一人黄泉の世界へと旅立った。
人生最後に愛した男の生死もわからぬまま・・・女は逝った。手を握り、己のために泣いてくれる人も無く。




