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【コミックス第1巻発売中!】 神様なんか信じてないけど、【神の奇跡】はぶん回す ~自分勝手に魔法を増やして、異世界で無双する(予定)~ 【第五回アース・スターノベル大賞入選】  作者: リウト銃士
第3章 魔法学院初等部の”解呪師”

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第115話 ノイスハイム家の事情1




 土の3の月、2の週の陽の日。

 学院が長期休暇になり、ミカがリッシュ村に帰ってきて、すでに一週間が経っている。


 王都からリッシュ村まではだいたい7時間くらいだった。

 飛行に慣れてきたので、最初の頃と比べるとかなり速度が上がった。

 また、魔法具の袋を手に入れたことで、手ぶらで飛べることも大きい。

 革のベストや手甲、ブーツなども袋に入れるので重量やバランスを考える必要もなくなった。


 ミカの現在の飛行速度がどのくらいなのかは、残念ながら分からない。

 距離が分からないので、かかった時間から割り出すことができないのだ。

 仮に飛行した距離が七百キロメートルだとすれば、凡そ時速百キロメートル出ていることになる。

 五百キロメートルなら、時速七十キロメートルくらい。


 この時代、当然ながら詳細な地形や距離は重大な軍事情報だ。

 冒険者ギルドで売っている地図には街の大まかな位置関係が分かる程度の、簡易な地図しか置いていない。

 街道を歩いて行くだけならそれで充分だし、もし冒険者が街道を外れた場所に行く時も「〇〇山の東にある××を目印に」とか、そんなアバウトな情報から目的地まで行くのだ。


 歩くことを嫌がる冒険者は必然的に仕事が限られる。

 上のランクにいる冒険者ほど歩くことを厭わないので、乗り合い馬車なんか使わないし、どんな地形の場所にでも挑んでいく。







 ミカは帰省する前、何人かの人に挨拶をしてきた。

 ギルドに顔を出し、運よく会うことができたケーリャのパーティに挨拶をする。

 ユンレッサやロズリンデ、チレンスタにも帰省する旨を伝えた。

 それまで毎週のように顔を出していたミカが、いきなり一カ月も音信不通になると、


「もしかして……。」


 と心配をかけてしまうからだ。

 一応ギルドカードを使って支払いをすると、その日付も情報としてギルド本部に送られる。

 なので、詳しく調べれば「まあ、生きてはいるらしい。」というのは分かるが、それは消息を確認するために調べた場合だ。

 日常の業務で知りえる情報ではないので、心配しないように予め「帰省しますよ」ということを伝えておいた。

 リッシュ村じゃギルドカードも使えないし。


 ヤロイバロフの宿屋にも顔を出した。

 すでに宿屋は開業していて、毎日満室らしい。

 というか、定宿として一か月分とか三カ月分とかを一気に支払う冒険者ばかりだとか。

 王都にはヤロイバロフの友人も多く、こぞってヤロイバロフの宿に引っ越してきたそうだ。


「何で皆宿屋に泊まるんですか? 自分で拠点を借りた方が安いですよね?」


 前からちょっと気になっていたことを聞いてみた。


「どっちが安いかは、借りる拠点とか、使用人を何人雇うか次第じゃねーか? 一概に言えるもんじゃねえよ。」

「あ、使用人がいないと空き巣が心配なのか。」

「そのためだけじゃないけどな、使用人を雇うのは。 でもまあ、そういうこった。 第二街区は結構治安いいけど、そういうのが無いわけじゃない。 第三街区の方だとかなり心配になるが。」


