受付嬢はお菓子にときめく
次の日。
まだ昼にならないくらいの時間。
俺は愛用の黒のロングコートに身を包み、まだ寒々しい冬の街中へ出かけた。
街を吹き抜ける風は首元を撫でるように通り過ぎ、俺はあまりの寒さに少し襟元を手で押さえるようにして歩みを進める。
風はなおも体へ冷気を運び、早く春よ来い、なんて思ってしまうくらい冷たい。
寒さに凍える手を、時折コートのポケットに突っ込みながら歩いた先は、王都を五つに分けたその一角、自宅も存在する北区の商店通りだ。
目の前に広がる、商店通りの道の真ん中には、一列になるようにして木々がたくさん並んでいる。
木々は全て桜の木。
今はまだ時期ではないため咲いていないが、もう少し時間が経ち春になれば、綺麗な桜の花が咲くことだろう。
通りにある様々な店舗――宿屋、雑貨屋、魔道具店、武具店、鍛冶屋など――の店先を含む商店通りには、多種多様な見た目をした様々な種族の人々で溢れている。
今日も今日とて、オルディアの街は多くの人で賑わっていた。
通りは人の声が絶えず響き渡り、活気の良さがうかがえる。
商店通りに並ぶさまざまな店舗は朝早くから店を開き、今もなお、お客さん相手に商売に大忙し。
時折、寒そうに手を擦り合わせたり、息を吐いて温めてみたりしているのが遠くからでも見てとれる。
店先には子連れの女性が店員と談笑している姿や、親が話してる間に周りではしゃぐ子供の笑み。
そこには、かの勇者の守った日常があった。
大きく広がる道を見渡せば、勇者の知識が広まった結果発展した建築技術によって建てられた家々が見える。
目の前に広がる家々の外観は煉瓦造りのもの。
白のものもあれば、赤いものもある。
ふと足下へと目を向ければ、そこにあるのは敷き詰められた石畳の地面。
これは国王様の指示で整備された結果、できたもの。
これにより、勇者の知識を元に開発されたという『魔道四輪』や元からあった『竜車』、『馬車』などの乗り物が快適に走ることができるようになった。
そうした整備の甲斐もあり、この商店通りを含めた王都の全域で様々な乗り物が多く行き交っている。
ちなみに先程の魔道四輪だが、これは貴族を中心とした裕福な家庭の人々がよく購入していたりする、魔力を動力源とした乗り物だ。
まだ開発されてから日が浅く、かなりいいお値段がするらしい。
俺も一度店舗へ足を運んでみたが、俺の収入では極貧生活でもしなければまず買うことなど無理だろう、そんな金額だった。
まあ、そんなことは置いておくとして。
それ以外の移動手段として多く見られる竜車や馬車。
これは勇者が居た時代以前にも存在したものだ。
値段で言えば、順番的には魔道四輪・竜車・馬車と言ったところだろうか。
その中でも、よく人々に利用されるのは馬車だ。
一番安い反面、一番移動時間はかかるが、比較的低所得の平民でも問題なく使うことができるため人気の乗り物だ。
今も俺の歩く道の横を、人が走るよりも少し早い速度で地面を鳴らしながら駆けていくのが見えている。
次点の竜車だが、速さ・値段共に中間といったような感じで、平民であれば所得の多い中位から上位以降のランクの冒険者などが良く使っている。
なぜなら、依頼などで日付の指定がある場合が多く、早くて手ごろな移動手段がこれしかないからだ。
かくいう俺も、何度かお世話になったことがある。
最初はあまりの速さに驚いたものだが、慣れてしまえば流れていく景色を見るのが楽しかったり、時折頬を撫でる風が心地よくて用が無くても乗りたくなってしまったほど。
とはいえ、今の時期では地獄だろうが。
これ以上となれば魔道四輪だが……そんなものを買ってしまえば維持費だけでも馬鹿にならない。
そんな魔道四輪だが、これは元となった車とは違い魔力で動くため、運転手――術者――の魔力制御能力等の技量の高さによって出せる速さが異なったりする。
詳しい理屈なんかは専門じゃないからわからないが、これは魔道具の一種らしく、搭載されている専用の魔術を付与した魔力結晶に魔力を流すことで操作して動かすらしい。
ちなみに、魔力結晶というのは魔獣の体内から見つかる、魔力の結晶体だ。
ま、そのままのネーミングだな。
後はまぁ、暗い夜でも街中を照らしてくれる街灯も異世界の知識を基に考えられた魔道具。
