表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影の庭園  作者: 最後に残った形


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/44

# 第35話:逆襲への覚悟、夜明け前の誓い


聖徴学園の中庭を後にした蒼真、由紀、真琴の三人は、夜の闇に溶け込むように街を駆けていた。学園の騒乱は一段落し、残されたのは静寂と、遠くで聞こえる微かなサイレンの音だけだ。しかし、彼らの心はまだ嵐の只中にあった。霧島が撤退の際に残した「大規模な追撃」という言葉が、三人それぞれの胸に重くのしかかる。


蒼真は先頭を走り、五感を極限まで拡張して周囲の警戒にあたる。夜の街の微かな風の動き、遠くでさえずる鳥の声、そして何よりも『影』の能力者たちが残したであろう、微細な「気配」の残滓。それらすべてが、蒼真の意識に鋭く突き刺さる。彼は自分を信頼し、ついてくる由紀と真琴を振り返った。由紀は毅然とした表情で蒼真の背中を見つめ、真琴もまた、わずかに顔を青ざめさせながらも、その瞳には強い決意が宿っていた。


「蒼真、急いで」と、由紀の声が耳元に届く。

蒼真は頷き、速度をさらに上げた。超人的な身体能力は、深夜の街をまるで空気のように駆け抜ける。由紀と真琴は、その驚異的な速さに必死についてきていた。真琴は既に息を切らしているが、文句一つ言わず、食らいついてくる。その姿を見るたびに、蒼真の胸に温かいものが広がるのを感じた。孤独な戦いを強いられていた頃には決して抱くことのなかった感情だ。


彼らが向かったのは、街の裏手に広がる廃ビル群の一角にひっそりと佇む、真琴が以前から目をつけていた隠れ家だった。

古びた鉄製のドアをこじ開け、中へと入ると、黴と埃の匂いが鼻をつく。しかし、真琴が事前に運び込んでいた物資のおかげで、そこは最低限の生活ができる空間へと変わっていた。懐中電灯の明かりが、がらんとした部屋の壁に揺れる。


「ここまで来れば、しばらくは大丈夫だろう」

蒼真の声には、いつになく疲労の色が滲んでいた。霧島との戦闘、そして仲間を守り抜いた安堵感が、今になって全身を襲っている。彼は壁にもたれかかり、大きく息を吐いた。


由紀は素早く周囲を見渡し、侵入経路と脱出経路を確認する。その冷静な判断力は、能力を持たない彼女が持つ最大の武器だった。「真琴、簡易的なジャミング装置を設置して。それから、周辺のネットワークに不介入型でアクセスし、不審な情報が流れていないか確認してちょうだい。特に、聖徴学園周辺の情報よ」


「了解!」真琴は手際よくリュックからタブレットと小型の機器を取り出し、作業を開始した。彼女の指がキーボードの上を忙しく動き、画面には意味不明な文字列が奔流のように流れていく。真琴の横顔には、かつて見られたような怯えや自己嫌悪の影はなく、ただ使命感に燃える瞳があった。彼女が『影』の監視人であったことを知り、自己を責め続けた日々は、もう過去のものとなっていた。蒼真と由紀の信頼が、彼女を真に解放したのだ。


その様子を眺めながら、蒼真は由紀に向き合った。「由紀、本当に大丈夫なのか? 霧島が言っていた『大規模な追撃』というのは、おそらくお前を捕らえるためのものだろう。お前の父親は、お前を権力闘争の駒にするために、容赦なく動くはずだ」


由紀は蒼真の瞳をまっすぐに見つめた。その碧い瞳には、揺るぎない覚悟の光が宿っている。「ええ、分かっているわ、蒼真。だからこそ、逃げているだけでは何も解決しない。私を駒にしようとする父の野望を阻止するためには、私たちが動くしかない」

