入学への経緯
俺がカップに注いだお茶で喉を潤し終わった頃。
色々あって一触即発、みたいな状態にあった執務室は落ち着きを取り戻していた。
そして、アリシアさんはおもむろに口を開いた。
「さて。 それではまず、確認からですね。 アルカさん、先ほどまでの話でも少し出ていましたが、どうでした?」
「あれね。 さっきの話からなんとなくわかってるだろうけど、問題なかったわよ? むしろ良い感じになったわ」
何の話だかわからないが……何か事前に、アリシアさんから話があったのだろうか。
俺は疑問に頭をひねりつつ、アルカへと問いかける。
「おいアルカ、何の話だ?」
「ん? ああ、アンタにはまだ言ってなかったわよね。 あれよ、アンタと模擬戦した理由の話」
「あぁ……そういや、後でって言ってはぐらかされたんだったな」
ホント、どういう理由であんなレベルの模擬戦させられたんだろうか。
謎でしかないのだが。
「そう言えば最初にそんなこと聞きましたね。 ホント、ちゃんと話しておいてほしかったんですけどねぇ」
アリシアさんは心底呆れた風に深く息を吐き、少し愚痴を言った。
そして、カップを手に取ると、ゆるりとお茶を口に含んだ。
美しいと思ってしまうような所作からは、育ちの良さがうかがえる。
飲み終わった彼女は静かにカップをテーブルへと置き、再び口を開く。
「では。 アルカさんから聞かされていないということですし、私の方から説明しますね?」
「はい。 お願いします、アリシアさん」
そしてようやく、俺は彼女から話を聞くことになった。
◇ ◇ ◇ ◇
アリシアさんの話を聞くため、気持ち少し姿勢を正した俺は彼女の方を向く。
こほん、と咳ばらいをすると、アリシアさんは順を追うように話し始める。
「まずは……模擬戦をしてもらった理由からの方がいいのでしょうね。 ライクさんも気になりますよね?」
「え、ええ、まぁ。 いまいち意図がわからなくてしっくりきていなかったので知りたいですね」
「ですよね。 まあ簡潔に言いますと、入学試験代わりの実力調査……といったところでしょうか。
今回、ライクさんの入学には色々な思惑が絡んでいまして。
本来ならも入学試験をしなければいけなかったんですが、間に合わなかったんです。
そのため、アルカさんに頼んで実技試験代わりの模擬戦をしてもらったわけですね。
アルカさんにはアルカさんの考えがあったみたいですが。
とまあ、簡単に言うとそういうのが理由ですね」
何だか変な話を聞いた気分だ。
入学試験が間に合わなくて、代わりに模擬戦をやることになったのは……まあいいだろう。
だが、色々な思惑、というのが非常に気になる。
「あの、試験に関してはまあとりあえず理解したんですが、色々な思惑ってなんなんです?」
彼女はギクリと、その端正に整った美しい顔を少し歪めて身を固める。
そしておずおずといった風に、ゆるりと語りだす。
「あー……何といいますか。 実は我が国を治めてらっしゃる国王様から、ライクさんをオルディア魔術学院へ入学させるように、とのお達しがありまして……あはは」
経緯を語る彼女の言葉に、今度は俺の体が動きを止めてしまう。
……国王様が何故?
俺は疑問に思わずにはいられなかった。
「……どういうことです? 何故、国王様からそんな話が?」
「やっぱりその様子だと、勇者と国王様の間で結ばれた盟約について知らされていないようですね?」
「盟約……ですか?」
いったい何のことなのか。 俺はそんな話は一切聞いていない。
親父が生きていたら教えてくれたんだろうか。 いや、たぶん教えてくれただろうな。
三年前の魔物の襲撃がなく、生活が続いていれば……。
「ええ。 当時、つまり四百年前ですが。 勇者と国王様の間には、一つのの盟約が結ばれています。 内容は、『互いに連絡を取り合い、有事の際は力を貸し合う』……というものです」
「なるほど……そういう盟約が結ばれていたんですね。 知らなくてすみません。
でも、なぜそれをアリシアさんが知っているんです?
こういう言い方はアレですが、魔術学院の学院長をやっているだけで、国に仕えているだとかそういう立場の人間ではないですよね?」
「それは……」
何故か彼女は突然口ごもった。
しかし、そんな彼女に代わり、アルカが口を開く。
「それがね。 この子って、実は国仕えの宮廷魔術師ってやつなのよ。 通常時は学院長として働く傍ら、将来有望な魔術師を国へと引き入れるための窓口としての任を受けているってとこね」
「ちょ!? アルカさん!?」
「何よ。 別にこれくらい良いじゃない? どうせ、ライクには色々話さないといけないんだから」
アルカはしれっとした顔で言い放った。
「え? アリシアさん、ホントですか?」
「……はい。 ホントですよ。 といっても、アルカさんの言い方だと語弊がありますけど。
先ほども言った通り、ライクさんに限って言えば、学院への入学を指示したのは国王様です。
どうも盟約の件とは別に、ライクさんのお父様と約束があったようでして。
そうするように指示されたんです。
まぁ、もちろん。 国へ仕える気があるのなら勧誘しろ、との命も受けているのですけどね」
少し疲れたような色を滲ませつつ、彼女は驚愕の事実を口にした。
(アリシアさんが、宮廷魔術師……?)