 第二街区は警備の兵や騎士が多く、頻繁に巡回もするので空き巣などは少ないらしい。

 勿論、立地によって事情は多少異なるが、変に予算をケチらなければ、他の街よりは比較的安全に暮らせるという。

 第二街区の中なら。


「うちに泊まるなら、やっぱ俺の料理がポイントだろう?」

「確かに美味しいですけどね。 ヤロイバロフさんの料理。 ……ちょっと高いけど。」

「いい材料使って、手間暇かけて仕込んでんだ。 値段に関しては文句は言わせねえよ。」


 そう言って、ヤロイバロフがにやりと笑う。

 確かに、それだけの金額を払う価値はあるとミカも思う。

 もう何年も食べていないが、また食べたいと思っている。

 ヤロイバロフの宿に泊まれないので、食べられないけど。


「王都でも食堂やってくださいよ! そうしたら僕も食べられるのに!」

「食堂か宿屋か、で探してたんだけどよ。 食堂は条件が厳しいんで、空きが出ても予算オーバーだったんだよ。」


 どうやら、王都での開業は宿屋に的を絞ったものではなく、どちらも探していたようだ。

 たまたま宿屋の方の条件に当て嵌まる空きが出たので、宿屋をやることにした。

 そういうことらしい。


「あとは情報交換がし易いからだろうな。 客同士はほとんど顔見知りだから、飯食いながら情報交換できるだろ? 有難い先輩の助言付きだしな。」


 ヤロイバロフが盛り上がった大胸筋を見せつけるように、胸を反らす。

 まあ、ヤロイバロフのアドバイスも込みで話が聞けるのは、確かに有難いだろう。

 自分で言うのはどうかと思うが。


 まあ、こういった理由があり、ヤロイバロフの宿屋は大繁盛しているらしい。


「キスティルさんはどうですか? 過労で倒れてません?」

「馬鹿野郎。 そこまでこき使ってねえよ。」


 ゴツン、と拳骨が落ちてきた。

 まあ、ミカも本当にそこまで心配している訳ではない。

 たまに顔を出してもキスティルはいつも忙しそうにしているので、あまり話はできていない。

 真剣な表情で一生懸命に仕事に向かうキスティルの邪魔をしては悪いと思い、いつも様子を少し確認したら声をかけずに帰っている。

 それでも、何度かは話す機会があり話を聞いてみると、


「ヤロイバロフさんの料理は、本当にすごいのよ。 私も早く、あんな風に作れるようになりたいわ。」


 と話していた。

 今の目標は、一つでもいいからヤロイバロフに「これなら客に出せる」と認めてもらうことなのだとか。

 目標に向かって頑張っているキスティルの笑顔は、本当にきらきら輝いているようだった。







 そんなキスティルの頑張りを余所に、ミカは「ぼけ~……。」と実家でくつろいでいた。

 毎日学院に通い、放課後も”呪い系”の依頼をこなすために王都を駆け抜け、原因の探索に挑む。

 陽の日も解呪だったり、別の魔獣討伐だったりと飛び回っているのだ。

 たまの休暇ぐらい、ゆっくりしたっていいじゃない。


 毎日教会に顔を出し、キフロドのブアットレ・ヒードの相手をし、恒例の寄付も行った。

 王都での活動が順調だったことから、寄付も数倍に奮発した。

 そうしたら、なぜかラディに怒られた。

 解せぬ……。


 どうやらラディは、ミカが無理をしていると思ったようだ。

 自分のために使いなさいとお説教されました。


 今日は陽の日でアマーリアが家にいる。

 鼻歌を歌いながら、上機嫌で家事をこなしていた。

 家事嫌いのミカからすると、面倒な家事を楽しそうにこなすアマーリアやロレッタは本当に尊敬する。

 真似したいとは絶対に思わないが。


 ロレッタは織物職人として、一人前と認められるようになったらしい。

 ただ、ようやく一人前になったということで、もっともっと上手に織れるようになりたいと、今日は自主トレに行っている。

 腕のいい職人が、たまに休日に教えてくれるようで、それに参加しているのだとか。

 休日を返上してまで仕事に勤しむロレッタを、本当に「すごいなあ」と思う。

 決して、真似したいとは思わないけど。


(元の世界でも休日出勤くらいは普通にやってたけど、別に好きでやってた訳じゃないしな。)


