雷帝VS刀術師
冒険者ギルド訓練場。
周りをセシリアさん謹製の超強力な結界に覆われた施設。
並みの冒険者では傷一つ付けることすら叶わない。
傷を付けようとするのならば、俺のように最低でもAランクの実力は欲しいところだ。
とはいえ、さすがに俺の剣術でも彼女の結界に傷を付けるのはなかなか骨が折れそうな強度をしているが。
足下には砂が敷き詰められていて、これは王都近郊の街道と同じものが使われている。
なぜそんなものが敷き詰められているかと言えば、冒険者が主に行動するのは屋外。
つまり自然の中だからだ。
なるべく自然と同じ足場で訓練等を行えるようにとの配慮でこうなっている。
まぁ壁もあるし結界もあるし、自然の要素なんか足元くらいのものなのだが。
そして壁には、セシリアさんの張った結界を常時発動させたままにするための魔道具が仕込まれている。
これは発動した結界魔術を取り込み発動する、結界の常時展開用魔道具。
なぜ一度の発動で常時展開できるのかと言えば、発動の維持に必要な魔力は周囲の空気中から収集しているからだ。
壁は粘土を含む石灰石や石膏を焼いて作った粉末を水に溶かしてねったものを固めた、セメントとかいう物が使われていて、そこに魔道具が嵌め込まれている形だ。
土木関係の依頼なんか受けたこともないし、詳しい事は知らないが、これも勇者の仲間の一人が持っていた知識によるものらしい。
……いったい元いた世界で何をやっている人物だったのか、少し気になってしまう。
とまぁ、そんな訓練場は、ギルドにあるあらゆる施設の中でも一番の割合を占めている。
訓練場の広さは、人で例えるなら、約千人ほど同時に入ることが出来るほどだ。
主に、新人冒険者の育成や冒険者同士の力比べ『模擬戦』が行われたり、他にはランクの進級試験なんかにも使用される。
俺も村から王都へとやってきて少しした頃に、アルカに散々訓練だとか言われ扱かれたもんだ。
まぁ俺と模擬戦してくれるようなやつはいなかったし、依頼の助っ人以外で他の冒険者と関わることがほとんどなかったから、訓練以外の使い方をしたことなんか一切ないんだが。 ……哀しいなぁ。
ここで試験を受け、より高ランクの冒険者となり、依頼で報酬を得たりして生計を立てていく者たちを冒険者と言う。
そしてこれは、俺のもう一つの肩書でもある。
すでに知っているだろうが、俺はアルファリア王国南方のド田舎『雪花村』出身だ。
とある理由で村を離れ、この王都にやってきたんだが……いや、別に隠すことでもないか。
単に、村が大量の魔物に襲われたせいで家族を含めた村の人間が全員亡くなってしまい、偶然近くに調査に来ていた冒険者……つまりアルカに、あと少しで魔物に殺されそうだった所を救われ、今に至るというだけだ。
もうかれこれ三年ほど経つが、未だに当時のあの悲惨な光景は忘れられそうにない。
俺が親父から受け継いだ刀や破壊された村に辛うじて残っていた品々を手に、アルカと共にこの王都へやってきて冒険者になったのだって、最初は当時のような悲惨な光景を再び起こしたくないという強い考えに突き動かされたからだ。
『――誰かを大切に思うのなら。 愛する誰かを守りたいなら。 誰よりも、どんな存在よりも強くなれ。 理想は常に高く、己の限界を超えてもなお、果てへと至る道を想い描け』
幼い頃から桜ノ宮一刀流の技を教える度に俺に言い聞かせていた親父の、あの厳しい中に温かさを感じる言葉と表情を、今でも鮮明に覚えている。
物心ついた時から、いつもはしかめっ面を浮かべている親父が楽しそうに話す、ご先祖様の――『勇者』の話が大好きだった。 魔王と戦い、苦しめられていた人々を救い、敵国に攫われたお姫様を助け出す、そんな正義の体現者といったような勇者に、まだ幼かった当時の俺は本気で憧れていた。
そして、親父は俺たち桜ノ宮の血筋に継承される『聖痕』のことを教えてくれた。
お前の手の甲にあるのは、お前がなりたい自分になるために必要な物なんだ、と。
それからの俺は、今まで以上のやる気と気合に満ち、桜ノ宮一刀流の技を次々会得していった。
それこそ、親父たちが亡くなる数日前には免許皆伝を言い渡され、代々伝わる刀『桜吹雪』の担い手として認められるくらいに。
とまぁそう言う事情もあり、血縁もおらず天涯孤独の身になった俺は、アルカの勧めであらゆる情報が入ってきやすいギルドに身を置き、今では職員兼冒険者ってことになったわけだ。
さて、当初の予定と外れた自分語りはここまでとしようか。
◇ ◇ ◇ ◇
訓練場の近くに来ると、何やら耳をつんざくような凄まじい轟音がしてくる。
(おいおい、まさかアルカのやつ……軽い運動じゃなくて本気の戦闘訓練やってるんじゃないだろうな!? アイツ元Sランクの最強冒険者の一人『雷帝』だぞっ!? そんなことしてたらいくら頑丈な結界であっても壊れるかもしれんだろうが! やっぱり馬鹿なんだろアイツ!)
