第114話 部下の手柄は誰のもの?
土の2の月、3の週の土の日。
雪がちらつくとっても寒い日。
「よく来た。 急にすまんな。」
「いえ、ご無沙汰しておりました。」
ミカはレーヴタイン侯爵家の別邸に招かれていた。
(まさか、これが恒例になるんじゃないよな……。)
ミカは溜息を飲み込み、姿勢を正すのだった。
数週間前、レーヴタイン侯爵が春になる前に王都に来るということで、クレイリアに再び都合を聞かれた。
「あー、申し訳ないけど、土の3の月は丸まる里帰りしてるよ。 いやあ、残念。 侯爵によろしくお伝えください。」
「まあ、そうなんですか。」
まったく残念そうではないミカの言葉だが、特に気にした風でもないクレイリアが「困ったわ。」と頬に手を当て、首を僅かに傾げる。
レーヴタイン領の学院では長期休暇は四週間だったが、王都の学院は五週間。
土の3の月が丸まる休暇である。
地方の学院は近隣領の子供を集めるが、王都の学院では王国中から子供が集まる。
そうなると、帰省するのも一苦労だ。
なにせミカの場合、王都からサーベンジールまで乗り合い馬車で八日。
そこから更にコトンテッセまで三日かかる。
片道十一日。往復で二十二日だ。
例え休暇が三十日あっても、村にいられるのはたったの八日だけ。
しかも、これですらぎりぎりのスケジュール。
移動に余裕を持とうとすれば、村には一週間もいられない計算になる。…………普通なら。
勿論、ミカは”飛行”で帰るつもりなので、片道は一日。
朝早くに出れば、夕方には着くかな?と思っている。
そういう訳なので、レーヴタイン組のほとんどが帰省をしないで寮に残ることを選んだ。
例外がツェシーリアとチャール。
この二人は帰省する。
本当は二人も帰省しないつもりでいた。
乗り合い馬車で八日の旅を、女の子だけで行くのは危険だ。
帰りたいけど帰れない、と昼食の時にぽろっと零した。
「それは可哀想ですね…………。 そうだわ、よろしければ私の馬車に同乗しませんか?」
「「え?」」
とーっても優しいクレイリアが、そう提案したのだ。
クレイリアはサーベンジールに帰省するつもりなのだという。
「私も、お母様に会いに帰省するのです。 道中は騎士が同行しますので安全ですし、乗り合い馬車よりも早いですよ。 そうですね、そうしましょう。」
ぽんと手を打ち、自らの素晴らしいアイディアに破顔する。
その提案を聞き、顔を青くするツェシーリアとチャール。
他の皆も顔を引き攣らせていた。
(……これを機会に仲良くなってくるといいと思うよ、うん。)
ツェシーリアとチャールが「何とかクレイリアを止めてくれ。」という視線をミカに向けてくるが、無視する。
クレイリアとレーヴタイン組は友達になったと言っても、まだまだ高く分厚い壁がある。
じっくりと話をしてくればいいんじゃないかな。
そう、他人事のように思っていたのだが……。
後日、レーヴタイン侯爵の方が都合を合わせ、何とか土の2の月の間に面談する時間を設けると、クレイリアから伝えられた。
(忙しいんだったら無理すんなよ!)
ミカは思わず叫びそうになった。
そうしてレーヴタイン侯爵との面談の日が決まり、会いに来た訳だが。
(……落ち着かねえ。)
目の前に座るのは、相変わらずおっかない顔の侯爵。
そして、通された応接室は前回と同じ豪華な方の部屋。
テーブルには、割ったら金貨の数枚は飛びそうなティーカップが置かれ、とても喉を潤すような気にはなれない。
「王都の学院でも頑張っているようだな。 最終的な結果はまだのようだが、このまま首席で一年目を修了するのは間違いない。」
「……いえ、それほどでも。」
侯爵から褒められても、トラウマがほじくり返されるだけなのでやめてほしい。
最初に侯爵と会った時も、こうして持ち上げてから追い詰めてきたのだ。
「学年のリーダーとしても立派に努めているようだな。 学院からの報告書でも、非常によく子供たちをまとめていると書かれてあったぞ。」
「………………は?」
学年のリーダー?
