勇者は、まだ迷っている
地下空間に、黒い霧が渦巻く。
「裏切り者がぁぁぁ!」
霧は怒りに震えていた。
アルヴァンはゆっくり立ち上がる。
腕の紋様は裂け、黒い光が漏れている。
痛みが走る。
それでも――
剣を構える。
「俺は……勇者だ」
霧が嗤う。
「貴様は魔王の勇者だ!」
「違う!」
アルヴァンの叫びが響く。
リュカは、その背中を見る。
もう迷いの色はない。
霧が巨大な腕の形を取り、結界へ伸びる。
「王都は落ちる!」
ガルドが叫ぶ。
「止めろ!」
アルヴァンが跳ぶ。
黒い腕を斬る。
だが契約紋が光り、彼の動きを鈍らせる。
「ぐっ……!」
霧が嘲笑う。
「契約は消えていない!」
ノアが叫ぶ。
「紋様が完全に残ってる!」
リュカは歯を食いしばる。
「じゃあ、もう一回!」
彼女は駆ける。
アルヴァンの背に飛びつき、腕を掴む。
「動かないで!」
アルヴァンが驚く。
「なにを……!」
「今度はもっと深く斬る!」
彼女の剣が光る。
「――ライトニング・スラッシュ!」
閃光。
紋様が大きく裂ける。
黒い煙が噴き出す。
霧が悲鳴を上げる。
「契約が……!」
アルヴァンが膝をつく。
紋様は消えきらない。
だが、拘束は弱まった。
霧は形を保てなくなり、結界から離れる。
「覚えておけ……!」
闇が散る。
地下に静寂が戻る。
魔法陣の亀裂は、わずかに残る。
だが崩壊は免れた。
リュカは息を切らす。
アルヴァンは床に座り込む。
「……助けられたな」
ガルドが腕を組む。
「まだ信用してねぇ」
ノアも冷静だ。
「契約は完全に切れていない」
アルヴァンは苦笑する。
「分かってる」
彼はリュカを見る。
まっすぐな目で。
「なぜ、俺を信じる」
リュカは少し考える。
そして言う。
「迷ってたから」
「完全に悪い人は、あんな目しない」
アルヴァンの呼吸が止まる。
長い沈黙。
「……俺は弱い」
彼は初めて、本音を漏らす。
「勇者になりたかった」
「選ばれなかった」
「だから、選ばれる道を選んだ」
リュカは首を振る。
「勇者は選ばれるんじゃない」
彼女は拳を握る。
「なるんだよ」
その言葉。
アルヴァンの瞳が震える。
ガルドが言う。
「一度裏切った奴を簡単に信じねぇ」
「だが、剣を向けるなら敵だ」
アルヴァンは立ち上がる。
「もう向けない」
「魔王を倒す」
ノアが問う。
「方法は?」
アルヴァンは苦く笑う。
「契約を結んだ時、魔王城への“道”を刻まれた」
空間転移の印。
魔王城へ直接行ける唯一の座標。
「俺がいなきゃ辿り着けない」
地下の空気が重くなる。
選択。
敵だった勇者を、仲間にするか。
リュカは迷わない。
「一緒に行こう」
ガルドがため息をつく。
「甘ぇな」
だが口元は少し笑っている。
ノアは頷く。
「合理的判断としても、利用価値は高い」
アルヴァンが言う。
「信用は要らない」
「だが、隣で戦わせてくれ」
リュカは手を差し出す。
アルヴァンは少し迷い――
その手を取る。
その瞬間。
地下の魔法陣が微かに光る。
まるで、何かを認めたように。
だが。
誰も気づいていない。
地上。
空の裂け目が、わずかに広がっていることを。
魔王は、すべてを見ている。
「面白い」
低い声が闇に響く。
「勇者が二人か」
物語は次の段階へ進む。
勇者は一人のはず。
だが今、二人いる。
そして――
まだ“本物”は現れていない。




