第1話:修行初日
午前五時四十五分。
東の空がうっすらと白み始めたばかりの早朝、都内某所にあるステラプリズムの自社ビル前には、五つの影があった。
まだ街は静まり返っている。新聞配達のバイクが遠くで走り去る音と、寒暖差の激しい風が街路樹を揺らす音だけが響いていた。
「……眠い。死ぬ。咲、今何分……?」
ジャージの袖に顔を埋めるようにして、桃が蚊の鳴くような声で呟く。
「五時四十七分! あと十三分もあるよ! ねぇ、早く着きすぎじゃない!?」
金髪のポニーテールを揺らしながら、咲が跳ねるように腕を振る。テンションを無理に上げて眠気を吹き飛ばそうとしているのが丸わかりだった。
「遅刻するより百倍マシ。……それに、あの方々を待たせるわけにはいかないわ」
葵は短く切った髪の端を耳にかけ、スマートフォンの画面でスケジュールと体調管理アプリの数値を細かくチェックしている。画面の明かりに照らされた瞳は真剣そのものだが、指先がかすかに震えていた。
「葵、画面見すぎ。目が疲れるぞ」
翠がスポーツバッグを肩にかけ直し、四人の体調を順番に見回す。言葉数は少ないが、誰の呼吸が浅いか、誰の立ち姿が力んでいるかを観察しているサブリーダーの目だ。
そして、その中央に立つ茜。
黒髪のストレートロングが早朝の冷たい風になびく。茜は一度も座り込まず、じっとスタジオの重厚な自動ドアを見つめていた。
「茜……大丈夫?」
桃が心配そうに覗き込む。
「うん。大丈夫」
茜は振り返り、四人の顔を一人ずつ見つめた。
「私ね……昨日の夜、全然眠れなかった。怖くて」
「茜が?」
咲が驚いたように目を丸くする。
「うん。もし今日の稽古で『やっぱりお前たちはダメだ』って言われたらどうしようって。でもさ……」
茜は自分の胸のあたりを強く握りしめた。ジャージの上からでもわかるほど、力強い拳だった。
「ドアの前に立ったら、怖さよりワクワクが勝っちゃった。私たち、試してもらえるんだよ。ここで踏ん張れたら、本物になれるかもしれないんだ」
その時。
カツン、カツンと、静かなアスファルトを叩くヒールの音が近づいてきた。
五人の体が同時に硬直する。
暗がりから現れたのは、白いパンツスーツを隙なく着こなした女性――月城玲奈だった。
その後ろには、すでにジャージ姿に着替えた火ノ宮紅葉と雷咲ひかりが従っている。
玲奈は手元のアナログ腕時計に目を落とした。
針がちょうど、午前六時を指す。
「午前五時五十九分五十秒。遅刻者はなし。最低限の常識はあるようですね」
玲奈の声は、早朝の空気に似て冷たく、どこまでも澄んでいた。
感情の読めない銀色の瞳が、五人を上から下へと射抜く。
「勘違いしないでください。ここから先、あなたたちに『お客様』としての居場所はありません。煌坂★パステリズムという看板を一度捨て、泥を啜る覚悟がある者だけ、その扉をくぐりなさい」
玲奈が振り返り、スタジオの扉が開く。
中に広がっていたのは、壁一面の鏡と、見たこともないほど広大な稽古場だった。
茜は深く息を吸い込んだ。冷たい空気が肺を満たす。
「行こう、みんな」
五人の足音が、重重しい扉の向こうへと吸い込まれていった。
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「――甘い! 足腰が浮いている! 自分の体重すらコントロールできずに、誰を守るつもりだ!」
怒号のような声が稽古場に響き渡る。
発声の主は、火ノ宮紅葉。
神社で鍛え上げられた無駄のない体躯から繰り出される圧は、立っているだけで空気の密度を変えてしまうほどだった。
午前六時十五分。
準備運動もそこそこに始まったのは、徹底的なフィジカル・コンディショニングだった。
ただのランニングではない。ダッシュ、ストップ、方向転換、そこからの自重トレーニング。
