魔法使いへの道
こちらは、本編「第9話 初めての魔法」で省略されたエピソードとなります。
カサカサカサ……。
草叢が揺れる。
揺れていた草が静かになり、辺りに虫の声だけが響く。
ひょこ。
ミカは草叢の上に、ほんの少しだけ顔を出した。
右を見る。
人の気配なし。
左を見る。
やはり、人影はない。
それでは、横断歩道を渡りましょう。
「いや、ないけどね。そんなの。」
自分に自分で突っ込み、再び顔を引っ込める。
そうして、再びカサカサカサ……と草が静かに鳴った。
ミカが目指しているのは、村の東側を囲う柵だ。
家の近所の柵と言えば、東側が一番近い。
あからさまに怪しい行動だが、見つかる心配はほぼない。
なぜなら、リッシュ村は馬鹿みたいに広いため、こんな村の端っこで人に会うことなどまずないからだ。
昼間なら猶更である。
じゃあ、こそこそする必要ないじゃん、とも思うがそこは念のため。
万が一にも人に見られることは避けたい。
怪しい行動をしているところを見られたら恥ずかしい、というわけではない。
いや、確かに見られれば恥ずかしいのは恥ずかしいが、目的があるのだ。
この目的だけは、決して人に知られるわけにはいかない。
そのため、こうして隠れて移動しているわけだ。
ミカは柵に着くと、辺りを見回す。
「確か、この辺だったはず…………あ、あった。」
柵の横板が割れ、部分的に取れている場所。
実は、リッシュ村を囲う柵には、こうして壊れた箇所がいくつもある。
村の人もある程度は把握しているようだが、割と放置気味だった。
資材が足りないのか、人手、時間がないのか。
ミカには知りようがないが、事実として、柵が壊れている。
ひょこ。
ミカはもう一度草叢から顔を出し、周囲を見回す。
やはり、誰もいない。
ミカは、ちょっとだけドキドキしながら、その割れた場所から柵を抜け出した。
「だ……大丈夫だよな。」
若干ビクつきながら、森の中を進む。
リッシュ村を囲う森には獣がいて、時々は村に被害が出たりすることもある…………らしい。
話には聞いているし、ミカ少年の記憶にもある。
だが、まだ自分では経験したことがなかった。
初めて来る森は、少しだけ心細さを感じる。
「この辺でいいか。」
村からは、二十メートルか三十メートルといったところか。
あまり奥まで行くのは、本当に危険だろう。
ミカの目的は、人に見られないことと、人に聞かれないこと。
この二つさえ叶えばいいので、そこまで奥に行く必要はなかった。
「よし。”制限解除”。」
意識して魔力を動かし始めると、澄んだキィーーン……という音が聞こえ始める。
ミカは両手を前に出し、バスケットボールでも持つように手の形を作った。
そうしてじっと手を見つめる。
大事なのは、イメージ。
「”水球”!」
はっきりと魔法名を口に出し、魔力の動きを制御する。
両手に集めた魔力を押し出し、手の中に収める。
薄っすらとした青い光が、手の中に現れた。
そのまま魔力をどんどん流し込むと、ついに水へと変化し始める。
ほんの二日前に、偶然にも発現してしまった魔法。
昨日は家の横の草叢で練習をしていたが、やはり周囲がどうしても気になってしまう。
そのため、人の目を気にしないで済む場所として、森を考えたのだ。
森へは行ってはいけない、と何度も言われている。
それは、久橋律が転生してくる前、ミカ少年の頃から随分と言われていたことだった。
だが、魔法の練習をするのに他に良い場所が思いつかず、ミカは隠れて森へ行くことを昨夜決めたのだ。
何よりも怖いのは、やはり暴発だ。
考えたことが叶ってしまうという、恐ろしい力。
その、暴発の危険を減らすためには、一日でも早く条件付けをものにしなくてはならない。
言いつけを破ることに、罪悪感は勿論ある。
しかし、何よりも怖いのは、魔力の暴発に家族を巻き込んでしまうことだ。
