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メイシェルの一人での初公務は、城下町の病院への視察だった。
「にこにこしているだけでいいので、余計な事はしないようにお願いしますね」
保護者と化している筆頭護衛騎士グローデンに釘を刺されたメイシェルは、「どういう意味かしら」と彼を睨み上げる。
「興味を持った医療器具を勝手に触ったり、いきなり患者に触れたりしないでください」
「そこまで非常識じゃないわよ」
「いいえ、今日はケリー妃様がついていらっしゃらないので、羽目を外さないよう見張っておいてほしいと申し付かっております」
今まで第三側妃に同行しての公務は二度ほど。近郊の農村で畑の実りを母と一緒に祈った。なんせその時に勝手に家畜を触ろうとしたり、ふらりと水車小屋に入ったりした前科がある。
__むむむ。
メイシェルは顔に不平不満を表す。
(信用の無さは今までの行動のせいだから、仕方ないでしょう)
ディオンは心の中でだけ、彼女に意見をした。メイシェルが赤子の時から護衛についている三人の騎士たちと違い、自分は新参者だ。軽口を叩けはしない。
「お母様はね、あの優しいおっとりしたお顔だから黙って微笑んでいるだけで、周囲に安心感と癒しを与えられるのよ。さすが神聖公国の“聖女様”だってね」
そこまで言ったメイシェルは、自分の護衛たちの顔を順繰りに見渡す。
「それに比べてこの私はどう? お父様に似たなかなかの男前でしょう?」
王女の言葉をどう捉えればいいのか、「ええ、まあ、凛々しくはありますね」と騎士アロンがつい同調した後、「で、でも、美形には違いありません!」と慌てて言葉を続けた。
「いいのよ。別にこの顔が気に入らないってわけじゃないから。血筋を疑われる事もないし」
あっさりとメイシェルは流す。十歳らしからぬ言葉と共に。
「ただねえ、にこにこ案内について回るだけなのは違うと思うの。色々と質問をするのは認めてよ」
「……やばい事を言い始めたら、口を塞ぎますので」
「失礼ね、言わないわよ!」
グローデンの辛辣さに、ぷりぷりとメイシェルは怒っている。二人の気安い掛け合いのようでもあるが、メイシェルは聡明だ。そう心配する事もないだろう。
訪れたのは国内随一の規模の国立病院だ。平民しか入院していない。大抵の貴族は主治医を抱えており、自宅に医者が来るものだからだ。国立と名が付いている通り、国庫から運営費が出ている。医者にかかる金のない人たちの受け皿として機能している、他国にも類を見ない無料の慈善病院だ。
二代前の王妃の肝煎りで始まった政策なので、その王妃の名を冠し、“エルフィーネ記念病院”が正式名だ。当時では王都のみだった無料病院も、大きな都市には建つようになった。病院の建物と設備は国の金で準備したが、人材や入院費は国庫では賄えきれないので、地方の有力者たちに出資させて経営を委ねた。病院名も慈善事業の名誉も、彼らのものである。
条件は潤沢な資金のある国民である事だけで、生まれは問わない。見栄だけの貴族に任せると破綻しかねないので、実力がある事が重要だと王家の判断だ。経営が無理になれば速やかな譲渡も可能にしている。結果、経営に手を挙げたのは、貿易商や生産事業に成功した資本家などが多い。
ディオンはそんな平民の商人の一人と話した事がある。
『国から認められた“無料病院の最高責任者”の身分証明書は絶大な効力を持っています。おかげさまで国内外の信用が桁違いで、病院は宣伝塔のようなものです』
貴族にはない発想に驚いた。
それに病院で独自研究をしており、薬や医療器具の開発に余念がない。彼らはただの慈善ではなく、新しい事業として見ているのだ。実に逞しい。平民が経営する病院を疎ましく思う貴族など、もし奪い取ったとしても、結局病院に財産を注ぎ込むだけだろう。
それでも、このべルフィーネ記念病院は別格である。現国王夫妻や側妃たちも個人名義で寄付している。過去の王妃の理念の意思を継ぐ者として、目に見える形にしているのだ。現王妃や側妃の実家の寄付も、後ろ盾として機能している。第三妃の故郷、クーロラメテル神聖公国も例外ではなく、むしろ自国の裕福さを示そうと大公が多額の金を送ろうとしたが、それをケリー妃は断る。
『綿布をお願いしますわ。いくらあっても困らないので』