「はっ……ひっ……ふぅっ……!」
咲のポニーテールが汗でべったりと首筋に張り付いている。
「咲、息を吐け! 吐き切らないと吸えないぞ!」
隣を走る翠が、自分の呼吸を整えながら咲の背中に手を添える。バレーボールで培った「繋ぐ」意識。自分がどれだけ苦しくても、隣のメンバーの崩れを見逃さない。
「翠ちゃん……わたし、もう足が……上がらな……」
「上がる! 脳が無理って言ってるだけだ! あと10本!」
スパルタな言葉だが、翠の声には揺るぎない温度があった。
一方、葵は自身の限界を正確に計算しようとしていた。
(心拍数170オーバー……乳酸が溜まっている。このペースでいくとあと三分で動作精度が40%低下する……)
「葵! 余計な計算をしてる暇があったら前を見ろ!」
正面からひかりが叫びながら並走してくる。175センチの恵まれた体躯から繰り出される走りは、まるで疾風だ。
「自分を分析するのは悪くない! でもな、ギリギリのところで限界を超えるのは頭じゃない! 根性だっ!」
「根性で……生化学的限界が伸びたら……苦労しません……っ!」
葵はメガネのブリッジを汗ばんだ指で押し上げながら、必死に踏み踏みと足を前に出す。言い返しはするものの、脱落する気はさらさらなかった。
最も追い詰められていたのは桃だった。
「うぅ……体幹トレーニングって……こんなに地獄なの……?」
プルプルと震える腕でプランクの姿勢を維持する桃。汗が額から垂れ、床に小さな水滴を作る。
「桃、お尻が落ちてる!」
紅葉が容赦なく桃の腰に足を軽く添えて姿勢を正させる。
「うひゃいっ! 落ちてません! 落ちてないですぅ!」
「声が出るならまだ余裕だな。あと三十秒追加」
「そんなぁ!?」
悲鳴を上げる桃だが、絶対に膝を床につけようとはしなかった。天然で甘え上手な普段の姿からは想像もつかない意地。彼女の中にある「見てくれる人を元元気にする」という意地が、折れそうな膝を支えていた。
そして、茜。
茜は誰よりも重いウェイトを負荷として与えられていた。
レッドとしての責任。リーダーとしての重圧。
「くっ……うぁぁぁっ!」
何度も膝をつきそうになりながら、立ち上がる。
「茜、なぜ倒れない?」
紅葉が腕を組んで問う。
茜は汗で濡れた黒髪を払い、紅葉を直視した。視線がぶれない。
「倒れたら……後ろの四人が倒れるから……! 私はレッドだ……! 倒れるなら、全員を引っ張り上げてからだ……!」
「……ふん」
紅葉の口元が、ほんのわずかに緩んだのを、誰も気づかなかった。
二時間のフィジカルレッスンが終わり、五人は床に倒れ込んだ。
天井の蛍光灯が眩しい。荒い呼吸音だけが部屋を満たす。
しかし、インターバルはわずか五分だった。
「はい、水分補給が終わったらマイクを取って。ボーカルとダンスの相互確認に入るよ」
柔らかい、けれど一切の妥協を許さない声。愛咲美玲と、美咲あきが入室してきた。
美玲は人数分のスポーツドリンクを床に置き、優しく微笑む。
「みんな、すごい汗。でも、ここからが本番だよ」
あきがタブレット端末を操作し、スピーカーから煌坂★パステリズムの持ち曲『キラメキ・フューチャー』のイントロが流れた。
「じゃあ、一度通して歌って踊ってみて。今の全力を見せて」
五人は必死に立ち上がった。足が生まれたての小鹿のように震えている。
それでもイントロに合わせてポジションにつく。
『輝け! 夢の光〜♪ 未来を照らす僕らの……』
歌い出し。
普段のライブなら、もっと声が出るはずだった。だが、疲労で声帯が震え、ピッチが乱れる。
そして何より――
「ストップ」
あきの冷ややかな声が音楽を遮った。
あきは glasses の縁を触りながら、歩み寄ってくる。
「ひどいですね」
