106 イオリの約束
すぐにレイヴに着信が来た。それはバリーからだった。レイヴはテレビ画面の音を下げてから、スピーカーで通話に出た。
『もしもーし。ニュース見てたかー?』
「あ、ああ見てましたよー。なんかボードンに行くことになったって。」
『そうなんだよー、その方がいいだろう?だってノアズはあと数日で消える運命なんだから、はっはっは……。そこでだ、お前ら今、どこにいる?』
「まだ灯の雪原ですけどー?」
『じゃあ戦闘には間に合わないか、いや、今夜から仕掛けようと思っていてな。俺にはレイヴ、お前じゃなくてイオリが必要だったんだ。』
イオリがギュッと目を閉じてから聞いた。
「俺が、必要?」
『そうだよイオリ君ー。だってノアズ本社の内部や、組織そのものに詳しいだろう?これから始まるのはいまだかつて無い銃撃戦だ。それはヴィノクールの倉庫地帯で行われる予定だ。ノアズ本社でやってもいいが、ハロルド様があの建物はきれいに残しておきたいと願っていてねえ……それもそうか、マザーなんとかっていうのがあるのだから。イオリ、倉庫地帯をボードンと攻めることになりそうだが、ノアズのどの部隊が出てきそうかな?総力戦は分かってるが、イルザは死んではいけないからノアズ本社に留まるだろうし、そしたら誰の部隊が出てくる?』
「可能性が高いのはフォレスト大佐だ。彼女はヴィノクール全域の守備に重きを置いている。イルザの護衛につく可能性もあるが、いや、彼女が出てくるだろう。」
『そうかーあの人か。参考になったよ。それから後でメールを送るから、それに対して返事をくれ。』
ブチっと終了した。そしたらレイヴがノアフォンを放り投げて、呟いた。
「兄ちゃんに用事があるなら何で俺に電話してきたんだよー。はあー。でも良かったね俺ら、灯の雪原にいてさ。ヴィノクールとかトロピカルバイスだったら、色々と巻き込まれてたぜ?あの戦闘に呼ばれて。こわー。」
「……。」
イオリは何も答えなかった。じっと音の小さなテレビを見つめたまま、固まっている。私は彼に聞いた。
「ヴィノクールに行きたいの?」
彼は小声で答えた。
「この車を飛ばしてくれるヤギがいない。ここからヴィノに行くのに片道一週間。ジェット付きの車があるなら、四時間程で行けるが。」
「え?行きたいの?何しに?」
レイヴがそう聞いた時だった。私のポケットの中のノアフォンが震えた。こんな時に誰から電話だろう?まさかサラかな……と胃に若干の苦痛を感じつつ、画面を見た。
でも知らない番号だった。私はスピーカーにして、通話に出た。
「もしもし?」
『もしもし?』
……ん?あまり知らない声だった。
「誰?」
『私をご存知ないのですか。私の名はイルザ・セルゲイ・シードロヴァ・イエモリです。』
「えっ」
私はソファの彼らを見た。レイヴは「はあ!?」と目を丸くしていて、イオリも驚きに目を丸くして、こっちを見ている。私は聞いた。
「イルザは知っています。クイーンでしょ?」
『……その通りだと回答します。ということはそこに、イオリはいますか?前役職の正式名称を申し上げますと、アルバレス動機捜査班特別顧問捜査官兼産業心理療法士ですが。』
すごく長かった。私がいるよと答える前に、イオリが答えた。
「私はここにいますが……!」
『ああやはりいましたね。兄を殺した理由の一つが。』
「……。」
イオリは頭を抱えてしまった。なんか、いたたまれなくなって、私とレイヴはイオリの肩を摩った。するとイルザが続けた。
『冗談はさておき、私がアリシア・ルイーズ・メリアンのノアフォンに通話を掛けた理由があります。』
「冗談ってクイーンさん……。てか、その前にさー」とレイヴが聞いた。「どうして脱獄したノアフォンなのに検索して通話かけられんの?」
『私はマザーコードの研究者です。マザーコードから検索をかければ、たとえ脱獄していようが所有者の番号を判明させることが出来る。この世界で私にしか出来ない所業です。とても繊細で複雑な作業故に、もう二度と検索したくはありませんが今回は他に方法がありませんでした。』
「それはすごい……それで、どうしたのですか?」私は聞いた。
『アリシア、私とあなたは初めて会話する仲ですが、あなたに依頼をしたい。ノアズを助けなさい。』
「え?」
心から出た、え?だった。だって、え?ってなる……。
『アリシアに依頼するのには訳があります。あなたが参加表明をすれば、イオリ・アルバレスも参加するでしょう。彼をここへ連れてきてください。』
「どうして私が。だって私、FOCだ……。」
『私は今回の戦闘だけを見て判断している訳ではありません。総合的に考えて、ノアズにはイオリが必要です。私がこの世で天才だと思える人間は、兄の他に、彼しかいません。』