子供たちをまとめる?
何の話?
「あの……、失礼ですが、どなたかの報告書とお間違えでは?」
自慢じゃないが、王都の学院に来てからまともに友達すらできてませんよ?
「何を言っている。 同郷の仲間とともに上位の成績を独占し、他領出身の者たちにも範を示している。 レーヴタインの学院出身者で、他領の者たちもしっかりと統制しているのだろう?」
侯爵が紅茶を手に取り、一口飲む。
頭の中に「?」が飛び交うミカに、侯爵が言葉を続ける。
「毎年多少の反発があるらしいが、今年は非常によくまとまっているそうじゃないか。 大したものだ。 もっと誇りなさい。」
つまり、こういうことのようだ。
レーヴタイン組の皆は、寮や学院で他領の子供たちとも仲良くなっている。
だが、普通は反発する子供もいるらしい。
レーヴタイン出身だからって偉そうにすんな、とか何とか。
そんなつもりがなくても、目立つ存在というのはそれだけで反感の対象になるものだ。
入学初日に、正にそういう馬鹿を叩きのめしたが、普通は一年を通して何回かはそういう輩が出てくるらしい。
主導権争いというか、そんな感じのことが起きるのだ。
しかし、今年はそんなことがまったく起きなかった。
皆は普通に他領の子と仲良くしているだけだし、他領の子供もミカを恐れて反発する気がない。
なにせ一人で八人を容赦なく叩きのめす腕っぷしを持ち、初日に二つの【神の奇跡】を習得した神童だ。
はっきり言えば規格外。まともに対抗する気にもなれない。
こうしたことにより、ミカを頂点にした、レーヴタイン組、他領の子供たち、というピラミッド構造ができあがった。
…………ように見えた。傍目には。
(部下の手柄は上司のもの、という典型の一つだな、これは。)
ミカにはそんなつもりは欠片もなかったのだが、レーヴタイン組の皆が他領の子供とコミュニケーションを図ってくれたおかげで、ミカの評価が爆上がりしてしまったようだ。
また、ミカが誰にでも普通に挨拶するのが、勝手に効いていたらしい。
『睨みを効かせている。』
と受け取られたようだ。
(そんなん知らんわ! 挨拶は基本だろうが! 普通にしていても勝手に怖がられるって、そんなのどうすりゃええねん!)
と、侯爵の前でツッコミそうになるが、ぐっと我慢する。
だが、そんなミカの心情を余所に、侯爵はとても満足しているようだった。
「クレイリアも、この一年で驚くほどに成長したようだ。 同郷の者たちと競い合い、良い刺激になっている。」
何やらべた褒め過ぎて、「一体どこで落とす気だ?」と内心ばりばりに警戒していたが、特にそんなこともなく面談を終える。
面談が終わるとクレイリアに誘われて、紅茶をご馳走になった。
応接室で出されたティーカップ同様、できれば手を出したくない高価そうなティーカップだったが、さすがにこれに手をつけないのは失礼すぎる。
ということで、恐るおそる手を出し、頑張って笑顔で対応した。
クレイリアの後ろに控えた、品の良い高齢の女性がにこにこしながらミカを観察する。
少々気になったが、この人がきっと前に言っていた「ばあや」だろう。
しっかりとクレイリアの手綱を取ってくれる人だというなら、ミカにとっては味方だ。
愛想良くしておこう。
こうしてクレイリアに見送られ、馬車に乗って侯爵家の別邸をあとにする。
第一街壁まで送ってもらい、そこで「用事があるから。」と下ろしてもらった。
■■■■■■
侯爵家からの帰り道、ミカは南東の大通りをぷらぷらする。
今は雪は降っていないが、またすぐに降ってきそうな空模様。
積もるような降り方ではなかったが、もしかしたらこれから本格的に降るのだろうか?
