九 出撃。
9:00。
勇夫たちがドックに着くと、整備にあたっていた小隊下士官達が敬礼で迎えた。
「すでに君達は民間人だけど参尉待遇って事になっていますからね。彼らにとっては上官ってわけです。それに、宮司技術壱尉の隊には、任務の性質上今回の件をある程度周知していますのでね」
金富の説明を聞いても、勇夫にとってはピンとこない。居心地悪げに周囲を見回してお辞儀を返すのみだ。
「おぉ、来たか。既に整備、清掃は終わってる。この端末も、今後は自分で管理してもらう」
宮司が彼らを見つけて駆け寄ってきた。副官の女性士官が【Tシリーズ】の機体にあった六つの端末を勇夫たちに手渡した。
「現状では専用の格納庫がなくて殺風景だが、我慢してくれ。自分の機体は、わかるよな?」
勇夫は無造作に並んでいる六機を見渡してうなずいた。機体の重量のせいもあるのだろう。昨日着陸した場所から全く動かされていない。
六人はそれぞれ自分の機体に向かって歩き出した。
智美の後姿に、思わず勇夫は呼びかける。
「あ……倉科!」
「ん、何? 速水君」
端末とヘルメット、そして小型の背嚢を持った智美。振り返ったその姿は勇夫が見慣れた智美ではない。でも、昨日までの日常と完全に切り離された現実の中で、智美の顔が、声が、勇夫にとって心の拠り所の全てだった。
絶対に失ってはいけない。傷つけてたまるもんか。
「いや、ごめん。倉科、気をつけてな」
「うん……。速水君もね」
智美の表情は緊張と恐怖で青白くなっていたが、それでも勇夫に笑顔を見せた。そして小走りに勇夫に駆け寄る。
「昨日から、ずっと私を守ってくれてたよね。ありがとう」
少しうつむいてはにかんだようにそういうと、智美は勇夫の顔を見上げた。
「これからも、頼りにしてるね、速水君」
それだけ言って、自分の機体に走っていく智美。勇夫はどぎまぎして何も言えず見送った。
「お、おう……!」
やっとのことで智美の背中につぶやくと、勇夫は拳を握り締めて自分の機体へ向かった。
「いいわねえ、若いって」
見ていた瀬里奈が茶々を入れる。
「き、聞いてたんですか、瀬里奈さん……」
「いいじゃないの。私だって初めて戦争に行くんだし、ほっこり出来て良かったわ。ね、勇夫君、私の事も守ってくれる?」
瀬里奈がからかうようにそう言った時、別の方向から聞こえよがしの呟きが聞こえた。
「倉科ぁ、倉科ぁ、か。ほんとそればっかりなのな、速水くぅん?」
真島一樹だった。機体の外壁に寄りかかり、勇夫を嘲るような目で眺めていた。
「な、なんだと……!」
高揚していた勇夫の心が一気に冷え込んでいく。勇夫は一樹を睨みつけた。
「昨日もコクピットん中でパニクってたよなぁ。倉科ぁ、倉科ぁってさ。面白かったぜ、速水くぅん」
勇夫の顔が一瞬にして紅潮した。羞恥と、怒りだ。
「お前……」
「お前じゃねえ。真島一樹だ。こっちの方が年上なんだし、真島さんって呼べよ。なぁ速水くぅん」
揶揄するように勇夫や智美の口調をデフォルメしているのも勇夫の神経を逆撫でする。
「あんたねえ。これからあたしたちは一緒に出撃するのよ。喧嘩を売るのはやめなさい」
瀬里奈が腰に手を当てて一樹をたしなめた。一樹はそんな瀬里奈を見て更に嘲笑を浮かべた。
「あぁ、あんたはコンピュータに向かってブチキレてたおばさんだよな? あれは傑作だったぜ」
言葉を失う瀬里奈。一樹は大笑いしながらコクピットのハッチを開けた。
「二人とも、ずいぶん笑わせてもらったよ。これからは誰かが聞いてるかもしれないって注意するんだな」
最後に、一樹は二人の顔に笑い声を浴びせ、コクピットに消えた。
コンソールの下部に端末をセットし、シートベルトを締めると、計器類が次々に起動していく。コンソールの起動、シームレスモニタが周囲を映し出すのもあの時と同じだった。
しかし、勇夫はあれからずいぶん時間が経ってしまったように感じていた。たった12時間あまりの時間が、勇夫の立場も、気持ちも、大きく変えてしまっていたのである。