そんな風に心の中で悪態をつきながら、訓練場で愛用の二丁の魔道銃を乱射しているだろう上司に向かって走り出す。
訓練場に着いて最初に目撃したのは、アルカの魔道銃や魔術による攻撃でクレーターだらけでされボコボコになった地面。
正直目も当てられない悲惨な状態、というのが相応しい有様だ。
どうやら、相当なお肉がお腹に付いてしまったようだ。
八つ当たり気味に攻撃された地面が可哀想に思えてしまう。
鳴り響いていた轟音がやんだ頃、俺は訓練場の中央――アルカの傍に辿り着いた。
一通り動いて一旦落ち着いたのか、アルカは腕を上に伸ばして、伸びをしていた。
そんなアルカの脳天目がけ、俺は後ろから拳を振り下ろす。
「おいこらっ! アルカ! 何やってやがる!」
振りかぶった拳がアルカの頭にぶち当たり、鈍い音を響かせる。
アルカはあまりの痛みに頭を押さえ、
「ぃっったぁ! 誰よ全く! 痛いでしょうがッ!!」
と少し目に涙をにじませながら、抗議の叫びを上げた。
そして勢いよく振り返り、俺の顔を見たかと思えば、
「……って、あれ? アンタなんでこんなとこ来てんのよ。 仕事は休みにするって言ったでしょーが」
と、昨日自分で言ったことも忘れた様子で俺に言う。
「はぁああ!? お前が昨日、明日ギルドに来いって言ったんだろうが! 忘れてんじゃねーよ!」
俺はあまりの彼女の態度に、声を荒げてしまった。
「え? あ……あははは! すっかり忘れてた! ……ご、ごめんね?」
俺の言葉にあっけにとられたような表情を浮かべ、今思い出したというように苦笑いを浮かべつつ言葉を返してくる。
どうやらこの女、本当に昨日自分で言ったことを即行で忘れてしまっていたようだ。
どうしてくれようか。
いや、それよりも。 今は結界の補強を先にやっておくべきか。
この考えなしのせいで、若干結界が綻んでいるみたいだからな。
「はぁはぁ……ライクさん、早いですぅ……ようやく追い着きましたぁ」
遅れて到着したセシリアさんは、急いで走ってきたせいで荒く息を吐いている。
アルカを止めることに意識が持っていかれてたせいで、セシリアさんを置き去りにしてしまっていた。
はぁはぁ、と息を荒げる彼女の表情は、とても魅力的で思わず魅入ってしまいそう……って違う違う。
そんなことをしている場合じゃない。
「す、すみません……。 このおバカを止めようしてセシリアさんを置き去りにしてしまって」
すぐさま置き去りにしたことを謝った俺は、彼女に向かって深々と頭を下げる。
「あはは、大丈夫ですよ。 私は別に気にしてませんし、ライクさんもそんなに気にしないでください、ね?」
彼女は手を激しく振りながら、俺を気遣うように言葉を返してくれた。
なんとお優しいお言葉だろうか。 アルカに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。
さて、こんな状態で言うのは少々心苦しいが、結界の補強というか修復を頼まなければな。
「はい、ありがとうございます。 それで、その……。 着いてすぐで申し訳ないんですが、結界の修復をお願いしてもいいですか? アルカが結構派手にやったみたいで結界に綻びがあるので……」
「あ、ホントですね。 これはかなりボロボロに……というか、結界より地面の方が気になりますけど」
セシリアさんは地面のクレーターを見つめつつ、結界の修復を始める。
彼女の手から放たれる魔力は魔術へと紡がれ、壁に嵌め込まれている魔導具へと吸い込まれていく。
いつ見てもセシリアさんの結界魔術はすごいな。
何というか無駄がなくって魔力の淀みが全然感じられない。
それでいて会話の片手間で済ませてしまえる程に卓越した、本来は詠唱を必要とする魔術の無詠唱での行使。
