中編
私が打ち付けた頭は、立派なたんこぶになっていました。
そりゃ、こんだけ立派で痛いなら記憶も戻る訳だわ…と、治った今も思い出しただけで痛いです。
もう転びたくない。
ハマス隊長へ私から詳細を報告した後のキースは、減給は間逃れたようですが1週間のトイレ掃除担当になったそうです。
ついでに、誓約書のせいでリリアンに飲み会で賭けをしていた事がバレて、こちらも1週間口を聞いて貰えなかったとか。
食堂でデザートを奢って貰う度に愚痴られましたが、自業自得なので一切慰めませんでした。
知らんがな。
「ねぇねぇ〜、ジョージアナ聞いてよ〜!君に教えて貰った植物園に昨日リリと行ったんだけどね、花に囲まれたリリが凄い可愛かったんだ〜!一緒に暮らしている部屋に置く鉢植えも買ったんだよ〜!教えてくれて有難うねぇ。これ、リリと選んだクッキーだからお礼に食べて〜」
「あら、リリアンに許して貰えたんですね。糞ウザかったので元気になってくれて良かったです。お土産も有難う」
「ひぇ…めっちゃ機嫌悪くて怖い!あ、今日はハマス隊長じゃなくてマルロウ隊長の手伝いだったっけ?あの人、平民出身のハマス隊長の事、勝手にライバル視してるもんね。僕らにも当たりキツいし。また何か言われたの?」
「これだから平民は〜と、毎回同じ事ばかりの繰り返しですよ。流石に今回はオウムの方が利口だと思ったくらい?口だけ動かして手を全く動かさないのは常ですけど。訓練中に足でも折らないかしら?」
「どうしよう…めっちゃ怒ってるし、最後の一言が冗談に聞こえない…」
ご機嫌なキースに思わず八つ当たりをしてしまいました。
いけない、いけない。
嬉しそうだった彼は一転してアワアワとしていて、少しだけ申し訳なくなります。
1週間の無視は同棲をしている部屋の中でも続けられたみたいですし、ここは少しくらいデートの話しを聞いてあげましょう。
「まぁ、私は今日手伝いをするだけなので大丈夫です。それより、1週間振りのデートはどうでした?」
「仕事が出来るのも善し悪しだよねぇ…あ!植物園の近くのカフェも素敵だった!あの植物園って入園料自体が安いんだねぇ。だから、リリと来月も行こうねって話してたんだぁ。部屋から近いのに知らなかったよ!ジョージアナは何で知ってたの?」
「あぁ、仕事で行った時に植物園の方に教えて頂きました。王家縁の植物園だそうで、年に一度は無料で開放してるんだそうです。来月、隣国の王族の方が視察にいらっしゃるでしょう?警備は騎士団が担当しますからね、経路の下見や近隣の治安確認です。まぁ、当日の警備は貴族出身の騎士が担当しますけど」
「今月の頭にあった、あれかぁ。てか、あの下見って当日もハマス隊長の指揮で警備するんじゃないの?やっぱり他国の王族相手だから?安全そうではあったけど、植物で死角も多かったよ?大丈夫なの?」
「何かあって、首が飛ぶのは当日の担当と上の方々です。何の為に私が書類仕事を率先して片付けていると思っているんです?ハマス隊長へは何もさせません。なので大丈夫です」
ニコニコとして答えるとキースは顔色を悪くする。
本当に失礼な男だな。
前世の記憶を思い出してから、書類仕事が早くなっただけなんですけどね。
双子の学費の為にも仕事はちゃんとするんですよ、私は。
「あ、まだめっちゃ怒ってる最中だった…笑顔なのに怖い。…まぁ、今日の夜は年に一度の騎士団の慰労会だし!お貴族様も参加するから面倒もあるけど、料理もお酒も良いのが出るし楽しもうよ!リリも参加するって言ってたし」
「そうですね。折角普段は飲めない値段のワインが出ますから楽しみましょう。そういえば、リリアンはもう食堂に着いている頃じゃないですか?私は書類を経理に提出してから行きますので」
キースはハッとして、後でね!と言いながら食堂へと向かって駆け出しました。
いや、廊下は走っちゃ駄目でしょう…という私の言葉は届いていないようです。
剣術と体術に関しては騎士団の中でもトップクラスだと思うんですけどねぇ…色々と残念です。
少しは中身もハマス隊長のように実直であれば、昇進だって早いでしょうに。
「乾杯〜!お疲れ様〜!キースに聞いたわよ?アナったら、珍しく仕事中もプリプリしてたんですって?」
「大分語弊しかない気がするけど?リリアンに何て言ったんですか、キース」
「え?マルロウ隊長の手伝いが大変そうだったって言っただけだよ?違ったっけ?」
ガヤガヤと賑やかな慰労会会場の一角、団長達からの有難いお言葉を貰い終わった辺りの事でした。
お高いワインが注がれたグラスを持って、リリアンから色々と誤解しか受けないような発言をされます。
うーん…この2人も平民なので、大なり小なりマルロウ隊長のような貴族に絡まれているって事でしょうか。
無駄に偉そうにする人間は何処にでも居ますからね、仕方ないと言えばそれまでです。
ちゃんと仕事してから言えや!とは思いますが、色々と面倒なので口には出しません。
「終わった事ですので。今はワインを楽しみましょう?リリアンの好きなチーズも向こうのテーブルにありましたよ」
「え?本当!?キース、一緒に料理持って来ようよ!アナは席の確保して貰ってて良い?」
楽しそうなリリアンとキースを見送り、私は席に着いてワインを口に含みました。
流石、お高いワイン…明日に響かない程度に普段よりは飲んでおこうと、私は心に誓ったのでした。
「やぁ、平民のジョージアナじゃないか!こんな席に一人なのは平民だからかな?」
「これはこれは麗しのマルロウ隊長ではありませんか!お疲れ様で御座います。今、平民の友人達の為に席を確保していたので御座います。私のような下々の者にまでお気遣い頂き嬉しく思いますわ」
気分良くワインを喉へと流し込んでいれば、一気にテンションをドン底まで下げてくれる声がしました。
平民を連呼され、顔には笑みを貼り付けられますが言い回しはどうしても嫌味になってしまいます。
仕方ないよね、ウザいもん。
でも、この人ったら嫌味が全く通じないんですよね。
全部が全部褒め言葉として受け取られるので、どんだけ頭お花畑だよ!?と常々思っています。
本当にどうした?
