134.とある兵士の話(5)
「撃て撃て撃てぇぇぇ!!! 奴らを近づけさせるなぁぁぁっ!!!」
それぞれの先陣に配置された部隊の隊長たちが喉が裂けるのでは、と思うほど声を張り上げて叫ぶ。
その号令に従い、それぞれの国の魔法師団がこちらに迫ってくる三つ首の骨の竜に向かって魔法を放っていく。
放たれた魔法は次々と骨竜へと被弾していくが、せいぜい表面が削れたり焦げたりする程度だ。骨竜の魔法耐性が高いのだろう。俺たち程度の魔法じゃあどうしようも出来ねえ。
「隊長! こっちにも1体来やしたぜ!!」
そして運の悪い事に現れた7体のうちの1体が俺たちの隊の方へと来やがった。迫る骨竜を魔法で応戦するが、殆ど意味を為さず、骨竜の腕の一振りで前衛が吹き飛ばされる。
重歩兵が自身の体を隠すほど大きな盾を持ち、10数人という人数で受け止めようとしたが、人間が小石を蹴り飛ばしたかのように吹き飛んだ。……これは潮時だな。
「隊長、どうする!?」
「……仕方ねえ。俺が時間を稼ぐ。お前は部隊を下がらせつつ、馬鹿なうちの将軍殿に切り札を切るように言え! 他の大国ならともかく、俺たちのような中堅国なんかじゃあ、このままじゃあ壊滅するってな!!」
俺は副隊長に指示を出し終えると、骨竜へと走り出す。ったく、嫌になるぜ。今回の戦争は、聖王国主導の連合軍と死国との戦争だ。
どの国も必ず勝つ戦争だと、兵力はそこそこ出しているが、国を代表するような部隊や人物は殆ど出していない。
大抵が、社交界で少しでも華が持てるようにと、貴族の子息どもが参加しているのと、それらを守るように連れて来させられた騎士や俺たちのような雇われだろう。
俺たちの国を率いている将軍だって、先祖が凄いだけで、その地位を金で買った無能だ。今回の戦争で連れて来ているこの国の主戦力となる騎士団など切り札は、自身の身を守るために自分の周りに侍らせて動かさない。本当にクソだが、こんな状況になっているのだ。騎士団長なら動いてくれる筈だ。俺はそれまで時間を稼ぐまで。
荒くれ者の傭兵である俺たちを良くは思っていないが、実力を認めていると言った騎士団長だ。見捨てるような事はしないだろう。
そんな事を考えながら、体に魔力を流して強化し、骨竜へと向かう。骨竜の周りに部下たちはおらず、潰された塊と血の跡だけが残っていた。避け損ねた部下の死体跡か。クソ野郎がっ!
人の部下を殺した骨竜への苛立ちを抑え込みながら、冷静に骨竜を見る。奴はドラゴンの骨から作られたものではなく、人間と思わしき骨を何万も集められて作られた化け物だ。
人間の骨の1本や2本なら容易く切る事も出来るだろうけど、これほど集まった骨を切るのは俺には出来ない。それこそ魔剣やかなり良い職業を持っていない限り。
俺の職業は剣士とごく普通の職業だ。それなりに鍛えているつもりではあるが、あの骨を切るほどの技量はねえ。
そんな俺に気が付いた骨竜は、人間の体なぞ簡単に潰せるほどの大きさの前足を振り下ろしてくる。俺は横に跳び叩き付けられた前足を避ける。叩き付けられた風圧で吹き飛ばされかけるが、剣を地面に突き刺して耐える。
その一撃で死ななかった俺を忌々しげに睨んでくる骨竜。さて、どう時間を稼ごうか。冷や汗をかきながらそう考えていたのだが、次の瞬間、骨竜の頭が爆ぜた。それも、現れた骨竜7体全ての頭が同時に。そして
「流星」
鈴のなるような声が辺りに響き、次の瞬間光り輝く雨が降り注いだ。その雨は死霊たちの頭上へと降注ぎ、死霊たちを次々と貫いていた。
かなりの轟音と共に巻き上がる砂煙。俺たちは全員が固まってしまった。そして、砂煙が晴れた頃は全員呆然としていた。
さっきまで苦労させられていた死霊たちの3分の1近くが消し飛んでいたのだから。
「全く、この程度の相手に私が駆り出されるとは。フィストリア様も人使いが荒いですわ」
そして、そのとてつもない一撃を放ったと思われる人物の声が空から聞こえた。全員が声のした方を見ると、そこには金色に輝く男性ほどの大きさのある弓を横に侍らせた天使が立っていたのだ。その後ろに隊列する天使たち。ということはあの1番前にいる天使が
「四大聖天使『天弓』のアタランテ様」
誰かのポツリと呟く声。金色の髪をツインテールして、要所だけを守る鎧をつけた天使。……これが聖王国の切り札かよ。俺は安心した気持ちと共に、震えが止まらなかった。