 重すぎる仕事量をこなすためにやっていただけで、向上心から進んで行っていた訳ではない。

 ミカが休日出勤をしていた理由は向上心ではなく、責任感だ。

 スケジュールを乱さないためにやっていた。

 ただ、それだけ。

 もっとも、仕様の変更だの何だので、結局スケジュールなどぐだぐだになってしまうのだけど。


「ミカ、ちょっとごめんね。」

「はーい。」


 アマーリアが(ほうき)で床を掃いていた。

 ミカの座っていた椅子の周りも掃こうとしていたので、椅子からひょいっと飛び降りて、椅子をどかす。

 片手で軽々と持ち上げるのを見て、アマーリアが少し驚いた顔をした。


「ミカは随分と力持ちになったのねえ。」

「ん? そう?」


 前から、これくらいは持ち上げられた気がするが。

 もしかしたら、アマーリアの中のミカのイメージは、七~八歳の頃のままなのかもしれない。

 一年に一度しか帰って来れない以上、そうしたギャップが生じるのは無理もないだろう。


「背も伸びたし、もうすっかりお兄ちゃんね。」


 そう優しい目で微笑む。


(……学年で一番小さいですけどね。)


 少しずつ、本当に少しずつだがミカの身長は伸びている。

 ただ、残念なことに周りはそれ以上に伸びるのだ。

 おかげで、ミカは初等部一年の中では一番背が小さかった。

 女の子も含めて。

 たまにミカと同じくらいの背丈の子を見かけるが、儚い希望は持たないことにした。


(そうだ、そういえば……。)


 ミカはアマーリアに聞こうと思っていたことがあるのを思い出した。

 少々デリケートな問題なので、本人のいない今は丁度いい。

 気恥ずかしい部分もあるが、勇気を出して聞いてみることにした。


「お母さんに聞きたいことがあるんだけど……。」

「なーに、ミカ。」


 アマーリアが(ほうき)の手を止めずに返事をする。


「お姉ちゃんのことなんだけどさ。」

「ロレッタがどうかしたの?」

「そろそろ、その……結婚とかって、どうなのかなあ、なんて。 あ、あはは……。」


 少々照れくさい話題なので、ミカは軽く笑って、気恥ずかしさを誤魔化そうとしたが失敗した。

 アマーリアの(ほうき)の手と鼻歌が止まり、一瞬で空気が凍りついた。


(……やっば。 なんかこれ、特大の地雷っぽい。)