流石は『結界師』の異名を持つ、結界魔術において他の追随を許さない最高の結界魔術師だ。
「あははー、ごめんね~? ちょぉーっと運動してたら熱が入っちゃってー……。 最初は加減してたつもりなんだけど。 ホントごめんね、セシリア」
「まぁこの程度ならすぐ治せますからいいですよ。 ――っと、はい。 言ってる間に修復完了ですっ!」
セシリアさんの魔術によって再び展開された結界はあるべき姿へと戻っている。
先程とは打って変わって、綻びの無い結界が訓練場に張り巡らされていた。
むしろ、以前張られていた結界よりも、より強固で堅牢な物へと変化しているように感じ取れる。
「え、あれ? セシリアさん、また腕上げました? なんか前よりも結界の性能が上がってるような感じがしますけど」
「あ、わかっちゃいました? そうなんですよ。 私もこの高ランク揃いのギルドで置いていかれないよう、日々結界魔術の研鑽を積んでまして……正直、今の私なら二人の全力もなんとか受け止められるんじゃないかってくらいです!」
セシリアさんは軽く背を反らせ、豊かすぎる柔らかな胸を上下に揺らしながら自信に満ちた可愛らしい表情を見せた。
「ふ~ん? それじゃあ、私とライクで模擬戦やるから、もう一仕事してもらおうかしら?」
アルカは突然そんなことを言い出し、挑発するようにセシリアさんに言葉をかける。
(……この女はいったい何を言っているんだ)
これだけ訓練場をめちゃくちゃにしたにも関わらず、アルカはまだ体を動かし足りないらしい。
どんだけセシリアさんい迷惑かければ済むの? 何? 脳みそ入ってないの?
などと思ってしまうほどだ。
「うーん……いいですよ! 私もアルカさんとライクさんが模擬戦してるとこ見てみたいですしッ!」
どうやら自分の負担よりも俺とアルカの模擬戦が気になったようで、セシリアさんは是非是非ッ!と宝石みたいに輝く瞳でこちらを見ながら更に魔力を込め、結界の強度を上げていく。
(……なんか俺、断れない雰囲気じゃないだろうか?)
セシリアさん、なんだかすっごく期待した目でこっち見てるし……。
(はぁ、仕方ない)
俺もアルカとは訓練以外で一度ちゃんとした模擬戦をやりたいと思ってたんだ。 いい機会だし付き合ってやるか。
と考えを改め、俺は口を開く。
「ふぅ……セシリアさんも協力してくれる気でいるみたいだし。 仕方ないから模擬戦、やるか」
「ふふん! そうこなくっちゃっ! それじゃセシリアには悪いけど、終わるまで頼むわね?」
アルカはほころぶ花のような可憐な笑みを浮かべると、セシリアさんに対し片目を軽く閉じた。
対するセシリアさんは右手に力こぶを作るようにして、アルカへと返事を返す。
「こちらは気にせず思いっきりやっちゃってください! 全力で結界張らせてもらいますから!」
◇ ◇ ◇ ◇
模擬戦をすることになった俺とアルカ。
俺たちは互いに距離を取り、周囲にクレーターの残る訓練場の中央で向かい合う。
窓もなく風の入らない訓練場は静けさを湛えていて、聞こえてくるのはここにいる俺たちの息遣いくらいのものだ。
そんな静寂が俺の体を包むように纏わりつく中。
ふと疑問が頭を過ったため、俺はアルカに質問を投げかける。
「それで? なんでまた俺と模擬戦やろうなんて思ったんだ? 軽い手合わせくらいならいつもやってるだろ?」
「まぁそれはそうなんだけど……」
どうしてだか、アルカは何やら悩ましげな表情を浮かべている。
少し間を空け、何かを決めたかのようにこちらへ向き直ったアルカは、話の続きをし始めた。
「……アンタ。 昔こっちに連れてきて少し経った頃、ギルドに入る前に言ってたわよね? 『俺は……俺は誰かを助けられる人になりたい。 親父が憧れた勇者のように。 そして……俺のご先祖様のように、大切な人たちを守れる強い人に……俺はなりたい』ってね」
