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第305話 エピローグ




 風の2の月の中旬。夕刻。

 一台の馬車が、数十騎の騎馬隊に守られながら、ミカの屋敷にやって来た。

 馬車が屋敷の玄関に横づけすると、ヴィローネが馬車のドアを開けた。


 ミカは馬車に歩み寄ると、手を差し出す。

 その差し出された手を取り、クレイリアが馬車から下りた。


「お帰り、クレイリア。」

「ただいま戻りました、ミカ。」


 そうして、その場で軽く抱擁を交わすと、屋敷の中へ。

 睨むようなヴィローネの視線を、余裕の笑みで受け流す。


 現在、ミカとクレイリアは別居中である。

 喧嘩をしているとか、そういう訳ではなく、単に通勤の事情だ。

 レーヴタイン侯爵家の別邸は、王都の第一街区にある。

 そして、勤務先の宮廷魔法院は、そんなレーヴタイン侯爵家の別邸から馬車で十数分なのだ。


 ところが、ミカの屋敷があるのは、王都から数キロメートル離れた平原だ。

 宮廷魔法院に行くには距離の問題以外にも、第二街壁、第一街壁を超える必要がある。

 これらの門は、朝の通勤通学の時間帯には、めっちゃ混む。

 貴族家の馬車は平民よりも優先して通してもらえるが、そもそもが混雑しているため、一苦労だ。

 特に、この時間帯は第一街壁の中から外に出る分にはスムーズに行けるが、外から中に入るのは大変なのだ。

 そのためクレイリアは、平日は別邸で過ごし、週末に帰ってくる生活をしていた。


 まあ、新婚でいきなり別居ってどうなの?と思わなくもないが、ミカはレーヴタイン侯爵家の別邸で生活をしたくない。

 キスティルやネリスフィーネも肩身の狭い思いをすることだろう。

 それらを考慮して、現在の方法になった訳だ。


 もっとも、こういったケースは、実はそう珍しいことではない。

 地方の領主が中央の行政機関に勤務する場合、夫人に家の一切を任せるということがあるからだ。

 勿論、家宰を雇ったり、代官を置いて夫人のサポートを任せるが、夫が中央で夫人が地方というのはよくあるそうだ。


 そうしたことを考えると、毎週末帰って来れるのなら、大した問題ではない。

 何より、通信機で毎日連絡ができるし、何なら空間移動を使えばすぐに会える。


 本当はクレイリアは馬車を使わずとも、ミカの空間移動を使えば万事が解決するのだ。

 ただし、それはあくまでクレイリア一人のことを考えた場合である。

 ミカは、護衛の騎士まで一から十まで面倒を見る気はない。

 毎日の通勤にクレイリアを送り迎えするのは構わないが、護衛騎士までぞろぞろと面倒見るつもりはないのだ。

 クレイリアがレーヴタイン侯爵家の騎士のことも考え、現在の方法を選択した、という理由もあった。


 屋敷に入ると、キスティルやネリスフィーネも出迎える。


「「お帰りなさいませ、クレイリア様。」」


 二人が出迎えると、クレイリアが微笑みながら頷く。


「ただいま戻りました、キスティル。 ネリスフィーネ。」

「お帰り、クレイリア。」


 そして、リムリーシェもクレイリアに挨拶をする。

 クレイリアはリムリーシェにも微笑む。


「いつもありがとう、リムリーシェ。 変わりはない?」

「うん。」


 そんな、いつものやり取りを交わす。







 夕食の前にクレイリアは浴室に行き、汗を流してきた。

 やや上気した顔をし、ほぅ……と溜息をつく。


「やはり、お風呂とはいいものですね。 ……別邸(うち)にも置こうかしら。」


 ミカも濡れた髪を、タオルでごしごし拭く。

 当然ながら、一緒に入って来ました。

 だって、夫婦だし。


「作るなら、親っさんに注文してあげるよ。」


 バスタブが”銀系希少金属(ミスリル)”製なので。

 保温性が高く、魔力操作に長けた人なら追い炊き機能も使うことができる。

 まあ、このバスタブを使える人は自分でお湯を作れるから、無駄な機能ではあるけど。