この危険を放置したままにすることは、やはりできない。
そう考え、しっかりと条件付けの練習をする場所が必要だった。
言いつけを守ったとしても、暴発にアマーリアやロレッタを巻き込んでしまったら、その後悔は計り知れない。
そんな後悔をするくらいなら、全力でこの条件付けに取り組むべきだ。
ミカは視線を、水の塊から、奥にある木に向ける。
できた水の塊を、数メートル先にある、その木にぶつけるようにイメージする。
すると、水の塊は勢い良く木に飛んでいき、バシャッと弾けた。
「…………やっぱり。」
水の塊は、思ったように飛んで行った。
実は、こうして動かすのは、これが初めてだった。
昨日は、水の塊を作った後、そのまま落としていた。
いや、落としていたというのも、正しい言い方ではないだろう。
正確には「何も考えなかった」のだ。
落とそうとも、何もだ。
そうすると、水の塊は自然と落下した。
しかし、それまではミカの手の中に留まっている。
この留まるというのも、実は「自分がイメージしている範囲のうちか?」と、昨日の練習後にふと思いついた。
空中に留まっているなど、不自然にもほどがあるからだ。
今日わざわざ森にまで来たのは、これを確かめたかったというのもある。
「どの程度思うように動かせるのか実験は必要だけど、制御が可能なのは確定だな。」
そう呟きながら、ついつい頬が緩む。
やばい、テンション上がってきた。
「魔法で作った物を自在に動かせるとか、本当に魔法使いみたいじゃないか。」
ファンタジーの世界で登場する、魔法使い。
体力残念、防御力はトウフ、ロクな装備が無い、それでもファンタジーの世界には欠かせない存在。それが魔法使いである。
「そう考えると、魔法名っていう条件付けも、そう悪くないアイディアか?」
詠唱はしたりしなかったりと様々だが、魔法の名前を叫んで発現するのは、お約束。
それはもはや、様式美である。
「魔法名を言う必要がないって言われても、言いたくなるのが人情ってもんだろ。”水球”!」
ミカは魔法名を元気に唱えると、再び集中して水の塊を作り出す。
どうにも、魔法名を唱えてから、実際に発現するまでにタイムラグが発生してしまう。
集中して、イメージする必要があるからだ。
「このタイムラグすら、それっぽいとか思っちゃうけどね。」
ゲームによっては、詠唱のための時間が発生したりするのは、魔法あるあるである。
「うっし、どしどし練習するか!」
こうしてミカは、人の目を気にしないで済む環境を得て、喜々として魔法の練習に励むのだった。
■■■■■■
ミカが森で練習を始めて、一週間ほどが過ぎた。
「”水球”!」
ミカが魔法名を口にすると、瞬時に水の塊ができる。
その水の塊を勢い良く木にぶつけると、またすぐに次の水の塊を作る。
イメージが大事だと思った魔法だが、今ではこうして魔法名を言えばすぐに発現するようになった。
(これが、イメージが固まったってことなのかな?)
ミカ自身、”水球”と言えば、この水の塊が容易に思い浮かぶ。
これは、条件付けが成功したということか。
「……でもなあ。」
ひたすら水の塊を作り続けてきたが、これがどのくらい役に立つだろうか。
この一週間で、飲むこともできる水だと確認したので、非常に有用であることは分かっている。
しかし、今ミカが考えているのは『戦闘で』ということだ。
「火属性のモンスターでもいれば、水が弱点かな。」
とはいえ、水が弱点の敵ばかりでもないだろう。
というか、そもそもモンスターなんているのか?
まあ、モンスターは置いておくとしても、これでは狼どころか野犬だって追い払えるか微妙なところだ。
まず間違いなく、人には何の影響もない。
ぶつけた時の効果は、苛立たせることくらいか。
「うーん……。」
ミカは腕を組み、顎に手を添えて考え込む。
この水を利用して、どうやって獣を追い払えばいいのか。
(ん……?)
待てよ?
