85 頂戴スキャンダル
その日の夜、私とイオリはダニーの車でヴィノクールに来ていた。久しぶりにこの街に来た。
懐かしむ暇もなく、誰にも見つからずに例のセントラルホテルのそばに着くと、私はいつものリュックとゴルフバッグ、イオリは専用の機材を入れたバッグを持って車から降りた。
そのホテルは豪邸の様な外観で、横に広い。入り口はいくらでもあった。裏口から入って、手すりに細やかな彫刻の施された豪華な階段を上がって、最上階に行くと、イオリがポケットからカードキーを取り出して、指定の部屋に入った。
今日はここでミッションをするみたい。ツインのやや広めの室内で、お城の中みたいなキラキラと落ち着かない装飾がしてある。私は早速カーテンを閉めた。
「何だか、」イオリが機材をテーブルの上にセットしながら言った。「本当に奴のスキャンダルを取れるのか不安ばかりだ。あの人間は愛が欠落しているのに。」
「もしかしたらあるかも。ラズベリーの前では甘えたりとか。」
少しの沈黙が流れて、彼と目が合って、二人で「ないないない」と同時に言って笑った。私は続けた。
「でもオリオン様が欲しがってるから何としても手に入れないといけない。」
「そうだな、それはそうなんだが、そうだな。」
イオリは頭をポリポリかいて、広げたノート型のPCをカタカタと操作した。私は肩にかけていたゴルフバッグから自分のアサルトライフルを取り出して、周囲を警戒しつつ、ベッド下の間接照明だけ点けた。
するとブーっとテーブルに置かれたイオリのノアフォンが震えた。イオリは画面を見て、目を見開いた。
「誰?」私が聞くと彼は答えた。
「バリーだ。派閥のことか?……もしもし?」
イオリは一瞬で嫌悪感溢れる顔になった。バリーに怒鳴られでもしてるんだろうか。しかし電話からは女性の声が漏れて聞こえた気がした。
「すまないな、最近は忙しくて、俺もお前には……ああ、ああ。」
多分、バリーのノアフォンを借りたサラだ。私はイオリに銃口を向けた。彼は気づくと片手を上げて首を振った。
「いや、今も仕事をしているからトロピカルバイスにはいないよ。それとあまり連絡を試みようとするな。辛いのは分かってる。それなら俺以外に誰か相談できる人を……え?本当……に?」
イオリが会話に引き込まれ始めてる。何かあったのかな。
「だめだだめだ、馬鹿なことは考えるな。分かった、今度会ってやるからそれまで……どこか別の場所で暮らせばいい。別のホテルを借りるとか。え?」
多分だけど、会ってくれないなら死ぬと脅してるっぽい。それかバリーが怖くてもう耐えられないとか泣き言を言ってるっぽい。私の彼氏に。
「うーん、確かにそうだな。バリーの派閥のことは聞いたよ。」と、イオリがノアフォンを肩に乗せたまま、PCを再び操作し始めた。「だがそれは長続きしないだろう。兎に角、自分の命を最優先させるんだ。なら誰か、俺の部下を護衛につけるから、足のつかない場所で暮らせばいい。え?……いやだめだ、俺の部屋は。」
なんかイオリの部屋に置いてって頼んでるっぽい。無理無理、あのトレーラーは私とイオリの努力の結晶なんだから。
「狭いからな、それにプライバシーもへったくれもない。走ればガタつくオンボロだ。お前が来る場所じゃない。」
私はアサルトの銃口をもっとイオリに近づけた。彼は焦った様子で言った。
「お、俺が出来る事は今伝えた。だからそれでお前も暫くは…………は?」
まだ終わらないんかい。もうすぐシードロヴァ来ちゃうよ。
「……それは、できれば、態度で示して欲しかったものだ。お前は俺を裏切った。そうだろう?……は?俺が寂しい思いを与えた?俺のせいにするつもりか?」
多分、サラがイオリに愛してるとか言ったんだろうな。何これ、いつまで続くのこれ。イオリは険しい顔で少し怒鳴った。
「あの時、俺も寂しかったんだぞ。パルムシティで撃たれて、でもお前には言えなくて、俺は寂しかった。お前はいつも俺に強さを求めた。違う、それは俺の勝手な解釈で、お前は俺自身じゃなくて、俺の地位や名声を求めた。それさえあれば、自身の生活が満たされれば何でもよかっ…………ああ、ああ、はあ、なるほど。」
何を納得してるんだ、何を。
「突然、闇組織に来てしまったことが不安だったのは分かる。俺のせいだ。昔のお前は確かに優しかったよ……覚えてはいるが……。」
なんか引き込まれてない?私は咳払いをした。するとイオリがチラッとこっちを見てから言った。
「でも肝心なのは、今のお前だ。リアに対して放った酷い言葉の数々を俺は忘れはしない。今考えれば、ノアズにいた頃だって、サラはサラのままだった。二人でいた時は何でも買ってあげただろう?俺はただの優しい男じゃない。もう切るよ、バリーが怖いなら、電話を借りなければいいだろう?じゃあな。」
イオリがブチッと切った、その瞬間に私はアサルトの銃口を下ろした。するとイオリが両手を広げながらこちらに向かってきたので、私は再びイオリに銃を向けた。
「アリシア、もう話は終わった。分かってはいると思うが、サラだった。」
「知ってる。サラが優しいままだったら、彼女を選んでた?」
彼は私を真っ直ぐ見て、言った。
「選んでない。俺は、お前でないと素直になれない。何度も言ったはずだ。」
「そっか。」私が銃を下ろすと、イオリは少し笑った。
「今でも嫉妬してくれるのか?」
「いつだってするよ。」
「……。」
間接照明だけの暗い室内で、彼の頬が赤い気がした。
「今までで、中に注いだのは、お前しかいない。」
「ぶーーーーーー……。」
一気に顔が熱くなった。そして思い出した。最初の夜も、トレーラーのバート事件の時も、それ以外も何度も。
「ふふ、分かってくれたか?」
「ゴーストだからでしょ。」
「違う。出来れば、仕方のない事だが、アリシアが生きてたら……」と、彼はPCの前に戻って座り、操作を続けた。
「生きてたら?」
「うーん。」
それしか答えてくれなかった。何それ。
そう言えば彼に愛してると言われた事はない。サラには言ってたけど、私にはない。愛してるというのは本当に愛してる時だけって決まってるし、まだその段階じゃないのかな。
でも出してるのに?もうよく分からない。
「あ。」と彼の目が見開かれた。私は今までの思考を消して、彼の隣に行って画面を覗いた。するとすぐに画面からシードロヴァの低い声が聞こえた。