あれって確か、冒険者で言えばSランク相当かそれ以上に魔術に長けた人間しかなれなかったはず。
いや、不思議でもないか。
さっき怒りを露わにしていたアリシアが放っていた魔力を考えれば納得がいく。
放たれていた魔力は凄まじく洗練された戦士を思わせるものだった。
であれば、やはりおかしく思うことはないだろう。
「なるほど。 さっきも思いましたけど、やっぱりアリシアさんも強いんですね。 魔力の圧力だけで低位の魔物くらいなら余裕で倒せそうでしたし。 でもなぜに宮廷魔術師に?」
「あ、いや、その……。 えーっと私の場合はですね。
アルカさんよりも高い支援面の能力を買われて、学院長と兼任するということで宮廷魔術師をしてる感じなんですよ」
少し言い辛そうにしつつも最終的には腹をくくったようで、アリシアさんは理由を聞かせてくれた。
「ということは、アルカとさほど変わらない程度には、高い水準で戦闘能力を有している感じなんですね。
ただ、アルカと違って攻撃面より支援能力に秀でているタイプというだけで。 であれば、アルカに模擬戦を頼むのも理解できますね。 一番適役だと俺も思いますし」
俺はアリシアさんの話を聞いて、アルカが試験代わりの模擬戦の相手になった理由に納得する。
だけど、アリシアさんも戦闘能力高いんだな。
実際戦ったらどんな感じか見てみたいもんだ。
「でしょう? アルカさんって戦闘面においては他の追随を許さない程強いですからねぇ……《雷帝》の異名は伊達じゃないです。 それで支援もそこそこ以上にこなせちゃうんですよ? 頭おかしいんじゃないかと思っちゃいます」
アリシアさんはアルカの戦闘能力のでたらめさに呆れたように口を開いた。
俺も同感だ。
アルカの戦闘能力はおかしいの一言に尽きる。
魔道銃との組み合わせは相性が良すぎるし、仮に魔道銃が無くとも、アルカには雷鳴流の近接格闘術がある。
いっそ化け物じみた人間と言われてもおかしくないレベルだ。
「ちょっとアリシア。 流石に言い過ぎじゃない? 私だって怒る時は怒るのよ? もう!」
アリシアさんの軽口にほんのりと怒気をにじませながら、アルカはぷんぷんと可愛らしく怒りの色に頬を染めている。
何故にこんなにも子供っぽいというか、幼いというか……そんなあざとさの見える怒り方をするのだろうか。
まぁこんな性格だから多くの人から慕われているのかもしれないが。
「あはは、すみません。 ちょっとしたお返しですよ。 さっき私を怒らせたんですから、これくらいいいでしょう?」
アリシアさんは堂々と胸を張り、アルカへと言い放つ。
あまりにも堂々とした態度に、アルカはあっけにとられたように固まっている。
そんなアルカを放置して、アリシアさんは口を開く。
「さて、話を戻しますね。 先程話した事情により、ライクさんを学院へ入学させることにしたんです。 まぁアルカさんの推薦の件もあったので、丁度いいなと思って勝手に話を進めたんですが……やっぱり迷惑でしたか?」
アリシアさんは不安げに俺を見つめてくる。
だが、アリシアさんの心配は杞憂だ。
俺はもう決めている。
「いえ。 それは大丈夫です。 最初は強制ってなんだよ、なんて思ってましたけどね。 あはは。 でもま、アルカとの模擬戦を通して色々と考えは変わりましたから。 今はむしろ早く行きたいって気持ちが大きいくらいです」
「そうでしたか。 それなら良かったです。 勝手に話を進めていたので、正直気が気でならなかったんですよ」
アリシアさんはほっとした様子で胸を撫でおろし、安堵の表情をうかべる。
国王様からの命令と自分の良心との狭間で、ずいぶんと葛藤していたのだろう。
アリシアさんからは、先程までよりも肩の力が抜けたような印象を受けた。
「あはは。 まあ上からの命令って言うのは、どんなとこでも無視したりできませんからねぇ。 ってそう言えば、さっき親父の約束がどうのこうのって話が出ましたけど……どういう約束かって知ってたりします?」
俺はさっきアリシアさんが口にした中で、気になっていたことを聞いてみた。
「一応聞いていますよ。 国王様からも、アイツの息子が聞いてきたら話してやると良い、なんて言われていますので」
どういうことだろうか。
勇者の血筋とはいえ、桜ノ宮家の人間は平民。 王族、それも国王自らが親し気な感じで『アイツ』なんて呼び方をするとはいったい?
