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ド田舎出身の刀術師 ~剣の道を歩む者~  作者: 甘野 三景
第一章 始まりの時来たれり
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忍び寄る影


 ライクたちが話をしていたのとほぼ同時刻。

 王都の一角、南区の中でもさらに南に位置する古びた屋敷。

 その屋敷の前には、フード付きのローブに身を包む人影があった。


 ――キィィン


 扉を開くと、金属同士を擦り合わせたかのような甲高い音がなる。

 人影は一言も発することなく、淡々とした歩みで屋敷の奥へと進む。

 程なくして、人影はゆらゆらと揺らめく門の前に到着する。


「――申請(アクセス)。 奏者NO.0。 《愚者》○○○○○。 《夢幻の間》への立入を申請する」


 言葉と共に、揺らいでいた門は中央へ向かってくるくると渦を巻き始めた。

 数秒もせず渦を巻いていた門は形を固定し、見えなかったはずの門の向こうが見えるようになる。

 すると、人影は何事もなかったかのような自然な足取りで門をくぐっていく。

 門をくぐった人影の前に見えるのは、一定間隔で並ぶ魔道具から発せられるほのかな光。

 少し薄暗い部屋の中央には、穴の開いた円形状のテーブルと囲むように並べられた椅子。

 床は白く、つるりとした表面が特徴的な大理石で出来ている。


 ――カツン、カツン


 自らを《愚者》と言った人影は大理石で出来た床をゆっくりと進み、番号の書かれたプレートが置かれたテーブルへと向かう。

 《愚者》の歩みはぶれることなく、門の前で言っていた番号と同じ席へと進む。

 《愚者》が席へつくと、空いている席の前や中央の穴から魔力で出来た球体が浮かび上がってきた。


『……ようやく来ましたね、《愚者》よ……』


 中央の魔力の球体から高い女性の声が聞こえる。

 女性の声はとても澄んでおり、どこか心地よい気分にさせてくれるような音色を奏でる。


「遅れて申し訳ありません。 もう皆さんお揃いのようですね。 皆さんもお待たせして申し訳ありません」


 《愚者》は深々と頭を下げる。


『本当だぞ、《愚者》。 貴様のせいでどれだけ待たされたことか』


 荒々しい魔力の球体から発せられる声は少しばかり怒気を含んでいる。

 低く響くその声は、恐らく男のものだと思われる。


『構いません。 《凱旋》、落ち着いてください」

『申し訳ありません、出過ぎた真似をしてしまいました』


 女性の声に、すぐさま先程の男性の声は謝罪の言葉を口にする。

 しかし《愚者》も自分が遅くなったのは理解しているため、再度集まっている人々に対し謝罪した。


「誠に申し訳ありません。 少々例の件(・・・)で動きがありまして、そちらを調べておりました」

『……なるほど。 貴方には此度の計画の進行と彼女の監視を命じていましたね。 して、どのような動きがありましたか?」


 球体から聞こえる女性の声は、静かに、それでいて厳かに伝わってくる。

 女性の質問に答えるべく、《愚者》は口を開く。


「ご報告いたします。 本日夕方、例の巫女狐は冒険者ギルドへと向かっておりました。 事前に調べた情報と併せて考えますと、おそらく、かの雷帝に協力を要請したものと思われます」

『……雷帝ですか。 彼女には三年前(・・・)にも邪魔をされましたからね。 また面倒なことになりそうです。 計画の方は順調に進んでいますか? 必要な物があればおっしゃってくださいね』

「勿体なきお言葉。 ご配慮ありがとうございます。 しかし心配には及びません。 計画は順調に進んでおります。 予定通り後半年、早ければ四か月ほどで完了するものと思われます」