ミカは顎に添えていた手を、じっと見る。
「他の魔法も、もしかしたら可能なんじゃないか?」
何も、作り出すものを、水に限定することはない。
イメージして作り出すのだから、きっと水以外だって可能なはずだ。
魔法使いの定番と言えば、やはり火か。
ミカは試しに火の球を作り出そうとして、ふと気づく。
そうして、周囲をぐるりと見回す。
「…………さすがに、ここじゃまずいか。」
森の中で火遊びなど、正気の沙汰ではないだろう。
一応、水を作り出せるので消火に不安は少ない。
それでも、魔力が尽きたらそれ以上は水を作れないし、森林火災の危険を甘く見てはいけないだろう。
「先に水を撒いておけばいいか?」
飛び火することのないように、少し広い範囲を先に濡らしておけば、火災の危険を相当に減らせるはずだ。
「的になりそうな物は……。」
さすがに、水の塊をぶつけていたように、木を的にするわけにはいかない。
いくら先に、水で濡らしておくにしても、だ。
そうして辺りを見回すと、少し行った所に岩があることに気づく。
これなら申し分ない。
「よし、じゃあ水を撒くか。”水球”!」
ミカは水の塊を作り、岩にバシャッとぶつける。
そうして何度も何度も、岩にぶつけた。
十個ほどの水の塊を岩にぶつけ、次は岩の周囲だ。
地道に、地道に、水の塊を周囲に撒いていく。
「だぁーーっ! キリがない!」
周囲の地面に水を撒いている段階で、癇癪を起こす。
しかも、これで終わりではない。
可燃物である周りの木にも、水を撒く必要があるのだ。
「面倒くせー……。何とかならんのか、こんなの。」
そんなことを、ぶつくさ文句を言う。
(何とか……?)
なるんじゃない?
だって、何とかするための魔法なのだから。
「……そうか。何も、水の塊に限定する必要はないんだ。」
イメージしているのは自分なのだから、使いたい形というか、『型』を自分で決めればいい。
「固定概念じゃないけど、最初にできた形に捉われ過ぎてたな。」
しかし、そうするとどういった形がいいだろうか。
水を撒くなら………………ジョーロ?
それはそれで、地道すぎる。
せめて、ホースで水を撒くくらいにはしたい。
そこで、ふと閃く。
水を撒くなら、その最高峰と言えば――――。
「放水車か。」
放水車は、水平方向に放水しても、二十メートル以上飛ばすことができる。
少し上向かせれば、四十メートルくらいはいけるらしい。
そこまでは必要ないが、イメージするならこれがいいだろう。
ミカは、右手を真っ直ぐ前に伸ばす。
息を吸い込み、ゆっくりと口を開く。
「…………………………………………名前、何にしよう。」
魔法名を口にしようとして、そこで止まってしまった。
放水車って、何て言うんだ?
「放水車ぁぁあって叫ぶのは、ちょっと嫌だなぁ……。」
まあ、慣れればそれもアリかもしれないけど。
あまり格好良くはないかも。
厨二病患者の、謎のこだわり。
「放水……放水かあ。」
放水車から撒かれる水を、頭に思い浮かべる。
大量の水、飛び散る水飛沫。
「飛沫…………”水飛沫”?」
将来、水以外を飛沫状に飛ばす可能性を考慮して、水を付けておく。
「よし、これでいこう! ”水飛沫”!」
魔力を、前に伸ばした右手に集め、勢い良く噴き出す水をイメージする。
どんどん魔力を消費しながら、大量の水が右手の手のひらから飛び出した。
「うおおおおぉぉぉおおっ! すげえーーーーーーーっ!!」
その光景に、思わず声を上げてしまう。
まさか、こんなことまであっさりとできてしまうとは。
魔力、万能過ぎやろ!