(うぐっ……それはまた、懐かしくも恥ずかしい俺の黒歴史的発言を掘り起こしてきたな……)
確かにあの時、親父たちを失って少し塞ぎがちだった俺は、アルカにそんなことを言った。
勿論、当時の俺はとてつもなく真剣だった。
恥ずかしいなんて気持ちを抱く余裕すら存在せず、ただただ、親父が憧れたあの勇者のようになりたかた。
俺が理想とする剣士のようになりたかった、だから、俺は気持ちの全てを言った。
今でこそ恥ずかしさを覚える発言だが、言ったことには今と何ら変わらない気持ちが詰まっている。
誰かを守りたくて冒険者になった。 誰かを救えるだけの力が欲しくてアルカに教えを乞うた。
当時の自分と同じ悲しさを、悔しさを……他の誰かに味わってほしくなくてギルドに入った。
そんな当時の自分を思い出しつつ、俺は顔を引き締めるようにして言葉を紡ぐ。
「……ああ。 今じゃ少し恥ずかしく思ったりもするが、気持ちとしては今も同じだぞ」
俺の言葉を聞いたアルカは、柔らかな笑みを浮かべて口を開いた。
「ふふふっ。 だったら良かったわ。 やっぱりライクはライクね。
……ま、何が言いたいかっていうとね? あれから三年経ってアンタも成長した。
だから、このSランク冒険者『雷帝』と本気で殺り合ってどこまで戦えるのか。
もしくはその上を行くのか。 それを私に示してほしいのよ」
言葉を終えると同時に、アルカの体からとてつもない殺気が質量を伴って俺を襲う。
さきほどまで静けさを湛えていた訓練場は、アルカの魔力によって生じた風の音を反響させた。
(うっ……これは……アルカの魔力解放か)
アルカの体から溢れ出す凄まじい量の魔力によって周囲の大気が震え出し、膨大すぎる魔力は俺の体を地面に押しつけようとするかの如く圧し掛かった。
(おいおい、これは本気で……今までの訓練や手合わせのレベルじゃないな)
本気も本気。 全力の雷帝様の魔力による重圧だった。
「……おい。 本気か?」
俺は重圧に負けないようにしながら、気を引き締めて問いかける。
「これが本気に見えないなら……医者に診てもらった方がいいわよ?」
アルカは俺を挑発するような表情で煽るように言葉を返してきた。
「そうか。 だったら、今の俺がお前に追いつけたのか……いや、違うな。 俺がお前を超えられるのか。 今ここで試させてもらうッ!!」
俺もアルカと同様に、普段は抑え込んでいる大量の魔力を放出した。
俺の体から放たれた魔力は、アルカと同じく大気を震わせ、周囲に敷かれた砂を弾き飛ばす。
ぶつかり合う俺たちの魔力は、まるで雷鳴のごとき音を鳴らしながら、訓練場全体へと激しい鳴り響く音を轟かせた。
俺の得物は、親父から受け継いだ刀――神刀『桜吹雪』。
勇者の居た世界『地球』に存在した剣の一種。
剣の中でも、特に物を斬るための切断力を向上させるための反りがついている刀だ。
もっと詳しくいうのであれば、緋色の鮮やかな刀身を持ち、単純に刀というよりは太刀という方が正しい見た目をしている。
勇者の文献によると他にも色々あるらしいが、桜ノ宮家で代々受け継がれてきたのはこの刀のみ。
勇者が地球より持ち込んだ刀が神により強化され、新たな刀として鍛え上げられた『神器』と呼ばれる神造武具の一つ。
対するアルカが持つのは、魔道銃『ヘル・シュヴァイツァー』。
右手に持つ黒い拳銃がヘル。
左手に持つ白い銃がシュヴァイツァーという名の二丁一対の魔道銃だ。
アルカの持つ魔道銃は、銃自体に各属性の魔力を込めることで、対応する魔力の弾丸『魔弾』を放つ魔道具の一種。