 ”銅系希少金属(オリハルコン)”製ではない理由は一つ。

 バスタブは黒より白だろ、という独断と偏見によるものだ。


 浴室は、ミカが許可した人しか使えないことにしている。

 現在はミカと、ミカの三人の妻、それとリムリーシェだけだ。

 リムリーシェが特別待遇だと言える。


 実際、リムリーシェはほぼ家族と同じような待遇だ。

 屋敷の中に私室もあり、食事も一緒に摂っている。

 他の使用人たちとは一線を画す扱い。

 使用人たちにも、リムリーシェはミカの家族同然として接するように言ってあった。


 ダイニングルームに向かうと、夕食の準備が整っていた。

 今日の食事は、キスティルとネリスフィーネが腕によりをかけて作ってくれた。

 専属の料理人(シェフ)もいるのだが、ぶっちゃけキスティルやネリスフィーネの食事の方がミカの好みではある。


「さあ、食事にしようか。」


 ミカの掛け声で、夕食が始まる。

 全員でお祈りをすると、客間女中(パーラーメイド)食前酒(アペリティフ)を注ぐ。

 ミカの家では、発泡性(スパークリング)ワインのようなお酒を食前酒にしている。


 この、食前酒という文化自体、エックトレーム王国にはない。

 港湾都市のワイエッジスや通商連合では他の大陸からの文化が入ってきており、たまたま入ったレストランで出していた。

 コースに組み込むことで、客単価を上げているのだろう、などと無粋なことは勿論思いつきもせず、その素晴らしい文化をミカも取り入れたという訳だ。


 ちなみに、この酒は密輸品である。

 発泡性(スパークリング)ワインの取り扱いがまだシャクサーラでしか無く、ミカが個人で買って来ているだけだが、国境の検問を通っていないので無申告だったりする。

 面倒くさい、と平然とルールを破るのは相変わらずだった。


 食前酒を飲みながら、軽く談笑する。

 それぞれ、思い思いに会話を楽しむ。


「そろそろ、お屋敷の修繕を始めようかと考えています。」

「うん、いいんじゃないかな。 もう、周りの屋敷はほとんど取り掛かっているんだろ?」


 クレイリアの住む屋敷は、王都が被害を受けてから四年半も経って、ようやく修理に取り掛かるそうだ。

 まあ、ここまで時間がかかったのはミカのせいなのだが。


 ミカが国王(クランザード)に働きかけ、第一街区の復興を後回しにさせたからというのが、非常に大きい。

 このため、王城の壁や謁見の間のように、仮で塞ぐ以上の修理ができなかった。

 国王(クランザード)やクレイリア、レーヴタイン侯爵の下には「御使いの暴走を止めてくれ」と言った声が多数届いたが、残念ながら彼らはミカの側だ。

 そのため、これまでの常識である「貴族優先」を、初めて()()()()()()()」とした、画期的な転換がなされた。


 これには貴族たちから大きな反発が起きたが、国王(クランザード)やレーヴタイン侯爵、ユスディン辺境伯からすれば理に適った政策だ。

 国王からすれば、第一街区を復興したところで税収は回復しない。

 第二街区や第三街区からもたらされる税金こそが、収入源なのだ。

 金のなる木から植え直せというミカの政策案に、反対する理由はなかった。


 この事情はレーヴタイン侯爵、ユスディン辺境伯も同じなので、彼らはミカを擁護する立場を取った。

 また、直接的な被害はなくても、中央行政の中枢にいる大貴族たちも同じ考えだ。

 そのため、いくら地方の貴族が反発したところで大きな動きにはならず、渋々でも従うしかなかった。


 ミカが第一街区の復興を解禁したのは、二年ほど前だ。

 まだまだ仮設住宅暮らしの人も多いが、街自体はそれなりに復興してきた。

 幹線道路は整備され、更地に建物が建ち始めた。


 だが、クレイリアは屋敷の修繕許可が出ても、周囲の様子を見ながらじっと待った。

 そして、ようやく頃合いだと判断したようだ。


 ミカが自分の屋敷を建て始めたのは、貴族への許可を出した半年後だ。

 クレイリアは、その後もじっと待ち、頃合いを探っていたのだ。

