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二宮瑠樺たちとの間に何があったのだろう。
子供の頃からずっと京都で暮らしてきた響にとって、この東北の片田舎の陸奥中里市での暮らしは誰も知り合いのいないはずの生活のはずだった。
まさか転校してすぐに自分を知っている人が現れるなど想像もしていなかった。そして、その人達が自分に対して強い怒りを持っていることも。
こんなことを他人に言えば驚かれることだろうが、もともとこの転校は親からの指示によるもので、その理由についてはまったく聞かされていない。ただ、新しい世界を子供に体験させようという親心なのかもしれないし、もっと違う理由があるのかもしれない。
自分は何のために、この街にやってきたのだろう。ただ、そのことについて、実は響はそれほど気にしてはいなかった。昔から父の言うことには素直に従うことに疑問に思ったこともなかったからだ。
それ以上に響には気になっていることがあった。
それは、ここ数日、頻繁に起きる火事のニュースだ。
この街に引っ越してきたその日、響はある少女に出会っていた。それは父親に虐待され殺された子供の霊だった。霊となった少女の魂は、父親に虐待された日々を繰り返していた。
だが、響に触れた瞬間、その子は『妖かし』となった。
響にはそういう力があった。自分でもハッキリとその力が何なのかを説明することは出来ないが、いうなれば『生命を与える力』なのかもしれない。
しかし、響の力によって『妖かし』と化した少女は、行方不明となっていた父親を呼び寄せて恨みの炎によって焼き殺した。
今、この街で起きている火事があの子によって起きているのだとすれば、その原因は自分にもあるということだ。
それなのに今、自分にはそれをどうすればいいのかがわからない。
あの時、響は少女を救いたいと思った。その思いが、彼女を『妖かし』にしたのかもしれない。だが、あれは本当に少女を救うことになったのだろうか。
小さな後悔の念が心に芽生えていた。
* * *
学校帰り――
あるマンションの近くを通りかかった時、響の視界に一人の少女の姿が見えた。
その屋上の金網を背にして、制服を着た一人の少女が立っている。よく見るとその隣にはもう一人別の少女が並んでいる。
響にはその光景がどこか不思議なものに感じ取れた。
おそらくこれを目にした時、10人のうち6人は何も気にはしないだろう。そして、3人は気にしても近寄りはしないだろう。だが、響は残りの一人だった。誰かのためになることならば進んで行動したいと思った。誰に教わったわけでもないが、子供の頃からそういう行動を取ることに躊躇うことはなかった。
中高生が飛び降り自殺をはかったというニュースは、響も時折目にすることがある。まさかとは思うが、その心配がないとは言い切れない。
様子を見て、何も問題が無ければそのまま引き返して帰ればいい。
急いでそのマンションに飛び込んでいく。6階建てのエレベーターのないマンションだったが、響はその古いコンクリートの階段を一気に駆け上がった。
響が屋上に着いた時も二人の様子は変わっていなかった。
やはり二人は何も喋ってはいない。だが、それほど深刻な顔をしているわけでもない。飛び降りるような気配は感じられない。
ただ、二人ともがどこか困ったような表情を浮かべているように響には感じられた。一瞬、そのまま背を向けて帰ろうと思ったが、すぐに思いなおして二人のもとへと近づいていく。
一人は制服を着ている。中学生だろう。もう一人はもっと若く、小学生くらいに見える。
「こんにちは」
と響は二人を驚かせないように気を使いながら声をかけた。「ねえ、キミたちは姉妹なのかい?」
二人は同時に響のほうへ顔を向けーー
「見えるんですか?」
制服を着た少女が驚いたように声をあげる。
すぐにシマッタと心の中で呟く。
だが、時は既に遅かった。