私でも一位でゴールできそうやなー
「私でも一位でゴールできそうやなー」
妻がぼそっと言った。
あれは正月のこと。この日、妻と私は御殿山(品川と五反田の間にある場所)のマリオットの前にいた。箱根駅伝を観戦するためだ。
伯母がはまっているらしく、毎年滋賀県から箱根駅伝を見にきている。影響された妻は、同じ場所で観戦するわけではないけれど、去年から観戦が正月行事になっている。
その日は復路。レース結果はほぼ確定している。
1位が青山学院大学、2位が駒澤大学と続く。3位争いはあるものの、青山学院大学の1位はほぼ確定だった。
しばらくしたら青学の10区の選手が走ってきた。
「頑張れーーー!」
青学の10区。名前は知らないけれど、誰よりも大声で応援する私。
「小河原くん、頑張れーー!」
後ろから青学関係者らしき声がした。いいことを聞いた。どうやら、あの選手は小河原というらしい。
「小河原――! もう少しやーー! 小河原ーー、後ろと差があるから、落ち着いていけやーー!」
10区の名前を知った私は、嬉しくて何度も小河原を連呼した。ちなみに、私の声はデカい。
「うるさいわー」
妻は不機嫌そうだ。頑張って走っている選手に声援を送ることが、ダメなのか?
「ええやん。応援してもらったら、嬉しいやろ」
「恥ずかしい」
青学の小河原選手が去ってから、次の駒澤大学の選手が来ない。
「なかなかこーへんな」
妻はスマホで2位の選手の位置を確認しながら、キョロキョロしている。
すでに5分くらい経っただろうか。駒澤大学の選手が走ってきた。もちろん、名前は知らない。
「頑張れーー! まだ追いつけるぞーーー!」
デカい声で応援する私。
「追いつけるわけないやろ」
妻が言った。
青学の選手とは5分ほど空いている。だから、これは正論ではある。
しかし、頑張っている選手を応援してあげたい。ワンチャンあるかもしれない……という希望を持ってほしい。
「何があるかわからんやろ」
「たとえば?」
「お腹痛くなって、トイレに駆け込む」
「トイレ行きたいんやったら、逆に速く走るやろ」
それはない。ゴールしてもみくちゃにされたら、漏らすしかない。
私なら、ゴール前にトイレに駆け込む。
「とにかくやな、私が代わりに走っても一位のままゴールできるわ」
妻はイライラしている。
しかし……はたして、そうだろうか?
マリオット前から讀賣新聞本社まで約8キロ。マラソン選手は時速20キロで走るという。うちの妻は時速10キロがいいところだ。
検証してみよう。
【問題1】
妻は時速10キロで8キロ離れた讀賣新聞本社へ走ります。5分後に駒澤大学の選手がスタートし、時速20キロで追いかけます。どちらが先にゴールしますか?
【解答1】
妻がゴールまでに掛かる時間=8÷10=0.8時間(48分)
後続選手がゴールまでに掛かる時間=8÷20=0.4時間(24分)
駒澤大学の選手は妻の5分後に出発するものの、妻がスタートしてから29分後(24分+5分)にゴールする。つまり、駒澤大学の選手が先にゴールする。
さて、妻はどこで抜かれるか。これも検証してみよう。
【問題2】
妻は時速10キロで走ります。5分後にスタートした駒澤大学の選手は時速20キロで追いかけます。妻はスタートから何キロ地点で、駒澤大学の選手に追い抜かされますか?
【解答2】
妻が追い抜かれるのをxキロ地点とすると、以下の等式が成立する。
x÷10=x÷20+5÷60
両辺に60を掛ける。
6x=3x+5
3x=5
x=5/3=1.666……キロ
つまり、妻はスタートしてから10分後、1.6キロ地点の高輪ゲートウェイ駅付近で抜かれる。
さて、話を戻そう。
妻がいった「私が代わりに走っても一位のままゴールできるわ」は嘘である。
ただ、反論すると口論になる。だから、そっとしておくことにした。
我が家の戦いは今日も続く。
<つづく>