 ミカのために。


 ミカと関係の深いレーヴタイン侯爵家が、許可と同時に真っ先に修繕を開始すれば、反発されかねない。

 人手や材料の問題もあるため、すべての貴族家が一斉に修繕に取り掛かれる訳ではないからだ。

 そのため周りを優先して、上級貴族であるレーヴタイン侯爵家は、他の貴族が修繕に取り掛かるのを待った。


 クレイリアが並みの性根の持ち主なら、「自分は我慢しているのに、ミカは先に屋敷を建てるのか」と考えても不思議はない。

 しかし、クレイリアはそんなことは一切思わなかった。







 それまで、ミカは仮設住宅で暮らしていた。

 国王や教皇に請われて。

 王都の民のために。

 むしろ、そちらの方がクレイリアには絶対に真似できない。

 ミカ以外の誰か一人でも、家や家族を失った人たちのためにと仮設住宅に移った貴族がいただろうか。


 ミカが仮設住宅を見て回るだけで、炊き出しを手伝うだけで、人々が慰められる。

 本来、為政者たちが行うべき責務を、ミカが肩代わりしていた。

 ミカの政策案は、そうやって民衆を抑えている間に、時間を稼いでいる間に、可能な限り街を復興しろというだけなのだ。

 未曽有の大災害によって平民と貴族との溝が、致命的な傷となる前に。


 そう考えた場合、ミカの案はミカではなく、むしろ貴族たちからこそ出るべきだった。

 クレイリアは己を恥じるとともに、(ミカ)の偉大さが、むしろ誇らしいくらいだったのだ。







「最近、また移住者が増えたみたい……。」

「トラブルになる前に、やはり何か手を打つべきかもしれませんね。」

「警備の人も、ちょっと困ってるみたいだったよ。」


 キスティルとネリスフィーネ、リムリーシェが、何やら相談していた。

 それを聞いたクレイリアが、三人の方を向いて頷く。


「それは私も感じました。 今日は道を塞がれそうになっていましたから。 ……さすがに介入が必要かもしれませんね。」


 皆の視線がミカに集まる。

 その視線を受け、ミカは片眉を上げ、腕を組む。

 やや顔をしかめて考え込んだ。


 実は、最近ちょっと問題が起きつつあった。

 移住問題だ。


 ミカの借りている敷地の周りに、勝手に移住を始める人たちが出始めた。

 おそらく多くは仮設住宅にいた人たちだろうが、ミカの引っ越しについて来てしまったのだ。

 まだ、そこまでの数ではないが、このまま放置するとスラムやバラック街のようになりかねない。


「勝手に住み着いてるだけだから、強制撤去しても問題はないんだろうけど。」

「さすがにそれは、ミカの名前に傷がつくかと……。」


 他人が勝手に御使いだ何だと持ち上げているだけなので、傷がつこうが地に落ちようが気にせんけど。

 そう思わなくもないが、まあ穏便な方法を考えるか。

 自分のネームバリューを便利に使っている部分もあるし。


「一番は、行政に通報することかね。」

「そうですね。 まずはそれが良いでしょう。」


 ミカがごちゃごちゃと一人で考えるよりは、行政に丸投げしてしまった方がいいのは間違いない。

 その上で、手を貸せと言うなら手を貸してもいい。


 そんなことを話したりしながら、今週あったことなどを話題に食事を楽しむ。

 週末だけの、一家団欒の時間だ。







■■■■■■







 翌日。

 屋敷の近くにある川までピクニックに来た。

 天気も良く暖かいので、皆で遊びに来たのだ。

 警備団から護衛も出させ、周囲に散らばり警戒にあたっている。


 ミカの屋敷は、少し高台になった場所に建てられている。

 その高台を下りると、幅が二十メートルほどの川が流れていた。

 川の向こうには林もあり、小鳥の囀りに川のせせらぎが相まって、大変心が安らぐロケーションだった。


「…………全然、釣れねえ。」


 そんなロケーションにあっても、ミカはジト目で水面を見つめる。

 岩の上に座り、二時間近くも釣り糸を垂れるが、うんともすんとも言わない。

 もしかして俺、釣り下手ですか?


