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ド田舎出身の刀術師 ~剣の道を歩む者~  作者: 甘野 三景
第一章 始まりの時来たれり
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お茶会と例のお菓子


 アリシアさんが笑い疲れたこともあり、俺は飲み物を休憩室で用意し、執務室へと戻ってきた。


 手に持った銀のトレーの上には、陶器で出来たティーポットとティーカップ。

 同じく陶器で出来た皿の上には、俺がパティスリー皇で買ってきた、例のお菓子が盛られている。

 休憩、という意味ではとても効果を発揮してくれそうな武器を手にした俺を出迎えたのは、何か雑談をしていたらしいアルカとアリシアさんの姿。


 楽し気に話をしていた二人の態度は、俺の手に持ったトレーの上にあるお菓子によって一変する。


「すんすん、くんくん……こ、この匂いはッ!」


 アルカは犬か何かのように鼻を使って匂いを嗅いでいた。

 隣に座っているアリシアさんは、お菓子を見て驚きの表情を浮かべている。


「あ! もしかして、そのお皿の上にあるお菓子って……!」


 甘い物が大好きなアルカは、持ってきたお菓子の匂いに敏感に反応し、勢いよく立ち上がった。

 アリシアさんはアルカとは違い、立ち上がったりするような真似はしていないが、視線はお菓子に釘付け。


 対照的な反応を見せる年上の女性二人だが、やはりどちらも同じ物に関心がいっている。

 (ふむ、やっぱりお菓子持ってきて正解だったな)

 内心ほくそ笑む俺をチラッと見たかと思えば、確認を取ることもなくアルカはこちらへと軽快な音を鳴らしながら駆け寄り、パクリと一口。

 もしゃもしゃとまるで小動物か何かのように口を膨らませながら咀嚼している。


「うっ……まぁああああい!! あはぁ……癒される、癒されるわぁ~。 甘くてサクサクでふわふわで、さすが皇のお菓子よねっ!」


 甘くおいしいお菓子のせいで顔をとろーっと蕩けさせているアルカ。

 凄く幸せそうな状態を味わっているところで申し訳なくも思うが、やはり俺は一言言わなければならないだろう。


「あのなぁ……食うな、とは言わないが、せめてテーブルにトレー置いてからにしろ。 このバカマスが」

「うっ……ご、ごめんなさぃ……」


 流石にアルカも自分のやったことに罪悪感を覚えたのか、先程とは打って変わって雨に濡れた子犬のようにしょんぼりとした雰囲気を纏っていた。


「ふふふっ。 ホントお二人は仲が良いんですね。 やはり付き合いの長さがそうさせるのでしょうか」


 アリシアさんは俺たちの様子を見ながら疑問を漏らす。

 疑問を漏らしてはいるものの、アリシアさんの顔には、ふわりとほころぶ花の蕾のような笑みが浮かんでいた。

 (なんだか友人っていうより……母と子? って感じがするなぁ。 アリシアさんとアルカって)

 俺は絶対に聞かれちゃまずいことを頭の片隅で思い浮かべつつ、アリシアさんへと言葉を返す。


「いやいや、アリシアさんだってアルカと仲良さそうじゃないですか。 確か、学生時代からの付き合いなんでしたっけ?」

「ええ、そうですよ。 学生時代からの付き合いになりますね。 だから……だいたい十年ほどの付き合いになりますかねー」


 彼女は少し目を細め、昔を懐かしむように言ってくる。

 (ほぉ、十年。 ということは、今年で二十四だから……十四歳くらいの頃からなのか)

 なるほど、確かに十年という長い付き合いなら、仲が良いのも納得できるというものだと納得した。

 

「なるほど、もう十年の付き合いになるんですね。 あ、アリシアさんも良ければお菓子どうぞ」


 トレーをテーブルに置いた後、お菓子の乗った皿をアリシアさんの方へと近づけた。

 アリシアさんは青い瞳を輝かせながら、お菓子の山へ目を向ける。

 言葉で語らずとも、アリシアさんの態度からは嬉しさがにじみ出ているのが分かった。

 学院長という立場にあれど、アリシアさんも一人の女性。 やはり、甘いものは好きなようだ。


「えへへ、ここのお菓子大好きなんですよね。 でも、いつも学院の仕事で並んだりできなくって……まさかここで食べられるなんて思ってませんでした! ありがとうございますライクさん」

