カデシュの廃村、錆びた声
冷たい泥の感触で、目が覚めた。
「……はぁ、……がはっ!」
口の中に溜まった砂混じりの水を吐き出し、リアムは力なく指を動かした。全身が岩に叩きつけられた衝撃で悲鳴を上げている。
視界を覆うのは、どんよりとした灰色の空。そして、鼻をつくのは、むせ返るような**「錆」**の匂いだった。
「ここは……」
身体を引きずり、顔を上げる。
そこは、川の入り江に溜まったゴミ捨て場のような場所だった。だが、捨てられているのは生ゴミではない。
折れた剣、ひしゃげた盾、使い物にならなくなった農具。
魔法を通さず、文明から見捨てられた**「鉄」の残骸**が、小山のように積み上がっていた。
ここは、地図にも載っていない廃村「カデシュ」。
魔力を吸い取り、魔法を狂わせる鉄が集まる場所として、人々から「呪われた地」と忌み嫌われている吹き溜まりだ。
「くっ、……あ、あああああッ!」
突然、右腕に焼けるような激痛が走った。
手首から肘にかけて広がる黒いアザが、生き物のようにドクドクと波打っている。
あまりの熱さに、リアムは無意識にそばに転がっていた「錆びた鉄の棒」を掴んだ。
すると、驚くべきことが起きた。
(……熱が、吸われていく……?)
鉄の棒に触れた瞬間、アザの激痛がスッと引いていく。
それだけではない。泥にまみれ、茶色く腐っていたはずの鉄の棒が、リアムの痣が触れている場所から、じわじわと**「銀色の輝き」**を取り戻し始めたのだ。
「なんだ、これ……。俺が鉄を、直しているのか?」
違う。直しているのではない。
リアムの痣が、鉄の中に眠る「本質」を呼び覚ましているのだ。
朦朧とする意識の中、脳裏に刻まれた前世の知識が、パズルのピースのようにはまっていく。
歴史学者として研究していた、最古の鉄器文明の記憶。
(このアザは……回路だ。鉄に『意思』を伝えるための、道なんだ)
リアムは、震える指先で鉄の棒の表面をなぞった。
そこには、自分にしか見えない「溝」があるように感じられた。
彼は、喉の奥から絞り出すように、その言葉を紡いだ。
「kuwa」(※ヒッタイト語の「叩け」「刻め」)
――キィィィィィィィン!!
静寂の廃村に、高音の震動が響き渡った。
リアムが握っていた鉄の棒が真っ赤に発熱し、こびりついていた錆が一瞬で弾け飛ぶ。
手の中に残ったのは、魔法の杖よりも鋭く、冷たい光を放つ**一本の「鉄の針」**だった。
「……あ、はは……」
リアムは乾いた笑いを漏らした。
公爵家では「無能」と蔑まれ、奴隷商には「ゴミ」として捨てられた。
だが、この呪われた地にある「鉄」たちは、みんな俺の言葉を待っている。
「……生きてやる。この鉄たちと一緒に」
リアムは、銀色に光り始めた右腕を抱え、廃村の奥へと這い進んだ。
空腹、寒さ、そして追っ手の恐怖。
だが彼の目には、絶望ではなく、微かな、しかし消えない「鉄の光」が宿っていた。
数時間後、カデシュの入り口に、不気味な「黒い霧」が漂い始める。
川へ流された「死体」を確認しに来た、奴隷商人の放った**魔導生物**だ。
深手を負い、まともに立ち上がることもできないリアム。
彼の手にあるのは、先ほど作り出した一本の短い鉄の針。
「……実験には、ちょうどいい」
暗闇の中、リアムの右腕が、不気味に、そして美しく銀色に輝き出した。