「魚なんかいないんじゃないのか? 死の川か?」

「……さすがにそれは、川に失礼では?」


 ミカの思わず呟いた言葉に、ネリスフィーネが突っ込みを入れる。

 声の方を振り向くと、ネリスフィーネが近くまで来ていた。


「一休みしてお茶にしませんか、ミカ様。」


 少し離れた所では、焚き火でお湯を沸かしながら、キスティルとクレイリアが談笑をしていた。

 ずっと川岸に居たので、お茶のお誘いらしい。


 ミカは溜息混じりに立ち上がると、岩の上から飛び降りた。


「魚が一匹も釣れないんだから、きっとこの川は死の川に違いない。」


 そう訴えるミカに、ネリスフィーネが下流を指さす。

 そこには、入れ食い状態のリムリーシェがいた。

 ミカの真似をして釣りを始めたリムリーシェだが、なぜか毎回爆釣である。


仕込み(やらせ)だろう。 テレビではよくあることだ。」

「てれび……?」


 よく分からないことを真剣に訴えるミカに、ネリスフィーネが首を傾げる。


 まあ、ミカも釣り糸を垂れながら、悠々と泳ぐ魚を見かけてはいるのだ。

 しかしながら、なぜか魚たちはミカの餌にはまったく食いつかない。

 ぶっちゃけ、”氷槍(アイスジャベリン)”でも使った方が確実に獲れるだろう。


「リムリーシェ! お茶にするよ!」

「はーい!」


 ミカが呼びかけると、釣れたばかりの魚を網に入れ、川に浸す。

 そうして”水球(ウォーターボール)”で手を洗うと、一瞬でミカの横に並ぶ。

 にっこにこと満面の笑みで、リムリーシェはミカを見上げた。


「釣りって楽しいねー。」

「……ソウデスネ。」


 そりゃ、そんだけ釣れれば楽しかろう。

 複雑な顔をするミカを見て、ネリスフィーネがクスクスと笑った。







「うんめー。」


 昼食に、リムリーシェの釣果を皆で堪能する。

 串を刺し、塩を振って、焚き火で焼く。

 川釣りの醍醐味である。


「リムリーシェは本当に釣りが上手ね。」


 クレイリアが褒めると、リムリーシェが照れ笑いする。


「ミカ君の教え方が上手だったんだよ。」


 穢れの無いきらきらとした目で、リムリーシェがミカを見る。


(……よせ、やめろ。 そんな目で俺を見るな。)


 リムリーシェに他意はない。

 それは分かっている。

 しかし、爆釣のリムリーシェにそう言われても、丸坊主のミカとしては居た堪れなくなるだけである。


「やっぱり、サンドウィッチはもっと少なくても良かったかしら。」


 釣果が少なかった時のことを考えて、しっかりとサンドウィッチを用意しているのだが、毎回そんな心配を笑い飛ばすかのような数が釣れる。

 すべて、リムリーシェによる成果(もの)だが。


「まあ、これくらいあってもいいよ。 別に余らせちゃう訳でもないし。」


 レーヴタイン領の魔法学院出身者が二人もいるのだ。

 多目に用意したところで、食べきれないなんて事態にはならなかった。


(そういや、レーヴタイン領の魔法学院だけ、やたらと厳しいんだよなあ。 魔法長官(ちょうかん)に一言言っておこうか。)


 あそこの教育計画(カリキュラム)は、九歳の子供にやらせるような内容ではない。

 結果を残しているし、上級貴族のやることだから誰も何も言わないが、あれはマジでやり過ぎだ。

 後輩たちのために、先輩として一肌脱ぐべきだろうか。


(……まあ、それでも何とかなっているのも、事実か。)


 命を落とすようなことが起きている訳ではない。

 何より下手につつくと、あのやり方が地方の学院の、標準の教育計画(カリキュラム)になりかねない。

 一応レーヴタイン領(あそこ)は、優秀な魔法士を輩出する地方の教育機関として、名を馳せている。

 任意に設立される学院として、領主の裁量の範囲内でもあった。


(済まん、後輩たちよ。 頑張ってくれ。)