 《愚者》は女性の言葉に深々と頭を下げ、状況を伝えた。

 その背中からはどこか自信の色が見える。

 《愚者》が顔を上げると、別の女性の声が聞こえてきた。


『ねぇねぇ。 貴方の仕事、私も手伝ってはダメかしら? 何だか良い予感がするのよねぇ……うふふ』


 聞こえてきた女性の声は、どこか甘ったるい砂糖菓子のような印象を受ける。

 ねっとりとした声は《愚者》の耳へとぬるりと入り込み、思考を乱さんと這い回る。


「……言霊を使うのはやめていただけませんか、《心愛》。 正直気持ち悪いので」

『あらぁ、つれないわねぇ」

『……《心愛》、おやめなさい。 《愚者》、貴方はどうしたいのです? 私は《心愛》を計画に組み込むのを反対したりしませんが』


 《愚者》は女性の気遣いに頭を悩ませているのか、手を顎に当てて少し黙り込む。

 数秒の後、《愚者》はゆっくりと口を開く。


「……そうですね。 正直《心愛》の戦闘能力があるのは心強いです。 しかし……《心愛》の性格を考えますと、その……計画に支障が出ないか心配になりますね」

『……それは私も少し心配ですね。 この子は自分の欲に忠実すぎるきらいがありますから……」


 二人は《心愛》の性格を考え、少し呆れたような口調で話す。


『《盟主》様も《愚者》も酷いですよぉ? そんなに私がつがつしてないわよぉ」

『ならば、態度を改めるが良い。 《心愛》よ。 そなたでは協調性に欠けるぞ?』


 新たに声が聞こえてくる。

 その声はまるで騎士のように凛々しく、男らしいと言ってしまいたい程に威厳のある、女性の声だった。


「《鮮血》も今回は参加していましたか。 私としては貴方に来ていただきたいですね。 貴方とはうまくやれそうだ」

『ほう、それは光栄だな? 《愚者》などというが、貴殿は策士の類。 その貴殿から誘いを受けるとは……ふふ、なかなかに心躍るではないか』


 騎士のごとく凛々しい女性の声からは、楽し気な雰囲気が漏れ出ている。

 一方。

 《心愛》という女性は、この場に居れば唇を尖らせていそうな雰囲気で、不満げな声を上げる。


『むぅ……《愚者》ってば、私より《鮮血》がいいのねぇ……嫉妬しちゃうわぁ』

「……はぁ。 何を言ってるんですか、貴方は」


 《愚者》は少し疲れたように息を吐く。

 右手は頭に軽く添えられ、呆れた様子で《愚者》はつぶやいた。


「とにかく、今回は《鮮血》と共に計画を進めようかと思うのですが……よろしいでしょうか?」

『構いませんよ。 《心愛》には別の任務に就いてもらいますので。 では《鮮血》、《愚者》と共に計画の進行をお願いしますね?』

『ハッ! 承知いたしました。 盟主殿のご命令、必ずや果たしてみせましょう』


 凛々しい女性の声からは、深々と頭を下げている様子が容易に想像できる。

 同時に自信に満ち溢れている様が感じられた。

 すると、ふと思い出したという風に《盟主》と呼ばれた女性の声が部屋に響く。


『ああ、そうでした。 皆さんに言っておくことが』

「どのようなことでしょう?」


 《愚者》はすぐさま言葉を返し、女性の言葉を待つ。

 他の魔力の球体からも人影と同様に、《盟主》なる人物の言葉を静かに待っている。


『実は、件の女神の力が少し強まりました。 おそらく、何者かが例の封印を解いたのだと思われます。 この人物についても調査をお願いします。 これは皆さん全員で行ってください。 女神に関しては特に気を遣わなければいけませんから』