 もう少し遠回しに窺ってから聞けばよかった。


 以前、侯爵(おっさん)に年頃の姉がいるだろう?と言われ、ロレッタはどうするのだろうと思ったのだ。

 もしもロレッタが嫁げば、アマーリアはこの家で一人になる。

 その場合、アマーリアもどうするのだろうかと気になったのだ。


 アマーリアはつらそうに俯き、(ほうき)を持つ手が震えていた。


「あの子は、お嫁にはいけないの……。 可哀想だけど。 ロレッタも、結婚は諦めていると思うわ。」


 そう、泣くのを我慢するような顔で呟いた。


「…………どうして……?」


 ミカは、思わず聞いてしまった。

 つらい話を聞き出そうとしていることは分かっているが、聞かずにはいられなかった。

 アマーリアは軽く目元を拭うと、諦めたように笑う。


「支度金が用意できないから……。 結婚はできないのよ。」

「支度金?」


 どうやら、この国では結婚する場合、娘を送り出す家族が支度金を持たせる習わしらしい。

 一般家庭では大金貨一枚。百万ラーツ程が相場だという。

 一人娘なんかだと、大金貨二枚を頑張って用意する家もあるという。

 この支度金は嫁ぐ娘のためのお金ではなく、受け入れる家に「娘をよろしく」ということで持たせる物のようだ。

 なので、この支度金がないと


「支度金も持たせないなんて。 お前の家族は、お前のことなんかどうでもいいと思ってるんだろうね。」


 と、嫁ぎ先でいびられる原因になるらしい。

 そのため、この支度金を用意できない女性は、結婚を諦めるということがあるそうだ。


 ミカからすれば馬鹿馬鹿しい風習だと思う。

 支度金の有無に関わらず、意地の悪い姑なら結局は他の理由をつけていびってくるだろう。

 それでも、嫁ぎ先で「支度金も用意してこないなんて」と肩身の狭い思いをしないように、娘を送り出す家族は必死にこの支度金を用意するそうだ。

 何人も娘を持つ家では、この支度金を用意するために、相当に無理をすることもあるらしい。


 ミカは前にロレッタの結婚のことを考えた時、


「どこの馬の骨とも知れん奴に、大切な姉をやれるか!」


 みたいなことを考えたが、結婚したくてもできないなどと言われると、逆に結婚させてあげたくなる。

 あんなにも優しくて働き者の器量好しが、そんな下らない風習で結婚できないなんて可哀想すぎる。


「そのくらい僕が用意するよ! それならもう平気でしょう?」


 ケーリャのパーティに、情報屋ギルドに所属しているメンバーがいることはサロムラッサから聞いた。

 相手の素行調査もばっちり行い、ロレッタには是非幸せな家庭を持ってほしい。


 だが、ミカが支度金を用意すると言っても、アマーリアの表情は晴れなかった。

 増々苦しそうな顔になり、ついには両手で顔を覆ってしまう。


「……お母さん、どうして……?」


 アマーリアの嗚咽と打ちひしがれた姿に、そう呟くことしかできなかった。







 アマーリアが落ち着くのを待ってから、向かい合ってテーブルにつく。


 ミカはノイスハイム家の事情に踏み込むことを、これまで躊躇っていた。

 だが、思わぬところでその事情に触れてしまった。

 ならば、いつまでも目を背ける訳にはいかない。

 ミカに解決できることかどうか分からないが、せめて家族としてともに背負うくらいはするべきだろう。


「お母さん、話してくれる?」

「………………。」


 アマーリアは俯き、口を噤む。


「お母さん、お願いだから! 話してよ!」


 ミカは、つい口調が強くなってしまったことに気づき、「……ごめん。」と口を噤む。

 そうしてしばらく、重い沈黙が続いた。


 その沈黙を破ったのはアマーリアだった。

 アマーリアがぽつりぽつりと話したのは、一人の男の話だった。







 その男は少しおっとりしていて、また気の弱い所があった。

 子供の頃から村の男の子たちに揶揄われたりしていたが、それで怒ったりするようなことはなかった。


 成長し青年になっても、その男は相変わらずだった。

 綿花畑の仕事に従事していたが、おっとりした性格からか中々一人前の仕事が終わらない。