それらは夜になれば、昼間に近いくらい明るく夜道を照らしてくれていて、王都での犯罪数減少にも貢献したなんて言われている。
とまぁ、まだ色々あったりもするが、一先ずそんな風にこの王国は発展を遂げた。
そうそう、一番忘れちゃいけないのがあったな。
それは、多くの世の女性たちを魅了してやまない……『パティスリー皇』。
それは王都一、いや、王国一の人気を誇る、子供から大人まで様々な人々に笑顔を届ける菓子店。
連日行列が出来ることで有名で、俺も学院への入学の準備で買い物へ出かける前に先にそっちへと行ったが……あれは地獄だった。 戦場と言ってもいいだろう。
そうして商店通りでの買い物を済ませた俺は、寒さに若干体を震わせながら一度家へと帰るのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
そして現在。
入学に必要な品々を買い終わった俺は、一度家に帰り荷物を置いた後、お詫びの品を持って冒険者ギルドの前に立っていた。
お詫びの品は、王都一の人気菓子店『パティスリー皇』で買った、一日百箱限定販売の大人気の商品だ。
ちなみに、このパティスリー皇という名前は、俺のご先祖様である勇者の仲間の一人の名前から付けられている。
なぜなら、この菓子店で売られている商品は全て皇という人物が残したレシピを再現・アレンジしたものだからだ。
ギルドの職員は俺以外女性だけだし、頑張って朝早くから並んで買ったコレなら、文句なしにお詫びの品として受け取ってもらえるだろう。 女性は甘いものが好きだったりするからな。
それとだ、とても重要なことなのだが。
入学に必要な物とかの費用は全て自腹だった。
どこかの誰かさんには色々と言いたい……と思うどころか、ぶっ飛ばしたいほどだ。
いいよな? 俺、権利ある感じだよな?
強制的に入学させるくせに、入学金すら自腹とか何事だろうか。
もちろん、俺の自腹ってことだ。 おかしくないだろうか。 いや、おかしいだろう。
とまぁ、こんなとこでウジウジ考えていても仕方ない。
ギルドにいる他の職員の人たちに挨拶しに行こう。
俺のせいではないが、結果的に俺の仕事が他の人たちに割り振られるわけだからな。
そんな風に考えながら、俺はギルドの扉を開いた。
◇ ◇ ◇ ◇
ギルドの入口の方から涼やかに響く鈴の音と同時に、若い男性の声が聞こえてくる。
「おはようございまーす」
「ん? あ! ライクさんじゃないですか! おはようございます!」
住民等からの依頼や冒険者の登録、その他にも様々な雑務をこなす『冒険者ギルド』で一二を争う美人窓口受付嬢兼Aランク冒険者こと、セシリア・リヴェリアは目を通していた書類から顔を上げて応えた。
絹のように滑らかで白い肌に澄んだ蒼玉色の瞳。 さらさらとしていそうな白銀色の長い髪は光沢に溢れている。
美しい容姿は一二を争う美人と言われるのが理解できるほどに端整で、貴族のお嬢様といった風貌。
細身の体からは想像もつかない程大きく実るその果実は、ギルドの制服である黒のスーツを押し上げ激しく主張していた。
真面目で丁寧な仕事ぶりに気さくで元気なその姿から、親しみやすいともっぱら評判の彼女は、人族と魔族の混血である。
多くの人が昼食を取り、冒険者であれば依頼に出ているだろう昼下がり、職員としての仕事をしていたセシリアは、挨拶をしてきた声の主に疑問を持つ。
(ん? ライクさんって学院に通うことになるからしばらく休みってアルカさん言ってなかったかな……)
あれは一昨日だったか。
大したことではない、といった風に「あ、そうだ。 ライクのやつ学院通うことになったからしばらく休みになるからね~。 よろしく~それじゃね~」と、仕事終わりにアルカから告げられたのは。
自分と共にこのギルドで働いている彼の歳は現在十六。 本来なら既に学院に通っていてもおかしくない歳ではあるが、何故このタイミングで? 確かに彼の境遇を考えれば、今からでも学院へ通わせてあげたいとも思うだろうが、どこか引っかかる。
とはいえ、配属当初から彼と親しくしていたセシリアとしては、彼――桜ノ宮雷紅の入学を祝わずにはいられない。
前髪を少し整え、祝いの言葉を言うべく立ち上がり、
「ライクさん! 魔術学院へ入学することになったみたいですね! おめでとうございます!」