彼女の言葉には、強い意志と、わずかながら、父親への反抗心が感じられた。


「それに、あなただって、能力を隠して生きていくことにずっと苦しんできたんでしょう?」由紀は蒼真の顔に手を伸ばし、その無表情な頬にそっと触れた。「あなたの力は、孤独に耐えるためのものじゃない。誰かを守り、大切なものを守り抜くためのものだと、私は信じているわ」


由紀の言葉は、蒼真の心の奥底に静かに響いた。彼の能力は、これまでずっと「秘密」であり、「足枷」であった。だが、由紀と真琴という「人間らしい」存在と出会い、その力を初めて「守るため」に使った時、彼の中で何かが変わったのだ。それは、孤独の中で失いかけていた「人間らしさ」を取り戻すための希望だった。しかし、その希望は同時に、新たな責任と危険を伴う。


「それでも、俺はお前たちを危険に晒したくない。本部への逆襲なんて、危険すぎる」

蒼真の声には、本心からの懸念が込められていた。彼の力は圧倒的だが、『影』という巨大な組織の根幹に単身で乗り込むことは、自殺行為に等しい。


由紀は蒼真の手を握り、力強く言った。「私たちには、もう逃げるという選択肢しかないわけじゃない。逃げ続けることは、いつか捕まることを意味する。それなら、私たちが主導権を握って、向こうを攪乱する方が得策よ」

彼女の論理的な思考は、蒼真の感情的な迷いを静かに打ち消していく。


「それに、真琴もいる。彼女のハッキングスキルがあれば、私たちが知らない『影』の内部情報も手に入れられるかもしれない。父の動向、組織の弱点……。そこを突くことができれば、勝機は見えてくるわ」

由紀は真琴の方へ視線を向けた。真琴はモニターから顔を上げ、少し照れたように微笑んだ。


「もちろん、全力を尽くすよ、由紀、蒼真! 僕にできることなら何でも。もう、後悔はしたくないから!」

真琴の瞳には、蒼真と由紀への揺るぎない信頼が宿っていた。かつて、自分自身が『影』の無自覚な道具であったという事実に打ちのめされた真琴だったが、蒼真と由紀が、そんな彼女を受け入れ、共に戦う仲間として認めてくれた。その温かい絆が、彼女を再び立ち上がらせたのだ。


二人の強い決意を前に、蒼真の心に迷いが晴れていくのを感じた。確かに、逃げ続けることは、いつか消耗し、捕まることを意味する。由紀の言う通り、能動的に動くことでしか、この状況を打開することはできないだろう。そして、何よりも、彼はもう一人ではない。大切な仲間がいる。


「……分かった。お前たちの言葉を信じる」

蒼真は、二人の手を握りしめた。その瞬間、彼の内に宿る超人的な力と、彼が求め続けてきた「人間らしさ」が、確かに結びついたような気がした。


由紀は微笑み、真琴は満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう、蒼真。じゃあ、まずは作戦会議よ」

由紀はそう言って、隠れ家に備え付けられていたホワイトボードの前に立った。真琴がタブレットの情報を映し出す。


「まず、現在判明している情報から整理するわ。霧島が撤退した今、『影』の追撃はより大規模かつ組織的になる。父、白咲瑛司が直接指揮を執る可能性も高い。そうなると、私たちの動きは筒抜けになる危険性がある」

