100 新しい風
その日、私とイオリはバリーに呼ばれて、あのホテルに来ていた。イオリは最近食欲がなくて、少しやつれてきている。
レイヴはホテルの近くに停めてあるトレーラーでヤギさんと待機をしていて、我々は今、エレベーターを降りた。今までオリオン様が住んでいた、最上階の部屋だ。
ここがバリーの家になってしまった。テクテク歩いていく中、私はイオリのベルトに挟まっている黒いマグナムを見た。万が一何かがあっても、これがあれば彼を守れる。
ドアの横にはオリオン様の時とは違う部下が待機していて、両方太っていた。前はスキンヘッドのムキムキの人たちだったのに、類は友を呼ぶのだろうか……。
彼らがドアを開けてくれて、我々は室内に入った。オリオン様の時とは違って、部屋のリビングの床は白い大理石からビビットピンクのアクリルの床になっていて、私は少し顔を歪めた。
ソファはゼブラ柄、照明は赤。一体何を目指しているんだろうか。ソファには金色のローブを着たバリーが座っていて、その隣にはサラもいる。
サラは黒い髪色に変わっていて、さらりと長い髪を片方から垂らしている。同じ金色のローブを着ていて、メイクが以前より濃かった。
「来たな。おう、座れよ。」
「では。」と、イオリがバリーの前のソファに座った。バリー達の後ろにいる二人のボディガードが、アサルトライフルを持って、イオリをじっと見つめている。
予断を許さない状況だ。私はいつでも彼の盾になれるように気をつけながら、彼の隣に浅く座った。
するとバリーが私を見た。
「アリシア、元気だったか?ボードンの家はどうだった?」
私は答えた。
「美術館みたいだったよ。少ししか見てないけど、とても広いのは分かった。」
「そうか、はっはっは……可愛い感想だ。そう思うだろ、サラ。」
「うん。」
と、ここで、バリーがサラの肩に手を回して、自分の方へ抱き寄せた。サラはされるがままにバリーにくっついて、片手を彼の胸に添えている。
……少し気持ち悪い。何がって、今思うとよく私はバリーと結婚したなと思うぐらいだった。ごめんだけど。そう思えるぐらいに、彼の肌は汚いし、笑った時に見える歯がボロボロだった。一部は金歯になってるけど。
おっ。
急に隣に座っていたイオリが、私をバリーと同じように肩を抱いて自分に寄せた。私は戸惑いながらもイオリにくっつき、片手を彼の太腿の上に置いた。
「イオリ、」バリーが彼に聞いた。「アリシアのことを気に入ってるみたいだな。お前が俺に変な催眠をかけたおかげで、お前を撃つことが出来ないのが残念だ。まあお前は実力があるから、役には立ってもらうがな。お金が欲しかったら、せいぜい俺のために頑張ってくれ。その女と。」
「ああ、」イオリは答えた。「俺は最後までアリシアと共にいる。彼女のことがとても好きだ。生きていたら……と、今でも思うが。」
「それは悪かったよ、イオリ。でも俺だって、他に方法がなかったんだ。色々と事情ってものがあるんだよ。」
きっとボードンの件だなと思った。イオリもそう思ったのか、「そうか」とだけ言って、追及はしなかった。
イオリが少し顔をずらして、私の頭に軽くキスをした。人前でそんなことしなくても、と恥ずかしくなった。バリーはニヤニヤ笑っていて、サラを見ると、目が合った。
そしてサラがボードンに言った。
「イオリとリアを引き剥がして。」
「どうしたサラちゃん?何か嫌なことでもあるのかな?」
サラは猫撫で声で頼んだ。
「だってぇ、人間とゴーストがラブラブしてるのなんて気持ち悪いから見たくないんだもーん。」
「俺は離れる気はない。それにゴーストじゃない、アリシアだ。話をしたいのなら、このまま聞かせてもらう。」
イオリはそう言った。こうしていたいのは、きっと時間がもう残り少ないからだろう。ごめんねサラ、と思ったけど、また彼女と目が合って、彼女は険しい表情になった。
「いいから、離れさせて!ねえバリー私のこと好きでしょ?昨日だって、この金のバスローブ買ってくれたじゃない。」
「サラちゃんの為ならいくらでも何でも買ってあげるよ。でもどうしてだ?別にいいじゃないか、イオリとアリシアは恋人同士なんだからイチャイチャしたって不思議じゃない。それとも別の理由があるのかな?」
やばいよやばい。サラ疑われてるよ。って、もしかしてまだイオリのこと好きなのかな……。
「別の理由はない。」サラはボソッと答えた。
「ああ分かった」とバリーが何かを思いついて、太くて丸い手で、サラの頬を掴んだ。「うらやましくなったんだろう。じゃあ俺もキスしてやろう。ほうら。」
ぶちゅっとキスされてしまった。サラが。
若干眉間にシワを寄せてる気がする。サラが。
私はなんとも言えない感情と共に、じっとその光景を見つめた。そこそこ濃くて、そこそこ長い接吻をした後に、バリーがイオリを見た。
「仕事を頼みたい。ただのフィール草の取引だが、雪原地帯のブラストホワイトっていう新しい組織が相手で、ちょっとばかし銃撃戦の可能性もある。勿論報酬は渡すよ。そうそう、給料少ないかな?」
「まあ以前と比較すれば少ないが、構わない。」
「これは一種の罰だ。イオリの代表的な派閥のクルーは全て報酬をカットしている。レイヴにダニー、それからイーグルだったか、スナイパーの。彼もイオリ派だ。」
「俺は派閥を作った自覚はないが……。」
「自覚がなくても、お前とミッションを一緒にこなしてくうちに、お前に忠誠を誓い出すものがいる。それも結構な人数だ。幹部ってのはそれだけでカリスマ性があるんだ。お前が何もしてなくても、人々が勝手にお前についていこうとする。お前の名前や顔のタトゥーを腕に彫ってるやつだっていたぞ?それだって、派閥と言えるんだ。例えばイーグルはパルムシティでお前に命を救われた。恩を返したいって言ってたのを聞いたよ。知ってたか?」
「いや……知らなかった。確かにイーグルと一緒に仕事をしたが、そうか、全く知らなかった。」
「そう、なのか。」
イオリが本当に派閥を作っていない様子だったので、彼にしては珍しくバリーは驚いた顔をした。バリーは続けた。
「兎に角、俺をボスと認めるまで報酬はカットし続ける。だがそれは今だけだ。俺は全員とうまくやっていきたいからな。イオリ、彼らをまとめるのに協力してくれよ?」
「ああ、力になろう。」
「よし。そうだ、アリシア。」
「何?」
バリーは私を見て、ニヤッと笑った。
「お前には追加の仕事を頼みたい。灯の雪原での取引が終わったら、どこかで待機しろ。深夜になったら、俺がその時にターゲットの写真を送るから始末しろ。例のゴーストの飴で。」
私は即答した。
「分かった。」
「なっ……!?」とイオリが激しく反応したので皆が彼を見た。彼はパチパチと瞬きをして、予想外のセリフを放った。「よ、夜は、折角雪原に行くのだから、一緒に温泉でゆっくり過ごそうと思っていた、のに。」
「はっはっは!」とバリーが笑った。「そりゃ残念だったな兄さんよ。でもアリシアの腕だからすぐに終わるさ。じゃあ頼んだぞ。」
イオリと私は立ち上がった。またサラと目が合ったけど、私から逸らした。何で今回はあんなに彼女と目が合ったんだ、向かい合って座ってたらそんなもんかな、と考えながら部屋を出た。