 下手に藪をつつけば、蛇が出るようなことにもなりかねない。


 ミカは遠い雲を見つめながら、心の中で今も懸命に頑張っている後輩たちにエールを送った。

 そんなミカを見て、キスティルが不思議そうな顔になる。


「どうしたの、ミカくん。 ……何だか、哀愁が漂った顔をしてるけど。」


 そう声をかけられ、ミカは誤魔化すように笑う。


「いや……、そういえば遠足の時期だよなあ、って。」

「遠足の時期?」


 キスティルは、よく分からないという表情。

 だが、ミカの言葉の意味を正しく理解したリムリーシェが苦笑した。


「そういえば、あの時も今日みたいに暖かい日だったね。」


 丁度十年前にあった、懐かしくも身の毛もよだつ遠足の話を二人に聞かせてあげた。


「九歳で……。」

「……五十キロメートル、ですか?」


 その、想像を絶する荒行に、キスティルとネリスフィーネがドン引きしていた。

 正常な反応であろう。


 クレイリアが肩を落とし、溜息をつく。


「お父様には、何度かお話したのですが……。」


 犠牲者を減らそうと、クレイリアは頑張ってくれていたようだ。

 だが、侯爵が聞き入れることはなかったらしい。


 リムリーシェが少し考え込むような顔になるが、一つ頷く。

 そうして、にっこりとクレイリアを見る。


「私は、遠足に行って良かったって思うよ。」

「「「えっ!?」」」


 これには、全員が驚きの声を上げた。

 皆がそこまで驚くと思わなかったのか、リムリーシェも驚いた顔になる。


「どうしてですか、リムリーシェ。 こう言っては何ですが、貴女はとても苦労したと聞いてますが……?」

「んー……。」


 そうクレイリアに尋ねられ、リムリーシェが軽く上を向いて考え込む。


「皆が参加して、私だけ置いて行かれたらヤダなって、ずっと思ってた。 でも、ミカ君が助けてくれて、私も参加できるようになって。 確かに大変だったけど、皆と一緒に参加できて、私は嬉しかったから。」

「……そういや、リムリーシェだけはウキウキしてたよな、あの日。」


 ミカが何度も溜息をついていたら、叱られたことを思い出した。


「レーヴタイン領の魔法学院に入ったばかりの頃は、私は不安だらけだった。 それは、入ってからもだけど。 でも、ミカ君が力になってくれて、皆も居て。 だから、頑張れたの。」


 リムリーシェは、曇りのない表情で真っ直ぐにミカを見る。


「学院が無ければ、きっと私は…………。 だから、レーヴタイン領の学院にはすごく感謝してるの。 ミカ君と出会えた、皆に出会えた、いっぱいいっぱい大切なものに気づいたの。」


 そう言って、リムリーシェは照れくさそうに笑った。


「だから私は、あの学院大好きだよ。 遠足も、規定を満たしたのはミカ君と私だけだったもの。 それが、私の一番の誇りだよ。」


 その、小さな誇りこそが、リムリーシェの根幹。

 王国で随一と言われるほどの魔力量を誇る魔法士の、芯となっている矜持だ。


「……ミカくんと、二人だけ?」

「ちょっと、その辺りを詳しく聞かせてください。 リムリーシェさん。」


 しかし、キスティルやネリスフィーネが変なところに食いついた。


「そうですね。 私もレーヴタイン領の学院時代のことは、少しは耳にしてはいるのですが……。 詳しく聞かせてくれる、リムリーシェ?」


 そうにっこりと微笑むクレイリアだが、少しばかり雰囲気が……。

 風向きの変化を敏感に感じ取り、リムリーシェが素早く離れた。

 一瞬で、十メートル近く距離を取る。


「あ、私ちょっと見回ってくるね。 ミカ君、説明しておいて。」

「は? …………え?」


 突然置いてけぼりになり、ミカは咄嗟には動けなかった。

 その一瞬を逃さず、クレイリアがミカの腕を掴む。

 そちらに気を取られている間に、反対の腕もネリスフィーネが掴み、ついには後ろからキスティルが圧し掛かる。


「……ミカ様が地方の学院に行っていたことは、聞いたことがありましたけど。」

「じっくり聞いたことはなかったかな。 ね、ミカくん。」

「私も、大変興味があります。 ミカ。」


 ミカは三人の妻に迫られ、滝のような汗を流す。

 いや、(やま)しいことなんか無い。

 微塵も欠片も無い。

 それなのに、この重圧(プレッシャー)はなんだ!?


