表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/55

おいーー! なにしとんねん!

「おいーー! なにしとんねん!」


早朝の我が家に妻の罵声が響く。妻は私に対して怒っているようだ。

私は少し考えて、妻の怒りの原因に思い当たった。


――昨日、動画アップロードしてないわ……


妻は自称ユーチューバーだ。書道の動画をYouTubeに上げている。正確にいうと、妻が書いた書道動画を私が編集してYouTubeに上げている。

昨日、他のことをしていて妻の動画をYouTubeにアップロードするのを忘れていた。


私は冷静になって、別の可能性を考えてみる。


――他の件で怒っていないかもしれない……


女性は感情的な記憶を覚えているそうだ。つまり、1年前や10年前と似たような感情を経験すると、その記憶が昨日のことのようによみがえってくる。だから、“私のちょっと前”と“妻のちょっと前”は一致しない。


分かり難いので、我が家の例を使って説明しよう。


あれは約20年前のこと。妻と自転車でヒルズの映画館に行った。あの辺りは坂道が多い。その時、私はマウンテンバイク、妻はママチャリだった。もちろん、電動アシスト付き自転車が発売される前のママチャリだ。

坂道をスイスイ上がっていくマウンテンバイクの私。それを恨めしい顔で見ながら立ちこぎするママチャリの妻。

あの時の立ちこぎが屈辱的だったらしく、観光地でレンタサイクルを借りようとすると、昨日のことのように妻は怒る。私は今でも年に数回、この自転車の件で妻に怒られている。

20年前のことだから、そろそろ忘れてほしい……


話が逸れたが、私が言いたいのは、昨日のYouTubeのことで妻が怒っていない可能性が十分にあることだ。

もし、妻が別件で怒っていたとしたら、怒られる回数が1回から2回に増える……

そうすると……YouTubeの話を私からするのはやぶ蛇だ。


余計なことは言わない方がいいから、私は妻に笑顔で尋ねる。


「朝から大声出して、どうしたん?」

「なんで怒ってるか、分かってるやろ?」


――ほぅ、そうきましたか……


妻は私に気付かせようとしているようだ。が、私からYouTubeの話をしてはいけない。

妻の怒りのポイントがYouTubeではないかもしれないから。


「ちょっと分らんなー。ヒントは?」

「ゆ!」

「優勝? 阪神ファンは『アレ』って言わなあかんらしいでー」

「ちがうわー。YouTubeじゃ!」

「再生回数が伸び悩んでいる?」

「ちがう! 昨日アップするの忘れたやろー!」


妻の怒りは別件ではなかったようだ。


「ごめんごめん。今日2個アップしとくわ。それでいいやん?」

「継続は力なり! こういうのは毎日動画配信することに意味があるんや!」


みなさんは分かっていると思うが、一応言っておく。私はユーチューバーではない。

妻の動画をYouTubeに配信するアシスタント、黒子、ボランティアの人。そんな感じだ。


――それ、仕事やん……


と心で思うものの、喧嘩になるから止めておく。


うちの妻は他人のことに興味はない。が、自分のことには興味がある。


動画配信は仕事ではない。仕事じゃないけど、字を書くまでが妻の仕事(役目)。後工程は私の仕事(役目)。後工程を任せるのであれば、いろいろ口出ししないでほしい。


妻の当事者意識はYouTubeに限った話ではない。小説もそうだ。


あれは去年の年末だったと思う。妻は「小説家になろうと思うんやけど、どう思う?」と言い出した。


「恋愛小説がいいわー。ヒットしたら小説家やなー」

「へー、書いてみたら?」

「恋愛小説って何が流行ってるん?」

「そんなん知らんわ。『なろう』見てみたらいいんちゃう?」

「なろうって何?」

「『小説家になろう』ってサイトがあるらしいで。流行りのアニメはそのサイトでヒットしたんやって」

「そうなんやー」


ちなみに、今のはネット情報で詳しいことは知らない。そもそも、妻も私もラノベを読んだことがない。

昔読んだ『ぼくらの七日間戦争』はラノベかな? それくらいの認識しかなかった。


なんとなく小説家を目指す妻は、サイトを調べて流行りの恋愛小説を研究し始めた。妻はこういうリサーチは大好きだ。そして、翌日。


「流行りは異世界恋愛らしいなー。悪役令嬢とか公爵令嬢を主人公にして書いとけばいいんやなー」

「へー、公爵令嬢かー」

「あんたも何か書いたら? 本とかコラムとか書いてるんやし、小説も書いたらいいやん」

「えぇ? 小説を書くん?」


こうして私は、妻の小説家になろうに巻き込まれた。


それから妻は異世界恋愛を書き始めた。

ここまで読んでいる皆さんは、この話のオチが予想できるだろう。


――なぜ私が書いている小説に公爵令嬢が出てくるのか?


妻が途中まで書いたのを「もう飽きたーー! あと書いといてーーー!」と私に丸投げするからだ。

妻は異世界恋愛をワードファイルで5~10ページくらい書くと飽きる。私は妻の後を引き継ぎ、50~100ページに加筆修正した後、サイトに掲載する。


――後工程は私の仕事(役目)……


もちろん、小説の内容は私がほとんど書き換えているから物語の原型はない。でも、妻には小説家としての当事者(原作者)意識があるらしく、ちょいちょいダメだししてくる。


「なんや、このババ―は? 言動がオバハンやないかー」

「こいつエロババ―やな。公爵令嬢はこんなエロいことしーひんわ!」

「こいつ、がめついなー。ざまぁするんじゃなくて、逆にざまぁされんでー!」

「コンセプトはかぐや様! なんで自分から告っとんねん!」


女性的な視点で意見を頂けるのは有難いことです。ただ、言い方……


そういうわけで、私はたまに恋愛小説を書いています。


<続く>


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