68 小さなお花畑
「パフェ食べる?それとも食べられたい?」
「食べられるってどういうこと?パフェは食べたいよ……。」
彼の質問に対して疑問が募るばかりだ。バートはおもむろにテーブルに手を伸ばして、上に置いてあったスプレー缶を取った。シャカシャカと何回か振って、彼は自分のお腹にスプレーを掛けた。
スプレーから出てきたのは水色のジェル状のもので、ソーダっぽい匂いが漂った。それはやはりソーダのゼリーだったみたいで、彼はそれを自分のお腹から掬って、一口舐めた。
何これ。
「美味しいよ、食べたいでしょ?」
彼はどうぞと言わんばかりにお腹を突き出した。
「え?え?」私はテンパった。「でも、でも!イオリがいるから、あまりこういうのはちょっと……!」
「えー。」彼は残念そうな顔をした。「でも君は一人でここに居るじゃない。君を放っておいて、今その人何してるの?」
「……元カノと楽しげに電話してる。」
「あり得ない。さあ舐めて。これでイーブン(対等)だよ!もしチップをくれたら、こっちにも掛けてあげるから!」
と、彼はビキニ型の水着を下げるフリをした。私はブンブン首を振って、拒否を示した。その時だった。
バートの顔をよく見てみると、それはイオリだったのだ。驚いた私は口をぽかんと開けた。店の入り口で電話してるはずのイオリが、どういう訳かここにいる。
何故?あえ?
「フィール草のカクテルが効いてきたかな?僕のことイケメンに見える?」
「え?あれフィール草のカクテルなの?あー……」
フィール草は幻覚症状が出るこの世界のハーブだ。ギリギリ合法だけど、容量によってはアウトである。あと取り扱えるのは有機魔法系の職業の人か、魔法学校の先生だけ。
この店は多分そのどちらの人もいないだろう。あーあ、バートがイオリに見えるのはそのせいだった。しかもフラフラとした気分の高揚による若干の楽しさが出現してきて、私はニコッと笑った。
イオリ……じゃなくてバートも笑った。VIPルームに微かに流れている音楽に合わせて私は肩を揺らした。バートも体を揺らした。
その勢いで、イオリの腹筋のゼリーを一口舐めた。そういう職業だからか、バートは大袈裟に身体をのけぞって、気持ち良さげにした。あれ?イオリだっけバートだっけ、分からなくなってきた。
「ねえリアちゃん。もっとチップくれたら、君もパフェにしてあげる。」
「えーほんと?そういうプレイなの?イオリ。」
「ふふ、僕はバートだよ。」
「あ、そうだった、はは、えへへ。」
「ちょうだい?」
バートが私に二の腕を向けて、早く早くって言ってる。仕方あるまい、私はピッと五万ブルー差し上げた。バートは一瞬びっくりした。
「だ、大丈夫リアちゃん?さっきからすごいくれるけど……単位間違えてない?」
「間違えてないよー。どんどんどうぞ。私働いてるから。」
「何してる人?」
「FOC幹部。」
「……。」
バートはいきなり私の腕を掴んで、そこにゼリーをニュルッとかけた。驚いていると、彼はそれを吸いながら美味しそうに舐めて食べた。ちょっとくすぐったくてちょっと気持ちいいのが申し訳ない。
肩まで舐められて、耳元で囁かれた。
「オリオンカンパニーの人だったんだ、でも僕はそういう危ない仕事の人が大好きだよ、僕と同じだと思うから。きっと君も仕事でスリルを味わいたいんだ。リアちゃんのこと、もっとよく知りたいよ。」
「多分、私のことを掘り下げてもそんな面白くないよ……。それにたった今、虹の国の妖精が、私にもっと自由になりなさいって言ってきた。」
「ふふ、可愛いね。こっちの腕も舐めてあげる。」
バートが今度は私の右手にニュルッとスプレーをかけた。私の手の甲にちゅっとキスをしてから、美味しそうに舌を押し付けて、肩の方に向かって一気に舐めた。すごいゾワゾワした。これがVIP……!
