アメリカ~ン?
こちらは「第151話 自動化への挑戦」の後日譚となります。
うららかな春の陽気の下、ミカは朝から庭先でしゃがみ込んでいた。
「……ここを少し空けて……空気の流れはいいとして……、熱はこう動くからはずだから……。」
棒で地面に図を描き、大まかな構造をイメージする。
「……普通に組むと危ないかな? 部分的に凹凸をつけて、かみ合うようにするか。」
棒をぽいっと捨て、パンパンと手を払う。
「ま、試しにやってみるか。」
そう呟き、まずは土台を作る。
「”石弾”。」
ミカの手に、ブロック塀に使用するブロックサイズの石が発現する。
ブロックのように空洞をつけていない、切り出されたような石。
「よっ、ほ、と……。」
次々に石を作り出し、地面に隙間なく並べる。
ほんの一~二分で、一.五メートル四方の土台が完成だ。
ミカは土台の上に乗ると、軽く踏み踏みした。
ぐらつくことの無いよう、安定させる。
「こんなもんでいっか。」
そうして、次に石を作ろうとして、固まる。
「耐火煉瓦って、材料どうなってんだ?」
というか、煉瓦の材料って何だ?
耐火煉瓦と煉瓦に、材料の違いとかあるのだろうか。
「…………別に、煉瓦である必要もないのか?」
普通に、石でもいい気がする。
そう考え、煉瓦サイズの石を作ることにした。
ミカがやっているのは、石窯造りだ。
先日、ガエラスに教えてもらったレストランに、キスティルとネリスフィーネを連れて行ってみた。
二人はあまり外食をしないので、お店の雰囲気に最初は戸惑っていた。
キスティルの料理の腕は、ミカからするとすでにプロ級だ。
そんなキスティルからいろいろ教わっているネリスフィーネも、相当なものだと思う。
そのため、料理そのものについては、そこまで驚かないだろう。
だが、この店の一番の自慢は白パンだ。
ミカとしても、この雑味のない、ほんのりとした甘みさえも感じられるパンを、二人に食べさせてあげたかった。
そうしてテーブルに届いた白パンを見て、二人は目をぱちくりさせた。
ミカが手に取ったパンを、じーっ……と凝視する。
ふわふわとした感触の、ほかほかのパンを見て、本当に驚いていた。
「ここのパンは本当に美味しいから、食べてみて。」
ミカがそう言うと、二人も恐るおそるといった感じで手を伸ばす。
「わ……柔らかい。」
「こんなに大きいのに、とても軽いです……。」
ミカがパンを千切るのを見て、二人もやってみる。
もちもちとした内側が、いつものパンではあり得ない程に伸びる。
ミカが目で促すと、二人は一緒に口に運んだ。
「…………………………。」
「…………………………。」
キスティルが茫然とし、咀嚼するのも忘れて固まった。
ネリスフィーネに至っては、神に祈り始めた。
ちょ、お店でそれはやめて。
「びっくりしたでしょ。」
ミカはにっこりと微笑みながら、二人に声をかけた。
ミカからすると、
「元の世界のパン屋にあったようなパンが、この世界でも食べられるとは。」
という驚きだが、二人は違う。
二人には、
「こんな食べ物が存在するなんて。」
「この世の物とは思えない。」
という驚きだ。
固まってしまったり、神に祈ってしまうのもしょうがない、と思う。
こうして、ミカの目論見通りキスティルとネリスフィーネはびっくりしてくれた。
いや、ちょっと予想を超えてしまったが。
しかし、ここからが本題。
二人をこのレストランに連れて来た目的は、ただ「食べさせてあげたい」だけではない。
ミカは、うっとりと味わいながらパンを食べる二人に、こっそり言ってみた。
「…………これ、家でも作れるかも。」
そう言うと、キスティルが焦った表情で、慌てて首を振った。
「む、無理よ。こんなすごいパン、どうやって作っているのか想像もできないもの。」
どうやらキスティルは、ミカが「家でも同じパンを作って」と言っていると勘違いしてしまったようだ。
キスティルの勘違いに、ミカは苦笑してしまう。
「ごめん、言い方が悪かったかな? 作り方が分かるって言ったら、二人はどうする?」
「え……?」
「……どういうことですか、ミカ様?」
ミカの言っている意味が分からず、二人は顔を見合わせるのだった。
その場では簡単な説明だけして、家に帰ってから必要な物の具体的な話をした。
