書道チューバ―、どこの誰だか知らないオバチャンにチョコレートをもらう
「新快速はここで待ってればいい?」
妻と私が京都駅で新快速を待っていたら、知らないオバチャンが話しかけてきた。年齢は70歳くらいで、上品な服装をしていた。
「大丈夫ですよ。△のところで待ってれば乗れます」
私はオバチャンの質問に答えた。
※新快速は△(三角印)のあるところが乗車場所。
「新商品が発売になったから、買い過ぎたわ」
オバチャンが紙袋を開けると、「モンロワール」のチョコレートが大量に入っていた。京都の百貨店で大人買いしたようだ。
「そんなに買い込んで、何かあるんですか?」
「孫が好きなのよ。滅多に会わないけどね」
オバチャンはぼんやりと遠くを見た。
「お孫さんは、遠くに住んでいるんですか?」
「そうでもない。私は堅田に住んでいて、娘夫婦は歩いて5分くらいの場所に住んでる」
徒歩5分の距離に住んでいる孫に滅多に会わない。謎である。
「近いのに会わないんですか?」
「えぇっとね、チョコレートが好きな孫は広島にいる。堅田の孫は好きじゃない」
オバチャンは広島に住む孫のためにチョコレートを買ったそうだ。堅田の孫は、旦那の両親に気を使って、あまり会わない。
興味をもった私は、オバチャンに訊いた。すると、オバチャンは堅田(滋賀県)に住むに至った経緯を語り始めた。
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オバチャンは山口県の生まれ。夫が15年前に亡くなるまで、オバチャンは山口県に住んでいた。夫が亡くなった後、オバチャンは西宮(兵庫県)に引っ越した。
「宝塚のファンだったの。山口から観に行くと、交通費が高いでしょ」
西宮に引っ越してから7~8年間、オバチャンは毎週、宝塚の観覧をしたそうだ。その時は突然やってきた。
「すごい金額を使ったわ。でもね、気付いたの」
「何をですか?」
「いくら押し活をしても、何も残らない。宝塚のトップスターは手も振ってくれないわ。それなら、孫にお金を使ったほうがいいでしょ」
宝塚の押し活を引退したオバチャンは、娘の住む堅田(滋賀県)に引っ越した。
しかし、堅田の孫は、娘の旦那の両親に占有されている。気に入らない。
「だから、広島に引っ越そうって決めたの。孫を独り占めできるでしょ」
山口から広島に引っ越せば良かったんじゃないか……と言いかけたが、止めた。
とにかく、オバチャンは広島に引っ越すそうだ。
去り際に、オバチャンは妻と私にモンロワールのチョコレートをくれた。
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「広島でも、元気に暮らしそうやな」
妻がホームのオバチャンに手を振った。
どこの誰だか知らないオバチャン。30分くらいしか話さなかったけれど、オバチャンの人生の大半を聞いた。
オバチャンの人生を要約すると約30分だ。
大した人生じゃなかったかもしれない。でも、そんなに悪くない人生だ。
オバチャンに会って、この歌を思い出した。
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いま輝くのよ、私たち
いま飛び立つのよ、私たち
笑い話に希望がいっぱい
希望の中に若さがいっぱい
人生いろいろ
(歌:島倉千代子、作詞:中山大三郎)
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広島でもお元気で!
<つづく>




