見えない所で
翌日の昼、ウィルは元気にユミトにやって来て、何か良いクエストはないか? と探すローズを捕まえた。
「どうしたんですか?」
急に声を掛けても平気くらいな関係なのかもしれない。
「いや、ちょっとね。話を聞いてもらいたいんだ」
「え、良いですけど、それはあのー、私にはできないクエストしかないっていう話ですか?」
「いや、違う。バリーも一緒で良いか?」
「はい、それはかまいませんけれど」
まだはてな……という感じのローズとこの忙しい時に! という少し不機嫌なバリーを連れて、ウィルは以前ローズと二人きりで話した部屋へと向かった。
ローズの向かいの席にウィル、その隣にバリーが座り、今思っていることを全て言うことにした。
「お願いがあるんだ! また俺を浄化してほしい!」
急な事にローズはぽかんとしている。
「最近、ウィルはとても怒りっぽいんですよ、それであなたのお力で何とかならないかと思いまして」
「はぁ……」
ウィルは反応の薄いローズに説明し出した。
最近おかしくて、すぐにイライラとしてしまい、本来の自分とは違うような気がすること。
またサキュバスか何かのせいなのか? ということ。
「確かに、何だか魔の匂いはしますが、それはとても弱く、本来の浄化をしなくても大丈夫そうですが。もし、最近もそういうのに近付いたとか憎いとか、羨ましいとかそういう気持ちがあるのだとしたら、そこからかもしれませんね」
とても心当たりがある。
目の前にそれをしていても気付いていない当の本人がいるのだが。
いや、言えない。
足湯の件は進展がないままだということすら伝えてないのに。
「軽く浄化しましょうか? 大丈夫です! 今度はちゃんとした方法でやりますから」
どんな方法でしたんだ? とバリーは内心思ったが、二人だけの秘密らしく、絶対教えたくない! とウィルの顔が語っていたから黙っていることにした。
「あのさ、できればちゃんとしたやつ。本格的なのが良いんだ」
「儀式的なやつでしょうか? でも、あれは悪魔や相当強いものにしかやりませんが」
それよりも低級だと彼女は言っているのにウィルは引き下がらない。
何故かと言えば、そのローズの浄化で何とかしたい欲が勝っていたからだ。
理由は何でも良い。少しくらいわがままな自分を受け入れてほしい。
とてもじゃないが、これは本来の自分ではないことはウィルが重々承知していた。
おかしい、絶対に。こんなローズが好きだからって、ここまでなるのはいくら何でもおかしすぎる! それともやはり、ローズの聖女としての力は低下しているのか。
「やっぱり、教会を使ってするようなのが良い」
それがウィルの答えならば仕方ないとローズは言う。
「分かりました。してみましょう。けれど、その教会はどちらに? オーウェン様がいらっしゃる教会ですか?」
「いいや、俺達しか知らない所がある」
「そこは魔王がいた頃に強力な魔物の暇潰しで襲われ、跡形もなく消えた小さな村なのですが」
「救いに行った場所なのですか?」
「いや、たまたま通り掛かり見てしまった所だ。もし、着いた時に襲われていたとしたら助けていたと思う。けれど、全てが消え失せ、その魔物がいたというのだけが残っていた。何もしないで去るのも悪いと思って、墓を作ったりはしたけど」
「それでは無念だったでしょうね」
こういう時のローズはとても聖女らしいと思う。
「そこの教会を使わせてもらいたいと思っているのですよ。廃れた教会でもそのくらいのものならできるでしょう?」
すかさず、バリーは言う。
「私は足湯以後おかしくなったウィルに元に戻ってほしいだけなんです! クエストに二人で行こうがかまいません! ただウィルが怒らなくなれば良いと」
おいおい……と嘘泣きすらも上手くなったバリーにウィルはギョッとしたが、ローズは心を痛め、はい、分かりました! 少しでもお役に立てるのなら! ということで、三人でその廃れた教会を目指すことになった。
もし、その間に申し込みをしている半魚人からお見合いを受ける連絡が来たら、すぐに伝書鳩を飛ばしてもらうことにし、こういう旅は初めてかもしれません! と少し嬉しそうなローズを見るとこっそりバリーがウィルに言って来た。
「本当は二人きりが良かったな……って思ってません?」
「いや、今おかしい俺にはバリーの方が必要かもしれん。バリーが居なかったら俺は……」
何をするつもりだろう? それを聞きたくなくて、バリーは話題を変えた。
「そういえば、あの足湯の所も通るのですが、その件については聞いてますか?」
とローズに尋ね、ウィルは今なのか!? と思えど言った。
「あの件な……。ずっと言いそびれてたけど、手がかりはなかった。だからって狙われていないということにもならないだろう? だからな! 俺がその……」
「ウィルが助けると言っています」
にっこりとバリーはウィルの言葉を通訳した。
その必要はなかったが、ローズはバリーにニッコリ笑顔を返した。
「ありがとうございますと言っていただけますか?」
「ええ、もちろん。ウィル聞こえてますか?」
「ああ、もちろん!」
一瞬、ウィルの顔付きが変わった。
何やらはらわたが煮えくり返りそうな顔だった。
(これは、やはりおかしい。新たな聖女が現れたという知らせもないままだから聖女ローズに頼るしかない状況ですが、その聖女ローズがあまりにもウィルに関心を持たないせいで見過ごしている事があるのでは? と疑うレベルです、これは)
