十五 独り言。
「大榊さん、さっきの件、真島さんに相談してきます。頼造おじさんの事、看護師さんにおねがいしたいんですけど……」
華夕は病室を出ていく大榊を呼び止めた。
「あぁ、そうですね。すぐ連絡を入れておきます。でも、今野さん、あまり無理はしないようにしてくださいね?」
華夕が一樹に対しある種おびえのような感情を抱いている事は、大榊にもわかっていた。
「大尉、自分が今野さんについていきますよ。やはり1対1じゃね、心細いでしょうから」
金富が華夕の肩に手を置いた。
「あ、ありがとうございます、金富さん」
華夕が笑顔になって金富を見上げる。
「金富、しかしあくまで真島君の意思を尊重しろ。間違っても強制などするなよ?」
「心得ておりますよ。自分はあくまで、今野さんのボディガードですから」
金富は胸を叩いて請合った。
勇夫の勾留は、六日目を迎えていた。既に取り調べは終了し、起訴までの身柄拘束という名目だ。勇夫としては、この基地での生活の半分近くをここで過ごしたことになる。
もっとも、他のメンバーへの連絡や行動の範囲こそ制限されていたが、営倉などへ入れられていたわけでもなく、ストレスのない生活を送ることが出来ていた。ただ、退屈だった。だから、部屋のインターフォンが鳴った時、勇夫は単純に嬉しかった。
「速水君、ちょっといいかな?」
声の主は勇夫の取調べを行った尾藤寛治警部補だった。
「どうぞ」
勇夫はベッドに腰掛けたまま応えた。どうせ鍵はかかっていないのだ。部屋に閉じ込められはしなかったが、逆に中から鍵をかける事は禁止されていた。
「よくここへ戻ってきたね」
尾藤はテーブル前の椅子に座ると、少し感心して言った。
勇夫が両親と家に帰る事も充分にありえると尾藤は思っていた。そうすれば自分もこの任務から解放されるという期待もあった。
勇夫がここに残る選択をしたという事は、戦う意思があるという事だ。尾藤には、勇夫がどうしてその決断を下すことが出来たのか、また、勇夫の両親がどうして勇夫の決断を許すことが出来たのか、そこがわからなかった。
つまり、尾藤が今ここにいるのは、純粋に尾藤の個人的な興味からである。
「尾藤さんにはご迷惑をおかけします」
勇夫はしおらしい口をきいたが、その心の中には一片のしおらしさもなく、一心に前を向いている事がありありと見て取れる。
尾藤は、勇夫がここに残る決断を下した事を、喜んでいる自分がいるのに気付いていた。
「あー、もう休憩時間か」
尾藤は自分の端末で時間を確認し、休憩の打刻をした。
「さて、俺は休憩に入った。勤務時間中じゃないから、これから俺の言う事は警察官の言葉じゃない。ただの独り言だ」
勇夫は怪訝な表情で尾藤を見た。尾藤はにやっと笑って勇夫を見返した。
「今俺が追っているヤマなんだがなぁ、どうも気にくわねえ。これ以上聞く事はないし、逃亡の危険もねえのに検察は勾留の申請をして、裁判所は勾留の判断を下した。現場の俺から見りゃ、これは明らかにいきすぎだ」
尾藤はどうかしている、と勇夫は思った。こんな事を警察官が言っていいのだろうか。口調までがいつもと変わってしまっている。
「ははは、休憩中の独り言だ。気にするな」
面食らっている勇夫に、尾藤は笑いかけた。
「じゃあ、俺も独り言でも言おうかな。なんで俺、全部喋ったのに閉じ込められているんだろう。家に帰ったら在宅でいいって言われたのに。起訴するんなら起訴すれば良いのになんでこのままなんだろう」
それは勇夫の本音でもあった。自分のせいで迷惑を被った人がいる。なら罪を償うのにためらいはなかった。しかし、この中途半端な状態は納得がいかない。
「君が軍の中で自由にされるのを嫌がっているやつがいるって事だな。
軍から抜けるなら自由にしていい、つまり、自由を人質にして君を脅しているわけだ。
そして、裁判になると君に弁明の機会が与えられる。このままこうして引き伸ばせば、君を合法的に拘束し続ける事が出来るからな。弁明の機会すら与えずに」
尾藤はそう言ってから慌てて付け加えた。
「もちろん、これは独り言だが」
二人は顔を見合わせて笑った。
「それにしても、そんな仕打ちを受けてまで、どうして残ったんだろうなぁ」
尾藤はわざとらしく勇夫から視線を外して呟いた。勇夫も尾藤から視線を外して答える。勇夫も、この【独り言ごっこ】が楽しくなってきていた。
「どうしてでしょうね。親父にも思いっきり殴られて、また殴られる事も覚悟の上で。いやそもそも自分が死ぬかも知れないのに」
勇夫の口調は自嘲気味だったが、その中に後悔が全く含まれていないのを尾藤は感じ取った。
「俺だって死ぬのは嫌だし、知り合いが死ぬのも嫌だ。いくら敵だって殺したくない。でも、それはみんな同じなんだ。
戦ってる人だって、巻き込まれてしまった人だって、敵だって、死にたくないだろうし、死んじゃいけないと思う。
だから、そんな人が死んじゃうような戦いが始まってしまったのなら、できるだけ早く終わらせるべきなんだ。戦ってる最中も、戦いの後も、できるだけ人が死なないようにするべきなんだ。
俺が、少しでもそうできる力になれるなら、そうしたいと思った。
……間違ってるのかも知れないけど、俺はそう決めたんです」
青臭い考えだ、と尾藤は思った。それほど単純に、明快に事態が動くなど考えられないし、またそれは危険でもある。
警察官として勤めあげてきた尾藤にとって、勇夫の青臭さは絵空事であった。勇夫は純粋にそう思っているかも知れない。だが、そういう理想論を利用して自己の利益のみを追求する者は後を絶たないし、最初は純粋な気持ちで理想を掲げていた者が、力を得るほどに変質していく事も、残念ながらもはや一般的と言っていい。
だが尾藤は、この勇夫の言葉が自分の胸に響いていることを自覚していた。信じたい、とも思った。
しかし、尾藤はその立場にはない。判断をするのは司法であり、自分は調査するだけの装置でしかなかった。
だが、いいじゃないか。俺自身がこの少年を信じても。どうせ今は休憩中だ。
尾藤は少し照れ臭そうに苦笑いした。なんだ、俺もまだまだ青臭いじゃないか。
「なるほどな。休憩中のおっさんとしては、なかなか面白いものが聞こえてきたよ」
勇夫が自分を不思議そうに見つめているのに気づいて、尾藤は照れ隠しに頭を掻いた。