「はぁーーーーっ。」
大きく白い息を吐き出す。
今日は曇っていることもあり、日中でも氷点下に近いのかもしれない。
ミカは背中を丸め、ポケットに手を突っ込んで歩く。
あと二週間ほどで長期休暇になるため、ミカはお土産を探していた。
燻製肉の詰め合わせは皆とても喜んでくれるのだが、毎回それもどうなのだろうか?と悩んでいる。
まあ、年に一回のことだし、毎回同じでも問題ないのだが、サーベンジールから王都に移ったことで買う店を選び直さなくてはならない。
王都の店についてはメサーライトもそこまで詳しい訳ではないようで、自分で探さなくてはならないのだ。
そうしていろいろな店を眺めながら歩くと、古書店のような店から青髪の女騎士が出て来た。
「あれ? トリュス?」
「ん? ああ、君か。」
寒い日なのにも関わらず、トリュスはシャキッとしている。
ミカのように背中を丸め、「さみさみ~。」などと言ったりはしないようだ。
「今日はこれからクエストですか?」
装備を身につけているということは、クエストに行くか、クエストから戻ったか。
そのどちらかの可能性が高い。
時間的に考えれば、クエストから戻ってきた可能性の方が高いか?
いや、ここはきっと逆張りだ。
冒険者は、結構不規則な生活をするからな。
「いや、さっき戻った所だよ。 ギルドへの報告も終わったので、あとは家に戻って寝るだけだ。 夜通し歩いて来たので、さすがにへとへとだ。」
「こんな時期に夜通し歩いてたんですか!? こんな時間まで? 死んじゃいますよ!」
一体、どれだけの距離を歩いて来たのか。
「ははは、さすがにそこまで柔じゃないさ。 些か疲れはしたがね。」
いやいやいや、柔とか柔じゃないとかの話ではない。
不規則な生活どころじゃなかった。
逞し過ぎだろう、この世界の冒険者は。
ミカが呆れたような顔をしてトリュスを見上げていると、トリュスが笑いかける。
「ミカちゃん、いいことを教えてあげようか。」
ミカの呼び方が普通に「ミカちゃん」になってしまった。
ギルドで揶揄ったことが仇となり、トリュスが開き直ってしまったのだ。
自業自得ではあるが、余計なことしなきゃよかったと後悔している。
反省はしていない。
「こうした古書店を見かけたら、中を確認してみるといいぞ。 すごいお宝が眠っていることがあるからな。」
「お宝?」
希少本というやつだろうか?
熱心な収集家がいるのは分かるが、さすがにそれで稼ぐのは大変だ。
価値の高い本を見抜くために求められる知識量が膨大過ぎる。
美術品なんかでも、ガレージセールで二束三文で買ってきた絵画が、実はすごいお宝だったなんて話が新聞やニュースになることもある。
だが、そんなのは余程の目利きか、豪運の持ち主だろう。
「ああ、上手くすれば大金貨二十枚にも三十枚にもなるぞ?」
そう言ってトリュスがにやりと笑う。
「……それ、聖者の大秘術書じゃないですか? もしかして。」
ミカがジト目で見ると、トリュスが苦笑する。
「ふふ……、なんだ知っていたのか。」
「前に依頼書が張り出されていたのを見たことありますからね。 二年くらい前だったかな? 確か、七公国連邦にあるとか何とか。」
「ああ、確かにあったな。 そんな話が。」
トリュスが、顔にかかった髪を背中に流す。
「その前はグローノワのどっかで見つかったとか、その前は確かサーベンジールの大聖堂にある、とかね。 何年かに一度、思い出したように出てくる話だ。」
もう、依頼が出てもまともに探そうとする冒険者はいないらしい。…………ほとんど。
稀に詐欺事件みたいなことも起きるらしいので、「気をつけなさい」と注意された。
いや、騙される訳ないやん、そんなん。
「で、トリュスはまさかそれを買いにきた訳じゃないんでしょ?」
「まさか。 私が買いに来たのはこれだよ。」
そう言ってトリュスは魔法具の袋から、一冊の分厚い本を取り出す。
革張りの、非常に重そうな本。
この世界の本はまだ羊皮紙の、豪華な装丁の物だ。
植物から作ったぺらぺらの紙は普通に使われているが、「書物」という物にすごいこだわりを感じる。
気軽に雑誌や文庫本が買えるようになるには、まだまだ気の遠くなるような年月が必要そうだ。
そもそも、印刷技術もロクに発達していないようだし。
「光の神や、光の神の眷属神の神話を集めた本だ。 私は光の神に関連する神話が好きでね。」
「へぇ~……、光の神の神話ですか。 真実の神とかでしたっけ。」
「そうだよ。 眷属神では他にも浄化の神とかが神話の中では多く出てくるね。」
リッシュ村で半年ほど教会に通っていた間、ラディにいろいろな神話を聞かされた。
どれも一度だけ聞いた話なので、すでにほとんど忘れてしまったが、割と頻繁に登場してきたのが真実の神。
浄化の神というのも登場回数は結構多い印象。
「トリュスは、もしかして教会の関係者? 今も所属してるの?」
「いや、今は所属していないよ。 私は元教会騎士団なんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、ミカの身体がぶるっと震える。
(テ、教会騎士団……。 かっけーっ!)