単刀直入な言葉が、五人の胸に刺さる。
「音程の話ではありません。あなたたちの歌とダンスには『体温』がない」
「え……?」咲が呆然と声を漏らす。
「AIアイドルというコンセプトに甘えていませんか? 完璧に整えられたピッチ、寸分狂わぬ振付。それはデータ上は正しいかもしれない。でも、いま目の前で踊っているあなたたちは『人間』です」
あきはタブレットの画面を五人に見せた。そこには今の動きのモーションデータと、感情負荷のグラフが表示されている。
「息が上がったら音程がブレる。疲れたら笑顔が引きつる。それは欠点ではありません。人間が命を削ってステージに立っているという『証拠』です。あなたたちはその揺らぎを恐れて、綺麗にまとめようとしている。だから誰の心にも届かない」
美玲が一歩前に出た。
美玲の瞳には、包み込むような温かさと、トップアイドルとしての圧倒的な自負が宿っていた。
「ねぇ、茜ちゃん」
美玲が茜の手を取る。茜の手は汗で湿り、冷たくなっていた。
「どうして今、歌ってるの?」
「え……それは、上手に歌って、認められたくて……」
「違うよ」
美玲は茜の手をギュッと握り返した。温かい体温が伝わってくる。
「誰に届けたいの? 傷ついて、落ち込んで、それでも明日を生きようとしてる『誰か』の顔、浮かんでる?」
「あ……」
「私たちはね、上手な人形を見せたいんじゃないの。私たちが傷つきながらも必死に笑う姿を見て、『あいつらも頑張ってるから、私も頑張ろう』って思ってもらいたい。戦隊も、アイドルも、届けるものは一緒なんだよ」
美玲の言葉が、じんわりと茜の胸に染み込んでいく。
上手にやろうとしていた。失敗しないように、完璧な「AIアイドル」を演じようとしていた。
でも、違った。
今自分たちがやっているのは、泥臭い「修行」なのだ。
「もう一回……もう一回やらせてください!」
茜が叫ぶ。
四人が同時に頷く。
葵の目が、咲の顔が、桃の唇が、翠の肩が、激しい熱を帯び始めていた。
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昼食を挟み、午後二時。
場所を専用のアクションスタジオリハーサル室へ移す。床には極厚のマットが敷き詰められ、壁には木刀やプロテクターが整然と並べられていた。
「午後はアクションと殺陣の基礎です」
プロテクターを装着した月城玲奈が、静かに竹刀を持って立っていた。
その隣には、道着姿の火ノ宮紅葉。
「戦隊ヒーローとしての動きは、アイドルのダンスとは根本的に異なります」
玲奈が竹刀をスッと構える。ただそれだけで、空気の圧迫感が跳ね上がった。
「ダンスは『魅せる』ための動き。アクションは『倒す』『守る』ための動き。目的が違えば、筋肉の使い方、重心の位置、視線の配り方、すべてが変わります」
「まず、私と紅葉で手本を見せます」
玲奈と紅葉が向かい合う。
呼吸が合わさった瞬間――パンッ! と弾けるような音とともに、二人の体が交差した。
速い。速すぎる。
紅葉の鋭い上段蹴りを、玲奈が竹刀の柄で最小限の動きで受け流し、そのまま紅葉の懐へ踏み込んで掌打を叩き込む。紅葉はそれを間一髪で体を捻って回避し、着地と同時に低空からの掃腿を繰り出す。
(これが……本物のセーラー戦士……!?)
茜は息をのんだ。
演出ではない。ワイヤーも使っていない。
互いの肉体とプライドが激しくぶつかり合う、本物の格闘術。そこには美しさと、圧倒的な「強さ」が同居していた。
「――ここまで」
玲奈が竹刀を収める。二人は息一つ乱していない。
「さあ、次はあなたたちの番です。二人一組で組み手を行いなさい。茜と葵、咲と翠。桃は私とです」
「はいっ!」
各自が向かい合い、構える。
だが――
「甘い!」
ドカッ!