「フィ、フィー! 後は頼んだっ!」

「はい? え、ちょっと、ミカ!?」


 突然に入れ替わったフィーは、戸惑いの声を上げる。


「ミカ! 何拒否してんだ! 出て来い!」

「ミカくん、フィーちゃんに押しつけるなんてズルいわよ!」


 秋晴れの澄んだ空の下、その騒がしい声はいつまでも続いていた。


FIN







 クレイリア・レーヴタイン。

 ミカ・ノイスハイムの第一夫人。

 御使いとして多くの人の期待を背負うミカをよく支えた。


 たびたび貴族と衝突を起こすミカのために、気を揉むことが多かった。

 だが、クレイリアが一貫していたのは、決してミカの行動を否定しないことだ。

 やり過ぎることの多いミカの行動の非を一部は認めても、決してその行動の理由は否定しなかった。

 ミカと貴族社会の橋渡しに徹し、決定的な断絶が起きないよう努めた。


 クレイリアを引き込もうとする貴族もいたが、彼女の判断基準はまったくブレなかった。

 第一にミカのため、第二にレーヴタイン領のため。

 常にこの二つが対立することが無いように立ち回り、その上で貴族社会でのミカの立場を擁護し続けた。


 国王や上級貴族からは、ミカの手綱を引く女傑、と評される。

 破天荒な行動を起こすミカの行動の理由を、辛抱強く丁寧に聞き取り、落としどころを探る手腕を高く評価された。




 キスティル。

 ミカ・ノイスハイムの第二夫人。

 ミカの精神的支柱は、キスティルであった。


 クレイリアが貴族社会からミカを守ったとすれば、キスティルは『怪物としてのミカ』から、『人としてのミカ』を守ったと言える。

 フィーによって魔力汚染の症状を抑え込んでいたとはいえ、中毒自体は進行していたからだ。

 ミカを利用しようする者たちの悪意に晒され続け、それに反発し続けるミカは、キスティルがいなければ”呪われし子(イムプレカーティオー)”に堕ちていた可能性が高い。

 か弱く、素直にミカを頼るキスティルという存在が、ミカの心を正気に保たせていた。


 ミカの身の周りの世話は使用人ではなく、ネリスフィーネとともに自分たちで行うようにしていた。

 そうしたコミュニケーションを絶やさずにいたことが、ミカの心を守ることに繋がった。




 ネリスフィーネ。

 ミカ・ノイスハイムの第三夫人。

 ミカの神性を世に広めた。


 常にミカを特別な存在として敬い、それでも人としてのミカも受け入れるというスタンスを採る。

 第二夫人のキスティルとは非常に仲が良く、ともにミカの世話を献身的に行った。


 後に興る”神の遣わし者(アポストル)”信仰の礎を築いた、開祖。

 最初の聖女、導きの聖女とも言われる。


 神であり、”神の遣わし者(アポストル)”であり、人であるミカを、矛盾なく同一であると看做す三位一体(トリニティ)解釈を提唱。

 ミカ・ノイスハイムを光神教の六柱の神々の上位に置きながら、同時に”神の遣わし者(アポストル)”でもあり、人でもあるという、特殊な解釈は物議を醸す。


 光神教の一宗派として興ったこの考えは、数百年後には完全に光神教を飲み込み、ミカエラ教と呼ばれることとなる。

 これはミカという神の一側面が、怒りの神(ミカ・イラ)と恐れられたことから転じた呼び方で、他にミカエル教と呼ばれることもある。


 十二枚、若しくは六~二枚の翼を持つ美しい姿で描かれることの多い神だが、その怒りは凄まじく、侵略に来た()()()()()()()をたった一人で滅ぼした逸話は有名。