ゲームの設定では、割とよく出てくる方ではないだろうか。
特に強いわけではないが、言葉の響きがめちゃくちゃ好きだったりする。
”教会騎士団”という肩書や称号は、ちょっと欲しいと思う。
あまりなりたいとは思わなけど。
(だって、絶対に面倒臭いだろ……。 教義に従って生活するとか、絶対にやりたくない。)
学院の生活ですら窮屈なのに、教会の生活は想像するだけでげんなりする。
「癒し手の候補として教会に拾われたんだが、私はこっちの方が興味あってね。」
そう言って、腰に佩いた長剣をぽんと叩く。
「まあ、その後いろいろあってね。 今は還俗して冒険者をやっているって訳さ。」
「そうなんですか。」
そのいろいろの部分がちょっと気になるが、あまり突っ込むのも悪いか。
「あ、疲れてる所を呼び止めちゃってすいません。」
「いや、いいよ。 それより、ミカちゃんは何をしてたんだい?」
「僕? 僕はぷらぷら歩いてただけですよ。 まあ、お土産を探しがてらですけど。」
「お土産?」
来月、帰省する時のお土産を探していることをトリュスに話す。
「毎年燻製肉をお土産にしてて、まあ今年もそれにしようかどうしようかと考えながら散策中です。」
「そうなのかい。 燻製肉なら、私もよく買いに行くお店が近くにあるよ。 案内しようか?」
「いいんですか?」
「構わないよ。 ……そうだな、私も今日は燻製肉で一杯やるかな。 丁度切らしてたし。」
トリュスの今日の肴は燻製肉らしい。
「……ほどほどにね。」
「言わないでくれ……。 分かっている。」
トリュスが顔をしかめる。
そんなことを話しながら、お店に到着。
味見で少し摘まんでみたら、確かに美味しかった。
サーベンジールで買っていた物よりも、更に上等な物らしい。
値段は想定していた五割増しになってしまうが、量も多いし、気に入った。
その場で前金を払い、二週間後に取りに来るということで予約しておいた。
「いいお店を教えてくれて、ありがとうございました。」
「気に入ってもらえてよかった。 気をつけて帰省するんだよ。」
そうして、トリュスと別れ寮へ帰る。
懸念だったお土産も決まり、二週間後が楽しみになった。
■■■■■■
夕食も食べ、湯場で汗も流して、一息つく。
ルームメイトのバザルは、剣の手入れをしている。
今バザルが手入れをしている剣は、刃を潰してある訓練用の物だ。
それとは別に、真剣を一本持っている。
だが、その剣は今ミカが預かっていた。
「バザル、剣はいつ返そうか? 僕の帰省中は自分で持ってた方がいいだろ?」
「そうでござるな。 まあ、前日とかで構わないでござるよ。 ミカ殿が出発するのは陽の日でござるか?」
「陽の日の朝だね。 あ、朝起こしてね。」
「ま、まあ、いいでござるが。 ミカ殿も自分で起きられるようになった方がいいでござるよ?」
日が昇る前に起きるとか、そんな器用な真似できません。
夏場ならそこそこ明るくなる時間でも、冬場では真っ暗だ。
そんな時間に毎日毎日起きられるバザルの方がどうかしている。
目覚まし時計もないのに。
バザルは剣の道を再び歩む決心をした時、実家に手紙を送った。
訓練用に使っていた剣を送ってもらうためだ。
『家とは道を違えることになるでござるが、拙者は拙者の剣の道を探すでござる。』
と書いたら、両親が甚く感動されたようだ。
家宝の一つとも言えるような、結構すごい剣も一緒に送ってきた。
バザルには、まだまだ扱えない代物らしいが。
こんな物は受け取れないでござるよ!?と数回実家と手紙でやり取りをしたが、どうやら両親に説得されたようだ。
その剣を受け取ることにした。
だが、ここで問題が起こった。
どこに置けばいい?