重い衝撃音とともに、茜がマットの上に転がった。
葵の放ったパンチを避けようとしたが、足がもつれて自爆するように倒れたのだ。
「茜! 大丈夫!?」
葵が慌てて手を差し伸べようとする。
「余計な心配をするな、葵!」紅葉の叱咤が飛ぶ。「戦闘中に隙を見せるな! 今のならお前も撃たれている!」
葵の手がピクッと止まる。
「はい、やり直し!」
何度も、何度も繰り返される。
しかし、うまくいかない。
ダンスの癖が抜けず、攻撃の軌道が美しさを優先した大振りになる。受けの姿勢も腰が入っておらず、簡単に体勢を崩される。
特に悲惨だったのは桃だった。
玲奈の容赦ない竹刀の打ち込みに対し、恐怖で目を瞑ってしまう。
「目を閉じるな!」
パシッ! と桃のプロテクターに竹刀が当たる。
「痛いっ……!」
「敵はあなたが目を閉じている間にトドメを刺します。恐怖から目を逸らす者に、誰かを守る資格はありません!」
「うぅ……くすっ……」
桃の目からぽろぽろと涙が溢れ出した。恐怖と痛みの限界。
「咲! 軸がぶれている! それでは攻撃に体重が乗らない!」
「くっそ〜〜〜っ! なんで上手くいかないのさーっ!」
咲は金髪を振り乱して竹刀を振るが、空を切るばかり。
「翠! 守りに入りすぎるな! 繋ぐためには、まず自分が前に出なければならない局面もある!」
「ッ……はい!」
全滅だった。
一時間後、五人はマットの上でボロボロになって息を吐いていた。
擦り傷、打撲の痛み、そして何より「何もできない」という絶望感が稽古場を支配する。
玲奈が竹刀の先を床につけ、五人を見下ろした。
その瞳には、一瞬の情け容赦もなかった。
「話になりませんね」
冷徹な一言。
「動きがバラバラ。意志がバラバラ。あなたたちは『5人で戦隊』だと言いましたが、実態は『自分を守ることで精一杯の素人5人組』です」
「そんな……っ」茜が肘で体を起こす。「私たちは、一生懸命……!」
「『一生懸命』をやっているのは当たり前です!」
玲奈の怒号が落ちた。
「プロの世界で、一生懸命さを言い訳にするな! あなたたちが今やっているのは、戦隊の形を真似した『ヒーローごっこ』だ! 敵に背を向け、仲間の手元も見ず、ただ自分が上手に動くことしか考えていない!」
玲奈は竹刀を床に叩きつけた。パーン! と高い音が響き渡る。
「『煌戦隊★キラリンジャー』という名前が泣いていますよ。そんな程度の覚悟なら、今すぐ衣装を脱ぎなさい。ステラプリズムの看板を汚す前に、解散した方がマシです」
言い捨てて、玲奈は稽古場を出て行こうとする。
扉の手前で、静かに立ち止まった。
「次の模擬戦は17時から。それがあなたたちのラストチャンスです。満足な動きが見せられなければ、この預かりの話は白紙に戻します」
バタン。
重い扉が閉まる音だけが、静まり返った部屋に響いた。
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夕方四時三十分。
沈黙が、リハーサル室を重く押し潰していた。
桃は壁際に座り込み、ひざを抱えてすすり泣いている。
咲は床を叩きつけ、悔しさに歯を食いしばっていた。
葵は壁の鏡を見つめたまま、一言も喋らない。
翠は全員のハイドレーションパックを集め、無言で水を入れて回っている。
誰も言葉を発することができなかった。
「ヒーローごっこ」
「解散した方がマシ」
玲奈の言葉が、鋭い刃となって胸に突き刺さったまま抜けない。
(本当に……そうなのかもしれない)
茜は自分の掌を見つめた。
汗とほこりで汚れた手。
(私たちは、戦隊ごっこをしてたのかな。AIアイドルとしてチヤホヤされて、戦隊のスーツを着て、かっこいいポーズを決めて……それだけで『ヒーロー』になった気でいたのかな……)
心が折れる音が聞こえそうだった。
このまま「無理でした」と言って帰れば、楽になれるかもしれない。傷つかずに済むかもしれない。
