エルノア
暗闇の中で、音が響いている。
遠く、長く、静かに。
それが何の音なのか、私は知らない。
ただ、その音が消えたあとも、耳を澄ませていた。
淡い光が目に入る。
目を開けると、白い天井が見えた。
高く、広い天井だった。
いくつもの柱がそれを支え、壁には細かな文様が刻まれている。天井の隅には、長い年月を経て色褪せた絵が描かれていた。
身体を起こす。
白い手が、石の床に触れた。
ゆっくりと立ち上がる。
足元から、小さな音が響いた。
広間の中央には祭壇があった。その奥には大きな扉があり、扉の両脇には石像が並んでいる。
どの石像も、両手を胸の前で重ね、静かに目を閉じていた。
しばらくして、扉の向こうから足音が聞こえた。
重い扉が開く。
白い衣をまとった老人が、数人を伴って広間へ入ってきた。
老人は歩みを止めた。
祭壇の前に立つ白い人影を見つめ、ゆっくりと膝をつく。
「創造主よ。あなたの御言葉は、果たされました」
広間に、声が響いた。
老人は深く頭を垂れたあと、傍らの聖職者から古びた書物を受け取った。
頁を開く。
そこには、白い人影の姿が描かれていた。
その背後には山々が連なり、川が流れ、空には無数の星が浮かんでいた。
老人は書物を閉じ、白い人影の前に立った。
「創造主より、白き観測者様へ名を授けるよう仰せつかっております」
「あなた様のお名前は、エルノア」
その名が告げられた。
「あなたは世界を巡り、人々の暮らしを観測し、見届けたものを創造主へ伝えるために遣わされました」
高い窓から、色とりどりの光が差し込んでいた。
赤、青、黄。
床に落ちた光が、風もない広間の中で静かに重なっている。
老人は大きな扉へと歩き、その両側に立つ人々が扉を開いた。
外から風が吹き込んだ。
草木の揺れる音が聞こえる。
遠くで鳥が鳴いていた。
扉の向こうには、どこまでも続く大地が広がっていた。
幾重にも連なる山々。陽光を反射する川。雲の影が流れる広大な草原。
その先に、小さな街が見えた。
白き観測者は、外へ向かって歩き始めた。
石の床を踏む音が、背後へ遠ざかっていく。
教会の鐘が鳴った。
その音は高い塔から空へと広がり、山々を越え、遠くの大地へ響いていった。
やがて鐘の音が消える。
風が草原を渡っていく。
鳥が空を横切る。
川は光を映しながら流れ続けていた。
広大な世界の中に、白き観測者の姿があった。
そして、その先には、まだ見ぬ景色が広がっていた。