そんな疑問は胸にしまい、アリシアさんに話の続きをお願いする。
「では、聞かせてもらえますか?」
「ええ」
彼女は短く答え、態度を改めると再度口を開く。
「『もし俺が死ぬようなことがあれば、息子を頼む。 アイツは予言通り、剣の才に秀でた一族最強の使い手として大成できる器を持ってる。 でも、俺が生きてる間にそこまで成長させられるかはわかんねぇ。 だから、もしもの時は頼むぜ。 親友』 と言っていたようですよ」
「そんな……親父が……? ッ」
思いもよらなかった親父の言葉に、息を詰まらせてしまう。
(なんで、なんでだよ。 どうしてそんなことを……)
何かを確信してのことだろう、親父の言葉。
しかしなぜそんなことが分かったのか。 なぜ国王様に俺を託したのか。
それに、国王様と親友とは……。
「ええ。 お父様は何かを察しておられたようですね。 この約束があったため、国王様は今回の命を私に下したのです」
「……親父が国王様の親友だとか。 なんでそんなこと言ってたんだとか。 色々気になることはありますが、約束に関しては理解しました」
俺は今知った事実に動揺し、激しく高鳴っている鼓動を鎮めるべく、カップを手に取りお茶を一飲みする。
(それにしても、さっきの予言ってなんだよ。 知らない事多すぎるぞ)
俺は先程の予言という謎の言葉に思考を巡らせる。
「あ、一応伝えておくと、お父様も我が学院へ通っていたようですよ? 当時在籍していた際に、国王様と親しくされていたと聞きましたので」
「親父が魔術学院出身!? あの人魔術使えたのか!?」
長年知らなかった衝撃の事実を知り、予言だとか約束だとか、そんなものへの疑問は一気に頭から吹き飛んでしまう。
「え、ええ。 というか、魔術を使ってるところ見たことないんですか?」
アリシアさんは目を大きく瞬きさせた。
だが、驚きは俺の方が強い。
まさか刀ばっかり振るっていた親父が魔術を使えるなんて思ってもみなかった。
「は、はい。 あの人、桜ノ宮一刀流の技しか教えてくれなかったんで……魔術なんか一切使ってるとこ見たことないですよ」
「ライクみたいに技量が低くてほとんど使ってなかったとか、そういうことじゃないの?」
アルカは俺のことを例にしてアリシアさんに聞く。
しかし、アリシアさんは首を横に振った。
「いえ、それはなさそうですよ? 国王様から聞いた話だと、ライクさんのお父様は非常に優秀な成績を修めていたらしいですから。 実際にどの程度なのかは、学院の資料等を調べないとわかりませんけど……」
親父、優秀だったらしい。
いや、剣技はもちろん優秀すぎるくらいだったのは知っている。
何しろずーっと剣技は親父に教わっていたんだから。
とはいえ、親父が魔術も優秀と言われるほどに使えると聞かされても、正直首をひねることしかできない。
「マジですか……あの親父が? えぇ……俺と同じで刀しか使えない人だと思ってたのに……」
「あはは……」
アリシアさんは頬をかきながら、俺の言葉に苦笑いで答える。
「まぁとりあえず、模擬戦の理由や学院への入学等に関しての話はこんな感じです。 何か質問とかあれば受け付けますよ?」
「そうですね……」
そう言って何を質問するべきか、と思考を巡らせる。
(予言だとか気になることはあるけど、聞いたところでって気もするし……何より、面倒事の臭いがプンプンする)
たっぷり三十秒ほど考え、言葉を返す。
「んー考えてみましたけど、特にないですかねぇ。 あ。 国へ仕えるかどうかって話に関してですが、今はやめておきます。 学院へ入って色々経験した後、そうしたかったら声をかけるということでいいでしょうか?」
俺はすぐに答えを出せないことに申し訳なく思いつつ、保留という形にさせてもらう。
「大丈夫ですよ。 大いに学び、経験してください。 学生の時期というのは人生の中でも、一番楽しいと思える時期だと、私は思います。 ですから。ぜひ、思う存分楽しんでくださいね」
「あはは、ありがとうございます。 そうさせてもらいますねっ。 質問は……また何か思いついたら聞いてもいいですか?」
「ええ、構いませんよ。 学院に入学してからでもその前でも、いつでも質問受け付けますので、お気軽にいってくださいね。 学院の方へ連絡をいただければすぐに対応しますので」
アリシアさんはとても華やかな笑みを浮かべ、俺へと丁寧に言葉を返してくれた。