その時。
「……嫌だ」
絞り出すような声が聞こえた。
桃だった。
桃は袖で涙を雑に拭い、赤くなった目で立ち上がった。
「嫌だよ……。私、諦めたくない……!」
「桃……」
「私ね、運動も苦手だし、歌もみんなより上手じゃないよ。辛いのも痛いのも大嫌い! でもね……!」
桃は胸のあたりを強く握りしめた。
「ファンのみんなが『キラリンピンク〜!』って呼んでくれた時のあの笑顔……絶対に嘘にしたくないの! 私を信じてくれた人に『ごめんね、ダメでした』なんて言いたくないよぉ!」
「桃の言う通りだよ」
咲が床を蹴って立ち上がった。
ポニーテールが大きく揺れる。
「私だって悔しい! 島本和彦先生の本に書いてあったもん! 『追い詰められた時こそ、人間の本気が出る』って! ここで逃げたら、一生自分を嫌いになっちゃうよ!」
葵が眼鏡を外し、ジャージの裾で拭いてからかけ直した。
瞳から迷いが消えていた。
「……データの計算を誤っていました」
「葵?」
「私は『失敗しない確率』ばかりを計算して、自分たちの『勝ちたいという意志』を計算に入れていませんでした。……玲奈さんの言う通りです。私たちは自分を守ることに必死で、隣のメンバーを信じていなかった」
葵は茜を見た。
「茜。作戦を変更しましょう。完璧な演舞を目指すのはやめます。泥臭くてもいい。5人の呼吸を一つにする戦術を組み立て直します」
翠が水筒を五人の中に差し出した。
「繋ぐぞ。ボールも、想いも。1人が倒れそうなら、残りの4人で支えればいい。それが私たちの『チーム』だろ?」
最後に、四人の視線が茜に集まった。
茜の胸の奥で、小さな、しかし消えることのない火が爆発した。
喉の奥が熱い。涙が出そうだったが、それをぐっと飲み込んだ。
「みんな……」
茜は立ち上がり、四人の手を順番に握った。
「行こう。かっこ悪くていい。上手じゃなくていい。私たちが『キラリンジャー』なんだってこと、見せてやろう!」
五人の手が、中央でひとつに重なった。
「「「「「キラリンジャー、ファイト――オー!!!」」」」」
午前五時。夕闇が迫る稽古場。
月城玲奈、火ノ宮紅葉、雷咲ひかり、そして天照陽菜が見守る中、五人が整列していた。
対戦相手として立つのは、竹刀を持った紅葉とひかりの二人。
「制限時間は三分。一回でも有効打を入れるか、二人の攻撃を凌ぎ切ればあなたたちの勝ちです」
玲奈がタイマーを掲げる。
「始め!」
ピッと音が鳴った瞬間、ひかりが弾丸のようなスピードで突進してきた!
「行くよっ!」
ターゲットは桃!
(逃げちゃダメだ……目を開けて……見るんだ!)
桃は恐怖で足が竦みそうになるのを必死で耐え、ひかりの竹刀の軌道を凝視した。
「そこっ!」
桃は完璧な回避ではなく、身を捻ってプロテクターで受ける選択をした。ガツン! と衝撃が走るが、踏みとどまる!
「なにっ!?」ひかりが目を見張る。
「咲ちゃん、今!!」
「任せてぇぇぇっ!」
横から咲が躍り出た! 自慢の脚力を活かした低空スライディングで、ひかりの姿勢を崩しにかかる!
「甘いな!」
そこへ紅葉が割って入り、咲を排除しようと蹴りを繰り出す。
「させません!」
葵が計算し尽くされたタイミングで割り込み、竹刀を交差させて紅葉の足をブロック!
「くっ……重い……! 翠、お願いします!」
「任せろ!」
葵の後ろから翠が跳躍! 葵の肩を台にしてさらに高く跳び上がり、紅葉の視界を遮る!
そして――
空を切る風の音。
頭上から、黒髪をなびかせた茜が飛び降りてきた。
その両手には、魂を込めた竹刀。
「これが……私たちの……煌めきだぁぁぁぁっ!!!」
型などではない。ダンスの美しさでもない。
仲間が繋いでくれた一瞬の隙に、全存在を賭けて叩き込む、泥臭く熱い一撃!
紅葉は目を見開き、咄嗟に竹刀を頭上に掲げて防いだ。
バゴォォォンッ!!!