と、心からの言葉を贈る。 すると、何故か頬をほんのり赤く染めた彼の姿が視界に映った。
「ぇ!? あ、ありがとうございます! ……と言っても、強制的に決まったんですけどね。 あはは」
彼は少し困ったような表情で苦笑いを浮かべながら答えた。
「あ、やっぱり自分で通うことに決めたわけじゃなかったんですね。 でも、どうせなら楽しんじゃいましょ! 人生楽しんだ者勝ちですよっ!」
しかしセシリアは、そんな彼に対し励ましの意味も込めて笑顔と共に言葉を返す。
「ははっ! そうですねっ! せっかくの機会ですし、学院生活満喫してきます!」
そんなセシリアの言葉を聞いた彼の顔は、どこか晴れやかな空のような印象を受けるものへと変わったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「そういえば、その持ってきた袋って何ですか?」
「あ、これですか。 これはまぁ……何というか。 しばらく学院に通うことになって仕事は皆さんに任せっきりになってしまうので、そのお詫びの品です」
そう言って袋から例のお菓子を取り出し、テーブルの上に置く。
ギルド内部に設けられた職員の休憩室。
周りには他にも休憩中の職員もいて、話に花を咲かせていた。
今、俺とセシリアさんはお互いに椅子に座り、テーブルを挟んで向かい合っている。
テーブルの上に置かれたお菓子の包装を見て、セシリアさんは驚きを隠せないといった様子で目を見開く。
「な、なッ、なッ! なんでこれがここにぃ!? これって一日百箱限定のパティスリー皇のお菓子じゃないですかぁ!!!」
彼女は驚きの声と共に立ち上がり、嬉しそうな表情を浮かべた。
「あはは。 運が良かったみたいで、朝早くに並んだらぎりぎり買えちゃいました」
俺は彼女の過剰なまでに喜びの感情の溢れる様を見て、ほっと胸をなでおろすとともに笑みを浮かべてしまう。
三歳程しか変わらないはずの彼女だが、自分と同じかそれよりも幼く見えてしまう程に無邪気な笑顔がなおも浮かんでいる。
彼女はふと我に返り自分の姿を恥ずかしく思ったのか、乾いた笑いと共に頬をかいた後、
「ご、ごめんなさぃ……」
と少し頬を赤く染めて照れた表情を浮かべながら、消え入るような声でつぶやいた。
……とても可愛いですね。 ごちそうさまです。
「こ、これ……貰っちゃっていいんですか? ホントに?」
彼女はおずおずと聞いてくるが、口角は上がり、口元は笑みの形に歪んでいる。
喜びの感情は、全く抑えられていなかった。
ホントこの人可愛いな、なんて思いつつ、俺は彼女へと返事を返す。
「ええ。 その為に買ってきたんですから。 皆さんで召し上がってください」
「やった! 前から食べてみたかったんですよっ! ありがとうございます!」
彼女がもし犬だったら、尻尾を喜びで激しく振っていそうなイメージが浮かんでしまうくらいに激しく感情を高ぶらせていた。
「はははっ。 喜んでもらえたなら並んで買った甲斐があるってもんですよ」
そう言いながらこれを買う為に並んでいた時のことを思い出す。
まだ日が昇っていなくて、通りを照らすのは街灯の明かりだけ。
冷たい風が体を包み込むように吹き抜けるような朝早くに行ったというのに、そこには既にかなりの人数が並んでいたり。
なんとか列に並んでほっと一息ついたと思ったら、横入りしてくる冒険者がいて、それを注意しようとしたら周りの女性陣がその冒険者をフルボッコにしていたり。
そんな普段はおとなしい感じの花屋のお姉さんや人の良い宿屋のおばさん達の豹変ぶりに驚いたり。
そんな姿に動揺しながらも、きっちりと開店まで店の前で並び、買い終わって店から出ようとすれば周囲からとんでもない殺気が感じられ――買えなかった人達の哀しみの視線が向けられ――その場から全速力で離脱したりと。
今朝の出来事を振り返っていた俺は、見た人が心配する程の表情だったらしく、
「あの……ライクさん? ……大丈夫ですか?」
と、気を遣わせてしまった。
「へ? あ、いえ! 全然大丈夫です! ちょーっと学院生活について考えてたら不安になっただけですから!」
咄嗟にそれらしい言い訳をして、手を激しく振りながら誤魔化す。
(こんなんじゃ流石に誤魔化せないか……?)
