鉄の沈黙、泥の底
「――リアム・アルトリア。お前は我が家の、いや、人類の恥だ」
聖堂の冷たい石畳に、父――アルトリア公爵の冷徹な声が響く。
15歳の『成人の儀』。本来なら魔力の属性を授かり、輝かしい未来を約束される場だ。しかし、俺の右腕に浮かび上がったのは、美しい魔導紋ではなく、焼け焦げたような不気味な**『黒いアザ』**だった。
「魔力測定値、ゼロ。……それどころか、周囲の魔力を汚染し、吸い殺す『鉄喰い(てつぐい)』の痣だ」
鑑定官の蔑むような声に、列席していた貴族たちが一斉にざわめく。
「呪われっ子だ」「公爵家に泥を塗ったな」「家畜以下のゴミめ」
俺は何も言い返せなかった。
右腕が、熱い。まるで毒を流し込まれたようにドクドクと脈打ち、視界が歪む。
「……連れて行け。奴隷商『黒い牙』に叩き売れ。二度とその汚らわしい面を私の前に見せるな」
父は一度も俺と目を合わせることなく、背を向けた。
それが、俺が「人間」として扱われた最後の瞬間だった。
数時間後。俺は豪華な装束を剥ぎ取られ、泥に汚れたボロ布一枚で鉄籠の中に放り込まれていた。
首には、魔力を吸い取り、逆らう者に激痛を与える**『鉄の首輪』**。
「ひひっ、いい出物だぜ。公爵家の坊ちゃんが奴隷とはな。この『痣』さえなけりゃ高く売れたんだが、まあ、鉱山で死ぬまで働かせる分には問題ねえ」
奴隷商人の護衛たちが、籠の隙間から杖を突き入れ、俺の脇腹を小突く。
「おい、無能。なんか言ってみろよ」
「……」
「ちっ、シケた面しやがって。ほらよ、餞別だ」
一人の騎士が、笑いながら籠の中に**『一本の鉄の棒』**を投げ入れた。
それは、儀式の際に俺が「これしか使えない」と宣告された、魔法を通さない忌むべき金属。
「お前みたいなゴミには、魔法の杖よりそんな鉄クズがお似合いだ。大事に抱いて死ねよ」
ガタガタと揺れる馬車。雨が降り出し、俺の体温を奪っていく。
俺は震える手で、泥にまみれた鉄の棒を拾い上げた。
重い。冷たい。
でも、不思議だった。
右腕の『痣』が、その鉄に触れた瞬間、ほんのわずかに静まった気がしたんだ。
馬車が断崖に差し掛かったとき、事件は起きた。
激しい雷雨で路面が崩れ、馬車が大きく傾く。
「ちっ、運がねえ! この籠、邪魔だ。切り離せ!」
「おい、中身はどうする!」
「構うか! 呪われっ子一人死んだところで、誰も文句は言わねえよ!」
商人の命令で、俺が閉じ込められた籠は、無情にも断崖から蹴り落とされた。
「あ――」
視界が回転する。
叩きつけられるような衝撃。
次の瞬間、俺の身体は檻の隙間から放り出され、夜の濁流へと飲み込まれた。
水が鼻を突き、肺が焼けるように痛い。
岩に身体を打ち付けられ、意識が遠のいていく。
(ああ……ここで、終わるのか……。何一つ、やり遂げられないまま……)
その時。
ドクン!!
止まりかけた心臓を、右腕の『痣』が内側から突き上げるように跳ねた。
濁流の底、意識の深淵。
そこに、俺のものではない**「誰かの記憶」**が、火花のように弾けて流れ込んできた。
『鉄を恐れるな。それは、神の言葉を刻むための紙だ』
『記せ。楔を。音を。起源を――』
目が見開かれる。
右腕のアザが、暗い川底で不気味に、だが力強く銀色に明滅し始めた。
濁流に流され、死の淵を彷徨うリアム。
彼が流れ着いたのは、地図にも載っていない「呪われた地」だった。
そこで彼は、数千年前の記憶と、自分のアザの「本当の呼び声」を聴くことになる。




