シーン24 選択
シーン24 選択
隔離室の外、ビニール越しに立ったファイターはベットに腰掛けてうつむき、険しい表情で考えを巡らせている要を見た。立ち上がった要はファイターの目を真っ直ぐ見るや、揃えた右手で自分の首を指し左右に振る。ファイターは奥歯を噛んで、内耳モニターをOFFにした。向き合った2人に医務官が駆け寄りつつ「イエーガーは絶対安静です。ファイター、今は遠慮してください」と言い、要は赤い視線をファイターから医務官に移して「すまない。しかしながら、今やらなければ後悔してしまう。頼む、自由にやらせてくれないか」静かな、とても静かな声だった。
静かすぎる声に眉をひそめた医務官は「特効薬があと、3時間で届くとコロンブスから連絡が来ています。どうかそれまで、できる限り安静にしていてください。頼みます」苦渋を飲むように言い、一礼するとその場から静かに離れた。
表情が険しくなるばかりのファイターに視線を落とした要が「内耳モニターで、チャンスとの会話を聞いていた。チャンスが感染していたら・・・敏子さんの様子からすると・・残された時間は、あと2時間ほどしかない・・」と言い、かすむ赤い目でファイターを見上げた要は「すぐにも富士子さんが警備部に連れられて、本陣に到着するはずだ。富士子さんから採血してチャンスに輸血してくれないか?」と言った。
「採血?」と聞き返したファイターに、頷いた要は「red eyesの抗体を富士子さんは生まれながらに持っている。母親の久美子さんの死因は公式には出産時の大量出血となっているが、本当の死因はred eyesだ」、「えっ!」と声を上げたファイターが「どういう事だ⁈」と聞く。
「事故で入院した国男さんの病室に突然、コロンブスが来たのを覚えているか?」と要が聞き返し、「ああ」と答えたファイターに、要は「事故現場の処理に来ていた係官がコロンブスに同行していただろう。あの男は国男さんに久美子さんが亡くなった時の状況を聴取しようとしていた。すでに本陣は、あの時からred eyesの情報を掴んでいたんだと思う。だから、僕は本陣に富士子さんの保護を要請した」と話す。
「そうだったのか・・・俺はフレミングが富士子さんを連れ出すと、懸念したのかと思ってた」と言ったファイターは、何事も聞いてみなければわからないと改めて思う。
和む瞳で、ファイターを見た要が「ファイター、なぜ富士子さんがハイアットホテルに居たと思う?」と聞き、いきなりの要の問いに戸惑ったファイターは首を振り、そのファイターに要は「原隊復帰して以来、帰国する度に、あの部屋に、富士子さんが泊まった部屋に、、、僕は宿泊していたんだ。今回で4度目だった。再会したあの日、富士子さんと僕はあの部屋で朝まで語り合った。今日、家族に論文を書くと言い訳した富士子さんは、隣の部屋にチェックインしていた。だから、富士子さんはハイアットホテルにいたんだ」幸せ満載の声で要は打ち明ける。
顔を赤らめたファイターが「えっ、、と、お前と富士子さんは、その、、、なんだ、、真剣な付き合いを、、しているという事なのか?」としどろもどろに聞く。
すがすかしく笑った要は「ああ。そう思ってもらって構わない。富士子さんは僕のものだ」堂々と言ってのけた要の言いように、ファイターは息を飲む。女性に対する要の支配欲と執着を初めて見たからだ。要はなおも「ファイター、ここに富士子さんを連れて来て欲しい」と頼む。
ファイターは「わかった。どうするのか、お前の考えを知っておきたい」と慎重に口にする。正直、俺は、女性がらみの話は不得意だ。今まで、イエーガーとこんな話はした事もない。イエーガーが隔離室にいる今、何が起きても万全に対処したいという気持ちもある。こいつは大丈夫だと、自分に言い聞かせながらも、不安が俺につきまとう。もしもの時に備えろと俺が俺に言っている。
慎重なファイターの言動に感謝しかない要は「富士子さんは抗体のことも、red eyesが母親の死因だったということも知らない。母親が死んだのは・・自分のせいだと思ってると宗弥が言っていた。僕が教えるのは筋違いだとは思うが、チャンスは一刻を争う。僕が話す。事情を説明する。頼む、ファイター。富士子さんをここに連れて来てくれないか」と切に頼んだ。
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むせび泣く富士子に、「いきなり、こんな話をしてすまない。本来、国男さんから聞くべき事だったと思う。本当にすまない。富士子さん、顔を上げてくれないか・・・。ありがとう。時が迫っているんだ。頼まれてくれないだろうか?」要は思いやりしかない声で聞く。要を見つめる富士子は「わ、わかりました。私の血液が役に立つのであれば、いくらでも採血します」富士子の切実な声に、態度に、要は「ありがとう」頭を下げ、顔を上げるや「オルガ、頼む」と富士子の右隣に立つオルガに言った。
「了解しました。ですが、イエーガー、コロンブスに一報入れてください」と言ったオルガに、ファイターは厳しい目を向け「今から、上に上がって俺が話す。イエーガーには休養が必要だ。これ以上はダメだ。いいか、オルガ、ここがお前とトーキーとターキー、俺の、踏ん張りどころだ。やれることは俺たちでやろう」ハリのある声でそう言い、[送る。トーキーからオルガ、僕もファイターに同行してコロンブスと話す。イエーガーの言う通りにしてくれないか]とトーキから入り、オルガは黙るしかなく、そのオルガに要が「勝手ばかりを押し付けるようで、すまない。だが、今はチャンスのことを最優先で考えて欲しい」と言うと、右手の親指の付け根を左手の親指の先で押し始めた富士子が「あなたのことは、誰が考えるの」とつぶやく。
心でハッとした要は「僕は用心して、ここにいるだけだ。心配しなくていい。大丈夫だ。さぁ、行って」と促すように言った。クソ・・涙を拭いてやる事も、知った事実を分かち合うことも・・できない僕は・・・・どこまでも無力だ。
ファイターとオルガに伴われて歩き出し、後ろ髪を引かれるように振り向いた富士子に、要はとびきりであろう表情で微笑んだ。そして奥歯を噛んで内耳モニターを起動させ[送る。イエーガーからオルガ、無理はさせるなよ。富士子さんはO型だ。頼んだぞ]と入れた直後に、目眩を覚えてその場にへたり込む。
それを見た医務官が、要の隔離室に駆け込んだ。やはり・・僕も感染していたか・・。遠のく意識の中で要はそう思い、笑う。
脈を取る医務官に、「ベットに・・寝かせてくれないか・・このまま・・何も・・しなくて・・いい。これからチャンスの・・輸血が始まる。終わる・・まで・・・僕のことは報告するな・・もし、してみろ、お前を・・事故死さ・・せてやる」笑う要がそう言った。




