28 ネオンのビルの屋上
森の中からトロピカルバイスへはトレーラーでも三日かかった。他の空を飛べる車だったら、もっと早くついたんだろうけど、このトレーラーにはその機能はなかった。
私が不眠で全然行けるので、深夜の間も車を走らせ続けた。最初狂気を帯びていたイオリは途中から落ち着きを取り戻し、助手席からソファルームに移動してお片付けをしたり、缶詰を使って料理をしたり、ラジオで情報を収集していた。
ラジオによるとヴィノクールを始め、リゾート街のトロピカルバイス、山林エリアにあるパルムシティ、荒野奥地のブラウンプラント、永久凍土の灯の雪原、全ての街のノアズ拠点が警戒レベルを上げたらしい。
時々ノアズの車が空を飛んでくることがあった。トレーラーを木々の影に停めて無事にやり過ごすと、またトロピカルバイスに向かってアクセルを踏んだ。
その南の島は大きな孤島だ。海を渡ることになるが、その心配は無用。トレーラーは水陸両用で、ボタンを押してトレーラーのプロペラを出すと、海の中をお魚のように進んだ。
……でもボロいトレーラーなのでおじいさんのお魚に近かった。グラグラ揺れる車の中、イオリは青ざめた顔で叫んでいたが、橋はノアズがいるし空もノアズがいるので、それくらい我慢して欲しかった。
今、我々はもう既にトロピカルバイスにいる。マゼンタのネオンを建物のラインから発しているシーサイドホテルの屋上に、イオリと二人で潜んでいる。
トレーラーは見つかると厄介なので、波の当たる岩と岩の間に隠した。私はリュックと、ミミズの絵が描かれたマークスマン、それからピンクのショットガンの二つを入れたゴルフバッグを、イオリは黒い薔薇のマグナムを持って、街の中へ突入したのだ。
助かることにイオリはノアズ衛兵の巡回ルートを知っていたので人目につかず、ここまでスイスイ来れた。
この屋上の隅には小さなテーブルがあった。従業員が休憩に使うのか、その上には吸い殻の入った灰皿と、誰かのサングラスが置いてあった。
メンズ用なのでイオリにあげたが、彼は窃盗だからと言って受け取らなかった。でも変装は必要になってくると思った私はそれをリュックに入れた。
大きな換気口が四つあって、我々は身を屈めながら歩いて換気口の間に座った。ここなら屋上に従業員が来ても死角になって見つからないと考えたからだ。
「それで、本当にやるのか?」
「やる。」
私はマークスマンを屋上の淵に置いてスコープを覗き、ターゲットを発見すると、小さい三脚で固定をした。今宵は満月。とてもよく晴れていて、覗き日和だった。
私はライフルから離れて、その場所をイオリに譲った。イオリは渋々、マークスマンライフルのスコープを覗いた。その隣で、私は持ってきていたもう一つのスコープで同じ方角を見た。
スコープの先には近くの高級マンションの窓が映っている。カーテンの開いた窓で、奥には大きなモニターがある。それをソファに座る夫婦が楽しげに見つめている。
勿論、モニターに映されているのは犯人はティーカップの中だ。私はこの方法で放送を視聴している。ノアフォンを持っていないから。
「見える?」私は彼に聞いた。
「ああ、よく見えるよ……高性能のスコープは最高だな、はは。」
「それ皮肉?」
「よく分かったな。しかし音が聞こえないのでは、楽しさが半減する。」
「大丈夫、その時はこれ。」
私はスコープを一度置いて、リュックから赤いラジオを出して、周波数をテレビ局に合わせた。するとラジオからバイオリンのが優雅なメロディーを奏でている犯ティーの主題歌が流れた。
「ほらね。」
「なるほど、これは気が利くな。あとは冷えた白ワインがあれば最高なのだが。」
「求めすぎ。ふふっ。」
「はは、そうだな。」
もしかしたら今、私とイオリは絶望の淵にいるのかもしれない。でもそうは思えなかった。未来は絶望的でも、一緒にいるこの時間はとても幸せだった。
少し彼の横顔を見た。肘をつきながらライフルを覗いていて、緩いウェーブのツヤツヤの髪が夜風に揺れた。顎には荒っぽく剃った髭の跡がある。
くっきり浮き出た顎のラインから、ゴクリと動く喉仏のラインがとても芸術的だった。
「はァァあああっ!「イオリ!」
急に彼が叫び出したので、私は急いで彼の口を塞いだ。彼は私に何度も頷いて、分かった分かったと目で訴えた。
手を離すと、彼がおでこを抑えて目をギュッと閉じた。
「……ぬああ!」
「どしたのイオリ?」
「見てないのか?何を見ていたんだ?いいから見てみろ!」
「えっ」
私は急いで持っているスコープを覗いた。するとモニターいっぱいにデューク公爵の死顔が映されていた。
「ドゥっ……!」
「笑うな!」イオリにどつかれた。「くそ……普通重要な登場人物が第二話で死ぬか!?」
「ほら、だからミスリード要員って言ったのに。絶対に犯人はジュンコ夫人だよ。」
「その線もあるとは思っていた。」
嘘つけ。という私の無言の思いが彼に通じてしまったのか、彼はまた私のことを軽くどついてきた。
そのまま私とイオリは犯人はティーカップの中をスコープで見続けた。時々、彼の真剣な横顔を見た。
トロピカルバイスは常夏の島だけど、湿度が無いから風が涼しかった。他の建物よりも背の高いこのホテルの屋上にも、夜風がずっと通り抜けて、私とイオリの服を微かに揺らした。
放送が終わるとスコープ先の夫婦がキスをし始めたので、「いやいや」と二人で言いながら、そそくさとライフルやラジオを片付けた。