『ハッッ!!!!!!』「ハッッ!!!!!!」


 《愚者》たちの声は薄暗い部屋の中を木霊し、《盟主》と呼ばれる存在への忠誠心が強く感じられた。


『ふふふっ。 皆さん良い返事をありがとうございます。 私からは特にこれ以上言う事はありませんが、皆さんからは何かありますか?」

『……』「……」


 《愚者》と同じく、《盟主》と呼ばれた女性の声の持ち主以外は口を噤み、静かに待機する。

 たっぷり十秒ほど待った後、《盟主》は再び口を開いた。


『……特に無さそうですね? それでは皆さん、それぞれに与えた任務をしっかりと務めてくださいね』


 女性の言葉が終わると、中央にあった魔力の球体は部屋へと溶けるようにして消えていく。

 他の席にある魔力の球体も、ぽつりぽつりと順番に消えていった。

 その場に残ったのは、《愚者》と《鮮血》と呼ばれていた騎士のような女性の声を放っていた球体だけとなった。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「ふう。 毎度の事ながら緊張しますね。 肩が凝ってしまいますよ」


 そう言いながら《愚者》は肩の力を抜き、ドカッと椅子へ深々と座り込む。

 すると小さく震える、笑いをこらえたような声が《愚者》の耳に届く。


『ハハハ、貴殿が緊張? 面白い冗談だ。 貴殿はいつも飄々としているではないか』


 《鮮血》の声に対し、再度《愚者》は深く息を吐く。

 そして気持ちを落ち着けたのか、ゆるりと話し出す。


「確かにそんな感じに見えるかもしれませんけど、心はいつもドキドキですよ? 小心者ですからね。 まぁそんなところが計画の役に立っているようですが」


 《愚者》はやれやれといった風に肩をすくめて言う。

 《愚者》の言葉に一理あると思ったのか、肯定するように《鮮血》は言葉を返す。


『ふむ、確かに貴殿はこういった策を弄する任務には向いているからな。 私では到底できるものではないと言えるほどだ』

「貴方の性格は少々真っ直ぐすぎますからね。 私みたいに歪んでいませんから……」


 《愚者》は少し気落ちしたようにつぶやく。

 そんな人影に対し、《鮮血》と呼ばれた女性は言葉をかける。


『そんなに自分を卑下するものではないぞ? 貴殿はよくやっている。 盟主殿が計画の進行を任せるほどだ。 自信を持つが良い』

「《鮮血》……そうですね。 我らが盟主様のためにも、我々は務めを果たさなければいけません。 うじうじしてなんかいられませんね」


 《愚者》は《鮮血》の言葉で気合を入れなおしたのか、目の色を変えて言葉を発した。

 同時に《鮮血》も決意を新たにしたようで、力強く言葉を返す。


『ああ、そうだ。 我々は盟主殿のために身を粉にして動かなければならん。 共に計画を完遂すべく力を尽くそう』

「はい。 これからよろしくお願いします。 ……といっても、実際に力を貸してもらうのはまだ先になると思いますが」


 《愚者》は少し申し訳なさそうな声音で言う。

 そんな《愚者》の発言に、すぐさま《鮮血》は疑問を返す。


『ん? 今ではないのか?」

「ええ。 ほら、例の巫女狐のことがありますし、調査が主な現段階では私一人の方がいいでしょう? 貴方は戦闘に特化したタイプの人間ですし」

『……せっかく気合を入れたというのに……貴殿というやつは……」


 《鮮血》は心底残念そうな声音でぼそぼそと愚痴を漏らす。

 対して《愚者》は軽く笑みを堪えるようにして話す。


「あはは。 すみません。 でも、今回の計画で雷帝が出てくるでしょうし、その時は貴方の働きに期待していますよ」

『承知した。 貴殿から声がかかるまでは王都でゆるりと過ごしながら、女神の件について私なりに調べておこう』

「すみませんがお願いします。 こちらでも何か分かり次第そちらへお伝えしましょう。 ……情報の共有は重要ですからね」

『だな。 では頼むぞ』


 《鮮血》は短く言葉を返すと魔力の球体を消し、その場を去った。


「ふぅ……さてさて。 私は私なりに調査を再開しましょうかね。 まずは手始めに、学院にでも潜入してみましょうか……ふふふ」


 《愚者》は怪しげな笑みを浮かべると席から立ち上がり、門の方へと歩みを進める。

 歩く《愚者》の背中には魔道具の光が当たり、うっすらと女性に噛み付く蛇の絵が描かれているのが見えた。


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