北の断崖
王都を離れて三日。
景色は緑から灰色へ変わっていった。
草は枯れ、空は低い。
遠くに見えるのは、巨大な断崖。
まるで世界の端。
「あれが……」
リュカが呟く。
アルヴァンが頷く。
「魔王城への“座標”が刻まれた場所だ」
ノアが眉をひそめる。
「なぜそんな場所に?」
「契約のとき、刻み込まれた」
アルヴァンはこめかみを押さえる。
「断片的な記憶しかないが……あそこが起点だ」
ガルドが前を見据える。
「嫌な空気だな」
風が強い。
断崖に近づくほど、空間が歪んでいる。
やがて辿り着く。
地面は裂け、岩肌は黒く焦げている。
中央に、巨大な円陣。
黒い紋様。
魔族の文字。
ノアがしゃがみ込む。
「……空間転移陣」
「かなり古い。でも最近、上書きされている」
アルヴァンが一歩踏み出す。
その瞬間。
紋様が淡く光る。
彼の腕の契約痕が反応する。
リュカが警戒する。
「大丈夫?」
アルヴァンは苦く笑う。
「歓迎されてるらしい」
突然、空気が震える。
岩壁から黒い影が這い出る。
魔族。
四体。
王都で見た強化種より明らかに格上。
ガルドが剣を抜く。
「来るぞ!」
戦闘開始。
一体がリュカへ跳躍。
彼女は転がって避ける。
「速い!」
ノアが詠唱。
氷の槍が放たれる。
一体を貫く。
だがすぐ再生。
「再生能力持ち!」
アルヴァンが前へ出る。
「核は背中だ!」
彼は踏み込み、鋭い斬撃。
「ブレイズ・スラッシュ!」
炎をまとった一閃。
魔族の背を断つ。
爆ぜる。
だが残り三体。
ガルドが豪快に叩き伏せる。
「まとめて来い!」
リュカは呼吸を整える。
怖い。
でも。
前より震えていない。
「いくよ!」
駆ける。
一体の懐へ。
「――ライトニング・スラッシュ!」
閃光。
核を断つ。
魔族が崩れる。
残り一体。
それはアルヴァンを狙う。
「裏切り者」
魔族の声が響く。
アルヴァンの足が一瞬止まる。
契約痕が疼く。
その隙。
魔族の爪が振り下ろされる。
リュカが叫ぶ。
「アルヴァン!」
彼女が飛び込み、弾き飛ばす。
ガルドが最後の一撃。
静寂。
荒い呼吸。
アルヴァンは呟く。
「……まだ、縛られてる」
ノアが冷静に言う。
「魔王側からの位置特定が可能かもしれない」
リュカがアルヴァンを見る。
「でも、止まらないよね?」
アルヴァンは頷く。
「止まれない」
断崖の魔法陣が、強く光る。
空間が裂ける。
円の中央に、黒い渦が生まれる。
魔王城へ続く道。
風が吸い込まれていく。
重い圧力。
リュカは一歩踏み出す。
「これが……魔王城」
ガルドが肩を鳴らす。
「戻るか?」
誰も答えない。
戻れない。
王都は追放された。
信頼もない。
進むしかない。
アルヴァンが言う。
「向こうは完全な敵地だ」
「逃げ道はない」
リュカは微笑む。
「最初からそのつもり」
ノアが深く息を吸う。
「では合理的に言う。成功確率は三割以下」
ガルドが笑う。
「上等だ」
四人は並ぶ。
渦の前に。
そのとき。
リュカの胸が熱くなる。
遠く、王都の方角。
聖剣が、わずかに光った。
誰もまだ気づいていない。
本物の勇者の資質が、動き始めていることに。
アルヴァンが言う。
「行くぞ」