 他にも、戦場で自ら剣を振るう姿、王城の上に現れた邪悪な存在と戦う姿は、宗教画として人気のモチーフとなった。

 肉体創造(四乙女の奇跡とも)、受肉(復活)、聖女救出など、多くのエピソードが広く親しまれた。




 リムリーシェ。

 ミカの護衛として、生涯を捧げた。

 常にミカに付き従い、ミカに降りかかる多くの危難を排した。


 御使いから与えられた特殊な力を使い、短い距離なら瞬間移動さえ可能だったとされる。

 百五十センチメートルにも満たない姿からは想像もつかないその強さは、万難を排す『神兵』と恐れられた。


 だが、そうした噂とは裏腹に、リムリーシェはミカの横でにこにことしていることが多かった。

 リムリーシェの望みはミカが無事であることと、そのミカの傍にいられること。

 それ以外のことには、あまり頓着しなかった。


 ミカから与えられた純”銅系希少金属(オリハルコン)”製のローブを、「お揃いだ」と喜ぶ、素朴な女性であった。

 リムリーシェが引退すると、ミカは代わりの護衛を置かなかった。


 警護のチームを傍に置くことはあっても、護衛はリムリーシェただ一人として扱った。








【後書き】


 ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

 これにて、本作品は完結となります。


 ()()()()()()()()()()()()

 大事なことなので、二回言いました。




 長かった……本当に……。

 プロットも何もなく、ただ頭の中にあるストーリーを出力していただけなのですが、それでは当然お話としては全然足りません。

 そのため、書きながら様々な要素を入れていったのですが、最後はとっちらかってしまいました。

 ボリュームだけはあるけど……、な作品になってしまった気がします。

 残念。


 このような拙作に最後までお付き合いいただいた皆様には、本当に感謝の念に堪えません。

 今作の失敗、反省を踏まえ、次に生かせればと思います。

 次が本当にあるかまだ分かりませんが、一応あれこれ考え始めてはおります。

 また、お読みいただけたら幸いです。




 リウトの力不足で、今作では思っていたことをが上手く伝えられなかった部分が多々あるかと思います。

 それでも、今出せるものは出し切った、と言えます。


「あれはどうなった?」

「〇〇が解決してないじゃないか。」


 と思われる方もいるかと思いますが、一応(余話も含めれば)物語の大きな謎には一定の答えを盛り込んだと考えています。

 はっきりと明示していないものもありますが、


「あれがそうだったのかな?」


 と思えるようにはしてあるつもりです。

 もしも、本当に抜けがあった場合はすみません。




 何をどこまで説明すればいいのか。

 これは本当に難しかったです。

 ついつい文章が冗長になりがちなため、だらだらと五十行、百行と説明的な文章を書き、


「こんなん誰が読むねーん!」


 と泣く泣くごっそり削ったりしたことは、数えきれないくらいありました。

 それでも、結構そういう文章が残ってますが。

 …………オタクって、自分の知識や考えをつい開陳したがるんすよ。(汗


 一人称での文章というのも難しく、それでも「なろう」という場所で披露すると決めた以上は、一人でも多くの方に読んでもらいたい。

 そう思い、慣れないなりにいろいろ考えながら書いてみました。

 …………すぐに考えることをやめ、手なりで書くようになってしまいましたが。

 拙文で、本当に申し訳ないです。




 最後に、リウトのような素人にも作品を披露する場所を提供してくださいました、「小説家になろう」という素晴らしいサイトに、そしてサイトを運営されている株式会社ヒナプロジェクト様に感謝の意を表し、締めたいと思います。

 本当に、ありがとうございました。


 リウト銃士



 追記:

 2024年4月9日。

 申し訳ないですが、余話については削除させてもらいました。

 いくつか謎が謎のままになってしまいますが、無い方がいいと今更ながら判断しました。


 それらの謎については、いつか何らかの形で明らかにできたらいいな、と思います。

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― 新着の感想 ―
余話が最高に切なくて良かったのに。何回か読み直すくらい好きなラストエピソードだっただけに削除は残念。
お疲れ様でした。 ありがとうございます。
[一言] お疲れ様でした。 各方面のその後エピソードがとてもよかった。
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