しかし、意外にも彼女は納得してくれたようで、
「なるほど!」
と言いながら笑顔を浮かべつつ、首を縦に振る。
「私もオルディア魔術学院には通ってましたし、その気持ち分かります。 確かに入学前って不安でいっぱいですよねー」
「え、ええ。 正直こういうちゃんとした教育機関に通うなんて初めてのことなんでドキドキしてるんですよ。 あはは」
(ごめんなさい、セシリアさん……。 不安に思う気持ちが無いわけじゃないんですが、今のは誤魔化しただけなんです……)
そんなことを内心考えながら言葉を返した。
それにしても、セシリアさんもオルディア魔術学院に通ってたんだな。 経歴とか聞いたことがなかったから全然知らなかったわ。
セシリアさんのことだし、恐らく学院でも優秀な成績を修めてたんだろうなぁ。
「ふふふっ。 ライクさんでもそんな風に思うんですね? いつも堂々としていて落ち着いた姿しか見てなかったので知りませんでした。 でも、実際通ってみると色々不安に思っていたのが馬鹿に思えるくらい楽しかったですし、ライクさんだってきっと大丈夫です。 それに、ここではライクさんが先輩ですけど、学院のことを言えば私の方が先輩ですし、何かあったら相談してくれていいですからね? いつでもどうぞっ、です!」
ホント……セシリアさん優しすぎますよ。 こんなに素敵な笑顔で優しい言葉をかけられたら、別の意味でドキドキしてきそうだ。
速まる鼓動をどうにか抑えつつ、いかにも平常通りだといった風に、
「ええ、その時はお願いしますね? 先輩?」
と少しおどけた口調で言う。
「はい、任されました! 後輩くん!」
そして彼女と二人して笑い声を抑えるようにして笑みを浮かべ合いながら、ギルドに来たもう一つの目的を思い出す。
「そういえば、ギルマスが今どこにいるか知ってます? 昨日ギルドに来るように言われたんですが……」
俺がそう言うと彼女は考え込むような表情を見せ、思い出したように話し出す。
「ん? あーそれなら確か……訓練場の方で体動かしてくるわね~って、ライクさんが来る一時間くらい前に言ってましたよ? まだ戻ってきたのを見ていないので、たぶん訓練場の方にいるんだと思います」
ということは、あの女人を呼びつけておいてまだ訓練所の方にいるってことか? いつまで運動すれば気が済むんだ……。
――『お腹の贅肉は女の敵』――
アルカの口癖みたいなもの……というか、女性はだいたいそうだろうが。
恐らく、ちょっと食べ過ぎてお肉がついてしまったんだろう。
アイツ、甘いもの大好きだからなぁ……。
「あー……そうなんですね。 了解です。 たぶん、いつものやつですね」
「え、ええ……恐らく。 別にお肉ついちゃってるようには見えないんですけどねぇ。 ……別の所にはついてそうですけど」
あぁ……たぶん胸の話だな、これは。
アイツもセシリアさん程ではないとはいえ、なかなかに素晴らしいものをお持ちですからねぇ。
本人には絶ッッ対言えないが。 もし俺がこんなこと考えてるなんて知れたら……それはもうウザったいくらいからかってくるに違いない、うん。
「ですよねー。 ……さてと。 それじゃあアルカのとこ行ってきますかね」
「あ、私も一緒に行ってもいいですか? 私のかけた訓練場の結界に綻びがないか確認しておきたいので」
「ええ、大丈夫ですよ。 それじゃあ一緒に行きましょうか」
「あ、その前に」
彼女はそう言いながら、近くにいた他の職員へ俺の持ってきたお菓子を配り始めた。
お菓子を受け取った他の職員達からは感謝の言葉が飛んでくる。
「ライクくーん! お菓子ありがとねー!」
「いえいえ、どういたしまして!」
俺はその言葉へすぐさま返事を返した。
そして瞬く間に、俺がやるべきだったろうその行動は彼女によって完遂される。
全てが終わった頃、
「よしっ! 配り終わりましたし、行きましょうか!」
と、お菓子を配り終わった彼女が笑顔と共に駆け寄ってくる。
「なんか代わりに配らせちゃってすみません」
彼女に対し謝罪と共に頭を軽く下げた。
すると彼女はいっそう笑顔を華やかなものへと変え、嬉しさを全身から放ちながら元気に言葉を返してきた。
「いえいえ。 あんなに素敵な差し入れを頂いたんです! これくらいはさせてもらいますよ!」
(すごいな、あのお菓子。 さっきからずっとセシリアさんの目がキラキラと輝いてるんですけど)
内心セシリアさんの態度に驚きつつ、こんなにも良い笑顔で喜んでもらえたことに内心嬉しくなる。
「あははっ。 そんなに喜んでもらえたなら良かったです。 さて、それじゃあ訓練場の方に行きましょうか」
「はい!」
そして俺はセシリアさんと連れ立って訓練場へ向かい、少し雑談を交えながら歩いていった。