「うはは、それそれっ!」
調子に乗って、辺りに”水飛沫”を撒きまくる。
さすがに放水車ほどの勢いはないが、ホースで撒くよりは遥かに多い水量と、勢いだ。
周囲の木にも、いちいち移動しなくても余裕で撒ける。
「よーし、こんなもんかな。」
ミカは一旦”水飛沫”を止め、周囲をしっかり確認する。
念入りに撒いたので、これで飛び火する可能性はほぼ考えなくてもいいだろう。
そうして火の球を作ろうとし、ミカは軽い眩暈を起こす。
徐々に気分が悪くなり、その場にしゃがみ込んだ。
「あぁーー……、やべ。魔力不足だ。」
考えるまでもなく、”水球”なんかよりも、よっぽど大量の水を”水飛沫”は作り出す。
さすがに、毎秒で”水球”一個分とかではないと思うが。
だが、それを調子に乗って撒きまくれば、魔力が尽きるのは当たり前。
いくらここ一週間で急激に魔力が増えようと、作り出す水の量が桁違いに多いのだから。
これからは、もっと水量を減らすようにした方がいいだろう。
「何やってんだ、俺は……。」
せっかく準備が整ったのに、本命の火の球を作る魔力がない。
自分のアホさ加減に、別の意味で眩暈を感じた。
「もうちょっと、加減すれば良かった…………”制限”。」
しかし、今更嘆いても仕方ない。
ミカは何とか立ち上がると、村の方へ歩き出す。
ロクに動けない今の状態で、獣との遭遇だけは絶対に避けたい。
万全の状態だって、遭遇したくないのに。
「…………明日は、もうちょっと考えて水を撒こう。絶対に火の魔法を作るぞ。」
ミカは柵まで辿り着くと、苦労して村の中に入った。
フラつく身体で柵を抜けたもんだから、ちょっと引っ掛けてズボンに穴を空けてしまった。
「ううう…………ロレッタに怒られる。」
補修はしてくれるが、お小言が無いわけじゃない。
「はぁ……踏んだり蹴ったりだ……。」
ミカは、そんな愚痴を零す。
だが、この場合にもっとも適切な表現は、きっと「自業自得」である。
ちなみにこの後、ミカは家に着く前にも盛大に転び、更に衣服を泥だらけにして、心底アマーリアとロレッタを呆れさせるのだった。
【後書き】
皆様、お久しぶりです。
リウト銃士です。
今回のSSは、本編では地の文で概要を説明するだけで、端折っていたお話となります。
魔法が使える、と分かった後は、いきなり自在に使いこなしてましたからね。
思いっきりすっ飛ばした部分となります。
きちんと練習のお話として出すか、地の文で簡潔に説明するかを悩み、結果「まったく簡潔ではない地の文で説明する」というやらかしをぶっ放した部分です。(汗
大変、申し訳ありませんでした。
それはさて置いて、書籍版の第一巻が無事に刊行され、書籍化作業が一段落したのでSSを書いてみました。
さすがに少々期間が空いてしまったので、今更かとも思ったのですが。
もしも、まだ「読みたいよ」と思ってくださる方がいるなら、嬉しい限りです。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
今回SSを書いたのも、書籍化作業で何度も読み返したから、というのが理由にあります。
読んでいるうちに、書いていた当時のことをあれこれ思い出しまして。
そうするうちに、リウトの『書きたい欲』が高まり、今回のSSとなったわけです。
やっぱり、好きですからね、この作品。
至らない部分は多々あれど、初めての作品であり、沢山の方に読んでいただけた作品でもあります。
もっと書きたい、と思いました。
今後も不定期で書くと思いますが、まったくの未定です。
他に書き始めた作品もありますし、今後の書籍化作業もありますので。
ある…………よね?(震え声
さ、最後に宣伝をさせてください。
書籍版「神様なんか信じてないけど、【神の奇跡】はぶん回す」の第一巻が、三月十五日に発売となりました。
書き下ろしエピソードあり、追加要素ありの内容となっております。
こちらは、アース・スターノベル様の特集ページのURLです。
桜河ゆう先生による、綺麗なイラストもご覧になれます。
https://www.es-novel.jp/bookdetail/168kaminokiseki.php
書店様によっては特典SSがありますので、特集ページをご確認の上、ご購入いただけるとリウトが泣いて喜びます。
どうか、よろしくお願いいたします。
それでは皆様、またお会いしましょう。