バリーの考えを読める者などいない。
だからローズはのんきに歩いていた。
新しく見る景色、何よりあの時のようなローブをしなくても良いなんて、何という解放感だろう。
「気分が良いな、ローズは」
「はい、ウィルは……あまりお加減が良さそうではありませんね」
もし身長がもう少しあれば、きっと無意識にウィルのおでこを触って熱がないか? と確認していただろう。
そう思えて、はたとその足取りが止まった。
「どうしましょう!」
急にそんなことを言われても困るとウィルはローズを気にした。
「どうした?」
「いえ、何でもないのです……」
おかしい。私もおかしいですよ! 絶対! そんなことを言えずにもじもじとするだけだったが、その様子にバリーは思う。
(これは……きっとブライアンが居たら、気の利いた言葉で納めてくれるんでしょうけど)
バリーはそのまま放置することに決めた。
この二人はたぶん無意識にそうなってしまうのだ。
心が通じているのか、いないのか。
「はぁー」
「何だ? バリーの溜め息は珍しいな」
「そうですか? あまりしないようにしてるので、そのせいでしょうね」
「どうしてしないようにしてるのですか?」
「幸せが逃げるって言うでしょう?」
それは知りませんでしたとローズはまたのんきに言う。
きっとさっきので確信はしなかった。
これはウィルに勝算があるのでしょうか。
とぼとぼとその日も歩き、野宿は大丈夫ですか? と問えば、大丈夫です! もう慣れましたから! と聖女らしいくない答えが返って来た。
「まあ、深い所は聞かないでおきましょう。本当は馬車でも用意して早く行って帰って来ようとも考えたんですが、目立つとウィルが言って」
「俺のせいにするな! お金はあったんだ。だけどやっぱり、まだここら辺は貴族と言っても王族くらいしか馬車は使わないし、そもそも馬だって、あの魔物に襲われたら困るだろ。それを考えるとだな」
「はいはい、分かりました。歩きが一番! ということになったんです。すみませんね、こんな旅になってしまって」
「いえ、大丈夫です」
ただ心配なのは半魚人さんとのお見合いだけだが。
「まあ、一か月もあれば行ってやって戻って来れます。大丈夫ですよ、心配しなくとも。お見合いになったとなれば、すぐに戻りますしね。これはウィルの為のものであって、我々は本当は関係ないのですから」
「そんなはっきりと言わなくても良いだろ。それはまあ、そうなんだが」
言葉なしといった所か。
「おかしいと感じているなら、きっと本来の答えがあるはずなんですが、なかなか出て来ないのは難しいですよね」
ローズのその言葉をバリーは見過ごさなかった。
「自分もそうだとおっしゃるのですか?」
「いえ……、でも、無意識にしてしまう事をおかしいで片付けて良いものかと思うのです」
「どういう意味ですか?」
「心の中にはちゃんとした答えをしっかり持っているのに、それを外に出せないからこそ起こるものと言いましょうか」
ローズの心を見てみたいと思ったのはウィルだけではなく、バリーもそうだった。
バリーとしてはただの興味本位だったが。
「まあ、今は野宿の為の準備をしましょう!」
ローズはそう言って逃げた。
まあ、良いかとバリーもその言葉に従ってそうする。
ウィルは……、やはり変だった。
刻一刻とおかしくなっている。
本当にサキュバス以上のモノが憑いているのではないか? と思えるほどだ。
「ウィル、この辺に教会はありませんからね」
「あ! 分かってる!」
自分の指を噛むほど、ウィルの怒りは凄まじいことになっているらしい。
それなのにローズはのほほんとしている。
本当に聖女としての力を持っているのかと疑うほどだ。
かみ合っているのかいないのか。
どちらが正しくて、そうじゃないのか。
バリーでさえもその魔力感知は難しかった。
正常さを覆せるのはその力と拮抗する者であり、それ以上の何かを持っている場合だけだった。
そんなのをできるのは誰だろう?
バリーのその思いを受け取ってなのか、草むらの中に潜んでいた黒い影のようなそれは主の元にシュルシュルと素早く静かに誰にも会わずにかなりの長距離を戻って行く。
――カワイイ子。アタシの力はもう普通ではない。
それがよく分かったとその黒い影は主の影として存在することにした。
まだ昼間、それでも普通に行動できるのは生まれ変わったおかげだろう。
けれど、この世界にはもういない。
何の望みもない。
それは最初からそうだったのに、何故今になってそんな事を思うのか。
自分でも分からない。
彼女は今の自分の名前を呼ばれた。
それを呼んだのはかつて、聖女ローズの世話をしていたという男、オーウェンだった。
今日はまたおかしな事が続く。
この豊かな村まで来て、何をするのかと思えば、オーウェンは自分を連れて行くと言う。
それを両親は承諾したらしい。
まあ、良い。行っても。だって、行った所で神は何故この力を私にくれたのか分からないけれど、新たな聖女になれと言うのなら、それでも良い。
なってやろうじゃないか。
アタシが最も愛したあの方をこの世界から消したアイツ等に復讐をするのも良いだろう。
けれど、これはアタシのその時の気分次第。
「行きましょう」
「ええ」
新たな聖女の世話役となるオーウェンの言葉に従う。
それが一番今、アタシが怪しまれない方法だろう。




