105 ニュース速報
トレーラーの中に入る前に、イオリは背中や肩に積もった雪を振り払った。私もそうした。イオリは「うああ」と寒さに震えながら中に入った。
トレーラーの中は意外と暖かかった。レイヴがキッチンでスープを沸かしていて、それで暖かくなっていたのだ。イオリは悴んだ手でレイヴがくれたスープの入ったマグカップを受け取り、「ほああ」と震えながら暖をとった。
テレビがついていて、ヤギさんがその前に体育座りをしていて、じっと画面を見ていた。私も上着を脱いで運転席とソファルームの間にある突っ張り棒にハンガーで掛けた。イオリのコートもかけてあげた。
戻ると、イオリとレイヴがくっつきながらソファに座っていて、みんなテレビを見ていた。テレビにはニュースが写っていて、ヴィノクールで何かがあったようで、生中継だった。
「なにかあったの?」
私が聞くと、ヤギさんが振り返らずに答えた。
「あったみたいだけど、まだ詳細は分からない。君たちが帰った瞬間に、突然ニュースが始まってしまったんだ。折角ガールズセクシー運動会を見てたのに。」
あんた好きだなそういうの……私は苦笑いしつつ、近くのキャビネットに寄りかかった。レイヴは炭酸ジュースの瓶を口につけてごくっと飲んでから、私たちに聞いた。
「それでターゲットはやったのー?」
「やったよ。」私が答えると、レイヴは「さっすが」と言った。そんな彼に聞いてみた。
「レイヴもセクシー運動会見てたの?」
「……俺は仕方なく見てた。こいつがチャンネルまわさせないようにするんだもん。リアちゃん、俺は見たく無かったんだけど、こいつがね。」
「えー」ヤギさんが笑った。「ふっふっふ、レイヴ君たら素直じゃ無いんだから。一緒に赤いビキニの子を応援してたじゃないか。彼女がアイスキャンディー早食いバトルでミルクの棒を舌で丁寧に舐めまわして「お前ら!」
イオリの声が響いた。
「もういい加減にしてくれ……ヤギ、お前は何でいつもいつもそういうものばかり。」
「だって生きてるって感じがするじゃないか。生命の神秘だよ、イオリ君。」
するとその時に、画面にテロップが写し出された。私ははっと息を飲んだ。テロップには『カタリーナがノアズを買収か』と出ている。
まだ現場は混乱しているのか、女性アナウンサーがノアズ本社の前に立って誰かの指示をイヤホンでずっと聞いている。ノアズの前には多くの市民や衛兵が集まっていて、混乱した状況だった。
『速報です。』アナウンサーが話し始めた。『先程カタリーナ・シードロヴァがノアズに合併の提案をしたようです。ノアズ内部では既に半数以上の賛成案が出ており、ボードン財閥は前々からこの計画を持っていた可能性があります。』
「意外と恐ろしーな、あいつ。」レイヴがぽかんと口を開けた。
『……対してノアズのクイーンであるイルザ様は、その提案を拒否しており、ボードンとの意見が対立していますが……先程FOCから発表があり、FOC側はボードンとの合併に直ちに合意したとのことです。』
「バリー、やってくれたな。」
イオリが画面を睨みながら呟いた。アナウンサーは続けた。
『FOCの武装集団がボードンに加わったこともあり、市民の間ではノアズに合併提案をしたボードンに対して不謹慎だと反発する声も上がる一方で、最近のノアズの状況を考えた上で、ボードン財閥のトップがこの世界のトップになった方がいいのでは?という声もあります。』
「どっちにしろ、俺たちはビンボーだな。」
レイヴがそう言って、ソファにぐたっと寄りかかった。
『ここで、イルザ様の声明を発表させて戴きます。』
画面がサッと切り替わって、さらりとしたクリーム色の髪を後ろで一つにまとめた、白いノアズの制服姿の美人が映し出された。兄妹ですごい美形だ。