ごく単純に言えば、それは『窯』と『酵母』だ。
窯は町中に共有の物があるが、有料だ。
誰でも使えるので、変わったパンを焼いていると、少々面倒なことになるかもしれない。
そして、酵母は作り方さえ分かっていれば、誰でも作れる。
ただし、ミカも知識として知っているだけで、やったことはない。
そのため、試行錯誤は必要かもしれない、と予防線は張っておく。
それでもミカの話を聞いた二人は、即座に「やってみたい」と言った。
ということで、日曜大工ならぬ陽の日大工。
所謂、DIYに勤しんでいるわけだ。
”石弾”を煉瓦サイズに作るが、やや大きめにしておく。
また、きっちりとした立方体ではなく、下面に突起と上面に凹みを設ける。
これらの突起と凹みがかみ合うようにして、崩れるのを防止する。
やろうと思えば、初めから窯の形に”石弾”を作ることも可能だろう。
まあ、それを”石弾”と呼べるかは微妙だが。
しかし、窯を作ったことがないので、構造をちゃんと作れるか自信がなかった。
それなら、煉瓦サイズで組めばいいだけなので、そっちの方が気が楽だし、簡単だ。
使いやすいように高さも考慮し、立って作業ができるようにする。
構造としては、燃焼室と焼き室、燃焼室には通気口もつける。
窯の奥で燃焼室と焼き室が繋がる構造にし、焼き室は天井を少し高くする。
焼き室の上部に、煙を排出する排煙口も作る。
熱がこもりやすく、ただし煙はこもらない設計にしてみた。…………つもり。
失敗したって、組み直せばいいだけだし。
「ま、こんなもんか。」
三十分ほどで組み上がり、強度も試す。
ちょっとぶつかったくらいで崩れたら、キスティルやネリスフィーネが大怪我をしてしまう。
調理中にそんなことになれば、大惨事だ。
「大丈夫そうかな?」
押してみたり、パンパンと叩いてみるが、特にぐらついたりはなさそうだ。
「結局、断熱とか何にもやってないけど大丈夫かな?」
耐火も何も考えず、ただ”石弾”で組んだだけの石釜。
「ちょっと試してみるか。」
ミカは家に入り、薪を両手いっぱいにかっぱらってくる。
燃焼室に薪を組み、”火炎息”で火をつける。
ぱちぱちと薪が爆ぜ、すぐに燃え始めた。
「扉はどうしようかなあ。」
風を遮る扉があった方が、熱効率もいいだろう。
燃焼室と焼き室に、つけるべきだろうか?
「まあ、無くてもいっか。あ……忘れてた。」
焼き床を置くのを忘れていた。
無くても使えるのは使えるが、焼き床が別になっていれば、使うたびに洗いやすい。
ミカは平べったい石を作り、熱の籠り始めた焼き室にセットした。
「ミカ様、もうできたのですか?」
玄関から声をかけられ、振り返る。
洗濯物を籠に入れたネリスフィーネがやって来た。
ネリスフィーネは、珍しそうに石窯を眺めている。
「ちゃんとできたかテストしてるんだよ。」
「そうなのですか。」
「結構熱くなると思うから、火が入ってる時は触らないでね。」
「分かりました。」
そうして、二人並んで燃焼室の炎を眺める。
そこで、ネリスフィーネがポンと手を打つ。
「どうせなら、今日のお昼で使ってみませんか?」
そんな提案をしてくる。
「急にそんなことできるの?」
「できないこともないと思いますが。ちょっとキスティルと相談してみますね。」
そう言って、ネリスフィーネが家に戻っていく。
洗濯籠を置いて。
「……………………。」
ミカは、その籠をじっと見た。
籠に入っているのは、すでに洗った物のようだ。
おそらく、湯場で洗ったのだろう。
そうしてミカは、庭にある物干しスペースに目をやる。
棒を立て、ロープを渡してあるタイプだ。
「……………………。」
いくら生活能力が壊滅したミカであっても、そりゃ「干すくらい手伝おうか」と思うことはある。
今が、まさにそうだ。
しかし、ミカは手を出さない。
この場合、問題は二つだ。
一つは、物干しの高さの問題。
大変遺憾ながら、洗濯物を干すには、それなりの高さがあった方がいい。
そして、この家の物干しも、それなりの高さがある。
キスティルでギリギリ、ネリスフィーネは少し背伸びをする感じで干したり取り込んだりしている。
つまり、何が言いたいかというと、高くて手が届かないんだよ、どちくしょうーめっ!
