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影の庭園  作者: 最後に残った形


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# 第38話:夜空の翼、誓いの地平線


けたたましい警戒サイレンの音が、急速に遠ざかる。奪い取った『影』の偵察ヘリは、夜の帳が降りた東京の空を猛スピードで切り裂いていた。窓の外には、煌めく宝石を散りばめたような大都市の夜景が広がる。しかし、その眩い光景は、三人の心に巣食う疲労と緊張感を完全に洗い流すまでには至らなかった。


「はぁ……はぁ……なんとか、脱出できた、か」


コックピットの副操縦席に身を預けた蒼真は、全身を襲う疲労感に耐えるように、深く息を吐き出した。過度な能力解放によって、肉体は鉛のように重い。しかし、その疲労感よりも、由紀と真琴、かけがえのない二人の仲間を守り抜いたという安堵が、彼の心を優しく包み込んでいた。隣でヘリを操縦する真琴の横顔は、まだ少し強張りを見せていたが、その瞳には達成感と、確かな自信の光が宿っている。


「真琴、大丈夫? 無茶しすぎたんじゃないか?」


蒼真の声に、真琴は小さく首を振った。


「だ、大丈夫……だよ。システムをいじるだけなら、まだ余力がある。それに、あの霧島を出し抜けたんだから、このくらいなんてことないって!」


口では強がっているものの、その声には微かに震えが混じっていた。普段の底抜けに明るい真琴らしからぬ、どこか大人びた、それでいて確かな意思を感じさせる声色だった。彼女は計器盤の眩い光に照らされた自身の指先を、じっと見つめている。先ほど、システムを攪乱する際に、彼女の指先から淡い光が零れるのを見たような気がした。あれは、ただの錯覚だったのか、それとも……。


由紀は、後部座席で静かに二人を見守っていた。彼女は真琴がハッキングによって引き出したデータを、自身のタブレット端末で入念に分析している。その碧い瞳は、夜闇の中のサーチライトのように鋭く、情報の一つ一つを捉えようとしていた。


「すごいわ、真琴。この量のデータを、あの短時間で……。それに、セキュリティを突破する時のあなたの集中力は、本当に圧倒的だった」


由紀の言葉に、真琴は照れたように顔を赤らめる。


「由紀に褒められるなんて、なんか変な感じだね。でも、由紀の指示もすごかったよ。あの状況で、お父さんの戦略まで読み解くなんて……」


由紀は、ゆっくりとタブレットから顔を上げた。窓の外、遥か下方で瞬くネオンサインの群れが、彼女の銀髪を微かに照らす。その表情には、ほんのわずかながら、寂しさと、そして深い決意が入り混じっていた。


「私の父が、自分の権力掌握のためにどれほど冷酷になれるか、誰よりも私がよく知っているから。あの情報の巧妙な配置は、まさに父の仕掛けた罠そのものだった。霧島さんは、それを知らずに私たちを揺さぶろうとしていたけれど……」


由紀は一度言葉を切り、蒼真と真琴に視線を向けた。


「あの時、真琴が迷いなくハッキングを完遂してくれたから、私たちは真に価値のある情報を手に入れることができた。そして蒼真くんが、その情報を守り抜き、私たちをここまで運んでくれた。本当にありがとう」


由紀の言葉は、飾らない感謝の念に満ちていた。蒼真は、由紀の澄んだ瞳を見つめ、静かに頷いた。彼女の言葉は、能力解放による疲弊で軋む蒼真の心に、温かい光を灯すようだった。


「礼を言うのは俺の方だ。由紀の冷静な判断と、真琴のハッキングがなければ、俺は今頃『影』の牢屋の中だっただろう」


蒼真は、由紀と真琴の手を握ろうと、そっと手を伸ばした。しかし、ヘリの操縦桿を握る真琴の手は、彼の手の届かない場所にある。それでも、彼の視線は真琴に向けられ、その思いは確かに伝わったようだった。


真琴は、蒼真の視線を受けて、はにかむように微笑んだ。そして、自身の手をじっと見つめ、小さく呟いた。


「あの時、システムを突破した瞬間、なんだか、世界の見え方が変わったような気がしたんだ。今まで、ずっと、何かに縛られていたような感覚があって……それが、音を立てて弾け飛んだ、っていうか」