由紀はホワイトボードに『影』の組織図のようなものを描き始めた。


「真琴、学園周辺の状況はどう?」

「今、学校周辺のネットワークは厳重に監視されています。聖徴学園は完全に閉鎖されて、一般生徒は全員避難済み。学校関係者もほとんどいない状態ですね。ただ……」

真琴は画面をスクロールさせ、ある一点を指差した。

「不審な車両の移動情報があります。学園から複数の輸送車両が移動を開始した痕跡が。行き先は……『影』の東京支部、と思われます」


「東京支部……」蒼真は眉をひそめた。

由紀は顎に手を当て、思案する。「輸送車両ということは、もしかしたら、私たちの交戦データや、聖徴学園で確保された設備、あるいは……」

彼女の視線が、蒼真の能力を捉えようとした『影』の監視機器の方へと向く。

「――あるいは、蒼真の能力に関する情報や解析結果を、より上位機関へ送ろうとしているのかもしれないわね」


蒼真の背筋に悪寒が走った。彼の能力が本格的に解析されれば、その対策を練られ、さらに強力な追撃部隊が送り込まれる可能性がある。

「それは避けなければならない」


「ええ。だからこそ、私たちの狙いは、『影』の東京支部よ。彼らが情報を移動させる前に、あるいは移動させた直後を狙って、中枢に侵入する」

由紀の計画は大胆不敵だった。


「待って、由紀」真琴が口を挟んだ。「『影』の東京支部は、セキュリティが尋常じゃないよ? 僕の知る限り、複数の結界システムと、常時発動している能力者による防御網、それに最新のAI監視システムが張り巡らされているはずだ。普通の侵入は不可能だよ」


「分かっているわ。だから、正面突破はしない。私の目的は、父が持つ権力掌握のための機密情報、そして『影』の能力者に関するデータよ。それらを手に入れれば、私たちは彼らを牽制できる。あるいは、こちらから取引を持ちかけることも可能になる」

由紀の目は、獲物を狙う鷹のように鋭かった。彼女はもはや、権力に利用されるだけの無力な箱入り娘ではなかった。


「真琴。東京支部へのセキュリティ網をハッキングすることは可能?」

「……不可能じゃないけど、かなり難しい。特に、能力者による防御網は、僕のハッキングだけでは突破できないかもしれない。でも、侵入経路を探し出すこと、内部の監視カメラやセンサーを無力化することはできるはず」

真琴は真剣な表情で答えた。


「十分だわ。蒼真、あなたの『総合超人能力』なら、物理的な防御は無効化できる。真琴がセキュリティを攪乱し、私が父の持つ情報へのアクセス方法を示す。三人で連携すれば、突破口は開ける」

由紀は蒼真の目を見つめた。


蒼真は、自身の力を思い返していた。霧島との戦いで初めて完全解放した力は、想像を絶するものだった。それは、かつて彼が恐れ、封印してきた「怪物」のような力だ。しかし、あの時、由紀と真琴を守るために使った力は、彼に「人間らしさ」を与えてくれた。この力を、もう一度、大切な人を守るために使う。その覚悟は、すでに彼の心に深く根付いていた。


「了解だ。だが、条件がある」蒼真は由紀の瞳を見つめて言った。「お前たち二人は、絶対に俺の目の届く範囲にいろ。そして、少しでも危険だと感じたら、すぐに撤退する。俺は、もうお前たちを失いたくない」

彼の声には、強い決意と、二人への深い愛情が込められていた。


由紀は静かに頷いた。「もちろんよ。私も、あなたを失いたくない。私たち三人は、もう一つなのだから」

真琴も力強く頷いた。「うん! 絶対、三人で生きて帰るんだ!」


彼らの間に、確かな絆が生まれた瞬間だった。それは、血の繋がりでも、単なる友情でもない、命を預け合うことができる、固い信頼の証だ。


由紀は作戦の具体的な計画を説明し始めた。真琴は早速、東京支部の外部ネットワークへのハッキングを開始する。蒼真は、その二人の姿を静かに見つめながら、自身の能力を頭の中でシミュレートしていた。

『影』本部への侵入、それは想像を絶する困難を伴うだろう。だが、もう逃げない。大切なものを守るためなら、彼はどんな力でも使う。


夜が明けるには、まだ少し時間があった。窓の外は、まだ深い藍色に染まっている。しかし、彼らの心の中には、新たな戦いへの覚悟と、仲間との絆という、確かな光が灯っていた。三人の旅は、ここから新たな局面へと突入する。これまで隠し続けてきた蒼真の力が、ついに世界を変えるための刃となる。そして、由紀と真琴は、その刃を支え、導くかけがえのない存在として、共に戦い抜くことを誓ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