42 ヤブメンタリスト
イオリがシャワールームから出てきた。テロテロ素材のボルドーのシャツに、チャコールのベストを合わせて、黒のチノパンを履いていた。こうなると殆ど以前のイオリに戻った。そんな彼に聞いてみた。
「どう、着心地は?」
「あ!?リアお前どこにいる!?」
そうだった。私はキャビネット前に姿を現した。するとイオリが私を見つけて微笑んだ。
「結構いいもんだ。若干ちくちくするけれど、あの制服よりは全然いい。そうだ、ネクタイをつけてみよう。」
イオリは楽しげな様子で紙袋を掴んで、中からネクタイの入った小箱を取り出した。蓋を開けて、彼が手に取ると、ネクタイは液体のようにぬるっととろけて垂れた。
すげえ素材だ……。それでもイオリは慣れているのか、手際良く首に巻いて、スタンダードな締め方で着けた。
「どうだ?」
イオリが私に聞いたので、私は微笑みながら答えた。
「うん、とてもよく似合ってる。ネクタイの高級感で、服装が全体的に高級に見える。」
「それ私も言おうと思ってた。やっぱり着てる人によるよねーって。」
そうですかそうですか。私はもう喋らないことにするよ。姿を消そうと思ったが、サラが謎な一言を発した。
「それ、どお?」
イオリが首を傾げた。
「どう、とは?何のことだ?」
「ネクタイ。」
「ああ……俺はとても気に入っているよ。リアには感謝してい「それね、ごめんごめん、私がリアちゃんに頼んだの!イオリの為に買ってあげてって。後で返すからーって。」
今すぐに、私にショットガンをくれ。オリオン様、私のピンクのオートショットガンを返して。それだったら16弾を瞬時に装填して一瞬で超連射出来るから、そしたらヤツのドタマを……早くそれをよこしてくれぇぇぇぇ……!
「ね?サプラーイズ!」と、彼女が両手を可愛らしくパチパチして、イオリに対して微笑んでいる。私がイオリを見ると、丁度イオリもこちらを見ていた。
本当か?と言う彼の顔に対して、私は何も反応しなかった。もう一度サラを見ると、私をチラッとドヤ顔で見て来た。多分……ほらね、私の嘘は見抜けないとでも言いたいのだろう。
「そう、か……サラ、どうもな。」
「うん。まあそれで当分頑張ってね!キスする?」
「あ、ああ……。」
イオリがサラの方へゆっくりと近づいた。このヤブメンタリストめ。昨日の夜中に暇だったから過去のイオリの活躍をネットで調べて見てたけど、何が天才現るだ。何が現場について一瞬で犯人を暴き出すだ。
何も、見抜けてないよ……。
彼の周りには散らかり放題の紙袋が転がっている。彼はそれを踏まないようにしゃがんで、サラに手を伸ばした。
しかし彼女はプイッと顔を逸らして、笑った。
「あははっ、キスできると思った?まだだめー。もっと活躍したらご褒美にキスしてあげる。」
サラは楽しげな顔で、イオリの頭を撫でている。でも私にはわかる。多分イオリはムカついてる。彼の背中のオーラがやばい。
「大丈夫大丈夫、すぐに活躍できるからね!」
「……了解した。」
イオリは鼻でため息をしながら立ち上がり、ソファにドスンと座った。彼怒ってるっぽいし、いくらなんでもサラは謝るのかなと思って二人を見ていた。
でもサラは何事もなかったかのように新しいバッグを広げて確かめて、ノアフォンでパシャパシャ撮っていた。イオリは前屈みで座って、そんな彼女をチラッと見てから項垂れた。
……彼女の言う通りに、イオリの目が節穴であることの方が確率が高いように思えてきた。でも仕方ない、彼はサラを愛しているのだから……結構かわいそうだけど。
ポケットが震えた。レイヴからの着信だった。ああ、天からの恵みのように感じた私は、すかさず応答マークを押した。すぐに元気な声が聞こえてきた。
『ヨォォォォー!ワッツアップリアちゃーん!』
「……どうも。」
『ダニーから聞いたよー!奴の車借りて、バイスモールで買い物したんだって?何買ったのー?』
「ああ……」と、私は玄関の方に移動した。「私はブラウスとショートパンツを買った。あとサングラス。」
『え!?サングラスって今流行ってるレインボーに反射するやつ?』
「そう、それ。」
『そーなんだ!じゃあ俺も買ってこようかなー、どこで買ったの?』
「コンボ。」
『……なんであんなとこ行ったんだよ。リアちゃんもっと女の子向けの店行けばいいのに。あの店ラッパーとイカれた親父しかいなかったっしょ?ははっ!』
「ふふっ、でも店員さんは優しかった。それに仕事のパートナーの服を買ったついでだから。」
『そーなんだ。今度さー、一緒に買い物しよ?美味しいレストラン知ってるからそこ連れて行きたいしー、あとスパもいいよね、オーシャンビューの部屋を貸し切って二人で騒ぎたいかも!』
「あ、そうそう。私ね、そのパートナーがいないと一緒に行動出来ないの。だから一緒でもいい?」
『えっ……パートナーって因みに、女?』
「男。」
『アハァー……でもいいよ、そいつはカップルなんでしょ?だったらそいつも連れて行くけど、そうだ!キャリーケースに詰めて連れて行けばいいんじゃね?あっはっは!』
それはちょっと想像したら面白かった。肩を震わせて笑っていると、肩をガシッと掴まれた。振り返るとイオリだった。イオリが、めちゃくちゃ睨んでいる……。
「あーそれは面白いね、でもちょっとあまり長く話してるとおこになるところあるから。『え?そいつが?なんで?』そもそも、どんな用事だったっけ?」
『えっとねー、GGプロジェクトについてなんだけど。こっちの準備もあるから一週間後になる。それでいい?』
「準備?」
『そうそう。別の班に制服とってきてもらったり、逃走用の車を新しく確保してきてもらったり。それは別にあいつらがやるからいいよ。俺たちは乗り込む。あとは現場で指示する。』
「じゃあ待てばいいんだ。健康に気をつけながら。」
肩がミシミシいっているので、早く会話を切り上げたい。
『そうそう!まあリアちゃんはゴーストだからね、俺とそのパートナーが健康だったらいいって話だよね。それじゃあね!』
「はい。」
通話を切ったと共に、私は私を掴むイオリの腕を掴んだ。
「痛いがな……。」
「誰だ?」
「レイヴだよ。プロジェクトは来週だって。」
「えー!」とサラが声をあげた。「じゃあそれまで報酬ないんだー。他に仕事ないの?」
……。
イオリが「それまでの食料は確保してあるから大丈夫だ」と言いながら彼女に近づいて行った。サラは「テイクアウト食べたーい」と言って、ボロボロのマットの上に買ったものを広げて写真を撮っている。
彼女の茶髪にグレーのメッシュの髪が、するりと肩から垂れ落ちた。私は自分の白い髪を触ってみた。人工毛独特の、ベタついた感覚が気になった。