そして、もう一つ。
この家の男女比は一対二である。
これ以上は言うまい。…………察してくれ。
ミカが傍らの洗濯籠を無視しつつ、黙って石窯の炎を見ていると、ネリスフィーネがキスティルを連れて戻って来た。
フィーも、キスティルの頭の上に乗って、一緒についてきた。
「本当だわ。もう使えるのね。」
少し驚いた感じで、キスティルが呟く。
「じゃあ、折角だし窯を使う料理にしましょうか。」
キスティルが、ネリスフィーネの提案に乗る。
そこで、ミカは一つ思いつく。
「どうせなら、外で食べる?」
「外?」
「外って、庭ですか?」
ネリスフィーネの確認に、ミカが頷く。
「テーブルをその辺に置いてさ。どうせなら他に焼き場も作って、網焼きなんかもやってみる?」
ちょっとしたキャンプ気分だ。
焼き場を作るくらい、簡単にできる。
石窯で使ったのと同じような石を、『コの字』に組んでやればいいだけだから。
「いいわね。」
「やりましょう。」
こうして急遽、庭先でバーベキューをすることになった。
干された洗濯物が、ひらひらと揺れる横でバーベキュー。
普通なら、あふぉの所業だろう。
煙の匂いが沁みつき、えらいことになるから。
しかし、ここではそんなことにはならない。
ミカが洗濯物を干すスペースを覆うように、魔力を展開。
洗濯物に煙や匂いがいかないように、弱い”突風”を発現してガードしていた。
そうして、追加でバーベキュー用の食材をキスティルとネリスフィーネが買いに行き、かなり本格的なバーベキューが始まった。
「ハハハ、どうだいマイク。素晴らしいだろう?」
「ワァオ、すごいじゃないかボブ。どうしたんだい、この料理は。」
「ハハハ、ちょっと庭に石窯と焼き場を作ってみただけさ。これで、いつでもバーベキューとピッツァが食べ放題さ。」
「ワァオ、すごいよボブ。随分と奮発したんだね。きっと高かったんだろう?」
「ハハハ。そう思うだろ? ところが、こいつにはほとんどお金なんかかかっちゃいないのさ。」
「ワァオ。こいつは驚きだ。一体、どうやったら――――。」
「………………あの、ミカくん?」
焼き上がったバーベキューとグラタンを前に、小芝居を始めたミカに、キスティルが恐るおそる声をかける。
窯の前では、ネリスフィーネも微妙な表情でミカを見ていた。
はい、まだピザなんてありません。
酵母ができていないんで。
そのため、今日は網で肉を焼き、石窯でグラタンを作った。
バーベキューの肉は、あえて塊肉をチョイス。
しかも、高級な部位ではなく、あえて安めの肉を買ってきてもらった。
こういう肉を、いかに美味くできるかがバーベキューの醍醐味なのだ。
どうせやるなら、本場のバーベキューを目指してみました。
うーん、アメリカン!
「初めての割には、結構上手くいったね。」
ミカは、切り分けてもらったバーベキューを皿に乗せ、一口食べてみる。
噛みごたえのある肉を咀嚼し、肉とソースをじっくりと味わう。
「うん! 美味い! 二人も食べてみなよ。」
ミカがそう言うと、まだ調理の途中の二人も、味見をし始める。
「本当、美味しいわ。」
「フフ……こういうのも、たまにはいいですね。」
キスティルとネリスフィーネが、笑顔で頷き合う。
そうして、順次焼き上がった肉を切り分け、グラタンを取り分ける。
立食形式で、石窯や焼き場の横で談笑しながら、三人で昼食を摂った。
大満足の昼食となったが、石窯と焼き場は撤去されることになった。
火を消し、片付けをしている時に、石の一部にヒビが入っていることが分かったからだ。
「危っぶね。やってる時に壊れなくて良かった。」
天然の石がこんなにあっさり割れるのか分からないが、”石弾”は意外と熱に弱いらしい。
作る時に工夫すれば、改善はできるのだろうけど。
ミカは庭に穴を掘り、煉瓦サイズの石を埋めた。
土台に使った方の石は問題ないので、やはり直接火に触れる石は、熱への耐久力を試してからじゃないと危険そうだ。
「次はしっかりとテストしてからだなー。万が一があったら嫌だし。」
なかなか楽しい昼食だったが、しばらくはお預けか。
ミカは、どうやって耐火性能のテストを行おうか考えながら家に戻る。
そうして、実際に石窯が完成したのは、この数週間後となった。