「いや、何。君は平民ではあるが顔は美しいし、仕事も出来る方だろう?初等学校しか出ていないのに。ハマスのような粗野で無口な平民出身の下に付くには勿体無いと思ってな!だから、私自らが目を掛けてやろう。嬉しいだろう?」
「そんな…私には過ぎた待遇で御座います。お気持ちだけで十分職務に励めると言うものですわ。それに、ハマス隊長には入隊直後から大変良くして頂いておりますので」
「ははは!謙虚な所も良いな!まずは飲め!」
嬉しくねぇ!これっぽっちも嬉しくねぇよ!謙虚とかじゃねぇから!お前からの酒とかいらねぇから!と心の中で悪態を吐きまくってしまう。
でも、悪態吐いちゃっても仕方なくない?
金髪碧眼で見た目だけは綺麗な方だと思いますよ、お貴族様ですから所作も綺麗ですし。
でも、この態度と性格は頂けない。
中身が無理。
万が一頂けたとして、クーリングオフする未来しかない。
同じ金髪碧眼なら、ハマス隊長の方が何百何千倍と素敵ですしね。
獅子みたいな勇猛果敢な姿が恰好良いんだから!
そもそも、ハマス隊長は無口じゃなくてアンタと違って余計な事を言わないだけだし。
ちゃんと教えてくれるし褒めてくれますー!
粗野って言うけど、アンタは騎士のくせに剣もろくに振れないから僻んでるだけでしょ。
人の失敗を毎度毎度ネチネチと、重箱の隅を突くみたいな言い方ばっかりして。
伯爵家って言っても、アンタ三男じゃん!
ばっかじゃないの!
いけないとは思いつつ、イライラし過ぎて心の声が乱雑になってくる。
このままでは表情まで崩れそう。
「あ〜!マルロウ隊長!こちらにいらっしゃったんですね。あちらの席の先輩達が、隊長のお話しを聞きたいそうですよぉ!是非行ってあげて下さい!こんな機会でもなければお話し出来ませんからぁ」
「む…仕方ないな。では、ジョージアナ後でな」
後なんかねぇよ!と言いたいが、飲まされた酒が強かったらしく頭がグラグラする。
いつも以上にニコニコとして戻って来たキースの機転により、マルロウ隊長が席を離れてくれたのは有難い。
ちょっと既に不味いけど。
「アナ、大丈夫!?ゴメンね…私が同期と話し込んじゃったから」
「今まで、ハマス隊長が居る場所では直接は何もして来なかったのに…僕、お水取って来るね!リリはジョージアナの側に居てあげて!」
リリアンが泣きそうな顔で私を覗き込むが、上手く言葉が返せない。
キースの前半の言葉も上手く聞き取れなかった。
だが、水を持って来て貰えるのは助かる。
「心配掛けてゴメンね。断りきれなくて…あの糞野郎、次の訓練で当たったら肋骨折ってやる…」
「わぁ…こっちへの気遣いが残ってるのが余計に怖い。すぐにキースがお水持って来るから、落ち着いて!?」
カップル揃って、私に対して失礼な気がする。
私は、有難うとゴメンなさいが言える大人よ!
リリアンに背中をさすって貰っていたら、私達の後方で大きな声が響く。
頭がグラグラしてる時に糞うるせぇな…
痛む頭で振り返ると、そこにはハマス隊長と副団長の姿があった。
「ハマス!お前全然飲んでいないじゃないか!今日は無礼講だ!飲め!飲め!」
「副団長…明日も早くから仕事ですので。それに、十分頂いております」
「明日の仕事なぞ、下の者に任せれば良い!」
副団長の有り得ない一言に、一瞬で目の前が真っ赤に染まる。
そして、私の中で何かがブチ切れる音が聴こえた気がしたと同時に、私の記憶は途切れたのだった。