 村の自警団の活動でも、足を引っ張ることがしばしばあった。


 男には仲の良い幼馴染の女がいた。

 二人はとても仲が良く、男は幼馴染の女にとても優しかった。


 いつしか二人は想い合うようになり、結婚した。

 結婚して何年かすると、二人には子供ができた。

 女の子だった。

 二人目の子供は中々できなかった。

 少し間は空いたが、二人目の子供が生まれた。

 待望の男の子だった。

 二人はとても喜んだ。

 だが、この時が二人にとって幸せの絶頂であった。


 一年ほどして、流行り病が起きた。

 女の両親が亡くなった。

 男の父親も亡くなった。

 奇跡的に家族は罹らず済んだ。


 女は両親の死を悲しんだが、家族が無事であったために立ち直ることができた。

 ところが、その一年後に男が腕を怪我をした。


 村を襲った獣に噛まれたのだ。

 夫婦の暮らす村は小さいが、運が良いことに【神の奇跡】を使える助祭がいた。

 男の怪我も、すぐに治してもらった。


 だが、男の腕はひどく痛むようになった。

 曲げたり伸ばしたりするだけでひどく痛む。

 仕事をあまりできなくなった。


 男は自警団で馬鹿にされた。

 以前から「鈍くさい」と言われていたが、【癒し】で治してもらいながら、それでも痛みを訴える男を皆が馬鹿にした。


 男は酒に逃げるようになった。

 男が働かなくなったので、女が働きに出るようになった。

 下の子がまだ小さいからと休みをもらっていたが、機織りの仕事に復帰した。

 下の子の面倒は、上の子に見てもらうことにした。


 男は女に暴力を振るうようになった。

 女に養われている男を村の者が馬鹿にし、その苛立ちを女に向けたのだ。

 男は子供の頃からよく馬鹿にされることがあったが、気が弱いためにずっと我慢していた。

 それが、酒によって自制できなくなった。

 時にその暴力は、女の子や男の子に向かった。

 女は必死に女の子と男の子を守った。

 その身を挺して。


 男は陰湿な性質を持っていた。

 女の顔など、目立つような所は殴らず、背中などを殴った。

 そのため、女が男に暴力を振るわれていることは、一年も周りに気づかれなかった。


 ところが、ついに男の暴力が発覚した。

 村にいる助祭が気づき、それを司祭に報告した。

 司祭は、村の問題はまずは村長が対処するべき、と村長に相談した。


 村の村長と司祭が男を問い詰めると、男は逃げ出した。

 女も子供も何もかもを捨て、その日のうちに男は村を逃げ出したのだ。


 男の名前はウオディ・ノイスハイム。

 アマーリアの夫であり、ミカとロレッタの父だった男。







 ミカは愕然とした。


「……そいつが……そんな奴が、僕の……?」


 父親?

 そんな、クズ野郎が?


「お父さんに、『そんな奴』なんて言ったらいけないわ。」


 アマーリアが、力なく呟く。


「酒に溺れて、お母さんに手を上げて、お姉ちゃんや僕にまで……? ていうか、僕その時いくつだよ!? 二つか三つじゃないの!?」


 そんな子供にまで手を上げてたのか?

 正真正銘のクズ野郎のクソ野郎じゃないか!


 ミカ少年の記憶を探っても、父親の顔が出てこなかった理由はこれだろうか?

 嫌な記憶として封印した。若しくは、本当に父親の姿を見ていないのかもしれない。

 意図的に見ないようにしていた。

 自分に意識を向けられることを避けるために。


 ミカはゆっくり深呼吸をする。

 湧き上がる怒りを鎮めるために。


(落ち着け……。 話はこれで終わりじゃない。)


 これで話が終わりなら、嫌な奴がいなくなったよ。めでたし、めでたし。

 胸糞は悪いが、それだけの話だ。


 今の話には、現在のノイスハイム家の問題がまだ出てきていない。


「……それで、どうなったの。」

「ロレッタがミカのことをよく見てくれたから、お母さんも安心して働けたわ。 そうやって、親子三人でも何とか穏やかに暮らせていたの。 二年くらいは……。」

「二年……?」


 ミカ少年が五歳くらいの時か?