ところでさっきからソファに置きっぱなしのノアフォンが揺れてる。チラッと見るとイオリの名前が表示されていた。
何でここに居るのに電話が来たんだ?と考えた次の瞬間に、目の前にいるイオリが偽物だったことを改めて悟った。
やばい。
私の視線を見て察したバートが、私のノアフォンを手に取り、私に差し出した。
「出ていいよ。」
「え?」
「出て。」
「は、はい。」
私は通話に出た。バートがまだ右腕に乗っかっているゼリーを舐めて食べてるので、ゾワゾワする。罪悪感はあるけどフィール草のせいでかなり和らいでて、ドキドキしてる。
『アリシア、今どこにいる?姿を消しているのか?先程から店内を探しているが、調子に乗ったレイヴとヤギしか見つからない。今どこだ?』
「え……」バートが私の腕に舌でグリグリ押し付けてきた。私は「……ヒェ。」と変な声が出ちゃった。それよりも辺りが紫のお花畑に変わっていた。あれ?VIPルームはどこに行ったんだろう?。紫のお花畑の真ん中に、私とバートだけがいる。いや彼はイオリかもしれない。
『おい?何だ今の声は?……全くどこで…………何を、している?』
イオリの声のトーンがどんどん低くなっていく。そうだ電話をしてたんだった。何か気の利いた返事をしないといけない。考えていると、私の目の前のイオリが私のノアフォンを取った。
「はあい。……ん?アリシア?違うな、僕が一緒にいるのはリアちゃんだよ?……うん、うん、ふふっ、今はダメ。僕と二人で楽しんでいるんだ。」
急にもう全てのことがどうでも良くなった私は満面の笑みでお花畑に大の字になって寝っ転がった。何故か太腿の内側をバートが舐めてる気がする。でも舐め方からして犬かもしれない。私は「わんちゃんどうもね」と笑った。
「僕?彼女の美味しいパフェだよ。ね?リアちゃん。あ!そうだ僕はリアちゃんの専属になってもいいなぁ。こんな浮気男は好きにさせておいて、リアちゃんも僕と遊べばいい。」
「えーそうなのーんー。」
お花畑のイメージが私を襲ってる。ピンクの空もとても可愛らしくて素晴らしい。ポカポカ陽気が気持ちが良くて目を瞑って寝ていると、私が勝手に何かを掴んだ。知ってる感覚だ。何これ。
目を開けると、イオリの硬くなったビキニだった。イオリは潤んだ瞳で、私を見つめていた。私のノアフォンを持って。
「リアちゃん。これどうしよっか?もっとじっくり見たい?じゃあチップが欲しいなあ。」
『おい!ばか!今そっち向かってる!』
スピーカーになってるみたいだった。私はウトウトしながら答えた。
「チップチップってそんなにチップが欲しいならあげますよ~。はいどうぞ。」
ポーンと私のノアフォンから支払い完了音が鳴った。イオリの腕に五万ブルーの金額が表示されて、イオリは驚愕した。
「僕にこんなにチップをくれたのは君が今までで一番だ!リアちゃん、僕が君を求めてるように、君も相当僕のことを求めてるみたいだ!わかった、君、すっごく可愛いし、今夜は僕がたくさん尽くしてあげるからね。バイバイ彼氏~!」
『おいやめろこのクズ野郎!彼女に手を出したらころ』
イオリはノアフォンを切って、私のショートパンツのポケットに入れてくれた。あれ?イオリってレトリバー犬だったっけ?気が付くとイオリの姿はなく、目の前には大きなわんちゃんがいた。いきなり私の上に乗ってきたレトリバー犬を不思議に思いながらも受け入れて、私はにやけて、自分に懐いてきたわんちゃんの頭をわしゃわしゃ撫でた。
よしよし可愛いね。わんちゃんは犬にしては器用な手付きで私の胸元のボタンを開けてペロペロ舐め始めた。ボタンを指で開けられるなんてすごいね。感心して頭を撫でてあげた。
するとガタンガタンと音がした。よく見ると遠くのお花畑の空に、ワイプのような別空間が出現していて、その窓からイオリが真っ青な顔をしてこっちを見ていた。
「見てみてイオリ~!このわんちゃん、私に懐いてる!」
わんちゃんは息を荒くして私の耳をぺろぺろ舐めた。私はくすぐったくて笑った。イオリはワイプの窓枠にタックルしてどんどん揺らしてる。びくともしないのか、少し離れては思いっきりどこかを蹴った。
「ねえ、もっと彼を妬かせよう?」
私に抱きついているわんちゃんが私にそう言った。私は言った。
「妬かないよ、だって、サラがいる。」
わんちゃんは私の耳元に口をつけた。
「ノアフォンに僕の番号を入れておいた。帰って、孤独を感じたら連絡をして。僕はいつでも駆けつける。リアちゃんの為なら、どこにだって迎えにいくよ。」
「すごいねワンちゃん。わかった、チップあげるね。」
「えっ」
私はノアフォンをワンちゃんの腕にピッとつけた。多分五万だ。わんちゃんはチップ大好きだからね、あげた。
すると喜んだのか、ワンちゃんは私の頬にキスをしてくれた。くすぐったいなぁと喜んでいると、ワイプの窓からイオリがいなくなっていた。
……あれ?なんか、とても大変なことをした気がする。私はすぐにワンちゃんから離れて、ワイプの窓を覗きに行った。でも向こうの世界には誰もいなかった。廊下が見えるだけ。
あーイオリ、帰っちゃったの?後ろからわんちゃんがギュッとハグしてくれた。まあいいか!とワンちゃんと遊ぼうとしたら、急にグイーンと私の体が引き摺られた。
あれ?あれ?私の体はお花畑をズルズル引きずられて、わんちゃんが消えてしまった。急に世界が大きなウォーター滑り台に変わって、私は水と一緒に滑っていった。
ああああ~アアア!青いチューブの中を水と一緒に滑りながら、私はそう叫んだ気がした。
ウォーター滑り台からスポッと降りると、車の座席にストンと着地した。気がつくとレイヴの車の助手席だった。目の前には夜の海がある。ここは海岸だった。
あれ?と隣を見た瞬間に、運転席にいたイオリに頬を掴まれて、彼にキスをされた。舌が絡んだ。離れると、イオリは不安げな目で私を見つめた。
「イオリ?さっきのはイオリじゃないの?え?」
「なるほどな、あれを俺だと思っていたのか。それにこの匂い、やはりフィール草か……。アリシアの体から抜けるまでここにいよう。」
「あとさっきね、ワンちゃんがいたの。お花畑に。」
「俺はVIPルームに全裸の男がいたのを見たがな。」彼は疲れた様子でハンドルにおでこを付けた。「……ゾッとした。アリシアが別の男とあんなにくっついているのを見て。」
「そうなの?」
「だからこうしてお前を無理矢理あの店から引き摺り出したんだ。俺が離れれば、お前も一緒についてくるだろう?」
イオリが私のこめかみに軽いキスをくれた。そして彼が私の手を握ると、急に足元から生えてきた真っ赤なバラに私は包まれた。さっきの小さなお花とは違う、大きくてふんわりと温かいバラだった。