彼女がイルザだ。彼女は机上のマイクに、少しだけその小さな口を近づけてから、淡々と話し始めた。
『ノアズのこの世界での役割は、ただ秩序を守り、市民を守り、自然を守るだけではありません。この世界はマザーコードと呼ばれる全てのオリジンが存在します。それはまだ不完全で、ノアズが定期的に繕わなくてはならない。そしてそれを行える者こそが、クイーンにふさわしい。私は、兄様ほど優秀ではありません。彼は天才ですが、しかし、私は秀才ではあると自覚をしています。私はオリジンを私の生きている間で完成させる義務がある。長引けば、世界の不安定に繋がります。それを前所長、そして生前の兄様は、理解しておりました。それ故に、密かにその計画を私に託してくださいました。妹の私が、あまり公に姿を表さずに隠密に研究を続けていたのは、その為であります。私はオリジンのみの研究に専念しておりました。』
誰からも何も言葉が出なかった。イルザが、ノアズがすごかった。
『兄を亡くしたカタリーナ様には同情をしております。しかしこの世界のキング、クイーンの座は権力の為にあるものではない。それはこの世界の人々、自然、そして源を守る為に存在しています。もう少しでオリジンは完成します。しかしその前に、カタリーナ様がノアズに合併を申し出ました。彼女が欲しているのは権力、地位、そしてこの世界の支配です。明瞭に、私と目的が異なると判断した結果、私は拒否致しました。』
私はイオリの横顔を見た。彼はかなり衝撃を受けている顔をして、真剣に画面を見ていた。
『兄が……彼自身の研究に身命を投じたこと、私からも改めて謝罪申し上げます。ご存知の通り、彼からの遺言は何一つ残されておらず、更にカタリーナ様は現在、兄と同等の地位を得ていることも承知しております。しかし、ノアズは簡単にこの世界を手放す訳にはいきません。職員の皆様、職員の皆様、カタリーナ様がボードン、そしてFOCを連れて、このノアズをどうしても我がものにしたいと願うならば、我々ノアズは全力で抵抗し、ボードン、FOCの連合を消去する必要があります。私からはこのように回答を申し上げましたところ、彼女からの回答はございません。以上です。』
イルザの動画は終了した。再びアナウンサーの画面に戻ると、ノアズ前の市民の盛り上がりがさっきとは違って、より激しいものになっていた。アナウンサーは慌てて居場所を変えて、少し離れた木の下で止まった。
『今の放送をどうやら見ていたようで、彼らはイルザ様を守ろうと声を上げています。現在情報によると、ボードン、それからFOCの幹部はヴィノクールに集まっており、ヴィノクール周辺では緊張感が高まっています。そしてボードンとFOCが連合したとなると、その数はノアズを超える恐れがあり、大規模な戦闘が予想されます。……。』
アナウンサーは話すことがなくなったようで、またイヤホンに耳を傾けた。画面からは市民の叫びが聞こえている。
「だからかー、」レイヴが呟いた。「この辺に衛兵が少ないのって、そのせいだったんだ。」
「そのようだな。……うん。」
イオリはじっと画面を見つめたまま、どこか呆けているような顔をして考え事をしている。するとヤギさんがスッと立ち上がった。皆が彼を見た。
「ちょっと、出かけてくる。」
「どこに?」レイヴがすぐに聞いた。
「ちょっと、呼ばれてるみたいだから。」
……ヤギさんはスタスタと歩いて、ドアの方へ向かった。ドアを開ける時に、こっちを振り返って、謎に微笑んで手を振ってから、外に出て行ってしまった。
なんか怖っ。同じことを思っていたのか、ソファのところを見ると、レイヴが大袈裟に身を震わせて自分で自分を抱いていたので少し笑った。
でもイオリは、まだ画面を見ていた。彼の夜空のような瞳が、何か切なそうに瞬きを繰り返した。