そして、魔道銃の最大の特徴は、魔術自体を弾として込めることで範囲を絞り威力を向上させたり、逆に散弾として広範囲に放つことで、本来一人相手に使用する強化魔術を多数相手に可能とする点にある。
この能力により、攻撃だけに特化した魔術師ではなく、支援も可能なバランスの良い魔術師として、アルカは国からも重宝されている。
「ふふっ。 やっぱりアンタ、あの頃とは見違えたわね。 正直、魔力量だけ見たら私以上じゃない?」
アルカは何やら嬉しそうに笑みを浮かべている。
「高名な雷帝様にそんな風に言ってもらえるなんて光栄だな。 必死こいて修行した甲斐があるってもんだ」
俺は多少の皮肉を混ぜながら言葉を返した。
「またそんなこと言って……。 でも、魔力量だけじゃ、私には勝てないわよ? アンタの修行の成果、私に見せてみなさいッ!」
言い終わると同時に、魔道銃に込められた魔弾が俺の体を目掛け凄まじい勢いで放たれた。
迫りくる魔弾は右に避けようとも左に避けようとも執拗に俺を追い続ける。
追尾し続ける魔弾を、時に避け、時に刀で弾き飛ばし、時に斬り捨てながら、俺は必死にアルカを刀の間合いに入れようともがく。
魔弾の同時装填数は十発。
十発の魔弾を何とか凌ぎ、反撃しようと身体強化の魔術を施してアルカに近付こうにも、凄まじい速度で再装填され、すぐに新たな魔弾が俺の体を穿つように迫りくる。
今までの訓練や手合わせの時とは全く違う。
反撃することもままならず、付け入る隙さえ見い出せず、避けて弾くのが精一杯。
俺は次々と襲い掛かる魔弾の雨を退けるために訓練場を走りまわされてしまう。
流石は最高ランクに位置するSランクの冒険者、凄まじく強い。
「なぁに? 手も足も出ない感じ? 修行の成果ってのはこの程度だったのかしら。 そうだとしたらアンタ……。 ――このままじゃ私に殺されるわよ」
アルカは俺の神経を逆なでするような声音で煽るように言葉を紡ぐ。
最後には、常人なら声の圧力のみで震えて倒れそうな声を放った。
「――ッ!?」
言葉と共にさらに膨れ上がった殺気に、俺は体を少し強張らせてしまう。
そんな俺に構わず、アルカは次々と魔弾の雨を降らせてきた。
向けられた銃口から飛び出す、お得意の雷属性の魔力で出来た魔弾。
雷鳴を響かせ、俺の鼓膜を震わせる雷の魔弾は、俺の額へと吸い込まれるように迫ってくる。
早鐘の如く鳴り響く鼓動を弾ませながら何とか回避したかと思えば、今度は背後から迫りくる跳弾が脇腹を撫でるように掠めていく。
前も後ろも左右にさえ逃げ場はなく、全方位から魔弾は襲いかかる。
俺を中心とした魔弾による包囲網は崩れることなく、隙あらばと言ったように、身体を執拗に付け狙う。
迫る魔弾を前に、刀を目にも止まらぬほどの速度で振るい、俺は襲い掛かる魔弾を斬り落としていく。
一瞬の油断も許さない、そんな極限状態の視界の中。
視界の端々には大量の汗と傷から零れ落ちる鮮血が舞い踊り、地面には汗と血で構成された水玉模様が出来上がる。
(――ああクソッ! こんなもんなのか。 あれだけ訓練を、修行をしてもまだ、アルカに追いつくことすらできないのかッ!)
俺はアルカに追いつけない、追いつけていない自分に悔しい気持ちが溢れ、そんな事を考えてしまう。
それでもなお、俺はひたすら己が魂を、意思を振り絞り、力として刀を振り続ける。
だがそんな時、今まで記憶の片隅に放置していた、いや、思い出さないように蓋をした、あの時の記憶が呼び起こされる。
魔物と戦い、俺を庇ったせいで体を切り裂かれて飛び散った親父の鮮血。
同じく俺を庇ったせいで魔物に肉を食われ、体の至る所から血を流す母さんの姿。
そして……俺の体に食らいつこうと、大口を開けて襲いかかってくる魔物。
(――嫌だ。 嫌だ。 嫌だッ! 死にたくない。 死にたくない。 死にたくないッ!!)