ケリー妃は、現物が即戦力になると知っていた。病院は常に清潔なシーツを求めている。質より量で、粗悪でもいいのだ。幸い神聖公国は豊穣の国なので、綿も豊富にある。そうして大公は綿布のみならず小麦も大量に送ってくる。
神聖公国の国力の誇示か、異国での娘の立場を守ってやろうとの親心か。ケリー妃は前者だと思っている。聖女と謳われた娘の初婚相手を自身の片腕の男の後妻にと考えていたような父親だ。
今更父の思惑はどうでもいい。ケリー妃にすれば嫁ぎ先が豊かになればいい。
「これはこれは、メイシェル王女殿下。ようこそお越しくださいました」
王族の慰問なので、そこは院長が笑顔で迎える。
色々な病例が集まり積極的に臨床実験も行う、優秀な医師たちが十数人もいるこの総合病院は、国力の高さの象徴だ。
「一人での慰問は初めてですの。よろしくお願いしますわ」
メイシェルは微笑んだ。
院長が「……慰問?」と呟き、わずかに首を傾げた。
「何か問題でも?」
グローデンが片眉を上げて反応する。
「いえ、失礼いたしました。視察と伺っておりましたので」
「患者さんとお話しすると聞いたの。それって慰問じゃないの?」
今度はメイシェルが分かりやすく首を傾げた。
「……ああ、そういったご認識でしたか。王族の方は主に設備や入院環境の視察に重きを置いていましたので」
「私みたいな子供に難しい事は分からないわ。患者さんとお話しするつもりで来たんだけど」
「有難うございます。さすがはケリー様のご息女であらせられますな。ケリー様もそうでございました」
(てか、母様にそう言われたんだけどなー。でも父様は確かに“視察”って言ってたような気も……)
「ま、見学って事で」
なんの折り合いか、メイシェルはそう定義付けて明るく笑った。
意識していない彼女の屈託のない笑顔は周囲を安心させる。国王の精悍さに側妃のおおらかさが上手く合わさったような、実にいい雰囲気を醸し出す。
「はい、では病床にご案内します」
院長も彼女に感化されてか、穏やかな笑顔だ。
「さすが幼くても王女殿下。陛下に似たカリスマ性ってのかね」
メイシェルの後ろを歩く騎士ハルバイアが、自分の隣のディオンに小声で呟く。
「そうですね」
ディオンも肯定する。
たった一人での初公務も堂々としたもので、全く物怖じしない。彼女の溌剌さはここでも健在だ。
従者が院長と話している間、ちゃんと内容を聞いて理解しているようだし、にこにこしているだけでいいとディオンは思う。その方が本性がバレない。
「どうでしたか、姫様。お一人で心細かったですか?」
帰りの馬車の中で同乗の女官がメイシェルに尋ねた。
魔導士であるディオンはメイシェルの前に座っている。日中の街中で襲撃に遭う可能性はまず無いし、専属騎士だけではなく宮廷護衛騎士も馬車を囲んでいるけれど、いざという時は姫に防御魔法を掛けて護るためだ。
「みんながついているのに不安なんか無いわ」
「それはようございました。ご感想はいかがですか?」
「思ったよりみんな元気そうだったわ。でも一人当たりの空間が狭いと思う」
「殿下。病床とはあんな物なのです。少しでも患者を受け入れるためです」
ディオンの隣に座る同行の従者は国王の秘書官である。彼は実情を述べる。
「そうなのね」
しかし、今日視察、もとい慰問したのは比較的病状の軽い者たちなのだ。残している家族が心配な者は早く病院を出たがるが、退院したくない者も多いだろう。ちゃんとした寝床と食事が与えられているのだから。
もっと酷い病状の者たちの部屋は王女には見せられない。死期迫る患者もいるのだ。まだ十歳であるメイシェルには衝撃すぎる。そもそも王女が病院慰問など前例がない。まだ未婚の第三王女と第四王女は、定期的な孤児院慰問を『狭くて汚い』と嫌がるらしい。でも育ちを思えばそれは当然の反応かもしれない。
今回の病院訪問はメイシェルの希望だ。王女の公務の一つ、孤児院慰問を勧めた母に『前から街で気になっていたのよね。あの二階建てのでっかい“病院”ってのが』と、お願いしたのだ。
娘の“前から”が護衛を伴っての城下町探索時なのか、隠し通路から抜け出していた時かはケリーは敢えて尋ねなかった。
(……型破りすぎるわ、この子。誰に似たのかしら)
ケリーは内心憂いたが、父親と母親の遺伝子が融合した結果だろう。