大き過ぎて、鍵のかかる引き出しやタンスには仕舞えない。
まあ、こんな簡単な鍵、壊そうと思えば壊せるが、そんな簡単な鍵のかかる引き出しにすら仕舞えない。
そこで置き場所に困ったバザルに、ミカの魔法具の袋に入れさせて欲しいと頼まれたのだ。
「僕がいないと取り出せないけどいいの?」
「必要な時は予め言うでござるよ。」
「僕が死んだら誰にも取り出せなくなっちゃうよ? いいの?」
魔力登録という仕組み的に、そういうことになってしまうのだ。
安全ではあるかもしれないが、別のリスクが生じる。
「近いうちに死ぬ予定でもあるでござるか?」
「ないよっ! あってたまるかっ!」
真顔で何言ってんだ、こいつ。
「それならいいでござるよ。 頼むでござる。」
と、こんな経緯でバザルの剣を預かることになった。
「ミカ殿は実家までかなり遠いのに、よく帰る気になるでござるな。」
「まあ、気合で。」
バザルは六日間の乗り合い馬車でも、もう乗りたくないと思っているらしい。
「バザルも【身体強化】が使えるようになれば、少しは楽になるよ。」
「【身体強化】をそんなことに使うでござるか!?」
「使えるもんは何でも使えばいいじゃん。 僕なんて、【身体強化】はほぼ毎日使ってるよ?」
王都の移動に、こんな便利なものを使わないでどうする。
「授業以外での【神の奇跡】の使用は禁じられているでござるよ。」
「うん。 まあ、無理に使うこともないんじゃない?」
「………………。」
「………………。」
しばらくミカをじとっとした目で見ていたバザルだが、がくりと肩を落とす。
「……拙者は、まずは使えるようになることでござるな。」
「そうだね。」
バザルは、一年のうちに発現にまで辿り着けなかった。
まあ、これくらいはまだ普通の範囲だ。
レーヴタイン組の皆だって、半分くらいは二年に上がってから発現できるようになったのだから。
「ミカ殿が羨ましいでござるよ。 拙者には、どうやら才能が乏しいようでござる。」
「きっかけがあれば、そこから一気に伸びることもあるよ。 僕だって、生まれてすぐにできた訳じゃないんだから。」
「まあ、そうでござるな。 拙者も、早くそのきっかけが欲しいでござるよ。」
そう言って、手入れをしていた剣を鞘に戻す。
「さて、そろそろ拙者は休むでござる。」
「うん。 お休み。」
いつも、ミカよりも先にバザルはベッドに入る。
毎日早起きしているので、当然といえば当然ではあるが。
ミカは何をするでもなく、何となく起きていることが多い。
あんまり早い時間だと寝る気にならないのは、元の世界での習慣のせいか。
ぼんやりといろんなことを考える。
【神の奇跡】について。
錬金術について。
自分の魔法について。
魔力について。
将来のこと。
軍人や宮廷魔法院、冒険者。
はたまた別の何かか。
お金のこと。
装備の更新などで半分くらいに減ったが、今は結構戻してきた。
現在、ギルドカードには五百万ラーツ以上が入っている。
それとは別に、金貨数枚なども魔法具の袋に、現金で入れてある。
兵役逃れの資金は問題ない。
まだ先のことだし、”呪い系”の依頼のおかげで稼ぐ目途は立っている。
そして、黒い繭と赤茶けた髪の青年。
第五騎士団。
「はぁー……。」
ミカは肩を竦め、溜息をつく。
何をするにしても、学院生という身分が窮屈すぎる。
そして、個人の力ではどうにもならないことが多すぎる。
制度に守られているという自覚はある。
制度に縛られているという実感もある。
(異世界生活も、案外ままならねえなあ。)
そんなことを思いながら、ベッドに入るのだった。




