十一 初めての戦闘。
華夕にとって、このような応対をされる事は初めてだった。知り合ってそれほど経ってもいない。いや、知り合ったと言えるのかもわからない程希薄な関わりしか持っていない。それなのになぜ自分がここまで嫌われているのか、華夕には全く理解が出来なかった。
「ごめんなさい……」
華夕は一言だけ謝り、静かに【敵】の情報を収集し始める事しか出来なかった。
「敵を分散させるったって……、どうしたらいいんだよ!」
勇夫は機を走らせ、【敵】集団に接近した。【敵】集団は等間隔を保ったフォーメーションで勇夫機に正確な集中攻撃を浴びせてくる。
「さっきみたいに、斥力でふっ飛ばせば!」
瀬里奈がコンソールを操作し、A/Rコントローラーの準備をする。
「それなら、敵のど真ん中でやらなきゃ……。くそ、なんで飛べねえんだよ!」
上空を飛行している倉科機も気になる。飛べるものなら上空で一緒に戦いたいのだ。
「出力をGコントローラーへ回す事により通常飛行可能。ただし、A/Rコントローラー使用不可、機体出力の大幅低下を招く」
コンソールが淡々と答える。
「って事は、飛んだら敵をふっ飛ばす事は出来ないって事か……」
瀬里奈がつぶやいたが、出力の切り替え設定がバー方式になっているのに気付いて声を上げた。
「ねぇ、これ、出力の配分を自由に決められるって事?」
「なるほど、飛ぶならそっちにも力を持ってかれるから、全力を出すなら地面に足つけてやれってことか……。瀬里奈さん! 半々で設定して下さい!」
勇夫は叫ぶように言うと、上空を見上げた。
「待ってろよ……。倉科! 今行く!」
「この機体には特に武装はついていないようです。あえて言えば、この機体の翼が武器というところでしょうか」
頼造が機体スペックをチェックしながら言った。揚力を必要としないこの機が翼を供えている事には意味があるはずだ。翼は大きく堅牢に作られており、シールドの役割も果たしているようだった。また、この翼の持つ鋭い形状と大質量は、相対速度によって破壊的な威力を持つだろう。
「それは、あの……っ、私達、あの【敵】機に体当たりするって事……ですか?」
智美の声は震えていた。無理もない。唯一の攻撃方法が、特攻なのだ。
「体当たりはしなくても大丈夫でしょう。華夕ちゃんの言うとおり、【敵】を分散させる事を第一に考えればいいんです。敵陣につっこむのは怖いですが【敵】機を避けて飛んでも目的は達成できるはずです。私達はまず、撹乱する事を考えましょう」
智美はおそるおそる操縦桿に手を伸ばした。
「できるかわかりませんけど……怖いけど……」
智美は、その後の「やってみます」を口に出すことが出来なかった。勇夫がパイロットで、自分がサポートだったらどんなに良かっただろう。あの時どうして勇夫のパートナー機を選べなかったんだろう……。
「大丈夫です。大丈夫ですよ、きっと」
頼造の柔らかい声が響いた。
「出来る限りサポートをします。安心して下さい、とは言えませんが……」
智美は力なくうなずくと、操縦桿を左に傾けた。機体は敏感に反応し、機首を左へ向けた。智美が慌てて操縦桿を戻すと、旋回がとまる。
「操縦桿で機首方向を変えて、ペダルで推進するようです。ゆっくり踏んでみて下さい」
頼造の声に従い、ペダルを少しずつ踏み込む。機体は音もなく前進した。
「智美さん、その調子です! 危険な時は私が機体をストップさせますから、思うとおりに飛んでみて下さい」
智美は操縦桿を倒して機首を色々な方向に向けながらペダルを踏む。
「どうしよう、わかんない……!」
智美のつぶやきは悲鳴に近い。頼造は推進関連のマニュアルを探し当て、ざっと目を通した。Iコントローラーによる推進は、それまでの航空機とは根本的に原理が異なる。そのため、基本的にはそれまでの航空機の操縦法を踏襲したシステムになっているが、その他にも操縦法の切り替えが可能になっていた。
「智美さん、操縦法を切り替えてみます。一番直感的にわかりやすいのを選びましょう」
そう言いながら、頼造は一番解りやすそうなモードを選択した。ペダルで加速するのは同じだが、ペダルを放した段階で速度は固定され、操縦桿で機首を向けた方向にそのまま慣性のベクトルを変化させるというものだ。これなら同じ速度のまま、進みたい方向に操縦桿を倒すだけで良い。
「これでよし……。智美さん、進みたい方向に操縦桿を倒して下さい」
「はい……!」
智美が操縦桿を倒すと、機首はその方向を向き、機体は速やかに進行方向を変化させた。何度か方向転換を試してみる。通常の航空機ではあり得ない、鋭角に折れる方向転換も容易だ。
「あ……! これなら……!」
智美の声に明るさが戻り始めていた。まだ怖さはある。しかし、機体を思い通りに操れるという自信が、彼女に力を与えていた。智美はペダルを踏み込んで少しスピードを上げ、【敵】集団の薄いところへ機を突っ込ませた。
50%の出力では、陣形を崩すほどの斥力を出す事は不可能だった。最も近くにいる一機を吹き飛ばすのが関の山だ。機動力も充分と言いがたい。そもそも、吹き飛ばすだけでは敵の数を減らす事にはならないのだ。斥力によって威力を著しく減殺されてはいるが、【敵】からの着弾は集中してきている。
「これじゃあ、キリがないわね……。地上に降りたほうがいいんじゃない?」
瀬里奈はそう言うが、勇夫にはそのつもりは全くなかった。自分に【敵】が集中している分、智美が安全になるのだ。このまま【敵】を撃退する方法を考える必要があった。
「……そうか!」
一機一機が吹き飛んでいくのを見て、勇夫は閃いた。
「押してだめなら、引いてみろってね……! 瀬里奈さん、引力に切り替えて! ターゲットを一機に絞って下さい!」
「え、引力!?」
瀬里奈は思わず聞き返す。しかし、すばやくコンソールを操作し、勇夫のオーダーの通りに設定した。
「いくよ、勇夫君! 引力発生! ターゲットはマークしたから!」
勇夫のコンソールに表示されている敵機アイコンの一つがロックオン状態を示す緑色に変わった。
全周囲モニタでも、【敵】機が一機、こちらに引き寄せられてくるのが見える。
「……よぉしっ!」
勇夫は操縦桿を握り締めた。引き寄せられた【敵】機の接近スピードが更に上がる。
「うぉぉおおおおおおっ!」
勇夫は右の操縦桿を力いっぱい押し出した。
勇夫機【トライツヴァイ】は右拳を【敵】機に叩き込んだ。引き寄せられるスピードと打ち抜く拳のスピード。二つのスピードが加算された相対速度と【トライツヴァイ】の拳が持つ質量と硬度によって、【敵】機は粉々に粉砕され、四散した。