「何が、あったの?」


 ミカが話の続きを促すが、アマーリアは言い淀む。

 強く結んだ唇が震え、堪えきれずに涙が一筋流れた。


「…………借金取りが……来たの……。」

「借金? って、まさかっ……! 嘘だろ!?」


 そのままアマーリアは嗚咽を漏らし、言葉を詰まらせる。

 ミカは何とかアマーリアを落ち着かせ、少しずつ話を聞き出した。


 リッシュ村を飛び出したクソ野郎は、コトンテッセに行ったらしい。

 隣の街ではあるが、十数キロメートル離れているし、村人もほとんど行くことがない。

 裏路地でダニのように生きるクズのことなど、気づかなくても仕方ないだろう。

 そしてそのクズはしこたま借金をし、酒浸りの日々を送っていたようだ。


 普通なら、そんなクズに大金を貸すなどあり得ないだろう。

 だが、もっとあり得ないことが起きた。

 なんとそのクズは、


「俺の女房は美人だぜ? 娘も中々の器量好しだし、いい値がつくぜ?」


 自分の妻と娘をカタに金貸しから借りたのだ。


 安ければ大金貨一枚以下で奴隷は売買される。

 そしてこの国では、罪を犯せば係累にも及ぶ法を施行しているのだ。

 借金の責任が家族に及ばない訳がない。

 カタと言うよりは、連帯で巻き込むことを持ちかけたのだろう。

 夫婦であり親子であるクズの借金が、アマーリアとロレッタに圧し掛かった。


 金貸しは、クズの話を聞いて裏取りをしたようだ。

 人を使ってノイスハイム家を調べ、確かにクズの言う通り妻と娘は高く売れそうだと踏んだ。

 売値から逆算して利益を確保しつつ、確実に返済できない金額まで貸し付けた。


「……いくら?」


 ミカは怒りで拳が振るえるのを抑えられなかった。

 今そのクズがいたら、間違いなく殴り殺していただろう。

 だがこの怒りを、目の前で声を震わせ、涙を流すアマーリアにぶつけてはいけない。


 ミカが金額を聞いても、アマーリアは言いづらそうにしている。


「お母さん、教えて。 借金はいくらなの?」

「…………五百万、ラーツ……。」


 ミカが再度促すことで、ようやくアマーリアが金額を教えてくれた。

 五百万ラーツ。大金貨五枚。


(……たった五百万ラーツで、と怒ればいいのか。 五百万ラーツで済んだと安堵すればいいのか。)


 ミカは背もたれに寄りかかり、大きく息を吐き出す。

 五百万ラーツなら、手持ちですぐに返すことができる。

 だが、この金額は数年前のものだ。

 利子で、どれだけ膨らんでいることか。


(まさかトイチってことはないだろうけど、二倍三倍は覚悟しておくか。)


 数年前の五百万ラーツの借金が、今では一千万ラーツを超えてます、なんてことになっていても不思議はない。


(真っ当な金貸しじゃないだろうしな。)


 奴隷か何かとして売り飛ばすことを前提に、金を貸すような奴だ。

 確実に裏側(あっち)と通じてる人間だろう。


 だが、ここで一つおかしな点に気づく。


(借金は有効。 で、今は返済中……? なぜ?)


 アマーリアとロレッタを売り飛ばすことを前提に金を貸しているのに、未だに二人が無事なのはなんでだ?

 そのことに気づき、ミカは頭の中で事実関係を確認していく。

 しかし、どう考えてみても、やはり二人が無事でいる理由が見当たらない。

 どうやら、まだすべての事実関係が明らかになっている訳ではないらしい。

 それを確認するため、ミカは一つの質問をする。


「お母さん、その金貸しの名前は? コトンテッセの金貸しなんでしょ?」

「え、ええ、そうみたい……。 お母さんには、よく分からないのだけど。」


 よく分からない?

 そっちの方がよく分からない。

 毎月借金を返している相手だろうに。


「えっと……。 毎月、返済をしてるんだよね?」

「え、ええ。」

「誰にお金を返しているの?」

「村長さんに返しているのよ。」

「…………は?」


 村長?

 何で村長?


 アマーリアの返答に、増々混乱するミカなのだった。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] あのすぐにテンパる村長もグルなら地獄を見せたらんといかんな
[一言] そんな設定で人口維持できるんですかね? 作者の中で筋道通っておられます?
[一言] 支度金の相場に違和感が。 一般家庭で大金貨一~二枚。 百~二百万ラーツが相場だという高すぎでは? 序盤の金銭感覚が庶民レベルかなと思っていたので。
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