「いえいえ、喜んでいただけたなら持ってきた甲斐がありますよ」


 そして、部屋にはお菓子を食べているときのサクサクとした音が静かに響く。

 人気のお菓子っていうのはわかってるけど、ここまで虜にするとは……皇のお菓子恐るべし。

 などと他愛無いことを考えていた俺は、カップにお茶を注ぎ二人の前へと置く。

 そしてふと、本来の目的である、アリシアさんの話のことを思い出した。


「えーっと。 喜んでいただけたのは素直に嬉しいんですが、その……次はアリシアさんの話をしませんか? もちろん、お菓子はつまみながらで構いませんし」


 俺は申し訳なく思いつつも言葉を口にした。

 すると、アリシアさんは目を見開いて慌てたように口の中の物を咀嚼していく。


「――っ!? もきゅもきゅ、ごくんっ。 す、すみません……恥ずかしいところをお見せしました……」


 味わいながら食べていただろうお菓子は、俺の用意したお茶と共に流し込まれた。

 アリシアさんは頬を赤らめ、両手を膝の上でぎゅっと握り込んでうつむく。

 彼女の柔らかそうな美しい毛並みを湛える狐耳と尻尾も、今では見る影もないといった様子。

 まるで意思を持っているかの如く、しょんぼりとした雰囲気を醸し出しながらぺたりとへたり込んでいた。


「あ、いえ。 むしろ俺の方こそ急かしたようで申し訳ないです。 すみません」


 俺はいたたまれなくなり、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。

 アリシアさんは俺の言葉を聞き、柔らかな笑みを向けてきた。


「ふふ、大丈夫ですよ。 その、私が年甲斐もなくはしゃいでしまったのが原因ですし。 ですから気にしないでください、ね?」


 大人の女性の包容力というものを感じる優し気な声音と気遣い。

 俺はなんだか熱いものが体に広がっていった。

 (うん。 アルカとは全然違うな。 アルカではこうはいかないだろう)

 そう、俺は今感動している。


「あはは、ありがとうございます」


 大人とはこうあるべきだよな、とアリシアさんの態度に感動していると、視界の端にアルカの姿が見える。


「もしゃもしゃ、もきゅもきゅ」


 ソファーに座りなおしたアルカは、一心不乱にお菓子を頬張っていた。

 (お前はなんだ。 さっきの話で感動した俺の気持ちを返せ)

 俺は心の中で愚痴を漏らすと共に、アルカへと言葉をかける。


「おい、アルカ。 食べるのは良いが、食いすぎだろ。 もっと味わって食えよ」

「――ッ! ごくん。 ごめんごめん、あまりに美味しすぎて我を忘れてたわ! ……で、何の話だっけ」

「……お前なぁ……」


 軽すぎるくらいに軽い謝罪の言葉を言ったかと思えば、アルカは知能が退化したかのように疑問を口にした。

 俺はたまらず頭に手を当て、ため息交じりの言葉を吐き出す。


「ちょ、そんなに呆れなくていいじゃない! ちょっとした冗談よ、冗談。 アリシアの話するんでしょ?」


 さすがに覚えていたらしい。

 だが、さすがに先ほどの姿を見てしまった後では、ホントに冗談だったのか疑ってしまう。

 とはいえ、確認する方法など持っていないのだが。


「全く、アルカさんは昔からそういうとこありますよねぇ……ま、付き合い長いですし分かってましたけど」


 どうやら昔からこんな感じらしく、アリシアさんはジト目になりながらアルカを見つめている。

 見つめられているアルカはと言えば、性懲りもなく、再びお菓子に手を伸ばしていた。


「やっぱり美味しいわよねー。 あ、ライク。 今度買い物付き合ってよ。 ちょっと買い物したいからさ」


 お菓子を食べて感想を言った後、アルカはさも今思いついたかのように全く関係ない話をし始める。


「は? あーいや、別にいいけど。 今しなきゃいけない話かよ?」

「んー? 別に違うわよ? でもいいじゃない。 今は休憩みたいなもんなんだしー」


 アルカは間延びした軽い口調で言い放つ。

 (いや、まあそうだけど)

 俺は内心同意するが、言葉にしてしまうと負けな気がして、静かにうなずきだけを返す。


「アルカさんらしいですね、まったく」

「ふふーん! そうでしょ!」


 アリシアさんは呆れたように言ったはずだが、何故かアルカは誇らしげ。

 胸を張りながら馬鹿っぽく言葉を返していた。


「いえ、別に褒めてはいないんですけど……」


 いっそ清々しいまでに呆れた表情を浮かべるアリシアさん。

 (ご心中お察しします、アリシアさん。 とりあえずアルカはやっぱバカなんじゃないか?)

 俺はアリシアさんに深く同情するとともに、なぜアルカは誇らしげなんだとため息を吐いた。


「むぅー今日は全力で戦ったから疲れたのよー。 アリシアは私を癒すべく尽くしなさい!」


 やはりアルカは頭がおかしい。

 (疲れた反動で甘えたくなってるっぽいが……俺の方が疲れてると思うんですよね。 うん)

 未だ限界以上に行使した魔力の副作用で痛む体をさすりながら、目の前のアルカの姿を見る。


「え? 嫌ですけど?」


 当然、といった態度で、とても嫌そうな表情を浮かべながらアリシアさんは答えた。

 俺も同じことを思った。

 アルカは昔から疲れすぎると誰かに癒されようとするが、いつもは大抵セシリアさんが餌食になる。

 ただ、今俺たちの傍にセシリアさんはおらず、いるのは俺とアリシアさん。

 まあだからアリシアさんに癒してもらおうとしたんだろうが……失敗だったみたいだな。


「うぅ……ライク、慰めて。 今とっても悲しいわ。 お姉さん泣いちゃう」


 次は俺に矛先が向かった。

 (いやいや、俺男ですし? さすがに無理なんですけど)

