一 謎の超兵器。
(前回のあらすじ)
新暦518年5月25日に東京を襲った奇妙な地震。
狭い範囲に甚大な被害を出したこの地震は、巻き込まれた六人の運命を大きく変えてゆく。
謎の機体に乗り込んで地下の闇から脱出した六人は、日本防衛警備軍に保護された。
同じ頃、筑西市を同様の地震が襲い、大地に大穴を開けていた。
その穴から出現した謎の特殊車両は、防警軍の無人機に反乱を起こさせ、
防警軍に牙をむいて襲い掛かった。
六人を保護した防警軍朝霞基地に、敵機撃退の命令が下る。
地形が変わってしまっていた。直径2kmの大穴。そしてその北側に、吹き上げられた土砂が積もり、新しい山が出来ていた。600m級、数km半径に及ぶ土砂による山。火山性の隆起や噴火によって出来たものではない。生の土泥が積もって形成された、見るからに異様な山だった。
大穴の周縁部では細かな土砂が未だ噴き上げられており、遠目には大きな土煙が立ちのぼっているように見えた。実際それほど強くはないが上昇気流も起きており、周囲の大気の流れは安定していない。偵察機があまり大穴に近づくことが出来ず、穴の深さを測定できていないのもそこに原因があった。
穴から南南東の方向に黒い点が多数、正確に長方形の陣形を組んで並んでいた。
近づくと、一個一個の点が八本の足を持つ歩行タイプの特殊車両である事がわかる。正確に12機ずつ直線状横並びに隊列を組み、20列。その光景はさながら蜘蛛の大群だ。しかしその大群が縦横ともに等間隔を保ち、地形に関わらず正確な長方形を維持している事こそ、その存在が自然界のものではない事実の証明だった。
整然と、ゆっくりと一直線に向かう先にあるのは、日本防衛警備軍筑波基地。それは防警軍最大規模の拠点であった。
「反乱前に帰投していた偵察用ドローンが持ち帰った映像です。これ以降の映像情報はありません」
動画の再生を終えたモニタスクリーンを切り替え、金富丈航空参尉は画面いっぱいに拡大された特殊車両の解析映像を表示させた。
新暦518年5月25日23:27。東京を襲った地震の発生からまだ五時間弱である。朝霞分屯基地整備中隊のドックに併設されているモニタルームに、大榊、金富、そして整備中隊の分析班が集まっていた。
「どう思いますか?」
大榊弘明航空壱尉が、隣席にちょこんと座っている今野華夕の方を向いた。華夕はオブザーバーとしてこのミーティングに出席している。
「まだ断定的な事は言えませんが……。私達が乗った機体とは設計思想が根本から違うように思います。使われている技術も違うようですし。でも、起きた地震のような現象には関連があるような気がします。具体的にどうという事じゃなくて、印象レベルの話ですけど」
華夕は慎重に考えながら言った。さすがに人の命が懸かっている事についていい加減な事は言えない。もともと無責任な発言を極度に避ける傾向がある華夕だったが、今はそれが更に強くなっていた。
「なるほど。まぁ状況分析についてはもう少し情報が来てから改めて。こちらで解析中のあの六機について、何かわかった事は?」
大榊が視線を向けると、朝霞分屯基地整備中隊長である宮司恭範技術壱尉が立ち上がり、モニタスクリーンのケーブルを自分の端末に接続した。
「しかし、ずいぶん厄介なモンを持ち込んでくれたよなあ大榊ィ。なんなんだこりゃ」
宮司は磊落に大声を出し、無骨な指で端末を操作する。スクリーンの左半分に不明機六機の画像、右半分には華夕が乗ってきた機体が拡大表示された。さらに宮司は右側にピックアップされた機体の【T3-2】という機種名、基本スペックを表示させ、一同をぐるりと見渡した。
「このT3-2というのが、華夕ちゃんの乗ってきたヤツなんだが、これについては華夕ちゃんの協力で色々な事が解ってきた」
宮司のように無骨な、中年に差し掛かった男がデレデレに相好を崩して「華夕ちゃん」と呼んでいる姿は笑いを誘うものではあったが、微笑ましくもあった。実際の年齢差は親子ほどとまではいかないが、傍目には完全に親子に見える組み合わせだ。
「と言うよりは、華夕ちゃん以外の機体については何も解っていないと言った方が良いな。乗ってきた連中がいないとコクピットを開ける事もできやしねえ。パイロット登録が厳重に機能していて、他からの介入を一切受け付けない仕様になっているんだな。
でだ。T3-2だが、解っているだけでもかなりどえらい事になっている」
宮司は端末に目を落とした。
「まず、外観を見れば解るが、揚力を発生させる構造にはなっていないし、推力を発生させるノズルもねえ。しかもとてつもない重量だ。こんなもんがどうやって飛んだり移動したりできるのか?」
宮司の口調が名調子じみてくる。この機体は相当に宮司の好奇心を刺激する存在であるようだった。放っておけば何時間でも話し続けそうな勢いだ。
「宮司さん、簡潔にお願いできますか? あまり悠長に喋っていられる状況ではないのです」
たまらず大榊が口を挟む。宮司とは階級も同じで親交も厚いが、年上でありしかも技術者としての優秀さもあって一目も二目も置いている先輩であった。が、しかし、興味を持った重要案件になればなるほど説明が冗長になってしまう傾向が彼にはあり、このような緊急事態には常にそれを意識させる必要があった。大榊はそれを自分の役目だと自認している。
「あぁ、悪い。で、T3-2の機動システム、つまりエンジンは、Gコントローラーと言うらしい」