彼女の言葉に、蒼真は目を細める。真琴は、無自覚な監視人として『影』に操られていた。その呪縛から解放された今、彼女の精神に、あるいは秘められた能力に、何らかの変化が生じている可能性は十分に考えられる。


「真琴、それは……」


蒼真が何かを言いかけるのを遮るように、真琴はまっすぐに前方を向き、再び操縦桿を強く握り直した。


「今は、この作戦を成功させることだけを考えよう。それに、この情報がどれだけ重要か、早く確認したいし!」


真琴の言葉の通り、奪取したデータの確認は急務だった。由紀はタブレットの画面を指差しながら、二人に説明を始めた。


「このデータには、父が『影』の権力を掌握するために用意していた、いくつかの機密情報が含まれている。特に重要なのは、『影』内部の派閥対立に関する情報と、その対立を有利に進めるための能力者データよ。そして……」


由紀は一度言葉を切り、画面に表示された一枚の画像を示した。それは、厳重に施錠された地下施設らしき場所を写した写真だった。


「これは、父が極秘裏に進めていたプロジェクトの情報ね。『影』の能力をさらに強化する、あるいは新たな能力者を人工的に生み出すための研究施設に関するものだわ。この場所を突き止められれば、父の計画を大きく揺るがすことができる」


蒼真の胸に、冷たいものが流れ込んできた。人工的な能力者の生成。それは『影』の非人道的なやり方の象徴であり、彼が最も憎むべきものだった。


「そんな……『影』は、まだそんなことを続けていたのか」


蒼真の声に、怒りが滲む。由紀は静かに頷いた。


「ええ。父は、この研究を成功させることで、自身の権力を絶対的なものにしようと目論んでいる。この情報があれば、私たちは父の計画を阻止するだけでなく、『影』の内部で、父に反発する勢力を味方につけることができるかもしれない」


真琴は、由紀の言葉を聞きながらも、操縦桿を握る手を緩めなかった。


「てことは、私たちが今、向かっている場所は……」


由紀は、蒼真と真琴を交互に見つめ、強く頷いた。


「ええ。このデータから解析した、その研究施設の可能性がある場所よ。そこへ向かいつつ、より詳細な情報を特定するわ」


蒼真は、由紀の決意に満ちた瞳を見て、改めて彼女の強さを実感した。自分の父親と対峙するという、どれほどの重圧を抱えていることだろう。それでも、彼女は逃げずに、自らの意思でこの戦いの最前線に立とうとしている。その姿は、蒼真にとって、まぶしいほどに輝いていた。


「しかし、その研究施設がもし『影』の中枢に近い場所だとしたら、さらに厳重な警戒態勢が敷かれているはずだ。それに、霧島がこのまま黙っているとは思えない」


蒼真の懸念に、由紀は冷静に答える。


「ええ、その通りよ。霧島さんは、私たちに逃げられたことを報告すれば、自身の立場がさらに危うくなる。だからこそ、きっと私たちを追ってくるわ。そして、このヘリの追跡も、時間の問題でしょう」


真琴は、計器盤を素早く操作しながら、顔を歪めた。


「やばい、レーダーに複数の反応! 『影』の追撃部隊だ! ヘリが数機、こっちに向かってる!」


突如として、ヘリの機体が大きく揺れた。追撃部隊からの攻撃が始まったのだ。計器盤の警告灯が激しく点滅し、機内にけたたましいアラート音が鳴り響く。


「真琴! 機体を安定させて、回避行動を!」


蒼真は即座に指示を飛ばす。真琴は歯を食いしばり、必死で操縦桿を操作する。しかし、相手もプロの操縦士だ。ミサイルや機関砲の掃射が、ヘリの機体をかすめる。ガキン、と金属が軋む音が機内に響き渡り、火花が散った。


