抜けない聖剣
聖剣の神殿は、山の頂にあった。
白い石でできた古い建物。
崩れかけた柱。
だが中央に、それはあった。
巨大な剣。
地面に突き立てられ、青白く輝いている。
「これが……聖剣」
リュカは息をのんだ。
ノアが静かに説明する。
「伝承では、“真の勇者のみが抜ける”とされている」
ガルドが腕を組む。
「何十年も抜けた奴はいねぇらしいがな」
神殿には、すでに何人もの若者が集まっていた。
筋骨隆々の戦士。
豪華な鎧の貴族。
名門魔術師。
皆、自信満々の顔で剣に触れ――
何も起きない。
抜こうとする。
びくともしない。
「くそっ!」
ひとりが拳で地面を叩く。
「どうして俺じゃない!」
別の男が叫ぶ。
「勇者は俺のはずだ!」
リュカは、その光景を見ていた。
勇者に“なりたい”人たち。
でも。
どこか、必死すぎる。
ガルドがぼそりと言う。
「勇者ってのは、なりたくてなるもんじゃねぇ」
ノアが肩をすくめる。
「理論的にも、資格の条件は不明だしね」
やがて、挑戦者は去っていく。
神殿に残ったのは三人だけ。
風が吹き抜ける。
静寂。
リュカは聖剣を見つめた。
心臓が少し早い。
「……やってみる」
ノアが驚く。
「本気?」
「うん」
ガルドは何も言わない。
ただ、後ろに立つ。
リュカは剣の前に立った。
近くで見ると、剣は美しい。
刃は透き通るように青い。
柄には古い文字。
触れた瞬間。
ひやりとした感触。
そして――
ドクン。
胸の奥と、剣が、同じ鼓動を打った。
一瞬だけ、光が強くなる。
ノアが目を見開く。
「今、反応した!」
ガルドが低く言う。
「引け」
リュカは両手で柄を握る。
怖い。
もし抜けなかったら?
でも。
息を吸い。
「……っ!」
力を込める。
動かない。
歯を食いしばる。
「うあああああ!」
ほんのわずか。
カン、と金属音。
だが。
抜けない。
光は、すっと消えた。
リュカはその場に座り込む。
悔しい。
涙がにじむ。
「……やっぱり、私じゃない」
ノアがすぐ隣に座る。
「でも、今まで誰も反応させられなかった」
ガルドが笑う。
「ゼロよりマシだ」
リュカは顔を上げる。
「……でも抜けなきゃ意味ない」
そのとき。
神殿の奥から、低い声が響いた。
「抜けなかったか」
三人が振り向く。
そこに立っていたのは、白髪の老人。
長い外套。
深い瞳。
「この剣はな、“勇気”に反応する」
老人はゆっくり歩み寄る。
「だが、勇気とは“恐れを知らぬこと”ではない」
リュカを見る。
「恐れを知り、それでも前に出る心だ」
リュカは、自分の震える手を見る。
怖かった。
それでも、剣を握った。
老人は続ける。
「今日、抜けなかったのは当然だ」
「え?」
「お前はまだ、勇者ではない」
一瞬、胸が痛む。
だが老人は微笑む。
「だが――なる可能性はある」
風が吹き抜ける。
聖剣が、ほんのわずかに光った。
ノアが小さくつぶやく。
「可能性……」
ガルドが剣を担ぐ。
「なら、旅は続きだな」
リュカは立ち上がる。
涙を拭き、剣を見る。
「……待ってて」
聖剣は沈黙している。
でも。
さっき、確かに鼓動は重なった。
神殿を出ると、夕焼けが広がっていた。
山の下に広がる世界。
広い。
まだ見ぬ場所。
まだ見ぬ勇者。
リュカは笑った。
「絶対見つける」
ノアが言う。
「もし見つからなかったら?」
リュカは即答する。
「そのときは――」
拳を握る。
「抜けるまで、やる」
ガルドが豪快に笑う。
「いい目だ」
遠く、空の彼方。
黒い雲がゆっくりと動く。
魔王は、すでに次の一手を打っていた。