すさまじい衝撃音が稽古場にこだまする。
茜の竹刀と紅葉の竹刀が激しくぶつかり合い、火花が散るかのような錯覚さえ覚えた。
ピピッ、ピピッ、ピピッ……。
タイマーが、三分の経過を告げた。
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静寂。
茜は竹刀を構えたまま、荒い息を吐いていた。
紅葉の竹刀を押し込むことはできなかった。有効打も奪えなかった。
だが――紅葉の足が一歩、確実に後ろへ下がっていた。
五人はその場に崩れ落ちた。
もう指一本動かす体力すら残っていない。
ひかりが竹刀を肩に担ぎ、ニッと八重歯を見せて笑った。
「……へへっ。いい顔になったじゃん」
紅葉は下げた自分の足元を見つめ、静かに竹刀を収めた。
「……合格だ」
「え……?」
茜が擦り切れた声で顔を上げる。
紅葉はそっぽを向いたまま、腕を組んだ。
「技は拙い。動きも粗い。だが……最後の攻撃には『命』が乗っていた。仲間の繋ぎを無駄にしないという覚悟があった。……フン、これなら叩き直す甲斐がある」
天照陽菜が歩み寄り、しゃがみ込んで桃と咲の頭を優しく撫でた。
「よく頑張りましたね。自分たちの足で、試練を乗り越えました」
「陽菜さん……ぅえ〜ん!」
桃が陽菜の胸に抱きついて声を上げて泣き出した。咲も涙と汗でぐしゃぐしゃになりながら、満足そうに笑っている。
玲奈が静かに五人の前に立った。
手元にはバインダー。
「結果を発表します」
五人が緊張した面持ちで玲奈を見上げる。
「第一段階判定――『継続』。あなたたちを正式に、ステラプリズムの修行生として認定します」
「やったぁぁぁぁぁぁっ!!!」
咲と桃が抱き合い、翠と葵が固く握手を交わす。茜は床に伏し、深く、深く息を吐き出した。
「ただし」
玲奈の声が、歓喜の空気をピリッと引き締める。
「これはスタートラインに立っただけです。明日の朝も六時開始。遅刻は許しません」
玲奈はくるりと背を向け、ドアへと向かう。
扉を開ける直前、玲奈は振り返らずに言った。
「……良い目になりましたね、キラリンジャー」
その声は、今日一番温かかった。
午後八時。
事務所の控室で、五人はヘトヘトになりながらパイプ椅子に腰掛けていた。
体中が痛い。明日、筋肉痛で起きられるかどうかも怪しい。
「うぅ……全身が筋肉の悲鳴を上げてる……」
桃がシップを貼られながら呟く。
「でもさ」咲が缶のプロテインドリンクを掲げる。「今日のプロテイン、なんだかすごく美味しいよ!」
「ただの疲労による味覚の錯覚です」葵が呆れつつも、自分もスポーツドリンクを口にする。「……でも、悪くないですね」
「へへっ、でしょ?」翠が茜の肩をぽんと叩く。「頼むよ、レッド」
「うん」
茜は窓の外を見た。
東京の夜景が、キラキラと眩しく輝いている。
昨日の夜見た街の光と、今日見る光は、全く違って見えた。
(私たちは、まだちっぽけで、未熟で、何もできないけれど)
茜は自分の胸に手を当てた。そこには、激しく、確かなリズムで打つ鼓動があった。
(ここから始まっていくんだ。私たちの、本当の物語が)
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【次回予告】
茜「地獄の初日をなんとか乗り切った私たち! でも、次に待っていたのは……まさかの『バラバラ合宿』!?」
葵「私とあきさんで、新曲のデータ分析……? 根性論だけでは突破できません」
咲「えっ!? 私と紅葉さんが滝修行!? 寒〜〜〜いっ!」
桃「ひかりさんの激辛筋トレ……無理ですぅ〜!」
翠「試されているのは、個々の『強さ』か……」
茜「どんな試練だって乗り越えてみせる! 私たちの輝きは、誰にも消せない!」
次回、煌戦隊★キラリンジャー 修行譚 第2話:
『個の覚醒! 砕け散るチームワーク?』
燃え上がれ、勇気の煌き★!




