02
馬車が近づいて来る。御者をしている男が手綱を引くと馬車の速度が徐々に落ちていく。俺は両手を頭の後ろに組んで馬車の横を歩きながら御者に話掛けた。
「悪いけど近くの町か村まで乗せてくれないか?金は無いが変わりに護衛なら出来るし、狩をして獲物を渡しても良いんだけど」
「ああ、礼なら要らんから乗ると良い。この辺じゃ護衛が必要な事は滅多に起きないからな」
「そいつは助かるよ。俺の事はジンって呼んでくれ。後ろのお嬢ちゃんもよろしくな」
「俺はケビン、その子は娘のミリアだ。兄さんは冒険者かい?」
俺はケビンの問いにそんな所だと適当に答えて、お近付きの印だとカロリーバーを二人に渡した。
見た事の無い食べ物に二人は警戒していたが、俺が先に食べて見せると恐る恐ると言った感じで口にして目を見開き驚きの声を上げた。
ケビンは三十半ばか四十手前位で茶色に近い金髪。ミリアは十代前半で肩甲骨位まで有る金髪を三つ編みにしていた。
彼は聖都に有るバート商会と言う中堅商会の下請けみたいな感じで、聖都近くの町や村に仕入れに行き、序に注文を取って次回持って行くのだそうだ。元々は聖都の南に有る農村で農業の傍ら税を納める為に作物を聖都に運んでいたのだが、その移動中にバート商会から声を掛けられたのだと言う。
家族構成は他に妻と息子が居て四人家族。現在は聖都に引っ越して息子はバート商会で商人の修行中だそうだ。
「俺は運が良い。今の不自由の無い生活が出来ているのはバートさんのお陰だ。感謝しても仕切れないよ」
「でも、こう言う仕事は危険じゃないのか?獣とか盗賊とか」
「さっきも言ったが、聖都の周辺では殆んど聞いた事がないな。警備兵が頻繁に巡回しているし、街道から逸れた所では魔物が出たと言う話は聞いた事があるが、盗賊は近寄りもしないんじゃないか?この三年間、一度も聞いた事がないよ」
そんな話をしていたからか大型の生物の気配を察知した。フラグか?
「ちょっと止まってくれ。俺が合図するまで、動かないようにな」
馬車を降りて道沿いに少し走ってから南側に有る雑木林の中に入って行くと茶色い毛の塊を見つけた。
猪か?かなりでかいな。体高、全長共に2mは有る大きな牙の生えた猪の様な四足の生物がこちらに向かって歩いて来ていた。
俺が無造作に歩いて近づくと、猪は雄叫びを上げて突進してきた。正に猪突猛進って奴だ。
俺は飛び上がって交わしながら背に乗って牙を掴み、一気に捻って首を折って飛び降りた。
猪はそのまま少し走って木にぶつかり動かなくなったので、ケビン達の所に戻ってロープが無いか尋ねた。流石にこんなでかい奴を引き摺って歩きたくないし。
ケビンと二人で猪をロープで縛って馬に繋いで雑木林から出し、ミリアには荷台を片付けて貰って猪を乗せて出発した。
「まさか素手で倒しちまうとは・・・戴したもんだな。しかし、良いのか?これ程の大物だし傷も殆んど無い。バートさんに買い取って貰えば結構な額になるぞ。それなのに俺にくれるって・・・・・」
「気にすんなって。俺には宿に止まれる位で良いから家族の為に使ってくれよ。その気に為れば金なんて幾らでも稼げるって解ったろ?」
「まぁ、そうなんだろうが・・・・・」
「ん~・・・そうだ!何か有ったら相談にでも乗ってくれよ。その前払いって事で良いだろ」
そんな話をしながら進んで行き、交差点を北へと曲がった先に防壁と門が見えて来た。如何やらあれが聖都らしい。
メルクリウス聖皇国の聖都アブサラは高さ10mを越える防壁と幅5mの水掘りに囲まれた三万人規模の都市だ。
中心に有る城の東西南北に神殿を置き、そこから伸びる主要道が防壁に有る跳ね橋まで続いている。
街中は区画整理され、道沿いに並ぶ建物は全て石造りの二階建てと景観にも気を使っており、巡礼や観光に訪れる者も多いと言う。
入り口で衛兵に止められる事も無く素通りだったのは出入りする人が多いからかね?一々止めていたらキリが無いとかで。でも、冒険者とかなんだろうと思うけど、武器を下げた奴とか普通に歩いてんだけど大丈夫なのかね?
「大きな町では大抵止められる事は無いな。特に聖都では常に衛士隊が目を光らせているから、奥の方、裏通りの先にさえ行かなけりゃ問題ないさ」
「ふぅ~ん・・・結構治安は良いんだな」
周囲を歩く人を眺めてみたが、黒髪も特に珍しいと言う訳でもないようだ。
「ははは・・・そりゃそうさ、ウォーズン様の御膝元なんだから」
まぁそれもそうか。余り治安が悪けりゃ観光客とかも減るし、国の威信にも係わるしな。聖地でも有るんだし、その辺は最低限確りしてるって事か。
暫く進んで一軒の店の脇道に入ると倉庫のような建物の中に馬車を止めた。如何やらここがバート商会らしい。
ケビンとミリアは俺にここで待つようにと言って店舗の中に入って行き、一人の男を連れて戻って来た。
「初めまして、当商会を取り仕切っておりますバートと申します。以後お見知り置きを」
バートと名乗った男はケビンよりも少し年上の四十前後の細身の金髪だった。
「俺の事はジンって呼んでくれ。それと畏まるような者でもないから、堅苦しいのはやめてくれ」
「そうですか・・・ですが、これが私にとっての普通の話し方なので御気になさらないで下さい。それに、ブラウンボアをほぼ無傷で倒せるお方ですから、敬意は払いませんと。当商会は仕入れの面でまだまだですから、ジン様のようなお方とは交友を持ちたいのですよ」
「なるほどね。また何か倒したら持ち込ませて貰うって事で」
「有難う御座います。失礼ですが、組合員証はお持ちでしょうか?御存知かもしれませんが、一定額以上の取引には商業組合員証が必要ですので、お持ちで無いのならケビンと同様に当商会が後ろ盾と為りますが、如何でしょうか?」
俺はその申し出に少し悩んだ後に乗る事にして、バートと共に商業組合へと向かう事にした。身分証は有った方が良いし、商会員として仕事を言いつけたり拘束もしないと言うのだから問題は無いだろう。
身分としてはバート商会の見習いと言う事になるのだが、これは慣例のような物で、俺が犯罪を犯してもバート商会には御咎めは無いそうだ。
そして、見習い期間の三年を過ぎたら独立するのも、そのままバート商会に入るのも自由だそうで、単に商業組合の会員を増やす為だけに作られた制度のようだった。
え?定番の冒険者組合の方が良いんじゃないかって?ははは・・・何でそんな面倒事ばかり起こりそうな所に入らなきゃいけねぇんだよ。冗談じゃない。
ここまで読んで頂き有難う御座います。