大榊の乗るSR16は随伴三機とともに既に上空に上がっていた。【Tシリーズ】他の五機も順次離陸していく。
勇夫は大きく息を吸い込んだ。自分の意思で決定し動き始めるのだ。
勇夫は自動追尾システムを起動し、大榊機を指定した。
不安はある。まだ【Tシリーズ】がどんな力を持っているのかもわからないのだ。そもそも自分に戦うことができるのか。しかもメンバーの半分は女性だ。大人である瀬里奈はともかく、智美も華夕も戦うことができる人ではないだろう。そして真島一樹。合体して戦うメンバーに、信頼できない人間がいるのは恐怖だった。
しかし、勇夫は戦わなければならなかった。戦うと自分で決めたのだ。倉科智美を守るために。
「……よしっ!」
勇夫は両手で頬をパンッと叩く。勇夫機は音もなく、上空へ落下していった。
9:25。
【敵】軍と防警軍航空部の戦闘は筑波市上空でまだ続いていた。住民の避難は完了していたが、建造物の被害は出始めている。
大榊隊は戦闘区域から距離を取って戦況の分析を始めた。
「現状、敵機は100、一機も減っていないようです。防警軍の攻撃機は現在四機です」
華夕が外部スピーカーで大榊に報告した。レーダーのない防警軍機では索敵能力がないに等しい。これまでそれが当たり前だった大榊にとって、レーダーの威力は凄まじいものだった。
「ここまで投入されたKK-27Aは横田基地所属の1個中隊か。既に20機ほど撃墜されているという事になる」
「こちらの機数が少なくなっているからな、戦線が東京方面へ押され始めているようだ」
サポートのため大榊のヘリに同乗している宮司が言った。
「こりゃあ【Tシリーズ】のセンサーや通信機を、早急にこちらで複製できるようにしないとな。このままじゃなんもできねえ」
宮司がぼやいた時、KK-27Aがまた一機、撃墜された。
「【敵】はやはり実弾兵器を使っているようです。単純な徹甲弾と思われます」
金富が光学センサーで捉えた映像を見ながら報告する。その声にかぶるように、スピーカーで勇夫の声が響いた。
「軍の飛行機を撤退させて下さい! 俺達が食い止めます!」
「しかし、敵戦力の分析が充分でなければ……」
大榊は勇夫を止めようとした。いくら何でも素人が情報もなく戦闘に飛び出すのは無茶だ。しかし、その大榊の言葉を華夕の声が遮った。
「情報はこちらで収集できています。戦闘の分析は素人ですが、なんとかやってみます!」
「軍人さんだって、無駄に亡くなって良い訳がありません。私からもお願いします」
頼造も言葉を添える。大榊は腹を決めた。
「わかりました。皆さんに一任します。情報の収集、分析には細心の注意を払って下さい」
「ありがとうございます!」
華夕の声が響いた。
「現状【敵】は100機ですが、その半数は防警軍のドローン部隊です。【敵】の特殊車両と一対になって行動しています。ドローンと連結して飛行しているようです」
早速華夕の分析が解析画像とともに各機に共有された。もちろん大榊にはスピーカーでの声しか届いていない。
「合体っていうのをやってから近づいた方がいいのかな? どう思う? 華夕ちゃん」
「そうですね、瀬里奈さん。【敵】との交戦中にドッキングするのは危険でしょうから、ある程度近づいたところで合体したほうがいいと思います。機動力は分離していた方が高そうなので、少し近づいたら合体するのがいいと思います」
瀬里奈と華夕の会話を聞きながら、頼造は周囲の地形を検索していた。
「【敵】との中間地点に、ちょうど高速のインターが見える。あそこを目印にしたらどうかな?」
「よし、それで行こう! インター上空で、合体だ!」
勇夫は進行目標をインターチェンジに指定した。
六機の【Tシリーズ】が一直線に戦闘区域に向けて飛び去ると、大榊は三機の友軍機に向けて撤退の信号弾を発射した。