 俺は嫌そうに表情を歪めるが、アルカは一切気にしていない。

 というか、俺の顔なんか見ていなかった。


「ラーイークー!」

「ちょ!? お前さすがにやりすぎだ! 俺は男だぞ!? はーなーれーろーッ!」


 いつの間にかソファーに座る俺の背後に回っていたアルカは、腕を俺の首に巻くようにして自分の体重を乗せてくる。

 (クソッ! 良い匂いする! マジでやめろ! このお馬鹿! うぉ、柔らかっ! って違うわ!)

 心の中で様々な思いが駆け巡り、俺は盛大に慌てふためく。 


「ちょっとアルカさん。 仮にも教育者の私の前で……何をやってるんです?」


 アリシアさんは学院長ということもあり、入学予定の生徒である俺が襲われている様を見て怒りを露わにしていた。

 アルカは気に留めることもせず、なおも俺にくっついてくる。


「えー別にいいじゃない。 姉弟みたいなもんよ。 ね、ライクー?」


 なんだか楽し気に話すアルカだが、俺の心中は穏やかでいられない。

 だって目の前には怒りを湛えた表情のアリシアさん。

 後ろにはうざったいまでにくっついてくる自称姉(アルカ)

 俺はまさに板挟みの状態だった。


「いいから離れなさい、アルカ(・・・)。 さすがに私も本気で怒りますよ」


 アリシアさんはついに怒りが限界突破したらしく、アルカの呼び方はもちろんのこと、口調が刺々しい攻撃的なものに変わってしまっている。

 纏う雰囲気も変わり、体からは迸る魔力の光が溢れてきていた。


 さすがにアルカも今のアリシアさんの状態は危険だと判断したのか、ゆっくりと首に回していた腕をほどき、体を離していく。


「分かればよろしい。 アルカ。 今後、少なくとも私の前で同じことをしたら容赦しませんよ。 いいですね」


 視線がまるで槍のように鋭いアリシアさんは、有無を言わさぬ声音で問いかける。

 アルカは重く息を吐き、目をまっすぐにアリシアさんへ向けた。


「ふぅ……アンタは昔から融通聞かないわよね。 わかったわ。 ちゃんとするから魔力抑えなさい。 さすがにそれ以上は、今のライクには辛いわ」

「――ッ!? す、すみません、ライクさん! 大丈夫でしたか!?」


 アルカの言葉を聞き、どうやら無意識に出していたらしい魔力を、アリシアさんは体に収めていく。

 次第に収まっていく魔力の圧力。

 アルカの友人だけあって、アリシアさんからは模擬戦で感じたアルカの本気の魔力放出とほとんど同じ圧力を感じた。


「え、ええ。 なんとか。 それにしても、やっぱりアルカの友人なだけありますね。 凄まじい魔力でしたよ」


 俺は感じ取った魔力に感心し、思ったままを口にする。

 しかし、アリシアさんは違った意味に捉えたようだ。


「ほ、ほんとにごめんなさい! まさか無意識に魔力を放出してしまうなんて……ほんとごめんなさい」


 心底申し訳なさそうな表情を浮かべたアリシアさんは、立ち上がるとともに頭を下げてきた。


「いえいえ、元はと言えばアルカが悪いんです。 ですからアリシアさんは気にしなくて大丈夫ですよ。 ですから顔を上げてください、ね?」


 俺はなるべくアリシアさんが気にしなくて済むように、どこぞの馬鹿に全てを擦りつけつつ、優し気な声音を意識して言葉をかける。


「ライクさん……ありがとうございます。 そうですね、アルカさんが元凶ですもんね」


 俺とアリシアさんは元凶たるアルカへと視線を突き刺す。

 俺たち二人から視線を向けられたアルカは、困ったように眉をひそめている。


「あ、あの……ちょっとやりすぎたわ。 ちゃんと反省してるから、その……許して?」


 恐る恐るといった様子でアルカは俺たちに言ってくるが、どうしたものか。

 俺はアリシアさんへと視線を向けた。

 すると、アリシアさんは深いため息を吐く。


「はぁああ……いいでしょう。 先ほども言ったように私の前で同じことをすれば容赦しません。 それでいいですね」

「さっすが親友! 話が早くて助かるわ~。 じゃ、お菓子つまみながら話聞きましょうか」


 何かどっと疲れた気もするが、茶でも飲みながら話を聞こう。

 俺は緊張して乾いた喉を潤すべくカップを手に取り、中に入っている冷たいお茶で体を冷やす。


 そしてようやく、俺たちはアリシアさんの話を聞くことになるのだった。


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