気づけば、俺はいつもの冷静さを失っていた。
しかし、冷静さを失った俺のことなど知ったことかと、アルカはさらに魔弾を乱射する。
俺は迫りくる魔弾の群れを、冷静さを失った頭をなんとか動かして右に左に避け続けた。
最初の頃よりも精彩を欠いた俺の動き。
目の前には、顔を失望の色の染めていくアルカの姿が微かに見える。
(俺は何をやってるんだ! アルカにあんな顔をさせて! ホントに何をやっているんだ!)
俺は冷静さを失っていた己を叱咤するように心の中で叫び、気合いを入れなおす。
気合いを入れなおした瞬間、俺の前に立ちふさがったのは七色の魔弾。
アルカが好んで使う、七属性全ての魔力を魔弾として撃ち放つ攻撃だ。
七属性持ちではないアルカが、なぜ全属性を使えるのか。
理由は魔道銃の弾にある。
魔道銃は魔術や魔力を直接魔弾として放つことが多いが、実弾を込めることもできる。
今回俺の前に現れた七つの光を纏った弾丸は、内三つが属性弾と呼ばれる属性の魔力を込めた弾丸によるもの。
自前の魔力を使わずに済むという利点もあり、アルカは常に全属性の弾丸を用意している。
迫りくる七色の弾丸を前に、俺は親父の残した言葉を思い出す。
(……ああ、そうだった。 理想は常に高く、己の限界を超えてもなお、果てへと至る道を想い描け。 ……だったよな、親父)
親父の言葉は俺の弱っていた心を奮い立たせるのに十分だった。
(ホント、何で俺は恐怖に震えていたんだ。 これじゃあまるで、三年前と同じじゃないか)
目の色を変え、改めてアルカと全力で戦う意思を抱いた俺は、己の剣技によって打ち破ることを決意する。
「――漆ノ太刀 刺水散華ッ!」
俺が放ったのは超高速の突きによる連撃。
放たれた刺突は迫りくる魔弾を串刺しにしようと飛翔する。
魔弾と俺の放つ刺突は激しくぶつかり合う。
己が体が果てようとも、絶対にコイツだけはぶっとばすとでも言わんばかりに。
ぶつかり合った魔弾と刺突は耳をつんざくような爆発音を周囲へ放ち、空気中へと溶けるように姿を消していく。
いくつかは破壊できたが、全ては破壊できず、すり抜けてきた魔弾によって俺は傷を負った。
俺は血を流しつつも、アルカに問う。
「殺す気じゃなかったのかよ? ――俺は死んでないんだが?」
煽るように飛び出した俺の言葉にアルカは驚いたような表情を見せた後、軽い笑みを零す。
「ふっ。 なかなか言うじゃない? さっきは腑抜けた顔してたけど……何か吹っ切れたみたいね?」
アルカは俺の顔を見て何かを悟ったのか、確信しているように問いかけてきた。
事実、俺は親父の言葉を思い出したおかげで気力に満ち溢れている。
「ああ、思い出したことがあってな。 生前、親父が俺にくれた言葉だ」
俺は昔を懐かしむようにしながら目を一瞬閉じ、再度心に刻み込むようにしてアルカに語る。
話を聞いたアルカは納得の表情を浮かべ、不敵な笑みを零しながらうなずく。
「なるほど。 それのおかげで良い表情をするようになったのね。 今のアンタの顔、立派に剣士の顔になってるわよ?」
どうやら今の俺はアルカが言ったような顔をしているらしい。
ホントかどうかは鏡でも見ないとわからないが、他人から見ても俺の顔は色を変えているように感じるものになっているみたいだ。
「そうか? なら、親父に感謝しないといけないな。 ホント、あの人には足を向けて寝られないわ」
「ふふっ。 アンタに桜ノ宮の剣術の全てを教え込んだお師匠様だものね。 そう思うなら、この後の戦闘は期待していいのよね?」
アルカは再度不敵な笑みを浮かべながら、俺を挑発するかのように言葉を紡いだ。
「ああ。 悪かったな。 ここからが正真正銘、俺の全力だ。 期待してくれていいぜ」