「くそっ! やるな!」


蒼真は、窓の外に目を凝らす。後方から迫る数機の『影』のヘリが、夜闇の中で鋭い牙を剥き出しにしていた。このままでは、ただの的だ。


「真琴! 高度を上げて、雲に紛れ込め! その間に俺が……」


蒼真はコックピットの扉を開けようと、身を起こした。このままでは由紀と真琴が危険だ。再び、彼の能力が必要とされる時が来た。


しかし、その腕を、真琴が咄嗟に掴んだ。


「蒼真! ダメだよ、まだ無理はしないで! 私が、なんとかするから!」


真琴は、必死な形相で蒼真を見上げた。その瞳には、かつて見たことのない、強い光が宿っていた。


「俺に構うな、真琴! お前たちを守るためだ!」


「違う! 蒼真一人に背負わせない! 私も、もう逃げない! もう、誰かに操られたりしない!」


真琴の言葉は、まるで彼女自身を奮い立たせるかのようだった。彼女は、再び計器盤に意識を集中させる。その指先が、信じられないほどの速さでキーボードを叩き始めた。


「由紀! ヘリの通信システムを、敵の追撃部隊の周波数に合わせて! 彼らの管制システムを狙う!」


真琴の指示に、由紀は一瞬躊躇したが、すぐにその意図を理解した。


「わかったわ! 無理はしないでね、真琴!」


由紀は、迷いなく自身のタブレットとヘリの通信システムを接続し、真琴が指定した周波数へとチャンネルを合わせた。その間にも、ヘリは激しい攻撃に晒され、機体が激しく揺れる。蒼真は、由紀と真琴を護るように、身を乗り出して彼女たちの盾になった。


「通信システム、接続完了! 真琴、いつでもいけるわ!」


由紀の言葉と同時に、真琴の指先が、まるで生き物のようにキーボードの上を舞い踊る。そして、彼女の指先から、淡い青白い光が、再び瞬いた。それは、先ほど蒼真が見た光よりも、はるかに強く、はるかに明確な光だった。


「くそっ! なんだこれ!? 通信が、管制が、めちゃくちゃに……!」


敵ヘリの通信から、混乱した声が聞こえてくる。真琴は、その声に耳を傾けながら、獰猛な笑みを浮かべた。


「私を『影』に利用したこと、後悔させてやる……! システムを乗っ取るなんて、簡単なんだから!」


彼女の言葉通り、敵ヘリの計器が狂い始めた。通信が途絶し、レーダーが誤作動を起こす。まるで、ヘリそのものが、真琴の意思によって操られているかのようだった。


「よし! この隙に逃げるよ! 蒼真! 由紀!」


真琴は、機体を急上昇させ、そのまま夜空に広がる厚い雲の中へと飛び込んだ。雲の中は視界が悪く、追撃部隊は身動きが取れない。真琴のハッキングは、一時的ながらも完璧に敵の追撃を阻止したのだ。


雲を抜けた時、ヘリの機内は安堵の溜息に包まれた。真琴は汗だくになりながらも、その顔には達成感が満ち溢れていた。蒼真は、真琴の背中を、そっと撫でた。


「真琴……お前、本当にすごいな」


「へへ、でしょ? 私もやればできるんだって、やっとわかったよ」


真琴は、屈託のない笑顔を見せる。しかし、蒼真は彼女の言葉の裏に隠された、確かな変化を感じ取っていた。これは単なるハッキングスキルではない。彼女の中に眠っていた何かが、今、確かに目覚め始めている。


由紀は、蒼真と真琴を見つめ、そっと微笑んだ。


「私たち三人なら、どんな困難も乗り越えられる。そうでしょう?」


由紀の言葉に、蒼真は強く頷いた。


「ああ、もちろん。俺たちは、もう一人じゃない」


その言葉は、蒼真自身への誓いでもあった。能力を隠し、孤独に生きることを選んできた自分。しかし、今は違う。由紀と真琴という、かけがえのない仲間がそばにいる。彼らと共に戦うことで、彼は「人間らしさ」を保ち、さらに強くなれる。


ヘリは再び安定した飛行に戻り、遠ざかる東京の灯りを背に、新たな目的地へと向かっていく。奪取した情報は、彼らにとって強力な武器となるだろう。しかし、その先に待ち受ける戦いは、想像を絶するほど過酷なものになるはずだ。白咲瑛司の野望、『影』の強大な力。それら全てを打ち破るために、彼らは互いの絆を胸に、夜空の彼方へと飛び立った。


蒼真は、操縦席で無邪気な笑顔を見せる真琴と、傍らで静かにタブレットを見つめる由紀の横顔を交互に見つめた。この二人となら、どんな未来でも切り開ける。この二人となら、どんな試練も乗り越えられる。そう、確信した。


夜空の闇はまだ続く。だが、彼らの心には、決して消えることのない希望の光が、確かに灯っていた。三人の物語は、まだ始まったばかりだ。真の自由と解放を求め、彼らは夜の地平線を越えていく。

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