王宮の影
王都は祭りのようだった。
勇者アルヴァン誕生。
王は正式に彼を“聖剣の勇者”と認めた。
城門には旗。
通りには花。
人々の顔に希望。
だが。
リュカの胸は、晴れない。
「おかしいよ」
宿の一室。
リュカは机に拳を置く。
「魔物が王都の中にいたんだよ? しかも強化されてた」
ノアが頷く。
「強化呪は高度な魔族術式。内部協力者がいなければ不可能」
ガルドは短く言う。
「王宮だな」
沈黙。
それはつまり。
勇者のすぐ近く。
「……確かめよう」
リュカは顔を上げる。
「本当に勇者なら、疑うのは失礼。でも」
言葉を飲み込む。
ノアが静かに笑う。
「疑うのも勇気だよ」
ガルドが立ち上がる。
「決まりだ」
その夜。
三人は王宮へ向かった。
祝宴の裏で、警備は厳重。
だがガルドは元騎士だ。
裏通路を知っている。
「ここだ」
古い回廊。
薄暗い灯り。
足音を殺して進む。
やがて、奥の扉から声が聞こえる。
アルヴァンの声だ。
「準備は進んでいる」
もう一つの声。
低く、歪んだ声。
「……順調だ、勇者よ」
リュカの背筋が凍る。
勇者よ。
そう呼んだのは――人間ではない。
ノアがそっと魔法で音を拾う。
扉の向こう。
アルヴァンは、黒い霧に包まれた存在と向き合っていた。
霧の中に、赤い目が光る。
「民衆は完全に信じた。
次は王だ」
アルヴァンは微笑む。
「勇者として王に近づき、王城の結界を解く」
霧が揺れる。
「その時、魔王様は降臨なさる」
リュカの手が震える。
ノアが小声で言う。
「裏切り者……!」
だが。
アルヴァンの表情が、ほんの一瞬だけ曇る。
「約束は守れ」
霧が嗤う。
「もちろんだ。
世界が滅びた後、お前だけは助けよう」
リュカの心臓が強く打つ。
世界が滅びる。
勇者が、魔王と手を組んでいる。
ガルドが剣に手をかける。
「今やるか?」
リュカは首を振る。
まだ証拠が足りない。
そして――
アルヴァンの目。
あれは完全な悪人の目ではなかった。
そのとき。
床が軋む。
ギッ。
霧の赤い目が、こちらを向く。
「……誰だ」
扉が弾け飛ぶ。
黒い衝撃波。
三人は吹き飛ばされる。
「侵入者か」
アルヴァンが剣を抜く。
その剣は確かに光っている。
だが、その光は冷たい。
リュカは立ち上がる。
「あなた、魔王と……!」
アルヴァンの目が揺れる。
一瞬。
だがすぐに冷たくなる。
「知らなければ幸せだったのに」
霧がうねる。
「殺せ」
その瞬間。
リュカの中で何かが弾けた。
怖い。
でも。
逃げたら、世界が終わる。
彼女は走る。
アルヴァンへ。
「――ライトニング・スラッシュ!」
閃光。
アルヴァンの剣と衝突する。
火花。
押し負ける。
強い。
桁違いに強い。
「君では、俺には勝てない」
だが。
リュカは叫ぶ。
「勇者なら! 世界を売らない!」
その言葉に。
アルヴァンの動きが、ほんの一瞬止まる。
その隙に、ガルドの一撃。
ノアの拘束魔法。
霧が悲鳴を上げる。
「撤退だ」
霧が爆ぜる。
煙。
視界が奪われる。
気づけば、アルヴァンの姿はない。
霧も消えていた。
残されたのは、割れた床と焦げ跡。
リュカは膝をつく。
「……勇者じゃない」
ノアが息を整える。
「少なくとも、味方ではない」
ガルドが低く言う。
「だが、迷いはあった」
リュカは思い出す。
あの一瞬の揺れ。
「……助けられる?」
ノアが静かに言う。
「それは君が決めること」
王宮の鐘が鳴る。
侵入者発覚の合図。
三人は夜の闇へ逃げる。
王都は、まだ祝祭の光に包まれている。
誰も知らない。
勇者が、敵であることを。
そして。
勇者が、完全な敵ではないことを。
リュカは夜空を見上げる。
「勇者は……だれ?」
問いは、さらに深くなる。