「どうして?」
『……聞きますね、あなた。まあ、構いません。兄の発明を盗んだのは、兄はイオリだと予想しておりますが、実はあなたです。しかしイオリは窃盗の無罪を証明しなかった。更には殺人の容疑がかけられていた。あなたがゴーストだということを説明すれば済んだ話ですが、そうはしなかった。それが意味するものは、彼が苦肉の策を行ったということです。』
突然、イオリが両手で目を覆って、静かに肩を震わせて泣き始めた。それを知らずに、イルザは続けた。
『彼はFOCに行く必要があった。しかし同時に、それを利用しようと考えたはずです。私はイオリが去った後に、彼が過去に担当していた事件を隅から隅まで調べました。FOCでのイオリの殺害記録も拝見しました。アリシアの件と混ざってはおりますが、彼自身は重犯罪者しか殺害しておりません。その点も判断材料になりました。そして理解しました。それらは全て、アルバレス捜査官のやり方です。彼は大渦に呑まれるふりをして、それを利用しようとする。相手が一番油断したその時に、牙を向く。兄はイオリのことを完全には理解していませんでした。彼は魔工学のことしか頭にありませんから。しかし私は違う。イオリ、あなたはノアズの為に、ヴィノクールに戻る必要があります。』
「も、戻ってどうするんだ……ボードンとFOCを遠ざけたら、お役御免か?」
イオリの震える声に、イルザの淡々とした声が回答した。
『あなた話を聞いていませんでしたか?総合的に考えて、と私は申しました。それが意味するのは、ノアズに手を貸すのなら、あなたの居場所を用意するということです。今どこにいるのでしょう?』
「と、灯の雪原……。」
『……。』
「……。」
なんとも言えない沈黙が辺りを包んだ。イルザが一番先に口を開いた。
『ならば、イエモリ様の屋敷が近くにあるはずです。ガレージに使われていないジェット付きのスポーツカーがありますから、それに乗りなさい。ロックは遠隔で解除致します。それに乗り、すぐにこちらに来ること。』
イオリは立ち上がって、前髪をかき上げた。
「一つ条件がある。」
『何でしょうか。』
「俺には……たった一人の家族がいる。レイヴだ。彼も連れて行く。彼はFOCの人間だが、タフだ。性格は純粋で、気さくで、熱気がある、でもたまに面倒くさがる、そんな人間だ。人を利用する人間じゃ無い。」
「おま……『レイヴ?ああ、ボードンの屋敷に忍び込んで世間を騒がせた男性ですね。ハロルドから聴覚を奪った張本人。構いません。その条件を受け入れます。』
「イルザ、様。」
『何でしょう?』
「私の処遇、御礼を申し上げます。」
『ああ結構です。そういうものは必要としておりませんから、早く来なさい。』
なんかやはりあの彼の妹なんだなぁと思う発言をしてて、少し笑った。でもちょっとだけ、彼女は優しい?
そしてイオリは、イルザに言った。
「出来れば部下をごっそりと連れて行きます。」
『承知致しました。こちらに来た全ての戦闘員に、感謝を形にすることを誓います。それでは、お待ちしております。』
通話が終了した。その瞬間に、イオリがベッドルームに飛んで行って、壁からバタバタとライフルを外し始めて、急に支度を開始した。
ならば私もと、リュックの中に救急キットを入れたり、手に指ぬきグローブを嵌めたり準備をした。レイヴだけが、オロオロとその場で慌てている。
「おい!お前ら切り替えが早すぎるだろ!どお、すんの!?本当に、ノアズに行くの!?どうすんだよ!?」
するとすごい早さでレイヴの前に現れたイオリが、彼の手を握った。レイヴは驚きで目を見開いた。
「レイヴ、だからお前も一緒に来るんだ!いいか、ここにいては、ボードンFOCにいては、お前はいつか利用されて消される!あのバリーのことだ、ハロルドの命令でお前を……なんて事も十分にあり得る。お前はハロルドの聴覚を奪ったのだから!」
「そりゃ兄ちゃんがそう言うならめちゃくちゃ説得力あるけど……!でも俺は、窃盗も強盗も、犯罪ならなんだってたくさんしてきたんだ!殺人はあのエイムだから経験無いけどさ……でもノアズは信用ならねえよ!そう言って、俺だけ捕まえるかもしれねえだろ!」
イオリはレイヴの手首を強く握った。そして彼を真剣な瞳で見つめた。
「俺がそうさせない。もう俺の家族は、お前しかいない。絶対に見捨てない。約束する。」
「……わ、分かったよ。」
イオリは準備の続きを開始した。レイヴはまだ実感が湧かないようで、ゆっくりとキャビネットの上に置いてあった彼のハンドガンをベルトに挟んだ。




